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12 城塞都市エノム

話をひと段落させたかったので、少し長めです。

 翌日。

 俺はアレックスに言われた孤児院とやらに来ていた。

 出立の準備が終わったので、挨拶だけでもしようと思ったのだ。


「ごめんくださーい……」


 孤児院――長屋のような建物だ――のドアをノックする。

 暫く待っていると、ギィ、と立て付けの悪そうな音をたてて、ドアが開いた。


「だぁれー?」


 金髪ようじょに出迎えられた。


「こんにちは。俺の名前はレイジ。……アレックスは居るかな?」


 しゃがみ込んで、ようじょと目線を合わせる。


「あれくのともだちー?」

「アレク……? あぁ、愛称かな。そうだね友達だ」


 友達ではないだろうけど。


「まっててー!」


 ぱたぱたとようじょが奥に駆けていく。

 数分待つと、ようじょに手を引かれて金髪青目のイケメンが現れた。


「やあ、レイジ。早速訪ねてきてくれたのかい?」

「あれくー! れいじ!」

「あぁ、そうだねサリア。レイジだ。さ、お母さんのお手伝いに戻って。ありがとう、サリア」


 そういって、幼女の頭をなでるアレックス。


「あーい!」


 ようじょがまた奥に駆けてゆく。

 元気だ。


「急に来てすまなかったな。えっと、ここは……」

「僕の"実家"だよ。僕は戦災孤児なんだ」


 何でもないことのようにアレックスがそう言った。


「あぁ、なるほど。……いや、なんかごめん」

「大丈夫だよ。そう珍しいことでもないからね。でも、うん、気遣ってくれてありがとう。レイジは優しいね」


 朗らかに笑うアレックス。


 きゅん……じゃなくて。


「出立するからその挨拶に来たんだ。世話になった」

「いや、僕は道案内しただけだから、気にしないで。エノムはここから南西に3日程度だ。道中気を付けて」

「ああ、ありがとう。それじゃあまたな」

「うん、また」


 握手、をしようとして手を引っ込めるアレックス。

 ははは、と頭を掻きながら苦笑いを浮かべて、手を挙げた。

 俺も手を挙げ返して、孤児院に背を向けた。


 ――「あれくー! ごはんだよー!」

 ――「あぁ、今行くよ」


 そんな微笑ましい声を背に受けながら、俺は町を後にした。


 ――――――


 そうして、俺達は再びエノムに向かって出立した。

 エノールを出て街道をしばらく歩くと、徐々に人の往来が増えてきていることに気が付いた。

 行商だろうか。積み荷をたくさん積んだ荷馬車や、その護衛らしい冒険者風の集団。

 訓練中の衛兵の姿も見かけた。

 街道も広く整備されたものに変わり、ここまでの道程、嫌という程みた魔物はとんと見なくなった。


『そろそろ見えてくるのじゃ』


 俺の影の中からアリスが言う。


「うん? まだ二日しか歩いてないぞ。もう少しかかるんじゃないのか?」

『大きい街じゃからの。大分遠くからでも見えるのじゃ』

「そんなでかいのか……」

『ていうか予定よりだいぶ早いのじゃ。急いだのじゃ?』

「いや、そんなつもりは……」


 いやまて。


「アリス……俺、昨日寝たか?」

『寝てないのじゃ』


 なんてこった。

 どうやら夜通し歩いていたらしい。

 気づかなかった。


「なんで言ってくれないの?」

『寝ないのかなーって思ってたのじゃ』

「なんで言ってくれないの?」

『まあ一晩寝ないくらいじゃなんともないのじゃ。吸血鬼じゃし』

「最近アリスから吸血鬼だからですべてを解決しようとする意志を感じる」

『きのせいなのじゃ』

「棒読みじゃん」

『きのせいなのじゃ』


 しかしまあ、体力が増したこととは別に、夜にめっぽう強くなった、のは間違いないと思う。

 睡眠時間が減った……というよりは活動限界時間が増えたという感じだ。

 確かにこれは吸血鬼的な何かな気がする。

 人間性がどんどん薄くなっていく。

 今日はちゃんと寝よう…。


 そういや吸血鬼で思い出した……。


「なあアリス」

『なんじゃ?』

「俺って吸血鬼なんだよな?」

『何を今更』

「吸血衝動とかないんだけど、どうなってるのその辺」

『わしも特にないのじゃ』

「……え。吸血鬼なのに吸血衝動ないの?」


 でも俺の血は飲もうとしたよな。

 ていうか飲んだよな。

 不味かったらしいけど。


『基本的には血を飲みたいという衝動はないのじゃ』

「じゃあなんで血を飲むんだ?」

『……血を飲んだものの魂を自分の内に取り込むためじゃ』

「……? どういうこと……」

『――ほれ、見えたのじゃ』

「ん……」


 ごまかされた……のか?

 だがまぁ深く追及はすまい。

 誰にでも話したくないことの一つや二つはあるだろう。

 それに、俺としては、吸血衝動に悩まされたりしないのなら特に問題はない。


『すまぬのじゃ』


 かすかに届くアリスの声。


(いや、謝る必要はないさ)


 心の中だけで答えるだけにとどめ、俺は進行方向を見る。


 遠くに城塞都市エノムの外郭が見えてきた。


 ――――――


 その日の内にエノムに到着することが出来た。

 さすがにエノールのようにフリーで入れるってワケじゃなさそうだ。

 衛兵が入城する人々の荷物の検査をしている。流石に国境付近だし、警備は厚いのだろう。

 大人しく検閲の列に並び、順番を待つ。

 ぐるり、と街を囲む城壁、どのくらいの距離を囲っているのか、果てが見えない。

 大分でかい街のようだった。


「アリス」

『……ん』


 先ほどの会話から無言だったアリスに話しかける。

 気まずい空気を払拭しようとした事は否めない。


「迷宮ってこの街にあるのか?」

『いや、もっと南じゃな。ザインという街にある。迷宮都市と呼ばれとる。王都のすぐそばじゃな』


 流石北の果てにあるシュタインフェルト城。とにかく南下なんか……なんつって。


『……冷えてきたの』

(だから心読まないでくれる!?)


 そんなくだらないことをしていると、俺たちの検閲の順番がやってきた。


「入城の目的は」


 フルプレートの甲冑を着こんだ衛兵が横柄に尋ねる。

 ん……?衛兵と横柄……。


『寒いのじゃ』

(読むなって!)


「目的は……待ち合わせ……あ、いや、まった。これを」


 俺はレイリィに渡された封書の存在を思い出した。

 懐から取り出して衛兵に手渡す。


「うん……? お前、伝令か?」


 俺から封書を受け取り、あらためる衛兵。

 裏を見て、宛名を確認する。何も書いていないはずだ。


「にしても、随分上等な封筒……っ!?」


 裏にした瞬間、衛兵の言葉が詰まった。


「し、失礼いたしました! う、上に取り次ぎますので、しばしお待ちを!」


 そう言うや否や、ガチャガチャと甲冑のこすれる音を立てて街の奥に走っていった。


「……どゆこと?」

『王族の紋章の付いた封蝋がしてあったじゃろ。当然の反応なのじゃ』

「あ、なるほど」


 ちゃんと見たらわかるようになってたのか。

 抜かりない。

 レイリィの気遣いに感謝していると、


「申し訳ございません。検閲の続きがありますので、詰め所でお待ちいただけますか」


 先ほどと違う衛兵が――甲冑は同じものだから声でしか判別つかないが――そう俺に声をかけ、詰め所に入れてくれた。

 勧められるまま椅子に座り、出された茶を飲む。

 ……薄い。


 詰め所では、甲冑に身を包んだ衛兵が直立不動で俺の周りを囲んでいる。

 王族の封蝋を持ってきた人間だ。まあそういう態度になるよね……。

 フルプレートとか重そうだし楽にしてほしいんだけど……。


「――こちらです」


 そうして待つこと数分。

 衛兵に伴われて、フードを目深にかぶった小柄な人影が詰め所に入ってきた。


(レイリィか……?)


 レイリィよりはいくらか小柄な気がするがーー


「――あなた、が、レイジ殿、ですか」


 聞こえた声はか細く、耳を澄ませねばなにを言っているか聞こえないほどだった。


「あぁ……ええっと……君は?」

「レイリィの、使い、で、きました」


 ぱさり、と目深にかぶったフードを外す少女。

 眠たげな緑色の瞳に、肩に届く程度の長さの黒髪。

 野暮ったい外套を着ているせいで体型はわからないが、随分と小柄だ。

 少女はぼーっとした表情のまま


「セシリア、と申します」


 す、と目線を下げて礼……?をした。


「あ、これはどうも。俺がレイジです。よろしく」


 俺もお辞儀を返す。

 礼をされたらお辞儀で返しちゃうのが日本人よね。


「レイリィ、から、伺って、います。こちらに、どうぞ」


 すすす、と少女が移動する。

 少し意識を逸らせば見失ってしまいそうなほどの存在感の希薄さだ。


「あ、おい、ちょっとまってくれ……あ、衛兵さん、どうもお世話様でした!」


 慌ててセシリアを追って詰め所を出る。

 すすす、と人ごみを縫うようにして前を歩くセシリア。器用に人を避けて歩いている。


 俺は小走りで後を追う。


「ちょっとまってくれ、君、歩くの早い……」

「申し訳、ございません」


 やっとのことで追いつき、隣に並ぶとセシリアに声をかけた。

 か細い囁き声が耳に届く。


「いや、大丈夫。……それで、レイリィはこの街にいるのか?」

「この街の、領事館、にいます。いま、そこまで、案内して、いるところ、です」

「あ、そうなんだ」


 レイリィの使いって言ってたもんな。なるほど。

 もうちょっと説明とかしてほしい。


 にしても、随分独特な言葉の区切りかたをする女の子だな。


「君はレイリィとはどういう関係なんだ?」

「セシリア、です」

「あぁ、うん、セシリアさんは」

「セシリア、です」

「あぁ、はい。セシリアはレイリィとどういうご関係で?」

「元、パーティメンバー、です」


 ……えぇと、つまり、魔王討伐の。


「勇者パーティの……?」

「はい」


 人類最強メンバーの一人、ってこと……ね。

 むむむ、と内面を覗くイメージ。


「いやん」


 いやんて。ていうか、やっぱりバレた。

 ある程度実力のある人にはこれするとバレるな……。


 ウィンドウが表示された。


 セシリア・セイルード

 Lv166 人間

【短剣】Lv2

【魔法】Lv2

 【影魔法】Lv1

【隠密】Lv2


 のけぞった。

 いや、人間の定義がもうよくわからん。

 勇者パーティおそるべし。


「……失礼しました」

「おそまつ、さまでした」


 魂魄情報ステータスを覗かれた事を特に気にした様子もなく、眠たげな瞳のままセシリアが俺に頷く。

 そのまま何も言わずに歩き始めた。

 裏路地を抜けて、表通りに。また裏路地に。


「なあセシリア……もしかして遠回りしてたりする?」

「わかり、ますか。どこまで、わたしに、ついてこられるのか、興味があって」

「どゆこと?」

「じつは、かなり、早い速度で、移動、しています」

 何かを試されていたらしい。

「……いいから最短で案内してくれる?」

「わかり、ました」


 セシリアは変わった子だった。


 表通りを歩き、ものの5分で目的地に到着した。

 いや、30分以上歩いてたんだけど。ここから詰め所の辺り見えるんだけど。

 どんだけ遠回りしてたの。何の意味があったの。


「こちら、です。なかで、レイリィ様が、お待ちです」


 領事館の門の前まで来ると、セシリアが一歩引く。


「それでは、わたしは、これで」

「あぁ、ありがとう、セシリア」

「いえ。また、いずれ」


 そういうとセシリアは、すすす、と背後にスライドして、雑踏に紛れて消えた。


「オゥ……ジャパニーズニンジャ……」


 気を取り直して、領事館の扉をノックする。


 少しの間をおいて、扉が開かれると


「久しぶり……でもないわね。ようこそレイジ」


 シュタインフェルト城に来た時よりも煌びやかなドレスを着たレイリィに出迎えられた。


 ――――――


 室内に迎え入れられ、やたらと豪華な部屋に通される。

 貴賓室、というやつだろうか。

 中央に丸テーブルが置いてあり、向かい合うようにして、俺とレイリィが座る。

 部屋の左右にメイドさんが3人ずつ控えており、居心地悪いことこのうえない。


「改めて、ようこそ城塞都市エノムへ」


 にこり、とレイリィがほほ笑む。

 ツインテールはほどき、艶やかな黒髪をハーフアップにしている。

 豪華なドレスと相まって、まるでどこかのご令嬢みたいだ。

 ……いや、王女様か。


「ああ。迎えをありがとう。なんていうか、変わった子だな」

「セシリアのこと? んー、いい子よ。基本的には。確かに、ちょっと変わっているけれど」


 ふふ、とお上品に笑うレイリィ。

 ちら、と部屋の端を見ると


「貴方たちは下がっていて。内密の話があるから」


 そう言ってメイドたちを下がらせた。

 メイドたちは綺麗にそろって深く礼をすると、連れ立って部屋を出ていく。

 全員が部屋から離れていく足音を確認すると、ふぅ、とため息をつき


「あー、肩がこる! まったく、窮屈ったらないわ!」


 大きく伸びをするレイリィ。


「なるほど猫かぶってたわけね」


 通りでやけに淑やかに見えた筈だ。


「ま、一応王女だしね。それで、迷宮探索の準備は出来たのかしら?」

「ああ。とりあえずの修行は終わったよ。アリスのお墨付きだ」

「うん、私がこの街にいる間でよかったわ。王都に戻っちゃうと少し動きずらくなっちゃうし」

「ん? どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。迷宮進入の許可、私と付き添いの2人、合計3人の条件で通したわ。ていうかそれ以外で許可が降りなかったわ」

「えっと、つまり……?」

「迷宮の踏破は私とレイジ、それともう1人、この3人でするわよ」

「おうジーザス……」


 それって、可能なのん……?


 レイリィの言葉に、一抹の不安を覚える俺なのだった。

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