17 エノムの休日
日常回です。
領事館を出て、商店街へ向かう。
ミリィの装備を買いそろえるためだ。
「ミリィの才能は【盾】。……盾って何にどう作用する才能なんだ? 実物を手に持たないとだめか?」
魔力の壁を作り出したりできる? 盾の概念を扱えたりする?
『そうじゃの。基本的には身に着けている武具に作用するものじゃ』
ミリィを見る。
ちっこい。あまり大きい盾だと探索の邪魔になりそうだ。
「ミリィって並外れた力持ちだったりするか?」
吸血鬼みたいな。
「うん! ミリィ力持ち!」
あ、やっぱり魔族も力持ちなんだ。よかった。
一安心して目についた防具屋に入る。
甲冑や盾が所狭しと並べられ、ものすごい圧迫感だ。
「ふむ……。防御力が高いほうがよさそうだ」
試しに盾の魂魄情報を呼び出そうと意識を向けてみる。
むむむっ……!
…………。
何も起きなかった。やっぱり無機物は駄目か。
因みに、以前試したが魔物も駄目だった。
「じゃあ分厚いデカいやつ……このあたりか?」
最初に目についたタワーシールド? っていうのか? ミリィひとりがすっぽりと隠れてしまうほどの大きさの盾を持ち上げる。
片手で持ち上がった。
「ほら、ミリィ、持ってみろ」
「はいなの!」
取っ手をつかみ、むん、と気合を入れるミリィ。
「んんんんー!!」
……盾はピクリとも動かない。というか。
「んんんんーーー!?」
つぶされてるつぶされてる!!
「おいおい!」
慌てて盾を持ち上げてミリィを助け起こす。
全然力持ちじゃない!!
「ふぅ……重かったなの」
「全然力持ちじゃない!!」
「???」
「ミリィ、ちょっと俺の手を握ってくれ。全力で」
「わかったなの」
そういって差し出した俺の手を握るミリィ。
「んんんーっっ!」
きゅっと女の子らしい柔らかい手で俺の手が包まれる。
「ほら、握ってみ」
「握ってるなの」
「え……? これ本気……?」
「そうなのー……っ!」
んー! と顔を真っ赤にして俺の手を握るミリィ。
「全然力持ちじゃない!!」
全然力持ちじゃなかった。
「ちなみにアリス、俺の手を握ってくれ」
『うん?こうかの?』
影から腕だけが伸びてきて俺の手を握りこむ。
そして
――――ベキベキベキベキ!!
俺の指を5本すべて粉砕した。
「痛いっ!!」
治癒した。
「――というわけで、ミリィは見た目通りの力しかないことが判明しました」
見た目ミリィとそんなに変わらない吸血鬼は俺の手を捻りつぶすくらいわけないくらいの力あるけど。
『やれって言ったのはレイジなのじゃ……』
「おかあさまにミリィは力持ちねって言われたなの……」
「それは親が子を褒めるときに使うやつ!」
間に受けていた純真なミリィだ。
「騎士が使うようなやつはだめだ。なんか手頃な奴は……」
カウンターに座って甲冑を磨いているおっちゃんが、さっきから俺たちを胡散臭そうに眺めてる。
声をかけることにする。
「なあおっちゃん、この子が使うのにちょうどいいくらいの盾ないか?」
「あァ? その嬢ちゃんにかぁ?」
胡散臭そうな目の色が深まった。
見た目通りの凶悪な声色だ。
「そうそう」
「あー……そうだな、その辺にあるバックラーならどうだ? 風の魔法が籠ってるから見た目より軽いはずだぜェ」
そういって円形の盾を指さすおっちゃん。凶悪な見た目に反して親切だ。
バックラーを見る。
手で持つタイプじゃなくて、腕に付けるタイプのものだ。
「これか」
壁掛けから外して持ってみる。
確かに重さをほとんど感じない。
「ほらミリィ、持ってみな」
「うんなの」
そういって片手で受け取るミリィ。
持つのは問題なさそうだ。
裏返して革製の固定具に腕を通す。
「どうだ? 使えそうか?」
「軽いなの!」
そう言って腕に盾を付けたままぶんぶんと振り回してみせるミリィ。
よさそうだ。防御力に不安があるが……。
「あまりデカいと持ち運び大変だしな……このあたりか。おっちゃん! これいくら?」
「20金貨だな」
「高いよばか!」
「魔法までかかっててその値段なら安いほうだバカ!」
「そうなの? 相場わからんけど。まあいいや買うよ。あと防具も見繕って」
「なんでお前さんそんな偉そうなんだ……?まぁこっちこいや」
ちょいちょいとミリィを手招きするおっちゃん。
「はいなの!」
ぱたぱたとバックラーを付けたままかけていくミリィ。
バックラーがガンガンと売り物の甲冑にぶちあたる。
「おぉおい! やめろやめろ! それ外せ!」
やいのやいの。
「そうだな、軽くて動きやすいやつがいい。でも防御力高いやつ。でも値段はお手頃で」
ミリィの腕からバックラーを外しながらおっちゃんに言う。
「あぁ? 注文が多い兄ちゃんだな……嬢ちゃん、魔法の才能とかあるか?」
「土魔法が得意だな」
魂魄情報を見る限りは。
「おぉ、そりゃいいや。防具に土魔法を使やぁ強度が上がる。だったら魔力伝達率が高いヤツがいいやなあ」
そう言いながら店内を歩くおっちゃん。
「お兄ちゃん。ミリィ、魔法使ったことないなの」
「え、そうなの?」
『使ったことが無くても少し練習すれば使えるようになるのじゃ。お主の格闘術みたいにの。出発まで一週間、それに移動の時間もあるのじゃろ。その間にあの娘に教えさせればいいのじゃ』
「なるほどたしかに。……大丈夫だミリィ。レイリィが教えてくれる」
「そうなの?」
「あぁ」
勝手に魔法指南の約束をしてしまった。
まあ多分なんだかんだ教えてくれるだろう。
俺は皮算用が得意だった。
「よし、胸当てに足甲、動きやすさを重視すんならこんなもんだろぉ」
おっちゃんがミリィのサイズに合う防具を持ってきてくれる。
「わぁ、お兄ちゃんお兄ちゃん、どう? ミリィかっこいい?」
装備すると、くるくる回りながらミリィがしきりに「にあう?にあう?」と聞いてくる。
正直似合わない。下に着ているのが上等そうなワンピースだからか、すごくアンバランスだ。
「あぁ、かっこいいぞ! 似合う似合う!」
だが、俺は紳士なのでそんなことは言わないのだ。
「わあい!」
うふふーと嬉しそうに笑うミリィ。
頭を撫でてやった。
「じゃあおっちゃん、これ全部買うよ。いくら?」
「全部で70金貨だな」
「高いよばか! おまけして!」
「言うと思ったよなんとなく……そうだな。仕方ねぇ65にまけてやる」
「50しかない」
「……60だ」
「52しかない」
「しゃあねえ55だ。赤字ギリギリなんだ、勘弁してくれ」
「買った」
「はあ……。ここで装備していくかい?」
「あ、それ言うんだ」
「あん?」
「いや、何でもない。じゃあはい、55金貨ね」
「おう、毎度。兄ちゃんは魔法使いか? マントしか着てないがよ」
「ああ、俺不死身だから大丈夫」
「がっははははは! そう言って死んでいったやつを何人も知ってるよ俺ァ」
ほんとなんだけどな。
「武器はよぉ、命を奪うものだが防具は命を守るものだ。剣に命をかけてる人間を沢山知ってるがよぉ、俺ァ、かけるならそっちに命も金もかけたほうがいいんじゃねぇかと思うんだよ。まあ、俺のお節介だがなぁ」
凶悪面なのにいい人だった。
「さんきゅ。まあ大丈夫だよ。俺は俺でちゃんと持ってるから」
「そうかぁ? なら、いいんだがよ。メンテなんかも引き受けてるからな、また来いよぉ」
「ああ。また寄らせてもらうよ」
防具屋をあとにする。
ミリィは装備が嬉しいのか先ほどから盾をぶんぶん振り回したり胸当てをぺたぺたと触ったりしている。
「お兄ちゃん、ありがとうなの!」
満面の笑みでミリィが俺を見上げる。
「あぁ、どういたしまして」
「ミリィ男の人にプレゼントなんてされたの初めてなの!」
あ、そういう感じで受け止められてる?
魔族の間で異性へのプレゼントは求愛行動とかそういうしきたりあったりする?
『わしにはプレゼントないのじゃ?』
「なにか欲しいの?」
『オムレツ』
色気より食い気か。
「また作ってやるよ……」
「?」
「いや、なんでもない。ミリィもオムレツ食べるか?」
「食べるの! お兄ちゃんのオムレツおいしかったなの!」
「そっか」
俺、パーティのオムレツ係みたいになってる。
――――――
防具屋から出た後、俺たちはエノムを観光することにした。
なんだかんだで、落ち着いてこの世界の街を見て回るのは初めてだ。
ぱっと見た感じはヨーロッパ風の建物が立ち並び、馬車や人が往来する、ザ・異世界ファンタジーまんまの見た目だ。
城塞都市エノムは、ぐるりと城塞に囲まれた大きな街だ。
城塞は一の壁、二の壁、三の壁、と3つに分かれており、数字が大きくなるほど街の中心に近づく。
俺達が今居るのは一の壁と二の壁の間にある区域、そのまんま第一街というらしい。
第一街には商店や兵士の詰め所が多く、雑多としたイメージだ。
一つ奥に行き、二の壁と三の壁の間の区域、第二街は住民街になっているらしい。
道は整備され、公園や図書館など、普通の街といったイメージ。
もう一つ奥に行くと第三街。ここまで行くと、大きなお屋敷が増え、要職の人々の生活区域になるらしい。
俺達が自由に出入りできるのは第二街までだ。
3つの城壁と街の間には大きな堀が掘られており、門が東西南北にそれぞれ1つ。
堀には跳ね橋が架かっており、非常時はこれを上げて外敵の侵入を阻止する作りになっているようだ。
そんなわけで、俺たちはひとまず第一街をぐるりと見て回ることにした。
商店街――武器屋や防具屋などが多い地域――は大体見て回ったので、そこからぐるりと西側、レストランや屋台が多く立ち並ぶ地域に移動する。
エノムはは商人や人の往来が多いので、いろいろな種類の食事を楽しめる、らしい。
田舎になるにつけ、食事の幅は狭くなっていくそうだ。
セシリアがブイサイン付きで教えてくれた。
『レイジー! 外に出たいのじゃー!!』
「だめ。みんな驚くでしょ」
『わしも屋台巡りしたいのじゃー!!』
「いろいろ買っといてやるから。ほら、ミリィ。何か食べたいものあるか?」
喚くアリスを宥めすかして、俺と手をつないで歩くミリィに尋ねる。
目をキラキラさせて立ち並んだ屋台を眺めているミリィ。
「んーと、んーと! あれ! あれなんなの?」
ミリィが指さした屋台には、バナナをどろどろとした黒い何かでコーティングした……。
「チョコバナナでは?」
チョコバナナだった。
「なぁにそれ?」
「バナナをチョコで包んだ食べ物だ。食べてみるか?」
「甘いやつ?」
「そうそう。……おっちゃん、3本ちょうだい。いくら?」
「あいよぉ! 6カッパーね! 妹さんかい!? 可愛いねぇ!」
俺にチョコバナナを3本手渡しながらおっちゃんが言う。
凶悪面だ。この街には凶悪な面のおっさんしかいないのか。
「まあそんなようなもんだ。ありがとう。ほらミリィ」
「わぁあ! ありがとうなの!」
ミリィにチョコバナナを手渡し、一本を影に向かって放る。
にゅ、と腕だけが影から生えて、はし、とチョコバナナを掴むと再び影に消えた。
『あまいのじゃー!』
歓喜の声が聞こえる。
「おいしいの!」
はむはむとバナナを咥えて目を輝かせるミリィ。
俺も一口食べてみる。
おぉ、意外としっかりとチョコバナナだ。
チョコの甘さが少し控えめだが、バナナ自体が甘いからか、ほどよく優しい甘さが口の中に広がった。
「美味いな……」
「ね! おいしいなの!」
『むふー。さあ、次の食べ物じゃレイジ!』
「はいはい。次は何がいい?」
「んーと、んーとね……」
再びきょろきょろとあたりを見回すミリィ。
「つぎはあれ!」
「おっけー。って、あれは……たこ焼き……?」
丸い粉物のようなものを焼いている屋台だ。
中身がたことは限らないが、見た目はもろにたこ焼きだ。
「おう兄ちゃん! どうだい! 食ってくかい!?」
「あぁ。えっと……どういう販売形式だ……?」
「一つで8個入ってるよ! 値段は一つ4カッパー!」
なるほど。
「じゃあ2つくれ。はいよ」
8銅貨手渡し、袋に入ったたこ焼きもどきを受け取る。
味付けもソースっぽい何かが塗られている。
袋ごと1つ影に向かって放る。
毎度の如く腕が生えてきて回収していく。
『はふっはふっ! あつっ! 熱いのじゃ!』
くうの早いなおい。
「ほら、ミリィも。熱いから気をつけてな」
「うんなの! ふーっ、ふーっ」
つまようじのようなものに1つ刺して手渡すと、ふーふーと冷ましてから口にほおばるミリィ。
それを見届けて、俺も指でつまんで1つほおばった。
流石に中身はたこじゃないか。
肉のようなものが入ってる。これはこれで美味い。
「はふ、はふ……んぐっ……おいしいなの!」
わーい、と喜ぶミリィ。
『美味いのじゃ!』
アリスも喜んでいる。なによりだ。
たこ焼きを食べ終えて、ミリィと手をつないで歩く。
途中でミリィが興味を向けた屋台に寄ったり、何枚か俺の服を買ったり――
この世界の人々が、『平和』という言葉を知らなくても、ここには確かに平和がある。
こんなささやかな時間が、世界中に広がっていけばいい。そんな風に俺は思う。
その為に、俺は俺に出来ることをしよう。そう、一人決意を新たにするのだった。
――――そんな風にして、俺たちは観光を楽しんだ。