14 魔族の少女
「とりあえず、これ食うか……?」
「い、いいなのっ!?」
「いいぞ、ほら……」
路地裏で行き倒れていた少女を助け起こし、アリスが収納空間から取り出したパンと水を渡す。
「んぐっんぐっんぐっ!」
怒涛の勢いで水を飲み
「はむっはむっ!」
破竹の勢いでパンをむさぼる少女。
「うぅうっ!?」
のどに詰まらせた。
「慌てずに食えよ……ほら、水もっと飲め」
「んぐっ、んぐっ、んぐっ!」
「…………」
セシリアは壁に背を預け、こちらを油断なく観察している。
両手は腰の短剣の柄に掛けられていた。いつでも抜けるように。
「まだパン食うか? 干し肉もあるが」
「おにく! たべるの!」
「だってよ、アリス」
『はぁ……わしは言ったらなんでも出てくる便利グッズじゃないのじゃ……』
そうぐちぐち言いながらぽいぽいと俺の影から干し肉を投げてよこす。
十分便利グッズな気がする。
「食べ物を投げるんじゃありません!」
空中でキャッチし、そのまま少女の目の前に差し出す。
「ほら。……ん? どうした?」
少女にキラキラした目で見つめられていた。
「お兄ちゃんの影は、お肉が出てくる影なの? 魔法なの??」
……純真な瞳で見つめられていた。
「……説明が面倒だ。アリス、出てきてくれ」
『わしは今忙しいのじゃー!』
「俺の影の中で忙しいとかあるか!」
『むぅ……』
むくれたような声を返しつつ、俺の影から腕を出すアリス。
そして地面を押さえつけ――
「よい、しょ」
と、這い出て来た。
「ッ!」
背後でびくり、とセシリアが身じろぎする気配を感じる。
キチ、と鞘と短剣がこすれる音がした。
驚かせてごめんね……。
「……すごいなの! どうやったなの!?」
キラキラした瞳でアリスを見る少女。
「ふむ。人間の国に魔族とは珍しいのじゃ」
少女の疑問を黙殺して、じ、と少女を見つめるアリス。
何事かを考えている様子だ。
「お主、名はなんという」
「ミリィはミリィなの」
「ミリィ……ふむ」
顎に手を当て、何か思案する様子のアリス。
「レイジ、この娘を"視"るのじゃ」
「ん? 魂魄情報か?」
「そうじゃ」
「まあいいけど」
少女に意識を向ける。
内側を探るイメージ。
「?」
小首をかしげて少女ががこちらを見ていた。
ウィンドウが表示される。
ミリアルド・ファランティス
Lv10 魔族
【魔法】Lv1
【土魔法】Lv1
【盾】Lv2
【冒険】Lv2
なかなかの才能だった。
っていうか冒険を持ってる。
「名はどうなっておる?」
「ミリアルド・ファランティス」
「ッ!?」
セシリアが背後で息を呑んだ。
「……ふむ。なるほどなのじゃ」
「何がなるほどなの? 二人ともなんか知ってる感じ?」
「ファランティス、は、魔王の、名前、です」
「は? え? 魔王? いや、討伐されたんだろ?」
他の誰でもない。セシリアたちに。
「おそらく、子じゃの」
「子……つまり……娘……? ……魔王の!?」
「そうじゃ」
「???」
もっきゅもっきゅと干し肉をほおばりながら、ミリィ――魔王の娘が不思議そうに驚く俺たちを見ていた。
――――――
「魔王の、娘は、放って、おけません」
「だったらどうするんだよ。殺すのか?」
「…………」
俺達は薄暗い路地の隅っこで、作戦会議を行っていた。
ミリィには干し肉とパンと水を与え、食事をとらせている。
一心不乱に食べていた。
こちらの会話には気づいていないようだ。
「わしはなんでもいいのじゃ。とにかくおなかがすいたのじゃ、早くご飯にするのじゃ」
約一名、真面目に会議に参加していない吸血鬼が居るが。
「アリスが最初に気が付いたんだろ? 何か思ってのことじゃなかったのか?」
「なんとなくそう思ったから確認をとっただけなのじゃ。そこから先はレイジの決めることなのじゃー」
責任を放棄された。
「殺す、までは、行かなくても、せめて、衛兵に、引き渡す、べきです」
「敵意も何もなさそうだぞ。そもそも本人ここがどこなのかもわかってない様子だし」
「魔族は、人族の、敵、です」
「あの子は敵じゃないかもしれない」
「敵、かも、しれません」
埒が明かない。
しかたない。
「なあミリィ」
「なあに?」
「お前、ここがどこかわかるか?」
「んー? わからないなの。船に乗ったところ辺りまでは覚えてるの。でも、そこからどうやってここに来たかは覚えてないの」
「俺たちを攻撃するか?」
「なんで? ごはんくれた人にそんなことしないなの」
「――だ、そうだ」
「信じる、の、ですか?」
セシリアの手は、油断なく短剣に添えられたままだ。
「さっきも言った通り、ここは俺に預けてくれないか? 大丈夫だ。何か危険があったら、俺が身を挺してでも止める」
もしくはアリスが止める。
「……わたし、は、レイジ殿が、この街に、居る間、あなたに、従うように、レイリィに、言われています」
「そうか」
「……なので、あなたの、決定に、従います」
「……ありがとう」
不承不承といった具合で、セシリアが矛を納めてくれた。
矛っていうか、短剣だけど。
「……なあミリィ。ミリィはどこかを目指していたのか?」
「ううん。特に目的は無かったなの。でも、今はおうちに帰りたいなの」
「そもそも何で家を出て来た?」
「……逃げて来たなの」
「……そっか」
おそらく、勇者パーティからだろう。
父親か誰かが逃がしたのだと思う。
「いくあてはあるのか? 頼れる人とか」
「ないし、いないなの」
目を伏せるミリィ。
ここがどこだかもわからず、頼れる人もいない。
どこに行けばいいかもわからず、たどり着いた場所は敵地。
魔族であることがバレればどうなるかは……まあ、セシリアの反応が如実に語っているだろう。
異世界に来たばかりのことを思い出す。
あの時は、何をどうしたらいいかもわからず不安だったっけ……。
アリスに会わなければ、俺も行き倒れてのたれ死んでたかも知れない。……いや、それより先に狼の餌か。
「はぁ……」
ため息をつく。
ミリィを眺める。注視してみてみれば確かにうっすらと魔の力を感じるが、外見は完全に人間と変わらない。
大きな紫色の瞳に、整った目鼻立ち。歳の頃は人間年齢で13,4歳ほどか。
さらさらとした薄紫色の髪は、三つ編みにして左胸のあたりまで垂らされ、よく見れば服は上等そうなものを着ている。
文句なしの美少女だ。
(俺、この世界に来てから美少女しか見てない気がする)
「……なぁミリィ。俺達と一緒に来るか?」
「え?」
「まず、ここは人族の国、ヘイムガルドだ。魔人領からは随分と離れてる。ミリィが1人で帰るには……ちょっと危険かもしれない」
「ひ、人族の国!? そ、そんなところまで来てたなの……?」
「あぁ。そして、俺たちはこれから、迷宮都市ザインという場所に向かって、迷宮探索をする。……迷宮のことは分かるか?」
「わかるなの」
「そっか。んで、俺たちの目的は、世界中すべての迷宮を踏破することだ。つまり、今すぐにってワケじゃないが、魔人領にもいずれ行く。それまで、一緒に来るか?」
「……いいなの?」
「ん? 何がだ?」
「ここが人族の国、ってことは、お兄ちゃんも人族でしょ?ミリィ、魔族なのに……」
彼女なりに人族と魔族の関係は理解しているらしい。
不安げに瞳が揺れている。
「あぁ、その辺は問題ない。そもそも俺も人族じゃないし、このアリスも人族じゃない。吸血鬼だ」
「へっ!?」
「まあ、そこはいろいろあってな。おいおい話すよ。……で、どうする?」
ミリィは俺の真意を測るかのように、じっと目を見つめてくる。
俺は目を逸らさずにしっかりと彼女の瞳を見つめ返した。
「うん……一緒に行く、なの。行くところもないし、どうしたらいいかもわからないなの」
何かを決意したかのように、しっかりと頷くと、ミリィはそう言った。
「……そうか。分かった。さっきも言った通り、俺たちの目的は迷宮の踏破だ。道中危険かもしれないが……」
「だ、大丈夫なの! ミリィ結構強いなの!」
むん、と握りこぶしを作ってみせるミリィ。
「はは、そっかそっか。じゃあ、一緒に行こう、ミリィ。俺の名前はレイジ。こっちがアリスで、こっちがセシリア」
「ミリィなの! よろしくなの、お兄ちゃん! お姉ちゃん!セシリアちゃん!」
「……いや、レイジにアリスね」
「お兄ちゃんにお姉ちゃん」
「……まぁ好きに呼んでくれていいけどさ」
「わしは許可してないのじゃ!?」
「まぁまぁ……」
「…………よろしく」
一応、セシリアも挨拶は返した。
とりあえず、これでいきなり切った張ったは始めないだろう。
「レイジ、殿。なにか、あったとき、は」
「分かってる。俺が止める」
「……それ、ならば」
ふぅ、とため息をついて、セシリアが離れてゆく。
嫌われたかもしれない。
「ほんとに、お人よし、じゃの」
アリスはアリスでどこかつまらなそうな表情だ。
つーんとそっぽを向いたまま、俺の影の中に潜っていった。
「それじゃあ行こうか、ミリィ」
手を差し出す。
「はいなの!」
俺の差し出した手をしっかりと握り返して、ミリィが元気に返事をした。
――こうして俺たちの旅に、魔族の少女が加わった。
ここまで書きたかったので、3話投稿でした。
それではまた明日。