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30 迷宮へ


「というわけで、俺は迷宮に行ってくる」


 その日の夜。やっとみんながすべき事を終え、集合した際、俺は宣言する。

 俺にあてがわれた客室に、アレックス、ミリィ、テニア、ガーネット、そしてアリスが集合していた。……あと、なぜかサテラも部屋の隅にいる。


「なるほど……魔神の影がなんとかなるのなら、戦いはかなり楽になるね。僕としても、斬っても斬っても湧いてくるあの影には、正直辟易していたんだ」


 ふむ、と真面目な顔でアレックスが頷く。

 まぁ聖力を振るえるのはアレックスだけだろうし、一番あの影と戦うのはアレックスだ。面倒臭いったらないだろう。同情する。


「迷宮に潜るのはいいケドさ、なにか当てはあるの? まさかなんかそれっぽいもの見つけるまでしらみ潰しに探すとかじゃないわよね」


 ひょい、と手を挙げて意見するのはテニア。


「どしたの、その格好」


 黒装束達と同じ外套を着ていたテニアだが、なぜか今は豪奢な白いドレスに身を包んでいた。

 髪の毛もしっかりと結い上げられ、シニョンにしている。……なんだかお姫様みたいだ。


 あ、いや、お姫様なのか。


「……アレフガルドさんが、フェステニア様も姫君なのですから、とか言って無理矢理……多分あの人の趣味よ、これ。……いいわよ、言いなさいよ。どーせあたしには似合わないって言いたいんでしょ……」


「いや、よく似合ってるよ」


「なっ……! ぁ!? ぅっ……!?」


 何かの鳴き声のような声を上げて、テニアが顔を真っ赤にして俯く。


「……レイジ、後でお仕置きね」


「なんでだ!?」


 隣に座ったアリスが、俺のほおをつねりながら頬を膨らませる。……いや、他意はないんだって! 本当に似合ってるから!!


「それで、お兄ちゃん。何かわかったなの?」


 テニアと色違いの薄水色のドレスを着たミリィが尋ねる。こちらはいつもの髪型だが、ミリィもよく似合っている。二人並んでいると本当に姉妹のようだ。しかも美少女姉妹。

 眼福である。


「レイジ?」


 頬を再びつねられた。洒落にならない強さだ。千切れる。


「痛い痛い痛い!!」


「マスター。鼻の下を伸ばす前に説明を。説明の後でしたら鼻の下でも腹の下でも好きなだけ伸ばしていただいて構いませんので」


「そのネタはいよいよもって下品だよガーネット!! ごほん。……あーまぁなんだ、心当たりはあるっちゃある。ほら、覚えてるか? 俺たちが船の上から転移魔法で転移させられた時に居たあの空洞。あそこから伸びる通路の何本かがおかしな空間に繋がっていただろ?」


 吸血鬼である俺たちと同種の魔力が満ち、ミリィが入っただけで体調を崩して魔神化しそうだったあの空間だ。

 恐らくあそこには何かがある。仔細に調べれば、何かが出てくるだろうという確信があった。


「ん、確かに。あそこ、妙な気配があったし、何かあるかも。あの時はちゃんと確認できなかったけど……行ってみる価値はあるかも」


 やっと俺をつねるのをやめて、アリスが頷く。

 ひりひりするほっぺたをさすりながら、俺も頷きを返した。


「だよな。異様に怪しかったしな、あそこ」


「成る程。話はわかったよ。……それで、レイジ一人で行くのかい?」


「そうだな……まずアレックスには、ここに残って欲しい。魔神の影の相手ができるのはアレックスだけだからな」


「そうだね、分かったよ」


「ミリィとテニアも残ってくれ。魔神関係で何か起きても不思議じゃない。出来るだけ二人には魔神に近づかないで欲しいからな」


「ん。そーね。りょーかい」


「わかったなの」


「あと、アリスも残ってくれ」


「え!? なんで!? やだ、わたしレイジといく!」


「いや、アリス迷宮じゃ魔法使えないし……それなら戦力としてここに残ってミリィとテニアを守って欲しい」


「ぅー……。どうしても?」


「ああ。どうしても。……頼むよアリス。二人のことはアリスに任せたいんだ」


「……わかった。レイジがそんなに頼むなら」


 渋々といった感じで、アリスも同意してくれた。


「と、いうわけで、だ……ガーネット。同行を頼む」


「イエス、マスター」


 こっくり、と無表情に頷くガーネット。

 戦力的には申し分ないし、恐らくこれがベストの配置だろう。


「変な事しないでね……?」


「お約束は出来かねます」


 ……貞操の危機を感じる事以外は。


「……すみません、レイジ殿」


 そこまで部屋の隅で黙って話を聞いていたサテラが、声を上げる。


「ん。どうしました?」


「私達の隊から、何人か調査隊を出す……のではいけないのでしょうか。レイジ殿ほどの力があれば、街の防衛に着いていただいた方がいいのではないかと……」


「いや、軍だと行動に時間も掛かりますし。俺なら行って帰ってきて一週間くらいだし、なにより、恐らく今回の件、俺の根源魔法が必要になると思います。だから、迷宮には俺が行きますよ」


「……そうですか。お役に立てず申し訳ありません……具申申し上げました」


 しゅんとしてしまった。……悪いことしたかな。

 いや、でも人的被害を最低限に抑えるのならこれがベストなはずだ。……サテラには軍としてのメンツなんかもあるんだろうけど、ここは涙を呑んでもらおう。


「しかし、遠距離にいる仲間と連絡を取れる手段がないのは不便だな……念話の魔法とかないのか?」


「レイジと私だけなら遠くに居ても会話する方法ならあるよ」


 なんて事なさげにアリスがいう。


「まじ?」


「私の影とレイジの影を空間を歪めて繋げて、私がレイジの影の中にいる時の状態を擬似的に作り出すの。問題は、心の中身が双方ダダ漏れになることだけど……私とレイジの仲なら問題にはならないよね!」


 確かにその程度のことはモーマンタイだ。

 寧ろこの溢れるアリスへの想いを余すところなく知って欲しいまである。


「よしやろう。すぐやろう」


「んっ!」


「あのさ……あれからこっち、あの二人バカップルになりすぎじゃない……? 考えてる事ダダ漏れでも問題ないとか……」


「そうかい? あの二人は元々あれくらい仲が良かったと思うけど」


「うん。二人は仲良しなの」


「あぁ……常識が……あたしの常識が壊れてゆく……」



――――――



 翌朝。

 準備を終えた俺とガーネットは、ルグリア城を出発した。

 因みにアリスとの影念話(俺が命名した)は、アリスの方から「好き好き好き好き、レイジ好き。好き、大好き」としか聞こえてこないので無意味と判断し、リンクを絶った。

 とても嬉しいのだが、通信手段として意味を成してない。


「ガーネット。どのくらいの速度で走れる?」


 大橋を渡りながらガーネットに尋ねる。

 ガーネットは無表情のまま、コテリ、と首を傾げて指を2本立てた。

 ……それはどういう意味だ。


「ここから迷宮までであれば、二日で」


「はや!? 新幹線!?」


 普通に歩いて十日ほどの距離だった筈だ。

 俺やアリス、アレックスはともかくガーネットも凄い。


「よし、じゃあ走るか。手っ取り早く済ませよう」


「イエス、マスター。ぴたりとマスターのお尻についてゆきます。……うへへ、イイケツしてるねあんちゃん」


「なんかテンション高くない……?」


 喋りに抑揚がないのでとっても怖いが、何やら謎のテンションのガーネットだ。


「ええ、それはもちろん。マスターと初めての二人旅。迷宮に二人きり何も起きない筈もなく……」


「何も起きないからな。一応言っとくけど」


「あん。マスターのいけず」


「はぁ……よし、ほら、行くぞ」


「イエス、マスター」


 やれやれとため息をついて、魔力を足に込め、駆け出した。



「……時にマスター」


 走り出して数時間。ガーネットは言った通り俺の後ろにぴたりとくっついてきている。息一つ切らしていない。……このペースなら、確かに二日くらいで着きそうだ。


「どうした?」


 俺も同じく息も乱さず走り続けながら答える。

 数時間走り続けているのに、苦しくもならず、足が重くなるようなこともないというのは、今更ではあるがかなり違和感がある。あー、本当に俺、人間辞めたんだなぁ、とたまに少し悲しくなるのだ。


「迷宮に到着後、内部の探索はどうするのですか? 今回、マッピングの出来るミリアルド様とアレックス様はいらっしゃいませんが」


「ん、あぁ。前回の時にミリィが作った地図と探索済みの区画の地図をアレフガルドさんから貰ってきた。照らし合わせて探索すれば、例の空洞にはすんなりいける筈だ」


 アレフガルドさん曰く。


 魔の迷宮。ロウファンタズムは、全80階層。

 聖人の門は50階層にあり、俺たちも見た通り、天然の洞窟そのままのような迷宮である。

 とにかく枝道が多く、その全容は10層ほどの浅い階層ですら未だ知られていないとの事。

 枝道の先は行き止まりであったり、モンスターハウスのような魔物溜まりになっていたり、即死級のトラップが設置してあったり……とにかく、安易に入る事を躊躇わせるような作りになっているので探求者シーカー達もおいそれと立ち入らないそうだ。


 俺たちが転移させられた大きな空洞と似たような空洞から、蜘蛛の巣のように枝道が張り巡らされており、その先にまた大空洞、そして枝道に……とそういう作りになっているらしい。

 イメージとしてはアリの巣に近いだろうか。


 他の特徴としては、魔物がコミューンのような物を形成しているという目撃例もあるらしい。

 魔物が共同体なんて作るのか、と思ってしまったが、そういえば過去に俺は実例を見ていた。


 人の迷宮で遭遇した、ゴブリンキングだ。


 あれは迷宮を造った聖人ユウトが設置した試練のようなものだったが、どうやら魔の迷宮では、似たような集団が自然に形成されている可能性があるのだそうだ。


 尤も、それも深い階層で、かなり以前に目撃されたものらしいので、今回の俺たちの目標の階層……12層では遭遇する可能性はかなり低いのだそうだが。


 しかし、諸々の問題が解決した後に聖人の門まで行かなければならない事を考えるに、頭に入れておいて損はないだろう。


「成る程。隙のない手際。流石でございます、マスター」


 そんな風に、アレフガルドさんに聞いた迷宮の情報に想いを馳せていると、ガーネットがふむりと頷いた。


「お前は俺が何しても褒めてくれるから逆に怖えよ……」


「当然です。マスターは私の全てであり、私の全てはマスター。マスターの全てを肯定し、私の全てでマスターにお仕えすることこそ、私の存在意義でございますので」


「……」


 今まで考えないようにしてきてはいたのだが、やはり気になる。何故ガーネットはここまで俺に尽くそうとするのだろうか。思えば、目覚めた瞬間からこうだった。俺をマスターと呼び、俺についてくることが当たり前のようにして、今ここにいる。

 俺の命令は絶対に聞くし、文句すら言わない。

 いやまぁ、言動に多少の問題はあるけど。


「なあ、ガーネット……その、どうしてお前は……」


 言いかけて、唇に何かが触れる感触。

 ガーネットが、その人差し指を俺の唇に当てていた。


「野暮ですよ、マスター。劇的な理由も、感動的な意味も必要ありません。私は仕えるもの。オートマタというこの体、そしてあなたに観測されたことにより生まれたこの魂。その両方が、仕える事を望んでいるのです。そして、仕えるべき主人として、あなたは相応しい」


 聞くな、そして言うな、と唇に当てられた人差し指を、そう捉えて、俺は口をつぐんだ。


 生まれた疑問の代わりに、言葉を発する。


「さんきゅ」


 と、そう短く。


 それを聞いたガーネットの顔は、ほんの少し……ほんの少しだけ、微笑みを浮かべているような気がした。



 そして、ルグリアを出発して二日。

 俺たちは再び迷宮にたどり着いた。

本日はここまでになります!

次回も明日21時ごろの投稿になります。


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