22 迷宮探索Ⅰ
――人の迷宮第一層――
迷宮の様子は、というと。
「石畳に、石壁……通路は大分広いんだな」
「えぇ、騎士団の一個軍団が同時に作戦行動を出来るぐらいには広いわ。奥に行けばもっと広いわよ」
幅100メートルはあるだろうか、うっすらと魔力を感じる石畳の道が奥まで続いている。
天井ははっきりとは視認できないほどには高いらしい。
ところどころ足場やトロッコなど、人の手が入っているのであろう痕跡が見える。
採掘などに使うのだろう。
「魔物は……いないな」
遠見を使って周囲を探りながら言う。
「まだ入り口だもの。あ、こっちね、右よ」
通路はところどころ枝分かれしている。
メインの道と同じような幅だったり、ずいぶんと狭い道だったり、時折壁を割るようにして入っていく道だったり大小さまざまな通路が迷宮内を走っているようだ。
同じような景色が延々と続いているが、レイリィの指示通りに進む。
マッピングがすでに終わっているのだろう、レイリィの指示には迷いがない。
「どうする? もうすこし急ぐか?」
「そうね……戦闘も起きないでしょうし、少し急ぎましょ。もう少しすると人も増えてくるわ」
「了解。……ミリィ」
そういって、俺はミリィを抱え上げる。
「わわわ!」
「ちょっと急ぐから、俺が抱えていくよ。レイリィは……ついて来れるな?」
「私を誰だと思ってるの?」
「さすが世界最強パーティの一人。言うことが違うな。よし、行くぞ」
ぐい、と足に力を籠め、走り始める。
「『風よ、加護を。』――『加速』」
背後で魔力の気配を感じる。レイリィが魔法を使ったのだろう。ビュゥ、と風が吹き、走る俺の隣にレイリィが並んだ。
「おぉー魔法か。速いな」
「いや、魔法も使わないでその速さのあなたが異常なんだけど……」
びゅんびゅんと景色が後ろに流れていく。
ほとんど景色なんて変わらないが。
「わっわっわっ!?」
抱き上げたミリィが目を白黒させている。
……乗り心地、悪いだろうな。
「あの通路、右」
「了解、と」
急制動で直角に曲がる。
「わわわわわっ!?」
……ごめん、我慢してくれ……。
「真正面に広い階段があるわ。それを下れば2層よ」
「ん、その前に……魔物の反応がある。まっすぐ、1キロ先……4体、かな」
「え? よくわかるわね……『遠見』を使ってるの?」
「あぁ、入ってから常に使ってるぞ」
「よく疲れないわね……見えた、押し通るわよ」
――ギギ?――
と、遠くで緑色の小人のようなものが――急速に迫る俺たちに気が付いたらしい――こちらを見ると、腰から剣や槍を抜いた。
「迷宮ゴブリンね。止まらなくていいわ、このまままっすぐ走って。『炎よ』――『炎爆』」
レイリィが左腕を振って呟くと、はるか先でゴブリンらしい4体の頭がボン、と爆ぜた。
断末魔を上げる間もなく絶命する。
「おぉ……魔法っぽい魔法だ……こっちに来て初めてオーソドックスな魔法みたかも……」
ゴブリンの死骸をジャンプで飛び越える。
ちらりと見ると、綺麗に4体の頭が消失していた。
「ちなみに今の魔物、どのくらい強い?」
「うーん、騎士団が1小隊で討伐するくらいの強さね」
なるほど、わからん。
「見えたわよ、階段」
見ると、確かに階段……というかもはや斜面にしか見えないほど広い階段が下に向かって伸びている。
「よし、行こう。跳ぶぞ」
「え? ちょっ、はっ?」
ミリィを右腕に抱え、レイリィのバックパックを左手で掴み、抱え上げる。
「いちいち下るのも面倒だからな、と!」
ダンッ! と跳躍する。体に重力を感じながら、階段の手前で高く跳び上がる。
「舌噛むなよ! 二人ともしっかり捕まってろ」
魔力伝達――空中を蹴って――斜め下に跳ぶ。
向かう先は黒々と口を開けた大きな空洞。
遠見を走らせて脅威が無いことを確認する。
「「きゃあああああああああ!?」」
耳元で二人が悲鳴を上げる。
ごうごうと風を感じながら落下する。途中何度か壁を蹴って方向転換をかまして、壁に激突しないように調節する。
――人の迷宮第二層――
「なんて! ごう、ごういんっん!」
「ごめん、何言ってるかわからんわ」
階段は落下を始めて2分ほどで途切れた。
1層のように石畳の続く巨大な通路が現れたところで正面の空を蹴って宙返りして着地をすると、レイリィに何か言われた。
「んんっ!! ……なんて強引なことするのよ!?」
「いや、ずいぶん長く続きそうな階段だったから……下るより落ちたほうが早いかなって」
「はやいけど! はやいけど! しぬかとおもった!!」
ろれつが回ってない。
「きゅぅ……」
ミリィは目を回していた。
「……ごめん。次からはもうちょっとマイルドな方法考える」
「……頼むわ……ていうか……ほんと、わかっていたけど……あなた、本当に吸血鬼ね……」
「む。人をバケモノ扱いはよくない。あれくらいアレックスでも出来る筈だ」
「あれはあれでちゃんとバケモノよ……」
「それより、ほら、行くぞ」
「え、えぇ……『風よ、加護を』――『加速』」
ごぅ、とレイリィの足元に風が吹く。
「ミリィ? 大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶなの~……」
「よし。どっちだ?」
「右方向にまっすぐ……」
「了解、と」
そうして俺たちは再び走り始めた。
――人の迷宮第五層――
あれから何度か魔物に出くわしたが――大体が迷宮ゴブリンとその亜種らしい――、俺が探知してレイリィが遠距離から的確に頭を爆破することで、大した戦闘にもならずに五層まで降りて来られた。
所要時間は約3時間ほど。
「しかし、レイリィはすごいな」
走りながら俺は言う。隣をぴったりとレイリィがついてきている。
ミリィはこの速度にも慣れたのか、のんきにすぅすぅと俺の腕の中で寝息を立てていた。
肝が据わっているというかなんていうか……。
「なにが?」
ひゅっ、と腕を振って正面、数百メートル先の魔物の頭を爆発させてレイリィが聞き返してきた。
「それだよそれ。すごい正確に頭だけ爆発させてる」
死骸を飛び越える。
着地して走り出す。
「まぁ、このくらいはね。貴方の探知も大分正確だし、場所が分かれば……あ、そこ左だわ」
「了解、と。さっきから使ってるその魔法はどういう魔法なんだ?」
「うん? 火属性の基本魔法よ。一番最初に習うやつね」
走りながら地図のようなものを確認するレイリィ。
「え、それ基本なの……殺意高すぎないか火魔法」
『いや、そのむすめの"ソレ"は魔法密度と魔力量を調節しておるの。大分威力がおかしいのじゃ』
「え、そうなの」
『普通のゴブリンならいざ知らず、迷宮ゴブリンは普通の火魔法程度で倒せぬのじゃ』
「そうなんだ……」
「うん?」
地図から目を上げ、こちらを見て首をかしげるレイリィ。
「いや、なんでもない」
この子も世界最強の一人、ってことか。
苦も無くそんな高度なことをしているってことなんだな。
感心しつつ俺は迷宮を走る。
――人の迷宮第十層――
辺りの風景が変わってきた。
石畳だった地面や壁は金属のようなものに変わり、魔力の輝きをより一層深める。
「魔物だ。ゴブリンじゃない、か? 400m先。5……いや6は居る」
「わかったわ。見え次第……」
「いや、まて、気づかれた! レイリィ!」
ひゅんっ、と何かが飛んでくる。矢か? 開いている手で飛んできた矢をつかみ取る。
1本、2本、3本。
「ちっ……」
舌打ちし、ブレーキをかける。
地面とブーツがこすれて火花が上がる。
「ミリィ、起きろ、戦闘になる」
「はいっなのっ!」
はっ、として、ミリィが自分の足で立ち上がる。
即座に盾を構えた。
「レイリィ、ミリィを頼む。俺が詰めて排除する」
「えぇ!」
敵の姿がまだ見えない。放った遠見は6体が固まってこちらに駆けてきていることを俺に知らせている。
二人が戦闘態勢に入ったことを確認して、魔力の反応がある方へ俺は駆ける。
(あそこか……)
壁の陰になるような場所、そこに3つの反応。
跳躍して、足に魔力を。
「っふ!」
跳躍の勢いを利用して空中で体を捻る。跳び回し蹴り――壁ごと魔力反応のあった場所を蹴りぬいた。
――ギィイァアア!?――
驚愕の声と断末魔。
(ひとつ)
確かな手ごたえ――脚ごたえか?――を感じ、ギャリギャリと摩擦で火花を散らしながら着地、即座に真正面に貫手を放つ。
ぞぶり、と肉を貫く手ごたえ。殺った。
みると、3mほどある角を生やした鬼のような魔物が弓を構えていた。
腰には短剣を携えている。
(ふたつ)
亡骸に興味はない。魔物の体に肘まで埋まっていた腕を引き抜いて、蹴り飛ばした。
背後に振り向きざまの手刀。
上手い事首に当たったらしい。俺の手刀が魔物の首を撥ね飛ばした。
(みっつ)
矢が飛んでくる。真正面。
首を傾けるだけで躱して距離を詰める。
掌底を叩き込む――魔物が爆ぜた。
(よっつ)
転がっている短剣を拾い上げて投擲。寸分の狂いなく魔物の眉間に突き刺さる。
(これでいつつ!)
「あと、1つ……!」
ふっと、軽く息を吐き、距離を詰めて上段蹴り。
肩口に当たり、魔物が吹き飛ぶ。壁にぶち当たって絶命した。
「……6、と。よし、もう居ないな」
腕を振ってへばりついた臓物や血のりを払う。
「んー……? これ、なんだ?」
俺は絶命させた魔物をよく見る。
ほとんど原形をとどめてないから何の魔物かわからない。
「レイジ! 平気!?」
「おにいちゃーん!」
ミリィとレイリィが追い付いてきた。
「あぁ、全部やったぞ」
「え……いや、10秒も経ってないわよ……て、貴方血まみれじゃない……!?」
「おにいちゃん怪我!?」
「いや、全部返り血だな。何も貰ってない」
「えぇ……」
引かれた。
「ところで、この魔物なんだ?」
「……オーガじゃない。6匹もいたの……?」
「あぁ、全部で6匹だったな。割と反応がよかった。逃げずに反撃されたのは初めてかもしれない。へぇ、これオーガっていうのか」
うんうん、と腕を組んで頷く。
大抵の魔物は徒党を組んでても2,3匹やれば逃げていくものなのだ。経験上。
「オーガは1体でも中級者探求者パーティが壊滅しかねないレベルの魔物よ……。それを10秒もかからず6体全滅、ね……」
はぁ、やっぱりバケモノね、と呆れられた。
「いや、だから、このくらいならレイリィでも倒せるし、アレックスなら絶対同じことできるって!」
「残念ながら私には無理よ……。この魔物、魔法耐性が高いから一撃必殺するにはそれなりに詠唱の長い魔法を使う必要があるし、その間に攻撃されるから」
まぁ、いろいろやりようはあるけど。と付け足して。
「ま、無事ならいいわ。……ちょっと貴方血生臭いわね……」
「くさいなのー……」
「いや、しょうがないだろ……」
肉弾戦しかできないんだから。
「洗い流して、そうね、ちょうどいいから休憩しましょ。『水よ』――『水流』」
バッシャー! とレイリィが作り出した水が俺にぶっかかる。
「うぉぁ!?」
びしょ濡れにされた。ひどい。
「さ、ミリィ、焚火の準備をして」
「はいなのっ! おねえちゃん! 薪をお願いなの!」
「やれやれなのじゃ……」
俺の影からアリスが出てきて、『収納空間』から薪を取り出す。
ほいほいとミリィに投げ渡していく。
「レイジ……」
そうしながら、横目で俺を見るアリス。
「ん?」
「くさいのじゃ」
……ぐすん。
俺だって好きでこんな才能な訳じゃないやい……。