26 人類軍、魔人領方面迷宮駐屯軍
魔人領、首都。
ルグリアに到着した俺たちを出迎えたのは、街の外壁の外に立てられたテントの群れだった。
大規模なキャンプを甲冑を着た人間達が行き交う様子は、さながらヘイムガルドの迷宮都市で見た、迷宮探索拠点のようだ。
「……なんだあれ?」
「魔人領方面駐屯軍……ですね。私の部隊、です……。」
サテラもこれは予想外だったのか、呆気に取られ、その様子を眺めている。
と、向こうの一団、その中でも殊更ボロボロの鎧を着けた大男がこちらに気がつき、驚きの表情を浮かべる。
そして、凄まじい勢いで駆け寄ってきた。
「サテラ殿ぉおおおおおおっ!!」
「呼んでますよ、サテラさん」
「は、はい……彼は……」
「サテラ殿っっっっっ!!!! ご無事で!!!! ご無事でしたかあああ!!!」
でかいでかい。体がでかけりゃ声もでかい。
吸血鬼の鋭敏な聴覚が仇になり、大男の声が頭に響いて、耳がキーンとする。
俺の頭の上のアリスも耳を塞いだ気配。
隣のミリィも同様だ。どうやら、吸血鬼の聴覚でなくても相当うるさいらしい。
「ダリウス 殿……え、ええ、そちらもよくご無事で……」
「何をおっしゃいます!! 我々が一人もかける事なくここに辿り着けたのも、サテラ殿が殿を務めてくださったおかげ!!!! ご無事で何よりでございます!!! そ、某はてっきり、もうダメかと……っっ!!!」
だくだくと滝のように汗と涙で顔面をぐしゃぐしゃにしながら、ダリウス と呼ばれた男がサテラの手を両手で握る。
なんて暑苦しい男だ。
サテラも引き気味だ。
「え、ええ……黒装束に捕縛されていた所を彼等に助けて頂いて……」
説明するサテラの表情は引き攣っている。
さもありなん。顔が近い。
「あいや! なんと! あの奇ッ怪な黒い影からサテラ殿を!? それはさぞ腕の立つ方々……すわっ!! 勇者殿ではありませんか!!!」
「ええ。お久しぶりです。ダリウス殿」
今度はアレックスに顔が近いダリウス 。
そんな近づかなくても声聞こえるから。大丈夫だと思う。100メートル先くらいからでも聞こえるから。
「合点承知! 勇者殿でしたら、正しく! あの影共も恐るるに足りませぬな!!!」
「いえ。僕だけだったら、きっとサテラは救えなかったと思います。彼が……彼等が居たからこそ、サテラを救うことができました」
笑みを浮かべ、スマートに俺たちのことを紹介する。
相変わらずのイケメンムーブを決めるアレックス。爽やかすぎる。目が潰れちゃう。
「左様でありますか!? 勇者殿にそこまで言わしめるそちらの方々は……!?」
今度は俺に近づいてくるダリウス 。
思わず一歩引いた。
ミリィとテニアが、さっと俺の後ろに隠れる。
こらこら、俺を壁にするんじゃありません。
「え、ええと、俺はレイジといいます。故あってアレックスと旅を……その途中でサテラさんを捉えていた集団と戦闘になり、その結果サテラさんを……」
「なんと!!!!! それはありがとうございました!! 伏してお礼を!! サテラ殿は我が部隊の大切な指揮官であります!!! 誠、まっことありがとうございます! ヘイジ殿!!」
言い終わらぬ内に、俺の手を握るダリウス 。
あとヘイジじゃなくてレイジね。西の高校生探偵じゃないです。
あと握力強すぎる。痛い。
「いえ……」
圧に押され、何とかそれだけを言うので精一杯だった。
「時にダリウス殿。何故駐屯軍がルグリアの外に? 見たところ、戦闘態勢にあるようですが」
サテラが尋ねる。
言われてみれば、なにやら物々しい雰囲気だ。
ピリピリとした緊張感のようなものが、キャンプには漂っていた。
「むぅ。それなのですが……」
眉を顰め、難しい表情をしたダリウスが説明してくれる。
話を要約すると、こうだ。
迷宮都市を放棄した駐屯軍は、サテラの命令通り、ルグリアまで後退。その後、状況を説明する為に、宰相であるアレフガルドに謁見を申し込んだ。
申し出は受理され、状況を説明。ルグリアにて軍を編成し、迷宮へと調査に乗り出そうとした矢先……。
例の黒装束達が、同時多発的に魔人領各地で暴れ始めた。
活動は散発的で、一つ一つがそれほどの戦力でもない為、各都市の守備隊程度でも何とか制圧する事は出来ていたのだが、ここ、ルグリアはそうもいかなかった。
――戦端が開かれすぐ。魔神の影が現れたらしい。
数自体は少なく、なんとか駐屯軍とルグリアの兵達で押し返すことが出来たのだが、それ以降も幾度となくルグリアを黒装束達が襲ってきた。
故にこうして街の外に陣を敷き、黒装束達の襲撃に備えているのだという。
「……成る程」
一通り話を聞き終え、サテラが顎に手を当てて俯いた。
俺達も思案する。
――やはり、奴らの件は解決していなかった。
俺たちにちょっかいをかけながら、ルグリアにも攻撃を仕掛ける。……何がしたいんだ、奴らは。
「話は分かりました。我々の方でも、アレフガルド氏のお耳に入れたい事があります。先ぶれを出してもらえますか?」
「承知致しました!!!!」
サテラからの指令を受け、騎士の礼をすると、即座にダリウスが動く。
その背中を見送り、サテラが俺たちを振り返った。
「申し訳ありません、アレックス様、レイジ殿。どうやら事は我々の手に余る事態のようです。……黒装束達の事、そしてあの影の事、アレフガルド氏にご説明願えますか?」
「勿論。ミリィの話もしないとだし、寧ろ間に入ってもらえて助かった」
すんなりとアレフガルド……ミリィの爺やに会えるかどうかは微妙だったから、こうなったのなら手間が省けて助かるといえば助かる。
……しかし、黒装束達。魔人領各地で散発的に活動が出来るほどの数がいるのか。かなり大規模な組織のようだ。
「私は隊に報告を受けに行ってまいります。謁見の際は、ご同行を。また、呼びに参りますので」
「分かった。待ってるよ」
俺たちに一度、折り目正しく礼をすると、サテラは一番大きなテントに向かって去っていく。
それを見送って、俺たちも野営地の隅っこに腰を下ろした。
「……アリス。どう思う?」
「うん? なにが?」
「なにが、って……黒装束達の目的だよ。あいつら、魔神の復活が目的だったんだろ? それなら俺たちだけに的を絞ればいい。……なのにわざわざ魔人領全てを敵に回してまで戦争の真似事を始めた理由は何だと思う?」
「ん。理由は明確だと思うけど。魔神の復活でしょ?」
「いや、それなら俺たちに的を絞れば……って、いや、違うのか。別にミリィだけが魔神を復活させるための器じゃないのか……」
「多分ね。ミリアルドが一番魔神に適した器なんだとは思うけど……そもそも、私たちの前で顕現した魔神は、フェステニアを器に選んだ。そして、その後は私。まあ、私の場合は事故だったんだと思うけど……とにかく、魔神が復活するだけなら、きっと器にはそれほどこだわる必要が無いんだと思う。黒装束達の目線ではね。……魔神本人の目的は、レイジを殺すことだから、脆弱な器じゃきっとそれを成せないからミリアルドに移ろうとしたんだとは思うけど」
「じゃあ、本来器は、誰でもいい……?」
「黒装束達にとってはね。……まあ、ある程度適合する条件はあるんだろうけど。魔力の質とか」
「なるほどな……。じゃあ、ミリィを器にした復活が失敗したから、手当たり次第に器を探し出した……ってことか?」
「いや、それはたぶん違うと思う」
アレックスが口をはさむ。
「ルグリアに駐屯軍が到着したのは、ちょうど僕達が魔神と戦っていたくらいのタイミングだ。……だから、その時点では」
「そうか……魔神は既に顕現してる。……じゃあ魔神の復活が目的ではない……?」
「それは恐らく、目的のひとつ、ということだろうね。魔神を復活させて、なおかつ、その先に彼等の目的はあるんだろう」
「……なんだ、それは」
「例えば……――魔神を魔王とする。とかね」
「――……そうか」
なるほど、その可能性は、高い。
故に、ヤツらは国を手中に収めようと動いた。
復活した魔神、それを自分たちが手に入れた後の魔人領の頭と据える為に。
「でも、魔神の復活は……いや、復活した魔神は俺たちが倒した……。つまり、連中の目的は阻止されたはずだ」
「……本質的には、魔神は倒せるものじゃないんだよ、レイジ。7の王と同じ。一度は殺したとしても、3神はいずれ生まれる。それは、システムだから。この世界の仕組みの一つ。完全に滅ぼすことは出来ない」
「でもそれじゃあアリス。黒装束達をどうやって止めたらいいんだよ。魔神が完全に滅することができないなら……」
「……ふふ」
そこまで言うと、アリスが笑みをこぼした。
「何がおかしいんだ、俺変なこと言ったか……?」
「ううん。なんでも。ただ、レイジは……ほら、そうやってもう……魔族達を助けるつもりでいる」
「……え?」
「だって、魔神なんて本来はどうでもいいはずでしょ? フェステニアが……そして私が魔神に乗っ取られたから、レイジは魔神と戦っただけ。だって、魔神が生まれて魔王に担ぎ上げられたって、別に世界が滅ぶわけじゃないんだよ? でも、レイジはそれを阻止しようとしてる。……それは、この国の事情に、レイジがかおをつっこむことって、もう既に決めてるってこと」
「いや、だってそれは……ほら、俺たちはミリィを家に返さないと……返した後で、魔神に家を乗っ取られるとか、そういのは、ほら、なんか……な?」
「ううん。別に、責めてるわけじゃないの。……レイジらしいな、って、ただそれだけ」
ふふ、と笑ってアリスが俺の頭をぽんぽんと叩く。
……子ども扱いされてる?
「と、とにかく! 魔神の目的は俺なんだ。だから、魔神をなんとかするのも俺の役目だ! ひいてはその復活を目論む黒装束達も俺の敵! 俺たちは連中を止める! それでいいよな? な!?」
「もちろん。僕は賛成だよ」
にこりとアレックス。
「マスターの征くところが私の道。もちろん反対など致しません」
淡々とガーネット。
「ま、アタシも連中とは無関係ってわけじゃないしね。……レイジ達の傍に居たほうが安全そうだし」
諦めたようにテニア。
「もちろん私はレイジについていくよ。レイジはほっとけないから」
俺の首に抱き着きながらアリス。
「ミリィは……ミリィも、魔神は放って置けないなの。……お兄ちゃん、お姉ちゃんが奪われた時、あんなに……だから、あんなこと、二度とさせちゃダメなの。……ううん。それもそうだけど、きっと違う。……――ミリィは、多分魔王だから。――お願いします。お兄ちゃん。手伝って、ください」
頭を下げてミリィ。
……ミリィは、自分を魔王だといった。
それは、今まで決してミリィが口にしなかったこと。
魔人領を、魔族を守護する者としての自認。
「ああ。任せろ。……ミリィを返す先があんな連中に乗っ取られるなんて、あっちゃだめだからな。綺麗にして、しっかりミリィを家に返す」
だから、俺はミリィの頭を撫でて、微笑んだ。
――――――
それからしばらくたって、サテラが戻って来た。
魔人領、宰相、アレフガルドとの謁見の手筈が整った、と。
「私は事情を詳しくは知らないので、ミリアルド様のことはまだ話していません。レイジ殿の口から、今までのことはお話しください」
「わかった。もともと、それは俺の役目だしな。……よし、行くか」
「――レイジ、僕は」
皆で腰を上げ、ルグリアへと歩き始めようとしたとき、アレックスが言いずらそうに言って、視線を逸らした。
……そうか、アレックスは魔族の不倶戴天の敵だった。……ここまでは辺境を抜けて来ただけだし、街にも長く滞在することは無かったから気が付かれなかったけど、流石に宰相ともなればアレックスのことは知っているだろう。
前王の仇が迂闊に姿を現すのは、すこし不味いかもしれない。
「そうだったな。じゃあアレックスはここに残っていてくれ。……駐屯軍にも知り合いとか居るんだろ? よかったら挨拶でも……」
「ううん。……アレックスさんも、来てください」
言いかけた俺の言葉に被せるように、ミリィが首を振って言う。
しっかりとアレックスを見つめて。
……なにか、考えがあるようだ。
「……そうだね。ミリアルドがそう言うなら」
その瞳をしっかりと見つめ返して、アレックスは頷きを返す。
……二人がそれでいいのなら、俺が口を挟むことではないだろう。
頷いて、俺たちはルグリア内部へと歩き始めた。
少し短いですが、本日はここまでになります。
また本日から毎日更新を再開いたします!
いよいよ魔人領のお話が進んでいきます。
このままだと2章と同じくらいの分量になってしまう……。気長にお付き合いください。
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では、また明日21時に!




