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45 最奥……そして


 この空間に立つのも三度目だ。


 今までの迷宮の様相とは異なり、ごつごつとした岩肌の露出する狭い空間。

 その中心に浮かぶ、幾何学模様の走る正方形の箱。


 『無限物質エタニティマター』――或いは、『情報端末コンソール』。


「……あれが?」


「ああ」


 アレックスの問いに短く返事を返す。

 一歩だけ前に出る。


 手を伸ばし……下ろす。


(……怖いのか、まだ)


 そうなのだろう。

 あの悪意の奔流に晒されることが、怖い。


(でも……)


 ミリィを振り返る。

 俺を信じ切ったその瞳。

 

(……カッコ悪いところ、見せられないよな)


 ――彼女の前でだけは、格好いい俺でいよう。


 だから。


 手を伸ばす。


 俺の指先が、『無限物質エタニティマター』に触れ――


「ッ、ぐ……!」


 ――殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。


 悪意の奔流。

 憎悪の激流。


 意識が流される。


 心が、黒く染まっていく。


(でも……ッ!)


 さらに、深く、深く潜る。


 奥へ、奥へ。

 もっと奥へ。


 ――何故、何故、何故、何故。


 疑問、疑念、疑惑。

 

 まだだ。

 まだ、まだ。


 頭痛を堪え、吐き気を抑え込み、心を強く持って。


 救うんだ。

 

 ミリィの冒険、その締めくくりを、幸せな結末にする為に。


 ――を。――を。――を。


 ああ、そうだ。

 取り戻せ。


 封じられ、奪われ、忘却し――そして、それでも心の奥底で望むことを、求むることをやめられない、その――感情を。


 そっと、指先で彼らの心に触れて。


「『平和』を――!」


 書き加えた。



「――ッは……!」


 意識が戻る。

 視界が明滅する。

 額から汗が滝のように流れ、指先が、足が震える。


 それを必死で押さえて、振り返る。


「――お兄ちゃん」


 ぼう、と、焦点の合わない瞳で、俺を見つめるミリィ。

 胸の前で手を組んで、一度だけ目を瞑る。


 深く息を吐き……吸って。


「――ありがとうなの」


 一筋、涙を流しながら、咲き誇る花の様に――そう言って笑った。


 それだけで。

 ああ、それだけで。


 充分だった。



――――――



 『無限物質エタニティマター』の奥に浮かぶ光球に触れ、俺達は地上に戻って来た。


 迷宮の中では望むべくもない新鮮な空気が肺を満たす。

 

「ふぅ……終わったな」


 俺の呟きに返ってくる声は無い。

 

 ――理由は分かっていた。


 迷宮の探索の終わり……それはつまり、ミリィとテニア、そしてこの地に残るアレックスとの別れが近いということに他ならないからだ。


 ああでも――。


「よっし! ルグリアに戻ろう! テニアもミリィも、戻ったらちゃんと謝るんだぞ? 俺も一緒に謝ってやるから」


 ――俺は、敢えて明るく振る舞う。


 だって、寂しいじゃないか。

 終わりが涙だなんて。

 ミリィには――テニアにも、もちろんアレックスにも。


 いいや、俺達には。しんみりした空気なんて似合わないのだから。


 俺の態度に何かを感じたのか、アレックスが苦笑いする。


「そうだね。――のんびり、遠回りでもしながら」


「ん。そうだね。ゆっくり帰ろうか」


 穏やかな声でアリス。


「次の地へ行く前に食料の補給などもして置きたいところです」


 淡々とガーネット。


「あ、じゃあテラスティアの街に寄ろうよ。あそこ、農業が盛んだから――」


 たた、と駆け出し、振り返りながらテニア。


「……ん、帰るのなの。ルグリアに!」


 最後に元気にミリィがそう言って……俺たちは歩き始めた。

 いつものように。


 ――散歩にでも出かけるような、そんな、軽い足取りで。



――――――



 それから、たっぷりと時間をかけて――正直ロウ・グランデの半分くらいは見て回った気がする――俺達はルグリアへとたどり着いた。


 王城にたどり着いた瞬間、テニアが侍女長に首根っこを捕まれ引き摺られていった。


「……あー……やっぱり観光はやりすぎだったか?」


「ははは……そうだね」


「えへへ。一年間も魔王は居なかったなの。たった二ヶ月それが延びただけで大した問題じゃないなの」


 へへ、と悪い顔で笑いながらミリィが言う。

 ……おい、誰の影響だ。ミリィがこんなに悪い顔で笑うようになったのは。


『多分レイジだと思うけど』


 ……俺? うそだあ。


『ま、ミリアルドがレイジから受けた影響は悪い影響だけじゃない、けどね』


(……だといいけどな)


『ふふ……知らぬは本人ばかりなり、だね』



――――――


 

 別れの日。


 ルグリアに帰還して数日が過ぎ――俺たちは旅の準備を終え、今ルグリア城……その最下層に居た。


 城の地下深くに敷かれた転移魔法陣――それを利用して一息にイングランデへと帰る為だ。


 一度イングランデへと戻り、次の目的地――西方大陸、ノアグランデへと向かう前に、一度アイゼンガルドへと寄ろるつもりだ。


 姉ちゃんの肉体の件をロックに相談する為だ。

 上手くいくかは分からないが、相談だけでもしておこうと考えている。


 アリスと二人で相談し、そう決めた。

 ガーネットは俺たちの決定に異を唱えるようなことはしないので、仲間全員の総意だ。


 転移魔法陣の中心に立ち、振り返る。

 みやる先には、アレックス、テニア。そして……ミリィ。


「それじゃあ、レイジ。道中気を付けて――と、言っても、君はきっといろいろな場所で、いろいろなことに巻き込まれるんだろうね。……でも、きっと君なら全て上手くやり遂げる。僕はそう信じてるよ」


 手に分厚い包帯を巻いたアレックスが手を差し出す。

 苦笑いを返して、しっかりとその手を握り返した。


「いや、俺の巻き込まれ体質は俺も自認してるところではあるんだけどな……。次は穏やかにことを済ませたいよ……」


「ははは。……うん。君の無事と……そして、世界の平和を願ってる。――力が必要になったら、いつでも呼んで欲しい。僕は君の剣ではないけれど……僕は、君の友達だ」


「ああ。頼りにしてる。――ミリィとテニアを頼む」


「任された」


 手を離す。

 柔らかい微笑み。ここ数ヶ月で……随分と顔の険が取れたからか、初めて会ったときよりも、随分と幼い印象を受ける。

 いや……この人懐こい笑顔が、本来のアレックスのそれなのかもしれなかった。


「アリシア。レイジを頼んだよ」


「ふん。別にアレックスに言われなくてもレイジはわたしが護るよ。……でも、まぁ……うん。そっちも、まあ……頑張って」


 つん、とそっぽを向きながらアリスが小声でそう付け足す。

 驚いたようなアレックスの表情に、ふ、と笑みが漏れた。

 

「――ガーネットさんも。二人を頼みます」


「イエス。アレックス様。そちらもお体にお気をつけて」


「うん。ありがとう。――それじゃあ、皆」


 手を上げて、アレックスが一歩下がる。

 それと入れ替わる様にテニアが一歩前に出た。


「ぁー……なんていうか、アタシ、こういうの苦手だから、サクっとね」


 右手で頭を掻きながら、テニアが言う。


「レイジ!」


「お、おう」


「アンタは強い! 滅茶苦茶強い! でも、無茶はしない! アンタが傷ついて悲しむ人間が居るんだってことを忘れない! いいわね!?」


「お、おう。……ありがとう、テニア」


「ブラッドシュタインフェルト!」


「ん」


「レイジと仲良く! アタシ、あんたたちが仲良くしてるの見るの、結構好きだったから!」


「……ん」


「ガーネット!」


「イエス」


「アンタには沢山守ってもらった! ありがと! でもあんまりレイジを困らせないように!」


「承知しました」


「以上! アタシは終わり! ……ほら、ミリィ」


 一歩下がり、ミリィの背中を押すテニア。

 毅然と顔を上げて、ミリィが一歩前に出た。


「まず……聖人レイジ殿、賢王ブラッドシュタインフェルト殿、お二人の従者、ガーネット殿……あなた方の此度のルグリアへの働きに、感謝を。――魔王、ミリアルド・ファランティスが魔族を代表して御礼申し上げます」


 両手で長いスカートの端をつまみ、優雅に礼をするミリィ。

 淑女然としたその礼に、思わず背筋が伸びる。


「――我々魔族は、今、種として大変疲弊しています。……なにもお返しすることが出来ず心苦しいのですが……それでも、貴方方が我々の力を必要とする時が来たら、その時は我々の全霊をかけてあなたたちの力になりましょう。――魂に賭けて」


 胸に手を当て、膝を付いて、ミリィが正式な礼の姿勢をとる。


「感謝を。――全霊の感謝を」


 そして、顔を上げてにっこりと笑った。


「ガーネットちゃん」


「イエス、ミリアルド様」


「二人を、お願いします。二人とも、無茶するから……ガーネットちゃんが、ちゃんと止めてあげて欲しいなの」


「イエス。――ミリアルド様。短い間でしたが……私がこの旅を楽しめたのは、いつも明るい貴方が居てくれたお陰です。――私こそ、感謝を。貴方の明るさと、爛漫さ。それは、得難い宝物です。……お体に気を付けて」


 前に出たガーネットが、ミリィを抱きしめる。

 きゅ、とガーネットの背中に手が回され……短い抱擁が終わった。


「……お姉ちゃん」


「ん」


 幾分柔らかい声をアリスが返す。

 首を傾げ、その先を促す。


「……お姉ちゃんは……、あの、ね、……ミリィ……」


「ん。ゆっくりでいいよ、ミリアルド」


「……んっ……。お姉ちゃんは、とっても優しくて……強くて、格好良くて……ミリィの憧れなの。いつか、ミリィもお姉ちゃんみたいになって……それで……」


「……ふふ。ん。楽しみ」


 アリスが、ミリィを抱きしめる。

 しがみつく様に抱き着いたミリィの肩が震えている。


「たくさん、たくさんありがとうなの。守ってくれて、一緒にご飯、食べてくれて……一緒に寝てくれて……っ」


「うん。うん……」


「だいすきだよ、お姉ちゃん」


「ん。……元気でね、ミリアルド……。ううん、ミリィ。いもうとが居たら、貴女みたいな感じなのかなって……わたしも、そう思う」


「っ……ぅ、っ、く……ぅうっ……ぅぅー……っ!」


 それからしばらく、ミリィは声を殺して泣いた。

 その間、ずっとアリスは、優しくその頭を撫で続けた。


 アリスの服が、ミリィの涙と鼻水でぐしょぐしょになって……それからしばらくして、二人は体を離す。

 そっと、別れを惜しむように。

 一度だけ、笑みが交わされて……アリスが俺の影に潜り込んだ。


「――お兄ちゃん」


「ああ」


 涙で腫れて真っ赤になったミリィの目を、しっかりと見つめる。


 ――手を強く握り込んで。


 そうしないと、きっと俺も泣いてしまう。

 俺が泣くわけには、いかなかった。


 俺は、ミリィの"お兄ちゃん"なのだから。


「お兄ちゃんには……ありがとう。本当に、その言葉しかないなの」


「ああ。どういたしまして」


「楽しかった。幸せだった。嬉しかった。今ミリィがここにこうしていられるのは、お兄ちゃんがあの時、ミリィに気が付いてくれたお陰。全部、全部ありがとう。――お兄ちゃんと過ごした全部の時間が、ミリィの宝物。ずっとずっと、大切にする」


「ああ……っ」


「お兄ちゃんがくれた『平和』。絶対に無くさない……っ! お兄ちゃんがくれたもの全部! 絶対に無くさない! 忘れない、絶対に!」


「ああ、俺も、忘れない。ミリィ……ありがとう。ミリィが居てくれたから、俺は……俺も、こうしていられる。曲がらず、折れず、こうして立っていられる」


 想いが、言葉になって、口から洩れる。

 嗚咽が混じり、喉がかすれる。


 ――ああ、結局、泣いてしまった。


 泣くまいと、そう決めていたのに。


「っ……おにいちゃんっ……ぅ、……んっ」


 顔を下げ、息を呑んで顔を上げる。

 やっぱりその表情は――笑顔で。


 無理やり笑みを作って、微笑み返す。


「また、ね!」


「ああ、また!」


 言った瞬間、足元の魔法陣が光を放つ。


 ――どうやら時間らしい。


「アレックス! テニア! ミリィ! また!」


 声は、届いただろうか。


 ――いや、きっと届いたのだろう。


 だって、三人とも笑顔で、こちらに手を振っていたから。


 手を挙げる。

 また会おうと、それまで元気で、と。


 今生の別れではない。

 きっとまた会う機会はいくらでも。


 けれど、こうして別れることが――この旅の一つの大きな区切りのように感じて。


 やはり……寂しく、感じてしまうのだ。


 でも、最後は笑顔で。


 光が視界を覆って――――三人の姿が見えなくなった。



――――――



 一瞬の浮遊感、そして、地に足のつく感触。


 風。


 さわさわと、木々を撫で、風が抜けてゆく。


 どうやら転移に成功したらしい。


 目を開ける。


 見渡す限りの稲穂。

 

 稲穂……? と、いうことは、ここは田んぼ、ってことか?


 というより、様子がおかしい。


 予定では俺たちはイングランデの海岸沿い、アイゼンガルドのはずれに転移する手筈だった筈。

 それがどうしたことか。

 ここは海岸沿いの風景とは程遠い、見渡す限りの平野だ

 そして何より――イングランデすべてを見て回ったわけではないから確実なことは言えないが――稲穂なんて、イングランデに自生しているのを見たことが無い。


 だって、稲穂があるってことは、米があるってことだ。

 俺は日本人だ。

 米は大好きだ。

 ファンタズマゴリアに来てからももちろん探した。

 だが見つからなかったのだ。


 ――つまり。


「ここ……どこだ?」


 呟きに、アリスが影から返答を寄越す。


『……さあ?』


 ――俺たちは、まるっきり……迷子……ということになるのだった。





 三章『魔の迷宮』 了



 三章『獣の迷宮』に続く。

これにて、三章はおしまいになります。


断章を一話挟んで、四章の開幕です!


さて、レイジたちは何処に降り立ったのか……って、章タイトルでわかりますよね。

次の舞台は西方大陸、ノアグランデ。獣人国家、ガイゼンシルト!

ついに、獣人の登場です!


次回更新は明日21時!

断章と、四章一話の二本立てになります!


これからも、よろしくお願いいたします!


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