18 出発前夜
――――それから6日過ぎた。
明日にはザインに出発する。
レイリィにミリィの魔法の指南を頼むと――やはりジト目とため息を貰ったが――、ザインへの道中なら、という条件のもと許諾を貰った。
出発を明日に控え、俺とアリス、ミリィは宿で準備を整えていた。
「といっても、食料以外俺達持ち物とか無いしな」
「ミリィはお兄ちゃんに買ってもらった防具があるの!」
「あぁ、それはアリスに仕舞っておいてもらおうな」
「わしを荷物持ちか何かだと思っておるのじゃ……」
「思ってない思ってない」
「お姉ちゃんお願いします!」
ぺこり、とミリィが頭を下げる。
「仕方ないのじゃ……」
渋々『収納空間』にミリィの装備一式を仕舞うアリス。
「アリスも大概ミリィに甘いな?」
「べ、別にそんなことは無いのじゃ!」
そんなこと言ってー。
この間俺の作ったオムレツを分けてあげてたの、俺しっかりとみてたんだからねー?
ツンデレしやがってー。
ニヤニヤとアリスを見つめる俺。
お姉ちゃんとか呼ばれて満更でもないらしい。
「俺はアリスに貰った籠手くらいだな」
ガチャリと、俺の腕の中で籠手がこすれる音がする。
「ふむ。名前は付けんのか?」
「え? 武器に名前? みんなつけてたりする?」
「うむ。名前とはすなわち存在じゃ。つけることによって力を増す物もある」
「あ、そういう感じなんだ。言霊的なね」
「コトダマ? なんじゃそれは」
「うーん、こっちで言うと……そうだな。強く思いを込めて発した言葉には魔力が宿る、的な?」
「ふむ。なるほど。まぁ似たようなものじゃな」
「なるほど……名前か。因みにミリィ、なにか案あるか?」
「んー、くろいガントレット?」
「まんまだ。アリスは?」
「影装籠手」
「ルビを振るな! かっこいいけど!」
チュウニマインドが疼いちゃう。
ていうか、それもまんまだ。
「まぁ思い浮かばないからそのうちな」
「いいのが思い浮かんだらまた言うのじゃ!」
「あ、結構ノリノリなのね」
籠手をアリスに手渡して『収納空間』に仕舞ってもらう。
「食料はとりあえずひとつき分くらいは用意したし、装備もOK、と」
食料に関してはザインでも手に入るだろう。
「んん……」
ミリィが眠そうに目を擦る。
「ミリィ、眠かったら寝ていいぞ。明日からは長い移動だからな。ちゃんと寝ておいたほうがいい」
「ん、今日はもうねるなの……」
おやすみなさい、と呟いて、もそもそとベッドに潜りこむミリィ。
すぐにすやすやと寝息を立て始めた。
「さて、と」
ミリィが眠りについたことを確認すると、アリスが俺の正面に座った。
テーブルを挟んで向かい合う形だ。
そして、『収納空間』に腕を突っ込んでごそごそと何かをあさる。
「うん?」
「ほれ」
と言って取り出したのは、赤いビンと、グラスが2本。
「……血?」
「阿呆。酒じゃ。飲めぬわけじゃないのじゃろ?」
「いや、まぁ……」
日本では未成年だから飲んだことは無いけど。
この世界の成人年齢が幾つかわからんが、まあ……。
「初めてだけど……やさしくしてね……」
しなりを作って流し目をくれる。
「何を言っとるんじゃ……」
呆れたようにそう言いながら酒の栓を開けるアリス。
グラスに酒を注ぐと、俺に渡してきた。受け取る。
果実酒……ってやつか? においを嗅ぐと、渋みの中にうっすらと芳醇な香りが鼻孔にひろがった。
グラスを傾けて、中身を口に含み、飲み下すと、喉をす、と熱い塊が下って行った。
じわり、と胃の中で温かいものが広がる感覚。
「……ん」
アリスも一口こくり、と酒を飲み下す。
ふぅ、と二人同時に一息ついた。
「……のぅ、レイジ?」
グラスの中で赤い液体を遊ばせながら、アリスが神妙な声をだす。
「ん?どうした?」
「その、じゃな……」
なにか言いずらそうにしながらももごもごとするアリス。
視線が泳いでいる。
アルコールの所為か、頬に若干の赤みがさしている。
……妙に色っぽい。
「なんだよ。らしくないな。言いたいことがあるならはっきり言え」
「ん……」
もう一口酒を飲み下すと、アリスが意を決したように俺の目を見つめる。
「お主、わしを恨んだり……しておらんのか?」
と、真剣な目で訊いてきた。
「ん? 恨む? なんで?」
ちょっとよくわからない。
心当たりがなかった。
「じゃから、その……事故とはいえ、吸血鬼にしてしまったじゃろ」
「……あぁ、そういうこと」
「人間とは大きく変わってしまうし、その……寿命とか」
「へぇ。そうなんだ。どのくらい生きるんだ、吸血鬼って」
「ハッキリとはわからぬ。無限に生きられるのかもしれぬが……たいていの吸血鬼は、1000年も生きると、生きるのに飽いて自分の手で胸に聖銀の杭を打ち込むのじゃ」
自殺、ってことか。
「なるほどな……」
一口酒を飲み、口を湿らせる。
「正直なところ、ここに来るまで随分と慌ただしかったからな。恨む、とかそんなこと考えもしなかった」
怒涛の展開だったしな。
転生させられて、死にかけて、吸血鬼にされて、勇者が攻めてきて……。
まあ、でも。
エノールで見た夕焼けを思い出す。
アリスとの修行の日々を思い出す。
勇者から俺を庇うように立ったアリスを思い出す。
――あの日、こちらを振り返り、「ようこそ、ファンタズマゴリアへ――」と美しく笑ったアリスを思い出す。
「――そうだな。……恨んでなんかいないよ」
「っ……なぜ、じゃ?」
不安そうに揺れているアリスの瞳。
「前にも言ったけどさ……俺、アリスが居なければあのまま死んでたんだ、きっと。それをアリスに救われてさ。感謝こそすれど、恨むことなんて絶対にない」
うん、と自分の気持ちを確かめるように頷いてアリスを見る。
俺を見つめ返す瞳は、困惑の色に染まっていた。
「でも、わしは……。……おぬしは、人と同じ時間を生きられぬ。愛したものも、親しい友も、お主より先に逝く。何度も何度も、そんな喪失をお主は味わうことになるのじゃぞ? ……そんな重荷を、わしは、おぬしに背負わせたのじゃ」
「まあ、そうなんだろうな。これから先、きっとその事を、俺は辛く感じたり、嘆いたりすることもあるんだと思う」
「だったら……!」
「でも、さ――」
ふと見ると、アリスの手は、膝の上で握られ、小刻みに震えていた。
俺はその手に、自分の手をそっと重ねる。
そしてしっかりとアリスの目を見つめて、
「――アリスは、俺と同じ時間を生きてくれるんだろ?」
安心させるように微笑みかけた。
「――――ぁ」
「な? だから、寂しくはない」
「――……うん」
頷き、ゆっくり、ゆっくりとアリスがほほ笑みを作る。
安心したように。
赦されたことを噛みしめるように。
一筋の涙が頬を伝い、重ねた手に落ちた。
そして、アリスは重ねた俺の手をそっと握り返し
「約束する――わたしは、永遠に、あなたとともにある」
しっかりと俺の目を見つめ返して、そう言った。
いつもの表情とは違う、少女のような、幼ささえ感じさせるアリスの笑顔。
そんな笑顔に、俺の心臓がドキリとはねる。
アリスの頬が赤く染まっているのを、俺は酒のせいだと自分に言い聞かせて、顔を逸らした。
――だって、きっと俺の頬も、同じように赤く染まっていただろうから。
(顔が熱い! 酒のせいだ! 初めて酒を飲んだから! きっとそうに違いない!)
――アリスの笑顔にどきっとしたなんて! そんなことは絶対にない!!
そんな俺たちを、紅い月が優しく照らしていた。
短いですが、キリがいいので今日はここまでです。
ラブコメの波動を感じて欲しい。
それでは、また明日。