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37 終結

予約投稿をミスして途中投稿してました……。申し訳ありません。明日の予定でしたが、再投稿です。


「――邪魔だ、邪魔だ邪魔だ! 何もかも! 俺の覇道を、遮るんじゃねぇえ!」


 怒りと共に振るわれる黒い剣を、身を低くし躱す。

 想像以上に速い剣速。――だが、いくら速くとも、俺やアリスには届き得ない。


 振り上げられる朱槍が、ガザルドの肩を浅く切りつけ、血飛沫が舞う。

 突き出される剣とすれ違うように奔った俺の拳が、ガザルドの胸に突き刺さり、身につけた軽鎧ライトプレートごと、肋骨を砕く。


「グ……ッこ、の、バケモノ、共がああああ!!」


 血を吐きながら叫ぶガザルド。

 頭上から叩きつけられる黒剣を、交差させた籠手ガントレットで受け止め、地面を踏みしめ、腕を振り上げる。

 

 ――キィン! と高い音を響かせ、ガザルドの剣が明後日の方向へと飛んでいく。


「――何故だ! 何故邪魔をする! 貴様らに、何の権利が、大義があって、俺を邪魔するんだ!!」


 大きく飛びずさるガザルドに、アリスが軽く踏み込んで肉薄する。

 朱槍を持った右腕が引き絞られる。


「――権利だとか大義だとか、そんなものは関係ない。お前はミリアルドを傷つけた。裏切った。死ぬのなら……その理由で十分――!」


「バケモノがァ、二人、がかりでぇえ!!」


 突き出された槍の穂先が、ガザルドの胸に突き込まれた。


「――ぐ、ぶ」


 くぐもったうめき声。

 

 実にあっけなく、その戦闘は終了した。

 抗うことすら許されず、その男は圧倒的な力の前に、敗北する。


「……なぜ、だ……どうして、俺は、選ばれない……」


 口の端から血を流し、膝をつくガザルドが呟く。


 引き抜かれる朱槍。アリスは追い打ちをかけない。

 ピッと血を振り払い『収納空間ポケット』に槍を収め、死にゆく者には興味が無いとばかりに、ガザルドに背を向けた。


「……俺……は、なんで……魔王になれない……賢王よ……なぜだ」


 ふらふらと、その背に手を伸ばすガザルド。

 助けを求める様に。意味を、理由を求める様に。その手は、アリスの背中へと伸ばされる。


「――分かってるくせに」


 ――アリスは、冷たくそれだけを呟いた。



――――――



 俺――ガザルド・ファランティスは祝福と共に、この世に生を受けた。


 父も母も、兄も、俺には優しかった。

 それは確かに、家族に向ける暖かな愛情だったように思う。


 当時の俺は、それほど魔王には執着していなかった。

 ……それほど(・・・・)? 執着(・・)? 否、違う。

 魔王なんて、どうだってよかった。


 父と母と、兄と。ただ平和(・・)な日々を過ごせれば、それで構わなかった。


 ああしかし。きっかけは、ほんの些細なことだったのだ。

 ほんの些細な、誰にでも起こりうる、そんな、ただの、恋心だったのだ。


 ――『ガザルド様。そんなところに登られては危ないですよ』


 アステリアは美しい少女だった。

 薄紫色の髪は絹で出来ているのではないかと錯覚するほどに滑らかで、同じ色のその美しい瞳にはいつも優しい光が湛えられていた。


 友人を作ることすら自由にならない、次代の魔王たる兄に宛がわれた遊び相手。

 それがその美しい少女、アステリアの役割(・・)だった。


 ――『ガザルド様は、本当にやんちゃなんですから』


 太陽のように微笑む、優しい女だった。

 俺と兄、アステリアの三人は、いつも一緒だった。

 

 遊びも、魔法の修行も、剣の修行も。

 いつも一緒だった。


 ――『兄さんは弱いなぁ』


 ――『ははは……ガザルドが強すぎるんだよ。流石の才だな』


 ――『ええ、本当に。ガザルド様は魔法もお得意ですし……流石、魔王様のご子息ですわ』


 ――『ははは……俺だって、一応魔王の子なんだけどな』


 そんな風に、いつだって兄は俺と比べられると、困ったように笑うのだ。

 

 ――剣の才でも、魔法の才でも、俺に先を越され、本当は悔しい筈なのに。


 だって、知っていたのだ、俺は。


 兄が悔しそうに城の中庭で夜な夜な木刀を振っているのを。

 ……そして、そんな兄の姿を、いつだってアステリアが傍で慈しむように見守っていたのを。

 

 ――『兄さんは、どうして魔王になりたいの?』


 ――『どうして、か。……考えたことなかったな』


 ある日、俺はふと沸いた疑問を、兄にぶつけたことがあった。


 ――『……ただそうあるべきと、そう生きて来たからなあ』


 やっぱり兄は、困ったように笑って、そう答えたのをよく覚えている。


 ――『ガザルド様。ルドガー様は恥ずかしいんですよ』


 そんな兄を見て、アステリアが俺の耳元でこっそりと教えてくれたのは――


 ――『真っ正直に、"魔族を護りたいから"なんて答えるのが』


 ――そんな、本当に恥ずかしいような理由だった。


 ……時は過ぎる。

 

 季節は移ろい、状況は変わってゆく。


 闘争に満ちたこの世界でそんな安寧は長くは続かない。

 俺や兄の様に『平和』の意味を理解できようとできまいと、闘争という毒は、この世界に存在する生き物を、決して逃がしはしない。


 大きな戦争があった。

 魔人領とヘイムガルド王国、そしてリィン皇国とアイゼンガルドを巻き込んだ、大きな戦争。

 沢山の魔族が、人族が、森人エルフが、機人ドワーフが死んだ。

 王が死に、勇者が死に、聖女が死に、そうやって、やはり俺たちの父も死んだ。


 ――魔王が、死んだ。


 そうして、漸く俺は気が付いたのだ。

 兄とアステリアと俺、こんな関係も、そう長く続くものではないのだと。


 ――『なあ、アステリア』


 だから俺は、そうしたのだ。

 いずれ失われるものならば、より長く、手元に置いておかねばならぬと。


 ――『俺のものにならないか』


 魔王(・・)なんて、本当はどうでもよかったんだ。

 失われゆくものを、俺は手元に置いておきたかった。失われる、その日まで。出来るだけ長く。


 なのに。


 ――『申し訳ありません。ガザルド様……わたくしは』


 ――なのに。アステリアが選んだのは、兄だった。

 魔王、ルドガー・ファランティス。父が死に、すぐに魔王を継承した、兄。


 美しい髪も、瞳も、ここ数年で随分と大人びたその体も。――その心さえ。

 俺より劣り、俺より弱く、俺より才の無い兄が手に入れた。


 俺には何も残らなかった。

 残ったのは魔王になれず、惚れた女に袖にされ、おざなりに与えられた宰相という立場を得ただけの、只の魔族の男だけだった。


 剣の才も、魔法の才も、これまでの鍛錬すら、全てが無意味。

 

 何故だ。

 何故兄なんだ。


 疑念が生まれ、生まれた疑念は羨望を糧に、嫉妬へと育った。

 そして嫉妬が憎しみへと変化し、やがて……狂気へと至った。


 ――魔王。


 俺がそれになりさえすれば――俺が手に入れるはずだった全てが、俺の元に返ってくるはずだ。


 アステリア。嗚呼、アステリア。

 そうか、お前は魔王を愛しているんだな。

 分かっている。分かっている。

 そうか、済まなかったな。俺が魔王でないばかりに。


 愛してすらいない(・・・・・・・・)男の妻になってしまって。

 悲しかろう、悔しかろう。


 待っていてくれアステリア。

 言わずとも分かっているさ。

 俺が魔王になって、お前を迎えに行こう。


 お前はそれを、待っているんだろう……?



―― ―― ――



 手を、伸ばす。

 胸に空いた穴からイノチが溢れてしまう前に。


「――分かってるくせに」


 冷たく告げられた言葉が、俺を現実に引き戻す。

 アステリアは……? アステリアはどこだ。

 もう、随分と長い間、会っていない気がする。


「ガザルド……」


 視界の端、見慣れた薄紫色の美しい髪を持つ少女が、呟きを漏らす。


「あす、てりあ……なんだ……いるなら、いるって……。兄さんは……? ほら、また、みんなで剣の稽古をしよう……アステリアは……いつも、みているだけだったけど……たまには……」


 伸ばした手を、少女が握る。


 ああ、アステリア。

 君の綺麗な髪が、血で汚れてしまう。


「……あんたのしたかった事、最後までよくわからなかったけど……でもアタシは、魔物に襲われた村で……死にかけていたあの日、アンタに救われた事だけは感謝してる。どうしてあの時あんたがアタシを助けたのかわからないけど……それはもしかしたら、アンタの計画の一部だったのかもしれないけど……でも、命を救われたことだけは本当だから」


 少女アステリアが、目に涙を溜めて、何か言っている。

 脳裏に掠めるのは、随分と摩耗した記憶。

 燃える村、魔物に食い荒らされた住人達、そして愛おしいあの少女に瓜二つの、魔族の少女。


「アステリア……」


 もう、目が見えない。

 でも、しっかりと握られた俺の手には、確かにあの日と同じ温もりが、伝わってきていた。


「……そうか」


 わかったよ。兄さん。

 どうして兄さんが選ばれたのか。


「魔王が、産まれた……」


 呟く。

 声になっていたかはわからない。

 けれど、俺の手を握る温かな感触に力が篭ったのは分かった。


 そして、今、おそらく全ての魔族が聞いているであろうこの声。

 

 ――この声が聞こえているのなら、戦いをやめてください!!


 なんだ、作り物だと思っていたのに……随分……兄さんに、似ているじゃないか。


 そんな事を考えながら、俺はそっと目を閉じた。



―― ―― ――



 ガザルドが、魂の情報になって天に昇ってゆく。

 その手を握っていたテニアの手が、支えを失ってだらりと下がった。


「……テニア。言ってやりたいこと、言えたか?」


 ぐし、と服の裾で目をぬぐい、テニアが頷く。


「……そっか」


 ……ガザルドが消えた場所から、魔神の影が現れやしないかと警戒するが、しばらく経ってもそんな気配はなかった。

 理由は分からないが、恐らく魔神の言っていた通り、ヤツも眠りについたのだろう。


 構えをとく。


「レイジ」


 少し目の赤いテニアが振り返り、俺を見上げる。

 うん? と返事を返してテニアを見返した。


「新しい魔王が生まれた。……ミリィが魔王になったよ」


「……そうか」


 なんとなく、そうなんじゃないかと思った。

 遠くで感じるミリィの反応に、少し変化があったからだ。なんというか、存在感が増したような。そんな変化だ。


「認められた、ってことだね。多分。あの白騎士に」


 アリスがこちらに歩み寄りながらそう言う。

 ならば、恐らく戦闘は。


「戻ろう。ミリィ達が心配だ」


 頷く二人を伴って、俺は一度だけ振り返り……玉座の間を後にした。



――――――



 ルグリア城の中は閑散としていた。

 『遠見』を放つが、反応はない。


 ガザルドコピーも、魔神の影も、それどころか、人っ子一人居ない。

 時折ガザルドコピーが纏っていた黒装束が落ちているが、それだけだ。

 オリジナルを失い、その全てが同じように天に昇ったのか……あるいは大元に還っていったのか。

 どちらかは分からないが、恐らくもうアレが現れることはないだろう。


 閑散とした城を抜け、街を抜け、大橋を渡る。


 大橋の向こうでは、ルグリア軍とヘイムガルド軍が相対していた。

 しかし、互いに武器を収めたまま。


 睨み合い……という雰囲気ではない。

 両軍が向ける視線、その中心には一人の少女が立っている。


 ミリィだ。


「――……魔王様」


 誰かが呟く。

 そしてその呟きはざわめきに変わり、大きな波となって魔族達に広がっていった。


 ――魔王様が継承された。

 ――じゃあ、あの少女が?

 ――間違いない、あの方は、ミリアルド様……ルドガー様のご子女だ。

 ――行方不明だったのでは?

 ――戻っていらしたんだ! 魔王に成られるために!


 それを受け、ゆっくりと、静かにミリィは言葉を紡ぐ。

 その言葉は、呟くような声量にも関わらず、その場にいる全ての存在に、しっかりと届いていた。


「皆さん、聞いてください。私は――ミリアルド・ファランティスは今この時を以って、魔王を継承しました。……そして、魔王として、全ての魔族に告げます。今すぐ停戦を。ヘイムガルド王国との、一切の戦闘を禁止します」


 ――沈黙が降りる。


 しばしの沈黙の後、魔王の言葉に魔族達が従い、武器を収める。


「――ありがとうございます」


 その様子を見て、ミリィがほっとしたように息を漏らした。

 ――寂しそうな笑みを浮かべ、ミリィがこちらを振り返る。


「――聖人様」


「……はい」


「逆賊、ガザルド・ファランティスは――」


「――我々が討ちました。確かに、その魂が天に昇るのを、確認しました」


「そうですか。――魔族を代表し、感謝申し上げます。……ヘイムガルドの皆さん」


 再び振り返り、今度はサテラ、そしてアレックスを見るミリィ。


「――停戦の申し出を、受け入れてもらえますか」


「……勿論です。魔王」


 代表し、サテラが応える。

 頷きを返して、ミリィが再度魔族に向き直った。


「撤退を!」


 ――はっ! と魔族が声を合わせる。


 最後に一度だけこちらを振り返ったミリィの表情は……とても、寂しそうな、けれど、とても凛々しい色を帯びていた。

ミスで投稿してしまったので、一日ずらして明日をお休みにさせて頂きます……!

申し訳ありません。

次回は29日の21時の投稿になります!!!



気に入っていただけましたら、評価やブックマーク、よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 恋に狂ったガザルド…… 平和の概念はぼんやり分かってたのかなあ……
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