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35 【魔王】ミリアルド・ファランティス


 翌朝。

 テントから出た私を待っていたのは整然と並ぶヘイムガルド軍の兵達だった。

 先頭にはアレックスさんが立ち、その脇にサテラさんが立っている。


 ねこけるお兄ちゃんを残したままテントから出て来た私を見止めて、アレックスさんが笑みを浮かべた。


「おはよう、ミリアルド。よく眠れたみたいで良かった。……レイジはまだ?」


「おはようなの、アレックスさん。……うん、まだ寝てるなの」


 昨日、眠る前お兄ちゃんにしたことを思い出して、顔が熱くなる。

 ……お兄ちゃんの事が好きなのは本当だ。でも、あんな……き、キス、するつもりなんて、なかった。

 ……赤ちゃんが出来ちゃったら、どうしよう……?


「あ、あわわ……あ、アレックスさん!」


「ん? どうしたんだい、ミリアルド、顔を真っ赤にして……?」


「あ、赤ちゃんって、み、ミリィのおっぱいでも飲むなの!?」


「何を言っているんだい……?」


「あわわわ……」


「――ミリアルド」


 背後から、人の気配。

 この声はお姉ちゃんだ。


「お、お姉ちゃん……」


「……昨日の事、一度だけなら許してあげる。……二度目は無いからね? わかった?」


 昨日の事――き、キスっ、の事だ! やっぱり、お姉ちゃんは……あわわわ……。


「わわわ、わかってるなの! ご、ごめんなさいなの……」


「まあ、レイジに惚れてしまう気持ちは、すごーくよくわかる。うんうん。でもレイジはわたしのなんだからね!? いくらミリアルドでも上げないんだからね!?」


「わわ、わ……ほ、ほれ……? あ、え、う……ミリィはそういうんじゃなくて、ただ、その、お兄ちゃんにありがとうを言おうと、おもって……そうしたら、体が勝手に……」


「体が求めてしまう――11歳の少女すら虜にするとは、流石マスターの色気は種族年齢問わないのですね。――いえ、アレックス様もそのうちの一人であると考えるのなら、男女すら問わない、と……流石私のマスターです」


「朝からそういう濃いい話はやめてくれる……? 妹に悪影響でしょ」


 ガーネットちゃんとテニアちゃんもテントから出て来た。二人とも、何の話をしてるのだろう。


「皆さま起きて来られましたね。あとは、レイジ殿だけですか」


「マスターは数日間走り続けでお疲れです。作戦開始までは休ませていただければと」


「ええ。もちろん。まだ猶予はありますし……」


 と、サテラさんがルグリアの方を見やって呟いた時、後ろからお兄ちゃんの声が聞こえた。


「悪い、俺が最後か……ちょっと寝すぎたな」


 頭の後ろを掻きながら、お兄ちゃんがテントから出てくる。

 その顔を見た瞬間――頭が沸騰した。……気がするくらい、顔が熱くなった。


「おはよう、皆。――ミリィも、どうしたんだ。顔赤いぞ?」


 ひょい、と私の顔を覗き込むお兄ちゃん。

 ……平然としている。昨日の……その、きす、のことは、忘れちゃったのだろうか。

 それとも……やっぱりお兄ちゃんはお姉ちゃんと沢山、して……るから、昨日みたいなことは、なんてことないこと、なんだろうか。


 そう考えると、胸の奥が、むむむ、ともやもやした何かに覆われる。

 むぅ、と頬を膨らませて、私を覗き込むお兄ちゃんのほっぺたをつねった。


「痛い痛い。何でミリィ怒ってんの……?」


「ん、今のはレイジが悪い。――鈍い相手はむかつくよね、うん、わかるよミリアルド」


 うんうん、とそんな私たちを見て、お姉ちゃんが頷く。

 ……何かを理解されたみたいだった。



――――――



 それから数時間が経って、私とアレックスさん、ガーネットちゃんを含むヘイムガルド軍の進軍の準備が整った。

 先頭をアレックスさん。その傍に私。後ろをガーネットちゃんが守ってくれる布陣だ。


「それでは、レイジ殿。我々が会敵し、暫く経ってから潜入を。出来るだけ派手に戦いますが……そう長くはもたないと思われます」


「はい。なるだけ早く済ませます。――テニア、俺から離れるなよ」


「りょーかい。頼まれても離れないわよ。危ない目には遭いたくないしね」


「――では。アレックス様、鬨を」


「いや、僕はもうヘイムガルド軍の将じゃないから、それはテニアが上げるべきだよ。ほら」


「わ、私ですか……? いえ……そうですね。で、では、僭越ながら……。――皆、聞きなさい! 我々は簒奪者である! しかし、その簒奪は誤りであったと今の我々は知っている! ならばどうする! そう、あるべきものをあるべき場所へ返すのだ! それを邪魔する者が居る! 我々は返す為に戦うのだ! 故に、返すべき相手に、敢えて再びその刃を向けるのだ! 胸に刻め! 我々は勝つために戦うのではない! しかして、この戦いに負けることは許されない! 簒奪者たる我々が、その罪を贖うは今! 身命を賭し、我らが罪を雪ぐのだ! 続け! ヘイムガルド王国、魔人領方面迷宮駐屯軍、全軍、進撃!」


 ――おォ! と声が上がる。数百ばかりの兵士達が、サテラさんの魔力の籠った声に押されて、歩みを進める。――サテラさんの声には、胸を熱くする何かがある。それは、ヘイムガルド軍ではない私の胸の奥まで、熱くなる何かだった。



――――――



 進軍が始まって、数時間が過ぎた。

 ヘイムガルド軍の歩みは意気軒昂として堂々と、着実にルグリアへと進んでいる。

 今のところ、ルグリア軍とは接敵していない。――けれど。


「――そろそろかな。サテラ、皆に戦闘の準備をするように伝えて」


「……もう、ですか? しかし、偵察兵の『遠見』に反応は……いえ、アレックス様が言うのならそうなのでしょう。了解しました。――皆、戦闘準備を!」


「……アレックスさん」


「安心して欲しい。ミリアルドは、僕が守るから。ガーネットさんも居るしね」


「ううん、そうじゃなくて。……ありがとう、アレックスさん」


「――……いや。いろいろと言葉を飾ってはみたけれど……きっと僕はこの兵達と同じ……贖罪の為に戦っているに過ぎないのかもしれない。ミリアルドが僕を赦すことはないと、わかっては居ても……僕はきっとどこかで赦されたいと、そう思って……」


「ううん。それでも、ありがとう。前にも言ったけど、私、私のお父さんを殺した勇者は赦せない。……でも、アレックスさんのことは、嫌いじゃないよ」


 それは、本心だった。

 勇者は今でも許せない。これからもきっと許せない。

 でも、この人もきっと"勇者"というものに運命を狂わされた被害者なのだ。


 お父様が言っていた。

 

 ――『勇者とは、勇を掲げ、魔を伏す、ただそれだけの存在だ』と。


 それが勇者なのだとしたら、きっと――今のお友達(お兄ちゃん)の為に剣を振るって、私を護ろうとするこの、優しい人は……勇者なんかではないのだから。


「――そうか。……ああ、ありがとう、ミリアルド。――いや、ミリィ」


 微笑んでアレックスさんが腰の剣に手を掛け引き抜いて、天に掲げた。


 眼前には数千は居るであろう魔族の軍。

 いつの間にか私たちは、ルグリア大橋にたどり着いていた。


「僕は戦う。もう迷わない。僕は僕のまま、心のままにこの力を――『平和』の為に使う。そして……!」


 聖剣・リィンフォース。その黄金の輝きが、吹きすさぶ圧倒的な魔力が、眼前の魔族達を怯ませる。


 ――あの聖力……勇者だ。また、勇者が……。

 ――ああ……あの戦争の再来だ……皆殺しにされる……。無理だ、勇者と戦うなんて……。


 ざわめきが、こちらまで届く。

 それを受けて、尚アレックスさんは微笑みを崩さない。


「僕はもう誰も殺さない。この力は……その意思を、護りぬく為の力だ……! 皆、続け!」


 ―――おぉおお!! 


 聖剣を掲げ、先頭を猛然と走り始めたアレックスさんに続いて、ヘイムガルド軍が突撃をかける。

 士気の差は圧倒的。しかし、戦力の差も、また圧倒的。黒い海に、銀の甲冑が呑み込まれるようにして、戦闘が始まった。



――――――



 アレックスさんは、圧倒的だった。

 その剣の一振りで、数十の兵達が吹き飛ばされる。

 黒い波を掻き分けるようにして、黄金が突き進む。


 しかし、それはあくまで個人の力。

 数千もの兵を、アレックスさん一人で相手出来はしない。


 ――いや、殺すのなら簡単なのだろう。


 数千だろうが、数万だろうが、アレックスさんはきっと、殺すのならその全てをひとりでやってしまえる。

 それほどまでに圧倒的。まさしく次元の違う強さ。

 ああでも、アレックスさんは、誰も殺してはいない。


 振るわれる黄金の斬撃は優しく、けれど確実に触れた魔族の意識を刈り取っていく。

 吹き飛ばされ、怪我はする。だが、それだけ。誰一人、彼の剣に斃れたものはない。


「『戦場の声(ウォークライ)』! ――"聞きなさい! 我々は圧倒的だ! 彼我の士気は天と地ほどの差がある! 見よ、あの黄金の輝きを! 我々には剣聖(・・)が付いているぞ! アレックス様に続け!"」


 魔力の籠ったサテラさんの声が、軍を鼓舞する。

 白い魔力が吹き荒れて、その魔力を受けたヘイムガルド軍がその力を、魔力を増す。

 ――それは彼女の力なのだろうか。不思議と私の体にも、力が溢れて来る。


「――こいつ、魔族だぞ! 魔族がなぜ人類軍にッ!」


 近くまで来た魔族の兵が、私を見て驚きに声を上げる。


「アレフガルド様が言っていただろう! 人間軍に唆された魔族の裏切り者だ! 殺せ!」


 斧を持った魔族が、私に斧を振り下ろす。

 その刃が私の頭に叩きつけられる寸前――ダァン! という大きな音が響いて、魔族の手から、斧が弾き飛ばされた。ガーネットさんが、私に振り下ろされた斧を銃で撃って弾き飛ばしたのだ。


「ッ、く、銃だと!? ドワーフ迄混じっているのか――っぐぁ!?」


 斧が手から離れ困惑する魔族の胸に、盾を叩きつけ、吹き飛ばす。

 ごめんなさい、と心の中で謝りながら、頭を叩いて意識を飛ばした。


「ガーネットちゃん、ありがとうなの!」


「いえ。なんのことはありません、ミリアルド様」


 ガーネットちゃんが首をかしげて長いスカートを翻す。

 また大きな音がして、遠くの魔族が手にしていた武器が吹き飛んだ。


「……」


 悲鳴、怒号、剣戟。そんな耳を塞ぎたくなるような不快な音が響き渡る戦場。

 分かっていたことだ。戦いの場に出るということは、耳も、目も塞ぐことは許されないのだということは。


 心が挫けそうになる。


 また一人、人族が斃れた。

 また一人、魔族が斃れた。


 ――皆等しく、魂の情報となって、天に昇っていく。


 大地が血を吸って、赤く染まっていく。


 これが戦い。これが闘争。

 この世界で幾度となく繰り返され、そして、これからも永劫に続いていく不毛な営み。


 目をそらすな。耳をふさぐな。――そんな不毛な営みを、この世界から無くすために私は魔王になるのだ。


 戦場にひときわ強い風が吹き、目深に被っていたフードが風にさらわれる。


「っ!?」


 露わになった私の顔に、ひとりの魔族の兵士が、驚愕の視線を向けた。


「……あなたは」


 何か言おうとして、口を開いた魔族が、人族の兵士が背後から突き立てた槍で絶命した。


「――ぁ」


 手を伸ばす。

 しかし、私の手が、その魔族に触れる前に、彼は魂の情報になって、天に昇った。

 

 ヘイムガルド軍を責める気にはなれない。彼らも、命がけなのだ。

 アレックスさんや、ガーネットちゃんと違って、彼らに手加減してこの場を生き残れるほどの力はない。


 ――ああ、だけど。


「……もう」


 一人、また一人。

 斃れていく。

 死んでゆく。


 誰かの大切な人が。

 誰かが守ろうとした人が。

 誰かの愛する人が。


 いやだ、いやだ。

 そんなのは、いやだ。

 闘争こんなものは、嫌なのだ。


「もう、やめて」


 ――ああ。耳を塞いで、目を閉じて、その場に蹲って泣き出してしまいたい。

 

 『大丈夫だ、ミリィ。後は俺に任せておけ』。そう、お兄ちゃんに抱きしめて貰いたい。


 けれど、それは出来ない。

 逃げないと、そう決めたのは、他ならぬ私自身なのだから。


 だから、せめて、声を上げよう。

 届かなくとも、伝わらなくとも。


「――やめて」


 震える声。心の底から、想いが漏れ出す。


 もうやめてほしい。


 誰にも傷ついてほしくない。

 誰にも傷つけてほしくない。


 そんな子供じみた理想論が、口を衝いて言葉になって溢れ出す。


 ――ああ、だから、それは、きっと何かの奇跡。


 本来私にそんな力はない。


 でも――


「もう、やめて――!」


 ――怒号響き渡る戦場で……一人の人間の声など、かき消してあまりあるその喧騒の中で、確かに私の声が、その場にいるすべての人に届いた。


 しん、と、戦場が静まり返る。

 魔族も、人族も、アレックスさんもガーネットちゃんも、サテラさんも。


 みんなが私を見ていた。


 ああ、だからそれは、きっと何かの奇跡だったのだ。


 届くはずのない声、届くはずのない想いが、今ここで戦っている人たち――否、もしかしたら、この大陸全てに。


 だって、そうじゃないとおかしい。


 ――王とは、その種族に認められて、初めて王足りえる。

 私は、認められていない。まだ私は何も為してはいないのだ。


 だから私に、そんな資格は芽生えていない。


 だから……今私に芽生えたこの不思議な確信は、きっと何かの奇跡によって成されたモノなのだ。


「もう、やめてください……! 戦いを! やめて!」


 子供の癇癪、ただの我侭。理路も、理屈も破綻して、ただただ感情だけで上げる叫び声。


 静まり返った戦場に、私の声だけが響く。


「……」


 そんな、なんの力もないはずの子供の言葉に……


 一人。ヘイムガルドの兵士が、剣を地面に突き刺した。

 二人。ルグリアの兵士が、斧を地面に放り投げた。


「――もう、戦いをやめて……」


 泣きそうになりながら、呟く。

 

 三人。アレックスさんが、聖剣を鞘に納めた。

 四人。サテラさんが、弓を下ろした。


 大きく息を吸って、あらんかぎりに声を張り上げる。


「……私は――私は、ミリアルド・ファランティス! 魔族の兵達! 聞いてください! 私は、ミリアルド・ファランティス! 前王、ルドガー・ファランティスの娘にして、現魔王(・・・)、ミリアルド・ファランティスです! お願いです! 私の声が届くのなら……戦いを、やめてください……!」


 ――そう、これは何かの奇跡。突然私の中に生まれた奇妙な確信。

 

 その確信が私の言葉に力を与える。

 その力は魔力を伴って、声に乗る。

 その声は戦場に響き、そして――この場にいる魔族たち、全てに届く。


 五人、六人……次々と、人族、そして魔族達が手にする武器を下ろす。


 ――否、これは奇跡ではない。


 王としての力。種族に対する絶対命令権。その発露。


 なればこれは必然。奇跡などではありえない。

 民とは王に傅くもの。

 であれば、王の言葉には従うのが必定。

 

 本来私に、そんな力はない。


 声に魔力を乗せることも、届いた声が、誰かの胸に響くようなことも、あるはずがない。


 無力な、ただの魔族の少女。

 それがミリアルドなのだから。


 ……あぁ、けれど、私が王ならば。


 ただのミリアルド・ファランティスではなく、この身が魔王であるのならば、必ず届く。


 この世界はとても論理的システマチックに出来ていて、奇跡も偶然も、その全てに意味があるのだから。


 だから、これは想いが産んだ奇跡などではなく。


 王たるべきと生み出された私が、至るべくして至った必定の結末。


 ――そう。今、このとき、この場を以って、私、ミリアルド・ファランティスは魔王と成ったのだ。


本日はここまでになります!


いかにしてミリィは魔王となったのか。それは次回!

次回も明日、21時の更新になります。


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