16 迷宮についてあれこれ
領事館に到着した。
既にセシリアが中で待機しており、一抱えある袋を手渡してきた。
「98、ゴールドほどに、なりました」
そう言って、どこかに潜むセシリア。もう君がどんなニンジャムーブをかましても俺は驚かないぞ。
貴賓室へ向かい、レイリィにミリィが迷宮探索に同行することを報告する。
「はぁ……」
と大きなため息をつかれたが、最終的には頷きを返してくれた。
「それで、いつ出発するんだ?」
書類仕事をひと段落させたらしいレイリィに尋ねる。
懸念材料だった補佐も見つかった。こちらで準備することは、ミリィの装備くらいだ。
「そうね……私にも準備があるし、一週間後でどうかしら」
「了解。そこからザイン? だっけ? まではどのくらいかかるんだ?」
「馬車を使って10日くらいかしら。そこから迷宮踏破までに……そうね、ひと月はみたほうがいいわ」
「ひと月!? そんなにかかるのか!?」
「当り前じゃない。日帰りのピクニックかなにかかと思っていた? ひと月でもだいぶハイペースよ」
「いや、こう、ほら、サクッと行ってサクッと戻ってくるのかと……」
「はぁ……前々から思っていたのだけれど、レイジあなた、大分常識が欠如してるわよね」
そりゃそうだ。
こっちの世界の常識なんて、シュタインフェルト城で読んだ本から得た程度のものしかない。
「すまん……迷宮に関してもう少し詳しく教えてくれ……」
「ええ、そうしたほうがよさそうね……。ミリアルド、あなたもしっかり聞いておくのよ」
無関係とばかりに茶菓子をむしゃむしゃと食べているミリィに鋭い視線を向けてレイリィが言う。
「んぐっ!? んんー!?」
喉に詰まらせたらしい。慌ててお茶を飲むミリィ。
「ぷはっ……死ぬかと思ったの……。わかったの、ちゃんと聞くなの……」
「いい? まず、全ての迷宮に共通していることが2つあるの。ひとつ、魔物は際限なく湧いてくる。それも個々が地上の魔物とは比べ物にならないほどに強い。そして、迷宮の魔物には、強いこと以外に地上の魔物とは明確に違う特徴がひとつあるの。ミリィ、それは何?」
「体内で魔石を育ててるなの」
「その通り。レイジよりよっぽど勉強してるみたいね」
「魔石? なんだそれ」
聞きなれない単語がまた一つ。
「……あなた、今までどんな場所で生きて来たの……?」
頭痛を堪えるようにレイリィが頭に手を当てる。
「すまん」
どんな場所かと問われれば、地球としか答えられない。
そのあとは森に囲まれた城だ。
「まあいいわ……。魔石はエネルギーの供給元よ。私たちは魔石の恩恵を受けて生きている。街の街灯から、お風呂を沸かす熱源に至るまで。国が探求者を使って得た魔石から取り出したエネルギーを供給することによって、私たちの生活は成り立っているのよ」
……つまり、電気みたいなものか?
勝手に発電してくれる石……?
しかもそれが、無限に湧いてくる魔物の中にある……?
なにそれヤバい。
「だから、国は定期的に探求者を送って魔石を迷宮から得るのよ。ちょろまかしは許されないから、そこのところ、しっかり認識しておいて」
「あ、あぁ」
個人所有は許されないってことか。
「ふたつ、迷宮の壁や床、天井。すべてが資源」
「……どういうことだ?」
「鉄、銅、金、銀、宝石、聖銀……そういったもので迷宮自体が構成されているのよ。そして壊してもすぐに再生される。ま、貴重な金属なんかはそれ相応に深いところまでいかないと採れないけどね」
「は……?」
それじゃあ本当に無限に資源が湧き出てくるってことじゃないか。
ヤバすぎるだろ迷宮。
そんなものを各国一つづつ所有してる……?
――資源なんぞ迷宮があれば無限に湧いてくるじゃろ――
いつかアリスの言った言葉の意味が、正しく理解できた。
(そら、正しい意味での『戦争』なんて起こらないはずだ……)
地球の知っている戦争は、大概が資源の奪い合いだ。
資源か、土地そのものを奪い合い、より豊かに、より強大になるため。そのために戦争が起きる。
前提として、資源は有限だからだ。だから奪い合わねばならない。
しかし、この世界において資源は無限に存在するのだ。
(つまり、戦争をする必要がない……)
じゃあ、本当に、何のために、この世界の人たちは争うんだ……?
他種族憎しの感情だけで戦争してるっていうのか?
(地球の歴史だって、そういう例がないではない。でも、根絶やしにするってわけでもないんだろ?)
迷宮という、ただそれだけの存在のおかげで各国のパワーバランスが取れている。
いや――取れすぎている。不自然なくらいに。
「ここまではいいかしら?」
「あっ、あぁ……」
「……貴方や私には違和感しかない話よね、これ」
「そう、だな……」
「争う意味がないもの。不毛でしかないのよ。戦争なんていうものは」
「……なあアリス」
『ん? なんじゃ?』
「アリスは、積極的に誰かを殺したいとか、他種族を根絶やしにしたいって思うか?」
『別に思わないの』
「でも、戦争すること自体に違和感を感じないんだろ?」
『特に感じないのじゃ。前に言ったじゃろ。なぜ争いに理由を求めるのじゃ?』
憎しみや闘争本能が増大してるってわけでもない。
アリスも、止めればアレックスやレイリィを殺すことはしなかった。
セシリアも、止めれば問答無用でミリィを斬り捨てることはしなかった。
つまり、その程度のことでしかないのだ。
誰かに止められればやめられる程度のものでしかない。
でも、人々は争いをやめない。何かがあればすぐに戦争をおっぱじめる。肩がぶつかった。きっと、その程度の理由で。
勝ったとしても何を奪うでもない。何を得るでもない。
ただ殺しあうための殺し合いを繰り返す。
(まるで、間引きだ……)
そう、間引きだ。
人口が増えた。減らそう。
そんな、シュミレーションゲームをやっているプレイヤーの決定のような気軽さで戦争が起きる。
(やっぱり、何者かの意思が働いている……)
だとしたら、そいつの目的はなんだ。
人が増えて不都合があるのか……?
いや、ない。なんせ資源は無限だ。
生かさず、殺さず、だ。
決して争いはやめず、しかし敵を根絶やしにするようなこともしない。
人が減りすぎても……増えすぎても困る……?
「お兄ちゃん?」
「あ、あぁ。ごめん」
随分と深く考え込んでいたようだ。
ミリィがこちらを覗き込んでいることに気が付かなかった。
「ま、その件に関しては迷宮を踏破したらわかるんでしょ? それならとりあえず脇に置いておきましょ」
「そう、だな……」
もう少しで何かが分かりそうなんだが……。
レイリィに言われ、思考を中断する。
「とにかく、迷宮の資源関係に関してはわかった」
「そう。この2つが、世界にある7つの迷宮に関して共通してる事項ね」
「ん……? いや、待ってくれ。迷宮は7つなのか?6つじゃなくて? この世界に存在する国は6つだろ?」
各国に1つの原則なら1つ余る。
世界地図にも6つしか載っていなかったはずだ。
「そうね。7つよ。1国に1つ、じゃなくて7王に1つ」
「7王……人王、獣王、機王、魔王、龍王、法王、賢王、か?」
「そう。各王は迷宮の守護者。各々自分の迷宮を護っているの。だから迷宮は7つ」
「でも今魔王は居ないんだろ?」
「そう、ね」
俺から視線をそらし、ミリィを見るレイリィ。
その視線には、少し、気遣いの意味合いが含まれているように見えた。
「……でも、魔王もそのうち生まれるはずよ。だから、魔王の迷宮はいま"人王が管理している"わ。……話が逸れたわね。ヘイムガルドの迷宮の話にもどっていいかしら」
「あぁ、すまない。続けてくれ」
あれ……?……いま、レイリィの言葉になにか違和感が……。
まあ、いいか。今は迷宮の話だ。
「ヘイムガルドの迷宮についてわかっていることは大きく3つよ。
ひとつ、魔物は人型のものが多い。まあ、これに関してはそれほど重要じゃないわ。
ふたつ、地下に潜っていくタイプの迷宮で、最下層は100層。50層に、以前話した『聖人の門』があるわ。それに関しては、レイジがなんとかしてくれるのよね?」
「ああ。俺なら何とか出来るらしい。だよな、アリス?」
『そうじゃの』
「っていうか、50層より下に降りられないのになんで全100層だってわかるんだ?」
「聖人の手記が残ってるからよ」
「……はい?」
「だから、迷宮を作った人がそう言っているのよ」
「え? 迷宮って聖人が作ったの? 俺作ってないよ?」
「貴方じゃないわよ。……って、え? まって、いま聞き捨てならないこと言わなかった?」
「え? なにがだ?」
「貴方、聖人なの?」
「そうだよ。言ってなかったか? ……あ、そうか、レイリィには魂魄情報は見れないのか……」
「えっ!? ちょ、ちょっとまって!? 聖人!? 聖人ってあの聖人!?」
「どの聖人か知らないけど、多分その聖人だな。女神の加護でそうなった。なんかすごいのか?」
「すごいのか……って、大昔にふらっとファンタズマゴリア現れて迷宮を作ったのが聖人なのよ? それと同じ存在っていうなら、神様に近いものなんじゃないの? 少なくとも人族の中ではそういう扱いよ?」
「いや、俺には特にそういう凄い力はない。せいぜいが吸血鬼が血を飲んで火傷するくらいのもんだ」
「そう、なの? 聖人に関しては私も詳しく知らないけれど……」
「聖人様は迷宮を作って人々に恩恵を与えた功績で天界に昇ったなの」
と、それまでおとなしく話を聞いていたミリィがぽつりと呟いた。
「ん? なんだそれ」
「ミリィの家に伝わる言い伝えなの。そして聖人様が再びファンタズマゴリアに現れた時は世界の理が書き換えられる、って」
「ふーん。……まあ、聖人の言い伝えに関してはいいや。俺そんな大層なもんじゃないし」
「そうなの? お兄ちゃんすごくないの?」
「いや、そういわれるとなんか心にくるけど、まあすごくないよ」
ちょっとばかし不死身なだけだ。
しかもそれも別に聖人の力とかじゃないし。
「まぁ、そうね。その『聖人の門』がなんとかなるなら何でもいいわ」
ざっくりまとめられたけど、まあそうだ。
今はそこは重要な事ではない。
「ふう……。じゃあみっつめね。これに関しても大したことじゃないわ。10階層ごとに特別な魔物がいるわ。これは一度倒すと二度と復活しない。つまり50層までは普通の魔物の相手だけで済むってわけね」
「あぁ、なるほど、エリアボスね」
「えりあぼす?」
「いや、こっちの話。……50層より下にはいるんだよな? それに関しても、俺とレイリィならなんとかなるんだろ?」
『そうじゃの。魔物程度なら何とでもなるのじゃ』
「……ていうかなんでそんなことわかるの、アリス」
『わしは物知りなのじゃ』
「ふーん」
ごまかされてる気がする。
けど大丈夫ならいいや。
「とりあえず、この3つが大きく分かっていることよ。まあ50層までは大した障害もなく行ける筈よ。採掘回数も多いし、探求者もよく潜っているしね。本番はそこから下。未踏の地だから、慎重に進むことになるわ」
そこまで話すと、レィリィはティーカップを手に取り、お茶を飲んだ。
「そういうわけで、1日3層進むとして、大体一か月、ね」
「なるほど。そんなに広くない感じ?」
「そうね……各階層の構成が50層以降でがらっと変わるとかでない限り、進むだけなら1日、3から4層は潜れるわね。古代遺物とか宝物を余さず手に入れたり採掘をするっていうのなら話は変わってくるけれど、目的は踏破だし」
でしょ? と目で問いかけてくる。
「まあな。取り敢えず踏破できればいいはずだ。……でも、道中で宝物とか見つけたら持って帰っていい?」
「……まあいいわよ。魔石と構成物質の採掘で入手した資源以外は基本的に発見者に所有権があるから」
「やったあ」
レアアイテムとかあったら欲しいじゃん?
「なにか質問はあるかしら?」
「いや、特に思い浮かばないかな。また聞きたいことがあったら聞くよ」
「ん、そうして。ミリィは? 大丈夫?」
「大丈夫なの」
「まあ、あなたは私たちの後ろについてきてマッピングしていてくれたらいいわ。危ない目にはあわせないから安心して」
「罠も解除するなの!」
「うん、それもお願いね」
ふふ、と笑うレイリィ。
「それじゃあ、一週間後、今の宿に使いを出すわ。それまでは……そうね、準備や装備を整えておいて」
「あ、そうだ。質問」
「なにかしら?」
「何か持っていったほうがいいものはあるか? あと、バナナはおやつに含まれる?」
「そうね、食料と水は多めに。ブラッドシュタインフェルトは『収納空間』が使えるのよね? それなら保存の効くものを大量に持ってきて。それとバナナはおやつじゃなくてお弁当枠よ」
つくづく便利な魔法だ。『収納空間』。
使わせるとアリス怒るけど。
ていうかバナナあるんだファンタズマゴリア。見かけたら買おう。
「よし、わかった。それじゃあ一週間後にな」
「えぇ。それまで観光とかしていてもいいわよ。……また魔族を拾ってきたりしなければね」
「ははは……」
アレックスばりの苦笑いを浮かべて俺は立ち上がる。
「それじゃあミリィの装備を買いに行こう」
「ミリィの?」
きょとん、と俺を見上げるミリィ。
「あぁ、出来るだけ上等な奴を買おう」
「わかったなの!」
そうして、俺たちはレイリィに手を振って領事館をあとにした。
カンのいい人には今後の展開がバレそうです。
ようやく一章は半分くらいまで来ました。
早く迷宮に潜れ……?作者もそう思っています。
25話くらいから迷宮探索に入る予定です。気長にお付き合いくださいませ。