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02 ポンコツ吸血鬼に眷属にされました。

 事故で死んだと思ったら、勘違いされて変な女神に転生させられました。

 ――着の身着のまま、どこぞともしれぬ謎の暗い森に。


「いや、どういうこと?」


 途方に暮れていた。

 あまりにも説明不足が過ぎる。

 ここはどこで、俺は何をすればいいんだ。


「とりあえず……」


 立ち上がり、パンパンと尻を払う。


「与えられたらしい女神の加護とやらを確認してみるか」


 もちろん混乱はある。……あるが、こうなったものは、もう仕方がない。

 物事は、何事も前向きに捉えるべきだ。


 俺の数少ない取り柄は、ポジティブなことと順応性が高いことの二つだ。

 異世界転生だろうがなんだろうが、そうなってしまったことを悔やむよりも、せっかく拾った命を無為に散らさない事を考えた方が建設的だと判断する。


 ……というよりも、そうでも思わないとやってられなかった。

 夢である可能性も考えたが、妙に生々しく感じる木々の匂いや、足元から伝わる湿った土の感触が、これが現実であると俺に訴えかけてきている。


 ならば、順応せねば。


 物事は、何事も前向きに捉えるべきなのだ。


 ここに来る前に出会った女神とやらが言うことが確かならば、どうやら俺はチートパワーとやらを貰ったらしい。

 あちこち体を検分してみるが、特に変わった様子はない。

 服も死んだときのまま、通っていた高校の制服を着ている。


「んー、ありがちなのはすごい魔力とか……?」


 なんといっても女神の加護だ。魔法系な気がする。なんとなくそんな気がする。


「よし、やってみるか」


 むん、と気合を入れて、目を瞑り、魔力を手のひらに集めるイメージをする。


(イメージするのは火の魔法……球体に収束させて、前に発射する……)


 ふぅー、と深く息を吸い、目をカッっと見開く――!


「行くぞッ! ファイアアアアアァアア、ボォオオオオオゥルッ!!!」


 …………何も起きなかった。


 誰も見ていなかったのが幸いだった。見られていたら俺は間髪入れずに人生で二度目の死を経験していただろう。羞恥で。


「……ま、魔法じゃ、な、なかったカー!」


 誰に言い訳をしてるんだ俺は。


「魔法じゃなかったら……身体能力か……?」


 わかる範囲で筋力や脚力に向上や変異は認められないけど……。


「とりあえず、その辺の木でも殴ってみるか」


 ふっ、と軽く息を吸って、腰だめの位置で拳を構える。


「――セイッ!!」


 気合一閃、我ながら驚くほど流麗なフォームで正拳突きを目の前の巨木に叩き込む。


 ぺし。


「……いってえええええええええええ!?!?!?」


 何も起きず、俺の拳は当然のように木に弾かれた。

 割と本気で殴ったせいか、とんでもなく痛い。木には傷一つついていない。


「うぉおおお!!」


 拳を抱え込み、ごろごろと地面を転げまわる。


「ぅう……」


 散々のたうち回ったあと、のろのろと起き上がる。

 右手を確認してみるがどうやら怪我はしていないみたいだ。

 よかった、異世界の医療技術も未確認の中、怪我でもして化膿なんかしたら目も当てられない。


「物理的な力でもないのか……」


 魔力でも腕力でもないとすると……。


「伝説の……武器……的な……?」


 望み薄だろうが試してみよう。


「はぁぁぁぁぁ……」


 中空に手を伸ばし、剣をイメージする。


(女神の加護だろ……? 聖剣だな。あれだ。光る剣。なんとなくかっこいいやつ……)


「そう……汝の名は……」

 

カッと目を開き――その名を呼ぶ!


「エクスッ! カリバァアアアア!!」


 …………。

 何も起きなかった。


「天丼かよ!!!」


 頭を抱えた。

 何も起きない。魔法も力も武器もなし。


「じゃあ何なんだよ女神の加護って!!」


 困り果てた。


「もういっそ全部くれていいじゃん! いったじゃんチートって! 魔法もパワーも武器も全部くれよ!」


 真っ暗闇のなか頭を抱えて喚き散らしていると――


 ――――ザリ。

 

 と、落ち葉を踏む音。

 バッと顔を上げ、周囲を見回す。


「な、なんだ?」


 冷静になって考えてみると、ここは異世界の森だ。

 安全な日本の森じゃない。

 未開の地ってこともある。

 

 なにより――


「魔物とか、いるんじゃ……ないのか?」

 

 俺も一般的な日本の男子高校生だ。ラノベやアニメ、様々なサブカルチャーには、それなりに精通している。

 まさか自分が異世界転生こんなことを経験するとは思ってもみなかったが。


 そして、そんなサブカルチャーにおける異世界の一般常識テンプレートから推察するに……。


 凶暴な魔物が棲みついている可能性だって……ある。


(というか、その可能性のほうが高いんじゃ……?)


 ――――ザリ、ザリ――――。


 先ほどと同じ音。

 明らかに何かの足音。


 そして――

 

 『グルルルル……』

 

 唸り声。

 それも、四方八方から――。


 気づけば俺は、得体のしれないナニカに、囲まれていた。


(まずいまずいまずいまずい……!)


 息を殺し、しゃがみ込む。

 先ほどまで無警戒に喚き散らしていた自分を殴りたい。


(近い!何かの気配……!)


 恐る恐る周りを見回す。

 狼のような――狼より一回りも二回りも大きい――獣に、見られている。

 暗闇に、赤い瞳が輝いて、真っ直ぐにエモノを見つめている。 


(何匹、居るんだ……?)


 視認できるだけでも、4匹、いや、5匹……。


『グルルルルルル』


 牙を剥き、前傾姿勢を取り――


(来るッ!?)


 顎を大きく開き、四方から4匹が俺に向かって飛び掛かかってきた。

 とっさに正面に腕を伸ばす。


「!? ッッガぁああああああ!!!!」


 伸ばした腕に、獣の牙が突き刺さった。

 直後、俺の腕を食い千切らんと、ものすごい勢いで体が引き摺られる。

 目の前に火花が散り、脳が白熱する。


 痛い痛い痛い痛い痛いッッ!!!


「ヒッ!!ギィ!!」


 遅れて後ろから飛び掛かってきた獣が肩に食いつく。

 左からは脇腹、右からは足。

 次々と、万力のような力で俺の肉を、骨を――


(く、くわれる……!?)


「ァ、ヒァ……ッ、ァアああああああッ!?」


 意味をなさない叫び声が喉から漏れる。

 圧倒的痛みと、絶望的恐怖。

 

 思考は意味を成さない。

 

 食いつかれ、引っ張られる。体がバラバラになりそうだ。

 いや、もうバラバラになっているのか?


 痛みで何も考えられない――。


『ギャァッ!?』


 どのくらい喰いつかれていたのか、突如として圧迫感が解け、獣達が俺から距離を置いた。


「ぐぅう……!?」


 何が起きた……?


 だくだくと血を流す四肢を庇い、ずりずりと情けなく這いずって、獣から距離を置く。

 獣の方も、俺に何かの脅威を感じているのか、注意深く観察しながら俺から距離を置いている。

 見れば、俺に食らいついていた4匹の獣の顎が、何かに焼かれたかのように焼け爛れていた。


「がっ、ぁ……はぁ、はぁっ……!」


(何かが、起きた……。それは確かだ。これが女神の加護……?)


 なんにしろ噛みつかれてから何かの影響を及ぼすんじゃ手遅れだ。


(だってこれじゃ……)


 俺は、霞む目で喰いつかれた体の部位を見る。

 目をそむけたくなるほどズタボロだ。ところどころ骨が見えている。

 血と、骨と、肉と、臓物と。

 めちゃくちゃだ。間違いなく、致命傷。


(失血死……じゃねぇかよ……)


 目が霞む。

 手足に力が入らない。力を入れるべき四肢は、もう破壊されている。


『グルルルル……』


 俺が死ぬのを待っているのか。

 死んだあとに食うつもりなのか、獣は遠巻きに――けれど俺から離れようともせず、俺を眺めている。

 

 ――その時、月にかかっていた雲が晴れたのか、あたりがが明るくなった。


 思わず月を見上げる。

 

 雲間に顔を覗かせた月は、地球で見たどんな月よりも大きく、明るく……まるで血で満たされた、まあるい盃のようで――


(ああ……この世界の月は、紅いんだな――)


 ――纏まらない思考。霞む視界。近づく死の足音。それら全てを差し置いて、綺麗だ、なんて、そんな風に思ってしまうほどに、幻想的な風景だった。


 そして、そんな幻想的な風景の中――


「ほぉ……? 珍しいの、こんなところにニンゲンなんぞとは」


 ――紅い月を背に、少女バケモノが、現れた。


「ヒッ……!?」


 喉から掠れた悲鳴が漏れる。


 少女を認識した瞬間、俺の脳内は1つの感情に支配された。

 俺を囲む大量の獣より、トラックに轢かれたと認識した時より――今目の前に迫っている圧倒的な死への恐れよりも。


 目の前にいる少女のほうが何倍も――


(怖い……!)


「フフフ――そう怯えずともよいだろう?」


 鈴を鳴らすような耳に心地の良い声、紅い月に照らされて輝く金色の瞳、腰まで届く美しい赤髪。透き通るようなその白い肌。緩やかに結ばれたその小さな唇。計算して作られたのかと思えるほどに通った鼻筋。翻すドレスからすらりと伸びる、どんな人形よりも整ったその美しい肢体――その、全てが。


(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――――!!)


 痛みも、死への恐怖も、生への渇望も、流れ出していく俺のイノチすらもすべてがどうでもいい!

 

 この少女から逃げたい! このナニカから一刻も早く逃げ出したい――――!


「ふむ……。ともあれ、主らは邪魔じゃの。疾く失せぃ」


 少女が周りの獣に一瞥をくれ、腕を一振りすると――


『ギャンッ!?』


 周りの獣全てが、一瞬にして弾け飛んだ。


「これでよし、と」


 満足そうに頷き、再び俺を視る少女。

 いつ近くに来たのか、少女の顔が俺のすぐ目の前にあった。


(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)


「さぁて――」


 俺の恐怖なぞ知らぬとばかりに少女は機嫌よく笑みを作る。

 

 そして、またいつの間にか俺から距離を置き、紅いドレスのスカートの両端を優雅につまみ、華麗にお辞儀をし――


「我が名は、アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルト。汝の血、命、魂に至るまで、我に捧げよ」


 そう言って、嗤った。


「な、に……を」


 辛うじて声が出た。

 細胞全てを苛む恐怖を押さえつけ、たった3文字。


「今からわしは貴様の血を吸う。最後の一滴まで、余さず、残さず。そして貴様は死ぬ」


 少女は宣言する。

 

 ――今からお前を殺すんだと。

 

 そういって微笑む少女の表情は……なぜだろう、とても、とても悲しそうで――


「ま、ぁ……どうせ、このまま、でも……死ぬ、しな……血を吸いたいなら、吸えよ……」


 ――だから、俺はそれを受け入れた。


 喉に血が絡み、うまく発音できない。

 ごぼごぼと、水の混じった音が喉から漏れる。


「ほぉ……? 殊勝な心がけじゃな」


「あん、た、吸血鬼か、なにか、か……?」


 浮かんだ疑問を投げかける。少女は一瞬、驚いたように目を見開くと、


「ご明察。わしこそが、吸血鬼の王にして真祖。そして――」


 少女は、音も気配もなく、俺に肉薄する。


「――最後の生き残りじゃ」

 

 首筋に熱い吐息を感じる。

 

 ――ぞぶり、と首に歯が刺さる感触。

 

 痛みはない。

  

 ずるり、ずるりと血を吸われる感触。


 苦しくもない。


 紅い月を眺めながら、その感触をどこか遠くの世界の出来事のように俺は感じていた。


 ゴクリ、ゴクリ、と少女が俺の血を嚥下する音がやけに大きく聞こえる。

 

 ぷは、と、俺の首筋から離し、少女が手の甲で口元にべったりとついた血をぬぐう――――


「……マッッッッッッズ!? えっ!!?? マッズ!!!」


 と、喚きながら俺を3度見してきた。


「え……なんか……ごめん……」


 先程までの落ち着いた妖艶な雰囲気から一転、突如として感情丸出しで喚き始めた少女に虚を突かれ、ついつい謝ってしまった。


「マッッッズ!!」


 ……三回もまずいって言われた。

 ていうか、気づけば体のしびれがきれいさっぱり消えている。

 それどころか痛みもどこかに飛んで行った。

 すっくと立ちあがる俺。


「え? あれ? なんか、痛くない。何で?」


 そんな俺を見て、不味い不味いと連呼していた少女が何かに気づいたようにハッとして、頭を抱えてうずくまる。


「あ……あああ!! 半端に吸った所為で!! やっちゃった! わたし、やっちゃった!!」


「……は?」


 手をにぎにぎしてみる。

 うん。動く……し、なんだ? すこぶる調子がいいぞ。

 おかしい。俺、死にかけてたよな?

 

 霞んでいた視力も戻ってきた。

 あれだけ暗かった森の中が、今や昼間の様にはっきりと見渡せる。


「わし、眷属作っちゃったのじゃーーーー!!!」


 ――――よくわからないが……作っちゃったらしい。


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