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31 迷宮探索Ⅱ


 「さて……と」


 魔人領迷宮都市――ハガマナという街らしい。

 今、俺とガーネットはそのハガマナ……ではなく、街を見下ろせる高い丘の上に居た。

 

 眼下――人のいなくなったハガマナの街を見る。


「予想通りっていうか、なんていうか、だな」


 今、街は黒装束達が占拠し、連中が我が物顔で闊歩していた。


「……俺たちがルグリアに向かった後占拠したのか。そういえば迷宮を出た直後に襲ってきた連中も気絶させて放って置いたからな……」


「ですが、これで魔神教にとって迷宮が重要な場所であるということが確実になりましたね」


「ああ……。思えば連中の目的としては、ハガマナの住民達を皆殺しにするのは、理にかなってたんだな……」


 火の入った暖炉。点いたままのランプ。生活の跡をそのままに、ハガマナの住民達が姿を消した理由。……今ならわかる。きっと魔神教の手にかかったのだろう。

 同じ魔族同士、きっと警戒していなかったのだろう。寝首を掻かれるようにしてハガマナの人たちは……。


「マスター。それはマスターの罪ではありません」


「……分かってる」


 分かっている。

 知らずに力の入っていた拳を開き、すう、と深呼吸をした。


「……見つからないように行こう。こっちの目的が向こうにバレるのは都合が悪い」


「イエス、マスター」


 頷きあって、丘を下る。

 音を立てないように、気配を殺して。


 街を迂回して、俺たちは迷宮の入り口までやってきた。


「見張りが居るな……10人程度か……この程度なら、気付かれる前に無力化出来るな。……行くぞ、ガーネット」


「イエス、マスター。『装填ローディング』。……いつでもどうぞ」


 ガーネットが『収納空間ポケット』からいつもの銀のハンドガンを取り出し、弾丸を『装填』する。かちゃり、と小さく音が立って、弾倉マガジンに弾丸が装填された。


「……!」


 小さく息を吐いて、隠れていた物陰から二人同時に身を躍らせる。

 即座に俺たちの存在に気が付いた黒装束達が、無言のまま武器を引き抜く動作。

 その動作を咎めるように、ガーネットの手中で銃が雄叫びを上げた。

 

 マズルフラッシュが弾け、黒装束達の握った武器が弾かれ宙に舞う。

 続けて二度、三度、四度、銃声が響く。五度、六度、七度。銃声が響く度に、黒装束が崩れ落ちていく。

 肉薄した黒装束の胸に、掌底を叩き込む。

 あばら骨が粉砕し、口から血をこぼして崩れ落ちる黒装束を倒れるままにし、二人目の無力化に取り掛かる。


「――ふっ……!」


 回し蹴り。

 背後の黒装束の顎を蹴り飛ばして、砕けた顎骨ごと意識を吹き飛ばす。


「……ふぅ」


 残心する。ほとんどガーネットの弾丸で無力化したな。……やっぱり銃は強い。

 この世界では魔法があるから、それほどでもないのかもしれないが。


「……銃声ですぐに敵がやってきます。素早く迷宮に入りましょう」


「そうだな。……いやそれ、最初から俺がやった方がよかったんじゃ……?」


「行くぞ、ガーネット、と言われましたので」


「……はい」



――――――



 迷宮に入る。

 地図と道を照らし合わせながら、静かに、しかし素早く迷宮を駆けていく。

 黒装束達が入り口で倒れている見張りに気が付き、俺たちを追いかけたとしても、この速度には追い付けまい。


「ガーネット、魔物だ。頼めるか」


「イエス、マスター。距離と方角を」


「ここから400メートル北。真っ直ぐだ」


「『装填ローディング』……」


 ザザザ、と地面を擦りながらガーネットが中腰になり、片膝を落とす。

 その手には銃身の長い狙撃銃が握られており、ストックをしっかりと肩に当て、『遠見』を使って照準サイトを覗き込んでいる。


「『発射ファイア』」


 呟き、トリガーを引く。

 ――ダァンッ! と尾を引く音が迷宮の狭い通路に響き、遠くで何かの弾ける音が聞こえた。


「――やったみたいだ。流石だな」


「ご褒美は――」


「これで満足しとけ……」


 キスをねだられそうなので、言われる前に頭を撫でる。


「――……ぉぉぅ」


 なんか、変な声が聞こえた。


「……どうした」


「いえ。マスターがついに自分から私に触れてくれたことに感動いたしまして……。これは夜伽の日も近いですね」


「そんな日は永遠に来ない」


「マスター、ご存じですか。そのような発言を"フラグ"というのですよ」


「ちげえから! ていうか、お前は妙に俗な言葉に詳しいな!?」


 わちゃわちゃと話しながら迷宮を駆ける俺とガーネット。

 最短距離で一層を抜け、二層を抜け……そうして、今は十層までたどり着いていた。

 結局丸一日かかってしまい、今はルグリアを出発してから四日目になる。


 流石に休憩を、ということで、ちょうどいい空洞を見つけ、キャンプを設営したところだ。

 焚火を焚くのに、随分と手間取ってしまった。薪や魔石を用いた着火剤は用意してあったのだが、火は着けども、その火力が安定しない。すぐ消えてしまったり、逆に燃え上がりすぎて即座に消火したり。……こういう時にミリィの【冒険】の才能のありがたみを感じる。


「……やっとついた……」


 あくせくと格闘すること1時間。やっと安定した火がおきた。……焚火を起こすのにこんなに苦労するとは。

 火に鍋をかけ、水を張る。野菜くずと塩、香草と、細かく切った干し肉。味付けとしてトマト……に似た野菜を崩したものを入れて煮立たせ、スープを作る。因みにこの世界では胡椒は高級品である。シルクロードが無いから仕方ない。


「明日には例の場所に到着できそうだな」


「ええ。そうですね」


 ガーネットがぐつぐつと煮込まれる鍋を見ながら生返事する。……何が面白いのだろうか。


「疲れたか?」


「……いえ。この体はオートマタですから。疲労は感じません。それに、食事も必要ありません。……なので、このように料理、というものが興味深いだけです」


「そういえばいつもミリィが料理してるときは近くで見てたもんな。……俺はミリィほど料理上手くないからな。そんなにじっと見られると少し恥ずかしいな」


 手際も褒められたものじゃない。まあ元の世界でも少しは料理をしていたから、特別ひどいってわけでもないとは思うが。


「……マスター」


「ん?」


「今度、私に料理を教えていただけますか」


「ああ。いいぞ。……せっかくメイド服着てるしな。っていうか、以前から疑問だったんだが」


「なんでしょう」


「ガーネットの服とか、武器とか、どうしたんだ? 『収納空間ポケット』に随分入ってるみたいだけど」


 ガーネットがよく使っている二丁拳銃や銃身の長いライフル。そして汚れても次々と出てくる全く同じ形のメイド服。……どこで入手してきたのだろう。


「武器の類は全てへちゃむくれからいただきました。服は彼の奥方から」


「へちゃむくれ……って、ロックの事か。じゃあガーネットの使ってる武器はドワーフ製ってことか? ……興味あるな」


「興味がおありですか?」


 そう言ってガーネットが『収納空間ポケット』に腕を突っ込む。

 そして、次々と重火器をその中から取り出していく。

 銀の拳銃が二丁。黒い狙撃銃が一丁。これは見たことがある。

 次に出て来たのは、妙な形をした筒のようなもの。二重構造になっており、外側の筒の中に、細長い杭のようなものが収まっている。……って、これは、もしかして。


「これ、パイルバンカー……ってやつか?」


「イエス。ご存じでしたか」


「ロマンだからな……。っていうか、もしかしてこれなら俺でも使えるんじゃ……」


「魔力で火薬を炸裂させて杭を打ち出すので、火器に対する魔力伝達を補助する【重火器】の才能が無いと使えないかと」


「……くっ、この才能至上主義の異世界め……ッ!!」


「逆に言えば、【重火器】の才能の補助が無くても、微細な魔力伝達が出来れば、使用することはできますが」


「……魔力伝達の才能は平凡、ってアリスに言われたんだよな……」


 以前、シュタインフェルト城でアリスに修行をつけてもらっている時に言われたことだ。

 魔力の扱いにも個人で得手不得手があるらしく、【魔法】の才能を持つものは、その辺りも感覚的に上手いらしい。俺は【魔法】の才能を持ってはいるが、Lv0だし、魔力伝達もそう大して上手くはない。普段身体能力の底上げに使っている魔力伝達がそれなりに見れるものになっているのも、吸血鬼の特性である膨大な体内魔力を無駄に駄々洩れにしながらなんとか誤魔化しているだけだ。


「なるほど……しかし、マスターは武器など使わなくても、十分お強いと思いますが。……ベッドの上でも、そんなにお強いのですか」


「ベッドの上は知らねえよ! ……そうだな。実際必要かどうかって言われたら別に必要じゃないんだろうけど……でも、ほら、銃とかカッコいいじゃん……?」


「……なるほど、つまりアリシア様とはまだ?」


「そっちに食いつくのかよ!? いわねーよ!?」


「マスターのいけず」


 ちなみにだが、アリスとはまだだ。……そんな暇なかったしな! 基本的に休息はキャンプだしな!? テントの中でそんなこと出来るわけないだろ!!


 ……俺は誰に言い訳してるんだ。


「はぁ……ったく。少し寝るよ。3時間経ったら起こしてくれ」


「イエス、マスター。おやすみなさい」


「ああ。おやすみ」


 ガーネットにあいさつを返して、俺はテントに入り、横になった。

 すぐに眠りはやってきた。



――――――



 目覚めてすぐ、俺たちはキャンプを引き払って出発した。

 ガーネットに休息を勧めたが、不要、と断られた。


「今日中に例の場所まで行こう。そこでどうするかは……多分【根源魔法】がらみなんだろうな」


 サテラの調査隊を出すという提案を断った理由の一つがそれだ。

 もしガザルドが『無限物質エタニティマター』を自分の複製を作ることに利用しているのなら、恐らく俺のあの才能でないとどうにかできないだろう、と思ったのだ。


 迷宮の中を駆けていく。

 遭遇する魔物は、視界に入る前にガーネットが狙撃して倒す。

 そんな風にして、特に障害もなく、俺たちは目的の12層に到着した。


「よし、ここからは……」


 参照する地図を、アレフガルドさんに貰ったものから、ミリィが作ってくれた地図に変える。

 やはり、俺たちが転移させられた場所は未探索区域だったらしく、ミリィの作った地図を見たアレフガルドさんがミリィの成長にむせび泣き、そして大いに感謝していた。


 ミリィの地図は、魔人領で公に使用されている地図と比べても遜色なく、ミリィの【冒険】の才能の凄さを如実に感じる。

 地図を片手に、ゆっくりと迷宮の中を歩いていく俺とガーネット。

 黒装束達の妨害らしい妨害もなく、時折現れる魔物を蹴散らせば、スムーズに俺たちは迷宮の中を進めていた。


「……そろそろだ。ガーネット、一応戦闘の準備を」


「イエス、マスター」


 言って、『遠見』を放つ。

 例の空間までは直線距離で約3キロ。俺の『遠見』の探知範囲内だ。


 そして、俺の放った『遠見』は、覚えのある反応を返してきた。

 ……ガザルドの反応。俺たちが以前確認した例の空洞は4つ。その4つ全てにガザルドの反応が一つずつ。……どうやら俺の予想はビンゴだったようだ。


「向こうはまだ気づいてない。二手に分かれよう。一気に強襲して制圧するぞ」


「……」


 こくり、と頷くガーネットに手で合図をする。

 同時、俺たちは駆け出した。


「――ッ! おま……ッ」


「――はッ!」


 言葉を最後まで紡がせない。

 向こうが体勢を整える前に一気に懐に飛び込んで、当身を当ててその意識を刈り取る。


「――次!」


 踵を返し、次の空洞へと駆け出す。

 こういう時に『影従者シャドウサーバント』の魔法が使えたら楽そうだ。


「ンの、聖人野郎ォ!!」


 次の空洞に足を踏み入れた瞬間、剣を構えたガザルドが物陰から飛び出してきた。

 隠れていたつもりだろうが、『遠見』のおかげでバレバレだ。数センチだけ体を逸らして斬撃を回避する。その勢いを利用して、身体を捻り、回し蹴りを叩き込む。


「ぐ、ぶ……」


 くぐもった悲鳴を漏らし、ガザルドが数メートル先の壁まで吹っ飛んでいき、背中を壁にぶち当ててずりずりと崩れ落ちた。

 こいつには容赦しない、と俺はそう決めているのだ。

 殺さない程度に痛めつける程度では、俺の良心は痛まない。


 アリスとテニアにした事を、俺は忘れてはいない。


「さて……と、ガーネットの方は……」


 振り返り、別の空洞の方角を見る。

 銃声が3回。……終わったようだ。


 倒した二人のガザルドの首根っこを掴み、引きずりながら、ガーネットと合流した。


「おつかれさん、ガーネット。怪我はないか」


「問題ありません、マスター。いえ、この程度問題になりません、マスター」


「確かに、こいつ魔神教なんてヤバい集団のリーダーの割に随分弱いよな」


 というか、連中、魔神の影を除けば全員戦闘力が低い。

 ……こんなんでよく魔族皆殺しとかしようと思ったな。大言壮語も甚だしい。


 そんなことを考えていると、ガーネットが『収納空間ポケット』からアリスから預かった黒い鎖を取り出し、じゃらじゃらときつくガザルドを縛り上げてゆく。

 これはアリスの魔力で編んだ鎖で、縛った対象の魔力を感知して魔力が流れて相手を気絶する程度に痛めつけるという、なんというかとても恐ろしい鎖だ。

 この鎖のおかげで、ガザルドは目を覚まし、捕縛されている状況を何とかしようとして魔法を使用し、再び意識を飛ばされるという無間地獄を味わう羽目になるらしい。


 ルグリア城の牢に繋がれているガザルドは、さらにアレックスお手製の、聖枷という魔法で編まれた枷をつけられており、こちらは枷を嵌めた相手の魔力を延々と吸い続けるという……これまた恐ろしいものだ。


 そんな感じで、ガザルドの魔法の使用と四肢の自由を奪い、自死による魔神の解放を防いでいる。


「……さて、と。空洞を調べるか」


「イエス、マスター。この男たちの監視は私が」


「ああ、頼んだ。……こいつらがあの部屋で何をしようとしてたのかも気になるしな……」


 枝道を進み、空洞の一つに足を踏み入れる――と、そこには。


「――!」


「■■■■――」


「なん、で!? 『遠見』には何も……ッ!」


 魔神の影が居た。

 背後に跳び、構える。

 ……が、様子がおかしい。

 影はゆらゆらと揺れたまま、なんの行動も起こさない。


 あの耳障りな、声のような、音のようななにかを響かせ、ひたすら左右にゆらゆらと揺れ続けるのみだ。


「……■■――■」


「……」


 構えたまま、影とにらみ合う。

 声が響く。


「……何か、伝えようとしてるのか?」


 ゆらり、と影の腕が伸びる。

 咄嗟に距離を置く……が、伸ばされた腕は、勢いもなく、敵意も、殺意もない。

 ただ、伸ばされただけだ。


「……触れろっていうのか。お前に、俺が?」


 そんなこと、するわけないだろう。


 お前はテニアを乗っ取り、アリスを乗っ取り、アレックスを殺そうとして……。


「■■■■――」


「……ああもう、くそ! 分かったよ!!」


 ひたすら腕を伸ばして待ち続ける影に根負けし、俺も手を伸ばす。

 そして、影に俺の手が触れて――。


 ――視界が暗転した。

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