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09 初めての魔物狩り

 それから、アリスの修行イジメは、3週間ほど続いた。

 3週間の修行で俺がどうなったかというと……。


(自分でも驚きだ。まさか本当に亜音速とかで動けるようになるなんて……)


 とんでもなく成長していた。

 びっくりだ。

 俺の才能はステゴロ。つまり素手での格闘術だ。

 それを最も生かす為には、俺本人が素早く動く必要がある、とはアリスの談。

 その為に必要なことは、力の入れ具合、タイミング、そして何より重要なのが。


(魔力の伝達……こうっ!)


 ヒュっ、という音を置き去りに、一瞬で10メートルほどの距離を移動する。

 ――アリス曰く


「吸血鬼という種族はの、他の生き物と違って常に魔力を駄々洩れにしておるのじゃ。まぁ他の種族がそんなことしたらすぐに魔力が尽きてお陀仏じゃが……そもそも生き物として持っている魔力量が他の生物とはケタ違いなのじゃ。そのお陰で腕力は強いし下手な攻撃ならキズすらつかぬ。その駄々洩れにしておる魔力を上手い事伝達してやると、素早く動けたり、ものすごい威力の攻撃ができるってわけじゃ」


 ――とのことらしい。

 相変わらず語彙力は壊滅的だったが、言わんとしていることは理解できた。


 この世界では、知性を持つ生物は魔法の才能の有無とは関係なくある程度の魔力を持って生まれるらしい。

 それは、異世界から来た俺も例外ではなくーーいや、例外的に後天的な吸血鬼としての魔力を持ってはいるのだがーー魔力は存在している。

 つまり、ただ魔力を使っただけの何かしらの技術は魔法の才能を持たずとも使えるってわけだ。


(俺も派手な攻撃魔法とか使いたかった……)


 魔力の伝達は慣れ――らしい。

 モノにするのに1週間かかった。

 そこからあまりの速度を制御するのに1週間。

 戦闘に転用できるようになるまでに1週間。


 3週間かかって、ようやくまともにアリスとの戦闘についていけるようになっていた。


「ふむ。そろそろよいじゃろ」


 ある日、いつもの戦闘訓練が終わると、アリスが言った。


「なにがだ?」

「そろそろ外に出て魔物と戦ってもよい頃じゃ。この辺りの魔物はそこそこ強いからの、それに勝てたら……まぁ迷宮に潜る程度ならなんとかなると思うのじゃ」

「え、マジか」

「うむ。まぁ、ぶっちゃけわしの攻撃をあれだけ躱せるのなら魔物の攻撃なんぞ止まって見えるじゃろうし、魔力伝達を使えば攻撃力も申し分ない……多分」

「……多分?」

「まぁ、案ずるよりなんたらかんたらじゃな! いくのじゃ!」


 そう言ってアリスが遠くを指さす。


「……え? 今から?」

「当り前じゃ。ごーごーなのじゃ!」

「……マジか」


 そうして、俺はシュタインフェルト城の周辺の森に連れ出された。


 ――――――


「わしは遠くから眺めておるのじゃ。接敵次第戦闘じゃ。まあ大丈夫じゃとは思うが、一応無理だったら『助けてアリス様』と叫べば助けてやるのじゃ」


 そう言ってアリスが音もなく消える。

 ……去る姿が見えなかった。つまりアリスは俺との修行では手を抜いてたってことだ。


「……いや、どこまで凄いの、あの吸血鬼」


 さて、とあたりを見回す。

 自分から漏れだす魔力をもっと大きく広く広げるイメージ……。

 これが魔力を使った索敵、『遠見』と呼ばれるものらしい。

 魔力を感知して、それを術師に伝える技だ。

 本来は眼を通して見る方法が一般的らしいのだが、吸血鬼おれたちのように魔力が有り余っているなら、こうして全周囲に魔力を広げたほうが効率がいいらしい。

 イメージとしてはソナーに近い。


 目を閉じて周囲を探る。

 俺の索敵範囲は大体半径1キロほど。

 生物の反応が多い。だが、ほとんどの生物には大きな魔力の反応がない。つまり、普通の獣だ。


(初日はアレに殺されかけたんだっけ……)


 4,5匹が群れて行動している。


(とりあえず無視だ。俺の討伐目標は魔物だ……。魔力の反応が強い生き物……)


 1匹、大きな魔力を持つ生物の反応がある。

 ここから肉眼では見えないが、おそらく本気で走れば数十秒でたどり着ける距離だ。


(よし、これにするか……)


 体外に漏れ出ている魔力を集めて、脚に籠めるイメージ。

 ぐ、と踏ん張って俺は"跳んだ"。


 ごうごうと耳元で風が唸る。木々を抜けて、体が空に飛び出した。

 紅い月が近い。


(あそこか)


 方角を定め、俺は"空を蹴る"。

 空中で方向転換を決めて、目標の場所まで弾丸のように吹き飛ぶ。

 地面が急激に近づき、木々をなぎ倒しながら接地した。

 衝撃を殺しきれず、不格好にごろごろと着地。


「いってぇ……」


 頭を振りながら立ち上がり、目の前を見ると――


『グルルルルル……』


 7.8メートルはある、巨大な熊のような魔物が俺を睨みつけていた。


(うそん……)


 めっちゃ強そうだった。

 まさしくバケモノだ。

 真っ黒な毛皮に、額から生えた2本の角。

 獰猛に牙を剝き、こちらを威嚇している。

 爪は肥大化し、手のひらの何倍ものサイズになっている。


「挑む相手間違えた……?」


 そう言いながら、構えを取る。

 足を大きく開き、重心は丹田に。拳は作らず、緩く握る。


「でもまぁ……アリスよりは怖くない、かな」


 魔力を脚に。

 いつでも動けるように。


『ガァアアッッ!!』


 構えた瞬間、敵意を認めたのか、大きく爪を振りかぶり、俺の頭めがけて振り下ろす魔物。

 喰らえば致死の一撃。速度も威力も申し分なし――だが、


(遅すぎる、な)


 まずモーションが大きすぎる。振りかぶったら狙っている場所が見え見えだ。

 少しだけ後ろ脚をずらし、躱す。

 風圧が頬を掠め、髪が揺れた。


(そういえば、髪が伸びたな……切らないと)


 そんなのんきなことを考えながら、一歩踏み込む。

 どのぐらいのタフネスかは分からないが、とりあえず全力だ。

 手のひらに魔力を伝達し――


「――っふ!」


 ひねりを加えた掌底を魔物の腹に見舞う。

 パァン!

 と風船が割れたような音が鳴り響き、魔物が爆ぜた。


「……え?」


 ドシャ、と腹に大穴を開け、息絶えた魔物が倒れ伏す。


「……あれ、死んだ……?」


 ひゅう、と風が吹き、魔物の血の匂いを運んできた。


「ふむ、オーガベアとはなかなかの獲物をしとめたのじゃ」


 音もなく俺の隣に降り立ち、アリスが言う。

 ……あの、『遠見』ずっと使ってるんですけど……探知に引っかからなかったんですけど……。


「これ結構強い感じの魔物だったりする?」

「そうじゃの……んー、人里に下りれば騎士団が一個中隊で討伐に乗り出すレベルの魔物じゃの」

「え……そんなのが闊歩してるのこの森……こわ……」

「それを瞬殺するお主もニンゲンから見たらもっとヤバい感じなのじゃ」

「……確かに」


 ……いつの間にか人間辞めてたのかもしれない、俺。

 いや、吸血鬼だけど。


「なんにせよ、コレを瞬殺できるんじゃったら迷宮に潜っても"魔物に関しては"大丈夫じゃろ」

「そっか……」


 複雑な気分だった。

 あと魔物に関しては、とか不穏なこと言わないでほしい。


 ――――――


 アリスとともに城に戻り、夕飯を作って二人で食事を摂る。

 アリスの許しを得た俺は明日から迷宮探索に向かうため、この城での晩餐は今日が最後になる。


「……アリス」


 食事を終え、お茶を飲みながら俺が言う。

 この世界のお茶はハーブティーが一般的らしい。


「なんじゃ?」

「その、なんだ。今までありがとうな」

「なにがじゃ?」

「いや、こっちに来ていろいろさ。アリスが居なかったら俺はあの狼に殺されてたし、修行とかもつけてもらったし……なんだかんだ食うにも困らなかったのは、アリスのおかげだ」

「そうじゃの。……まぁ、眷属の面倒を見るのは祖の役目じゃし、レイジはわしの旦那様じゃしの」

「旦那様はおいておいて。……まぁそんなわけでありがとう」

「むぅ……。ま、どういたしまして、じゃ」


 少しむくれつつも、アリスは素直に頷く。


「それで、どうして今ありがとうなのじゃ?」

「え、いや、明日には俺は出ていくし、今しか言えないかなって」

「なにを言っとるんじゃ?」

「いや、だから、明日には俺は出ていくし……」

「わしもついていくに決まっとるじゃろ」

「……なんで?」

「なんで? ってなんでじゃ。そなたはわしの眷属じゃ。どこにあろうと共にあるのは当然のことなのじゃ」


 あっけらかんとアリスが言う。


「……そうなの?」

「そうなのじゃ」


 ……そうなのか。


 そんなわけで、俺の迷宮探索にはアリスも同行することが決まった。

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