10 森を抜けて。
翌日、レイリィに言われた通り、『城塞都市エノム』に向かうため、俺とアリスは旅支度を整えていた。
と、言っても俺は着の身着のままこの世界にやってきた。持っていくものなどない。
この世界に来た時に来ていた制服は中庭で燃やした。ボロボロになっていたし、もう着れない。
俺が今着ている服は城にあった村人Aみたいな麻のシャツとズボンだ。
「……エノムとやらに着いたら服とか買いたいな……」
こう、ほら、格好いいプレートメイルとか……。
アレックスがつけてた鎧かっこよかったな……ああいうのいいな。
ちょっとワクワクしてきた。
「あれ、そういえば」
「うん? なんじゃ?」
空間の歪みにほいほいと干し肉や、保存の効く食料を放り込みながらアリスがこちらを振り向く。
リィンが使っていた四〇元ポケット的なアレだ。どうやら空間魔法の才能があるとアレが使えるらしい。
つまり、俺には使えない。便利そうなのに、残念。
「アリスって人間のお金持ってるのか?」
「もっとるわけないじゃろ」
「でも調味料とか服とか城にあるよな。どうしてるんだ? ……まさか」
「殺して奪ったりはしとらんのじゃ。念のため」
「……じゃあどうしてるんだ?」
「服は縫ったし、調味料関係は近場で採れるのじゃ」
「……縫った?」
「のじゃ」
――意外過ぎる特技だった。
「……金はどうするんだ?」
「その辺で魔物でも狩って、素材を換金すれば良いのじゃ。行きの道すがら狩って行くのじゃ」
「なるほど」
なるほど。
「では、行くのじゃ」
「あぁ。……そうだな」
ここに来て一か月、か。
「この城にも世話になったな」
ぺこり、と城にお辞儀をすると、俺とアリスは森に向かって歩き始めた。
――――――
森を歩きながら――時々出会う魔物を狩りながら――、俺はアリスを見上げる。
「なあアリス」
「んー?」
頭上からアリスの声が聞こえる。
――俺はアリスにせがまれて彼女を肩車をしていた。
いや、なんで肩車。
「城塞都市エノムって、歩いてどのくらいで着くんだ?」
「そうじゃのー……途中で町を1つ経由して、わしらの足なら1週間ってところかの」
「ちなみに本気を出すと?」
「わしなら今日中。お主なら3日なのじゃ」
つまり俺の三倍の速度で動けるのか、アリスは……。
伊達に髪が赤いワケじゃないのか……。
そういえば当たらなければどうということは無いとかなんとか……。
頭をぶんぶんと振り、危険な想像を吹き飛ばす。
「にょわ!? な、なんなのじゃ!? 急に頭を振るでない!」
頭上でアリスが転げ落ちそうになって慌てていた。
――――――
2日目、まだ森は抜けない。
日中はほぼ休みなしで歩き続けだし、なんなら夜も歩き続けだ。
疲れはない。ここ3週間の修行は確実に俺の身体能力を上げていた。
(まぁ、ほとんど棒で小突かれてただけだけど)
「なあ、まだ森は抜けないのか?」
「うむ。もう少しじゃの。まぁ明日には抜けるのじゃ」
鬱蒼と生い茂った木々は、先をほぼ隠している。獣道すらない。
アリスは今日も俺に肩車されている。
――気に入ったのか、俺の頭の上が。
――――――
3日目、明らかに木の密度が減った。
まだ森以外の風景は視界に入らないが、風に含まれる水分が減ってきている。
もう少しで森を抜ける。
「なぁアリス」
「んー? なんじゃ?」
頭上から声が返ってくる。
「エノムっていうのはどんなところなんだ?」
「城塞都市と呼ばれておるところじゃの。ぐるっと城壁で囲まれた、なかなかに大きい街なのじゃ」
城から持ってきた地図を開く。
アイゼンガルドとヘイムガルドを隔てる山脈、その麓に大きな円があり、そこにエノムと書かれている。
「アイゼンガルドって国との国境なのか。だから城壁都市、か」
侵攻や攻撃に備えているのだろう。
「あとはこの森からの魔物の侵入にも、じゃの」
「あぁ……そういうことは結構あるのか?」
「魔物の人里への侵入なのじゃ? そんなにはないのじゃ。森の中に十分食糧はおるしの」
「魔物は食事以外の理由で他の生き物を襲わないのか?」
「いや、大きな魔力を持つ生き物は襲う。レベルを上げる為にの」
「レベル上げの為……? あぁ、そういえば、肉体から魂を解放すればどうたらこうたら……」
「そうじゃ。肉体から解放された魂は天に昇る。その時にもれだした魂の情報を、自らの魂に刻む。一定値の情報が魂に蓄積されると、生物としての格が上がりレベルが上がる、というわけじゃ」
「……つまり魔力を持つ生き物の魂にはEXPが含まれてる、ってことか」
「いーえっくすぴー?」
「いや、何でもない」
むむむ、と自分の内側に意識を向け、魂魄情報を呼び出す。
キリバ レイジ
Lv01 吸血鬼 聖人
【魔法】Lv0
【■■■】■■■■■■
【聖人】Lv3★★★
【格闘】Lv2
ここまで結構の量の魔物を倒したが、レベル上がってない……。
「なあ、レベルって結構上がりずらいものなのか? 俺結構魔物殺したと思うんだけど」
「ん? 吸血鬼はそもそもの生物としての格が高いのじゃ。じゃから当然レベルアップにも相応の魂の情報が必要になるのじゃ」
「つまり?」
「吸血鬼はめちゃめちゃレベルあがりずらい」
「……なるほど」
「その代わり、1つレベルが上がるとその辺の生き物とは比べ物にならないくらい強くなるのじゃ」
「強くなる、って具体的にどうなるの?」
「……強くなるのじゃ?」
「……具体的に」
「強くなるのじゃ」
ざっくりだった。
――――――
森を抜けた。
森を抜けると、一面見渡す限りの草原だった。
「おぉー。この世界に来て初めて森と城以外の風景を見た気がする」
ちょっと感動した。
「ただの草原なのじゃ」
頭上からアリスのあきれたような声が降ってくる。
「ここからどうするんだ?」
「まだ南下なのじゃ。わしの記憶が確かならもう少し行けば小さな町があるはずじゃ。そこで素材を換金するのじゃ」
「なるほど」
なるほど。
――――――
町が見えてきた。
「よいしょ」
アリスが俺の肩から飛び降りる。
「ん? もういいのか?」
「わしは存在してるだけで回りを威圧するのでな。人里では一緒におるとやりづらいじゃろ。ということで……」
中空に腕を突っ込み、四〇元ポケット――『収納空間』という魔法らしい――から幾つかの魔物の素材を引っ張りだすアリス。
「このくらいあれば幾らかの金にはなるじゃろ」
「え? アリスは来ないのか?」
「いや、ついては行く、が、表には出ないのじゃ」
「どういうこと?」
「こういうことじゃ」
アリスはとんっ、と軽くジャンプすると、俺の影に潜り込んだ。
「えっ!? なに!? どうした!? どこに消えた!?」
『どうじゃ? 聞こえるのじゃ?』
アリスの少し舌足らずな声が頭の中に響く。
「こいつ……! 直接脳内に……!」
『何を言っとるんじゃ……。聞こえてるみたいじゃの』
「あ、あぁ、聞こえる」
『今わしはお主の影に潜っておる。まあ影魔法のちょっとした応用じゃ』
「これ俺は喋らないとアリスに声届かないのか?」
『直接心を覗かれたいのじゃ?』
「いや、それは困る」
俺も健全な青少年なのだ。ある程度の羞恥心はある。
『じゃあ声に出して喋るのじゃ』
「分かった……不便だな」
『心の中覗いてもいいのじゃ?』
「……わかった」
『と、いうわけでこのままいくのじゃ』
「了解……ってこれ、俺の影が消えるとどうなるんだ」
『どうもならん。出てこれぬだけじゃ。出来るだけ影の出来るところを歩くのじゃ』
「わかった」
アリスの放り投げた魔物の素材を拾い上げ――何か袋が欲しい。両手がふさがる――、俺は町へと歩き始めた。
――――――
町に到着した。
それほど大きな町ではないが、そこそこの活気がある。
市場のようなものが立ち、呼び込みの声や商品を値切る声が聞こえる。
「おぉぅ……異世界ファンタジー……」
辺りをきょろきょろと見回してしまう。
お上りさん丸出しだ。……いや、森から出てきたわけだし、お上りさんなのは間違いないが。
『何をきょろきょろしとるんじゃ。不審者丸出しじゃぞ』
「仕方ないだろ……! この世界でこんなに人が居るの初めてなんだから……!」
どこで素材を換金したらいいんだ?
セオリー通りなら冒険者ギルド的な何かか?
その辺の人に尋ねるか……。
「あの、すみません。お尋ねしたいんですが」
「おう! 兄ちゃん! この野菜どうだ!? 今朝届いたばっかりだぜ! 新鮮だ!」
瓜のようなものを勧められた。
「いや、すみません。野菜はいいです。お尋ねしたいことがあるんですが」
「なんだよ兄ちゃん! 冷やかしか!? ならさっさとどっかに行ってくれ! シッシッ!」
手で追い払われた。
「……異世界世知辛ぇ……」
しょんぼりする俺。
いや、気を取り直せ俺。次の店に……。
「あら! 男前ねお兄さん! どう? この果物。今朝採れたばかりなのよぉ! とっても新鮮よ!」
リンゴのようなものを勧められた。
「あ、いや、お尋ねしたいことが……」
「やーね! 冷やかしなの!? ならどっかに行ってちょうだい! ……あら! そこのお兄さん! 男前ねぇ!どう?この果物……」
手で追い払われた。
「……商魂たくましすぎる……」
再度しょんぼりする俺。
い、いや、まだだ……。
お店の人に聞くからいけないんだ! 道行く人に聞けば……!
「あ、あの、すみません! お尋ねしたいことが!」
金髪の優男風の後ろ姿に声をかける。
「はい? なにか?」
にこやかに振り返った青年は……アレックスだった。
なにやってんの勇者。