11 探求者組合(シーカーズギルド)
「あれ? レイジ?」
「そういうお前はアレックス」
「あぁ。久しぶり……というほどでもないね」
城塞都市エノムに向かう途中、中継地点として寄った町で俺は、勇者アレックスと思いがけず再会していた。
「あぁ、そうだな。大体ひと月ぶり、か」
「うん。そのくらいになる。大分……雰囲気が変わったね。強くなったみたいだ」
にこり、とほほ笑みかけてくるアレックス。
きゅんっ……やだ、イケメン……。
「分かるのか……?」
「魔力の流れに無駄がない。足運びがスムーズだし、筋肉もついたみたいだ」
ちら、と俺を見ただけで色々分かられたらしい。さすが人類最強。伊達ではないみたいだ。
「すごいな。そんなことまでわかるのか」
「正直見違えたよ。……それで、エノールに来たということは、迷宮探索の準備が出来たってことなのかな?」
「エノール?」
「あぁ、この町の名前だよ」
「なるほど。そうだな。アリスに修行をつけてもらって、許可も出たからな。エノムに向かう途中にここに立ち寄ったんだ」
「なるほどね。それで、何か困っていた様子だったけど」
「あ、あぁ、そうなんだ。アリスにこれをどこかで換金しろって言われてさ。どこで換金できるのかなって」
両腕に抱えた素材を持ち上げて見せる。
ぽろり、と一角獣のような魔物の角が地面に落ちてぱりんと砕けた。
「なるほど……ちなみに今落ちた角はハイコーンの角だね。1金貨くらいになる」
「1金貨ってどんなもん?」
「小さな家族ならひとつきは暮らせるくらいの額だね」
苦笑いを浮かべるアレックス。
「お父さんの月給ッッ!?」
衝撃を受けた。
「常夜の森を抜けて来たんだろう? あの森の魔物の素材は高価なものが多いからね。その両手に抱えてる素材だけで、15金貨くらいにはなるかな」
「お父さんの年収ッッ!?」
衝撃を受けた、アゲイン。
「ははは……。ブラッドシュタインフェルトも一緒かい? うっすらとだけど魔力を感じる」
「あぁ、俺の"影"に潜ってる」
「……なるほど。つくづく非常識だね。……わかった、着いておいで。換金できるところまで案内するよ」
「助かる」
そう言ってアレックスの先導に従う。
「ところで、アレックスはどうしてここに?」
「あぁ、この町には僕の実家があるんだよ。ブラッドシュタインフェルト討伐の失敗で、少し"お暇"を貰うことになったんだ。だから実家に帰ってきてる」
あ、なんか左遷とかされちゃった系……?
なんか申し訳なくなってきた。
「うちのアリスがすみません……」
「いや、ははは……。そういうのではないから、大丈夫。国も勇者のことは無碍には出来ないから、少ししたらまた王都に戻ることになるよ」
「そうなのか。そうしたらまた戦いに駆り出されるのか?」
「そうなるだろうね」
「……その、アレックスはそれでいいのか?」
「うん? 何がだい?」
「なんていうか、ずっと戦い続けで?」
「あぁ……そうだね。この身は"勇者"。それが我が宿命なれば、僕はそれをどうこう言う立場にないよ」
「……そっか」
この柔和な少年が、生涯戦い続ける宿命を背負っている、そう考えると。
(はやく、世界を平和にしないとな)
そんな風に思うのだった。
『感傷に浸ってるところ悪いのじゃが。勇者と大分はぐれとるのじゃ』
「心読んだな!? やめてって言ったのに!」
俺は、セクハラを受けた、いたいけな少女のように身をくねらせた。
我に返り、小走りでアレックスを追う。
二つくらい素材が落ちてパリンと割れた。お父さんの月収が!!
――――――
「ここだよ。探求者組合だ。迷宮の捜索で得た財宝や素材なんかを現金に換えてくれる」
アレックスに案内されてやってきた場所には、3階建ての中世ヨーロッパ風の建物が鎮座していた。
「あぁ、お決まりのやつ」
「うん?」
アレックスが首をかしげる。
「いや、なんでもない。あれだろ?探求者の登録とかが必要なやつだろ?」
「いや、レイジの場合、登録は必要ないよ。むしろ君の目的からして、登録をすると動きづらくなる」
「え?なんで? S級とかになっちゃって無双する感じでは?」
「S級……? のことはよくわからないけれど、この国で登録をすると、この国の迷宮しか探索できなくなるからね。君はすべての迷宮を踏破しなきゃならないんだろう?」
「あ、そういう感じ……。そうだな。じゃあ登録はしないでいこう。……でも、その場合買取はしてもらえるのか?」
「もちろん。探求者でない冒険者や街の衛兵なんかも魔物の素材を持ち込むからね。僕もお世話になってる」
売るのは誰でも出来るってことか。
とても助かる。
「それと、抱えてる素材を一度に同じ場所ですべて売ると、少し困ったことになるかもしれない。組合への登録を強要されたりね。だから売るのは1つや2つで構わないと思うよ」
「なるほど……」
危なかった。アリスめ……。
『ニンゲンの価値基準なんてしらんのじゃ』
(また心読んだな!?)
このまま放っておくと、俺のプライバシーがやばい気配がする。
「アリス、とりあえずこれ仕舞っておいてくれ」
自分の影に向かって素材を放る。
にゅ、と腕だけが影から飛び出てきて、素材を回収していった。
「……なんというか、それは他の人の前でやらないほうがいいと思う」
「俺もそう思う」
やれやれ、と頭を振りながら俺は探求者組合へと足を踏み入れた。
ガラン、とドアに据え付けられたベルが鳴る。
(パターン的には、「おいおいここはガキの来るところじゃねぇぜ!」「へへへ、ミルクでも飲みに来たのかぁ!?」ってなって俺が荒くれ物をばったばったと……)
「「「いらっしゃいませぇ~!」」」
俺を出迎えたのはメイドだった。
まごうことなく、メイドだった。
シックなタイプのメイドだった。
ツインテとポニテとストレートロングのメイド3人だった。
大歓迎されていた。
(ハズしてくるなぁ……)
「どうも」
ぺこ、とアレックスが目釈する。
「アレックス様ぁ!」
「ようこそおいで下さいましたぁ!」
「お待ちしておりましたぁ!」
大歓迎されていたのは俺じゃなかった。
世知辛い。
「有名人だなアレックス」
「それは、うん、そうだね。困ったな……」
苦笑いを浮かべるアレックス。苦笑いがこんなに似合う男も珍しい。
「すまない、モニカさん、今日用事があるのは僕じゃないんだ。こちらの彼……」
「レイジです。魔物の素材の買取をお願いしたいんですが」
「はあい! 素材の買取ですねえ! かしこまりましたあ! こちらへどうぞお!」
ポニテのメイドさん(一番巨乳だ)が、先導してくれる。
「それじゃあレイジ、僕はこれで」
「え? 行っちゃうのか? 礼に飯でも奢るぞ?」
「ははは。気持ちはうれしいけれど、野暮用がね。僕はしばらくこの町に居るから、なにかあったら町の南にある孤児院に来てくれたらいいよ」
そう言って、す、と手を挙げてアレックスが去っていく。
去り際までイケメンだった。
「えっと……この2つ、でいいかな。買取をお願いします」
適当な何かの角と何かの牙を差し出す。
「はあい!承りましたあ!査定に少しお時間がかかりますう!そちらでお待ちくださいぃ!探求者ライセンスはおもちですかあ?」
「あ、すみません。持ってないんです」
「かしこまりましたあ! では番号札お持ちになってお待ちくださいねえ!」
素材を俺から受け取り、引き換えに番号札――7と書いてある――奥にぱたぱたとかけていくメイドさん。
揺れた。何がとは言わないが。
『乳に釘付けなのじゃ』
(だから読まないで!!!)
青少年にはいろいろとあるのだ。
――――――
査定を待っている間俺は部屋の中央に置かれた掲示板を眺めて時間をつぶすことにした。
大体が素材の買取額の張り出しのようだ。
「ん?これなんだ?」
その中に何枚か武器や道具のようなものの絵が描いてある紙があった。
『迷宮で見つかった古代遺物の絵のようじゃの。売り出しておるみたいじゃ』
「え、そういうの普通に売ってるんだ。なになに……?『叩きつけると鳥の鳴き声が鳴る剣……金貨20枚』……。なにこれ、何の役に立つの?」
『物好きがおるんじゃろ』
「えーと、こっちは……『用途不明。……金貨100枚』。……用途不明なのにぼったくるな、おい」
『物好きがおるんじゃ』
なかなかに面白い。
「他には……ん? 探求者補佐の募集?」
「レイジ様は迷宮に興味がおありですかあ?」
掲示板に貼られた様々な貼り紙を読んでいると、後ろから間延びした声をかけられた。
「ええ、興味はありますね。この探求者補佐っていうのは?」
振り返りながらメイドさん――モニカさん、といったっけ――に答える。
「あらら、驚くかと思ったんですがー。……探求者補佐っていうのはですねえ、文字通り、探求者さんが迷宮に潜る際にマッピングや荷物運び……戦闘以外の雑務を受け持つ人のことですねえ!1チームに1人は組み込むのがセオリーになってますう」
「なるほど。マッピングか……」
(アリス、できるか?)
『出来んのじゃ』
(だろうな……雇うか……)
「あ、レイジ様、査定が終わりましたよお」
「あ、ああ、すみません。ありがとうございます」
番号札を手渡し、モニカさんについて歩く。
カウンターで巾着袋を手渡された。
「えーっと、オーガベアの角……状態が良かったので1金貨5銀貨3銅貨、これが2本で計3金貨と6銅貨。ホーンテッドウルフの牙が、こちらは状態が悪かったので申し訳ないですけど、8銀貨。これが3本ですね。計2金貨4銀貨。すべて合わせて5金貨4銀貨6銅貨、ですね! お確かめください。買取額のリストはそちらの掲示板に張り出してありますので、後程お確かめくださいねえ」
巾着袋を開き、大きな金貨が5枚、中くらいの銀貨が4枚、小さな銅貨が6枚あるのを確認した。
どうでもいいが、通貨が硬貨だけなのはかさばるな……。
印刷技術はロクに進歩していない、ってことなのか。
「確かに。ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそありがとうございますう。今の時期は北の森の魔物はあまり活発でないので、素材が足りてなくて助かりますう」
ぺこり、と頭を下げるモニカさん。
「それにしても、よくこんなに討伐難易度が高い魔物の素材が手に入りましたねえ!」
す、とモニカさんの目が細まる。
む、面倒の匂い。面倒はごめんだ。
「あー、いや、まぁ、アレックスと知り合いなので」
「ああ!なるほどお!」
ぱっ、と爛漫な笑顔を浮かべて納得した様子のモニカさん。
「それじゃあ、どうもでした。また何かあったらお世話になります」
「はあい! おまちしておりますねえ!」
しっかりと45度のお辞儀を貰って、俺は組合を後にした。
――――――
思いがけず大金が手に入ってしまった。
アレックスによると、この金額は世のお父さんの収入の約半年分に相当するらしい。
小金持ちだ。
周りを見回すと、櫛に刺した肉を焼いている屋台や、焼きそばのようなものを焼いている屋台等々……ちょっと気になる屋台が目に入る。
水と保存食は買い込むとしても……。
(少し買い食いとかしてもいいよな)
なんせ、ここ数日干し肉と森で採れる山菜と、たまに獣肉しか食ってない。
まともなものが食べたい。
「アリスも何か食うか?」
『オムレツがいいのじゃ!』
「探してみるよ」
『わーい!』
こいつほんとオムレツ好きな。
暫く屋台を見て回って、幾つか焼き物を買い込む。
町はずれに人気のないところを見つけ、買い込んだものを広げて座り込んだ。
目の前には無限に広がっているような気すらする草原。
日は傾き、美しい夕焼けが町を照らしていた。
「ここなら人目につかないと思うから、出てきていいぞ、アリス」
『うむ』
そう言ってアリスが俺の影から這い出る。
「んんーっ! 窮屈だったのじゃ!」
「ほら、いろいろ買ってみた。オムレツはなかったから卵だけ買っといた。明日作ってやる」
「うむうむ。くるしゅうないのじゃ!」
俺が広げた食事をキラキラとした目で見つめるアリス。
「どれから行こうか、肉か? 俺は肉だ!」
「わしもじゃ!」
二人で夕焼けの中、ピクニックのような気分で食事を楽しむ。
(なんていうか――日本に居たら、きっとこんな景色のなか食事なんてできなかったんだろうな)
「ほらアリス、ソースついてるぞ」
「んむ? どこなのじゃ?」
「ここだ、ここ」
そう言って、頬を指で拭ってやる。
甘辛いソースを舐めとると、再び俺は夕焼け空に目を向けた。
(ま、悪くない気分だ)
俺は改めて、異世界に来たんだな――なんて、実感するのだった。
最終回みたいな雰囲気出しましたけどまだ続きますよ!!!