24 アリスの話
「……――まずは、私の話から、するね」
「ああ。聞かせてくれ」
テントに入り、アリスと手をつないだまま身を寄せ合って座る。
ぽつり、ぽつり、とアリスが話し始めた。
滅びゆく吸血鬼という種族の最後の子として生まれたこと。
父の話、そして母の話。
死んだように生きた100年と、一族の滅亡。
300年前の、アリスの封印。
――そして、その封印から、姉に助け出されたこと。
「……姉ちゃんが」
「うん。……そう。カエデが、私を助けてくれたの」
「そっか」
姉のやりそうなことだ。
アリスははっきりとは言わなかったが、きっと姉は、封印された一人ぼっちの吸血鬼の事を知って……それを放って置けなかったんだ。
姉は……うん。そういう人間だ。
「……姉ちゃんらしいよ」
「カエデ、らしい?」
「ああ。……俺と一緒だよ。困ってる人を放って置けないんだ」
「……そっ、か」
こてん、と俺の肩に頭を預けてアリスがほほ笑む。
アリスが、話を続ける。
――姉と過ごした日々。
いろいろな事を教えてもらったこと、いろいろな事を教えてあげたこと、ただ二人で過ごした、暖かな日々。
アリスの語り口は、とても穏やかで、姉への感謝と好意がありありと浮かんでいて、俺まで嬉しくなる。
本当に、アリスは姉のことが好きだったんだと。
そして、異世界に来ても、姉ちゃんは姉ちゃんだったんだと知って。
「――……姉ちゃんって、勇者だったのか」
「うん。聖力を持ってたし間違いないと思う」
「……そういえば、アレックスの先代の勇者って……」
「ん。出奔した。魔王討伐の命を無視して、そのまま雲隠れ」
「……それで、世界中を旅してまわってたのか。……なんて自由な……」
アリスが、話を続ける。
……徐々に、アリスの言葉が重くなっていく。
――確信に、近づいているようだ。
突然の剣神の襲来、そして……剣神に斬られ、死に瀕した姉ちゃんの血を、吸って――
「……――そうして、私は……」
アリスの声は、最後には涙声になっていた。
……いや、ハッキリとアリスは泣いていた。
俯き、俺にその表情を見せまいと、長い赤い髪で表情を隠して。
「……吸血鬼が血を吸うと、確か、魂を自分の内に留めることになるんだっけか」
「……ん、そう」
「なるほどな。だからアリスの魂の中に姉ちゃんの魂が残ってたってことか」
「……うん。取り込んだ魂が……自我を持ったままだなんて話、聞いたことないけど……」
きっと、姉にも根源魔法の才能があったのだろうと、あたりをつける。
あまりにも不明なことの多すぎる才能。
魂を内に留めるという吸血鬼の吸血を受けて尚自我を保っていられるのは、あの才能の力以外に、少し理由が思い浮かばない。
「……だから、カエデは……私が、殺したの。――レイジの、姉は、私が……」
「違うな」
アリスが最後まで言い切る前に、否定する。
首を振る。
違う。
「違わないっ! だって、私は、そうなるって分かってて、それでカエデの血を全部吸ったんだよ!? レイジみたいに、眷属にすれば、カエデは生きていられたの! 死んでしまうことは無かった!」
「いいや、違う、アリス。勘違いしてるぞ」
「なにをっ……!」
「そもそもだな。……姉ちゃんは、死んでない」
「――は……?」
「だって、アリスの魂の中で会話したんだぞ。死んでたら会話なんてできない」
「そんな、詭弁……――ッ!」
「詭弁? 違うな。事実だ、アリス。魂は無事なんだろ? アリスが、姉ちゃんの魂を護ってくれていたお陰で」
「な、なにを……どういう……」
「そのまんまだ。――魂が天に昇って、俺の手の届かないところに行ってしまったのなら、何もできなかった。でも、姉ちゃんの魂は、アリスの中に残ってる。弱ってても、もう話も出来ないのだとしても。でも、残ってる」
「――私が意思を継いだから、カエデはまだ死んでないって、そういうことが言いたいの!? そんなおためごかし、いくらレイジでも……っ!」
「違う。――アリス。忘れたのか。ガーネットの事」
「今、何でガーネットが……!」
「――ガーネットの体は、オートマタだ。その体に、俺がマシナーズハートから魂を定着させた」
「――ぁ」
「そうだ。体さえ用意できれば……きっと、俺の才能で、姉ちゃんの魂をその体に定着させることが出来る」
「ぁ――な……」
驚愕と共に、見開かれるアリスの瞳を、じっと見つめる。
「俺は言ったんだ、アリスの魂の中で、姉ちゃんと別れる時。……きっと、助けるって」
「そ、ん……な、ことが……?」
「出来る。前例があるんだ。出来ないはずがない」
しっかりとアリスの手を握りしめて、アリスの目を見つめる。
「だから、姉ちゃんは死んでない。アリスは、殺してない。――最初から、お前が俺に謝ることなんて、何もないんだ」
そうだ。
アリスは前提からして間違えている。
アリスは姉ちゃんを殺したんじゃない。
姉ちゃんの魂を、護ってくれていたのだ。
「だから、俺がいうべきことは一つだ。……ありがとう、アリス。姉ちゃんの魂を護ってくれて」
「まも……った、私が……カエデを……?」
呆然と呟くアリスの目を正面から見つめて、もう一度言う。
「そうだ。アリスが護ってくれたおかげで、姉ちゃんを助ける事ができるかもしれない。……いや、俺は絶対に姉ちゃんを助ける。だから、ありがとう」
「そん……な、そん……っ! だ、って、私はっ……! カエデを、レイジにっ! ずっと、謝らないとって、ごめんなさいって……っ!」
「そっか」
あぁ、合点がいった。
だからアリスは、俺を助けてくれたのだ。
今まで、ずっと。そばで守ってくれていたのだ。
姉ちゃんを殺したという負い目から。
俺を守らなければならないという義務感から。
そこまで考えて、ふとある可能性に至る。
あまりに場違いな疑問。だが……。
「……アリス、その……一つ聞きたいんだけど」
「ぅっ、ぐすっ……ん、な、なに?」
しゃくり上げながら、アリスが頷く。
なんとなく今聞くのは憚られるのだが……しかし気になってしまったものは、仕方ない。
ええいままよ。
「その、だな……アリスが俺を好きって、いうのは……その、俺に対する罪悪感から……とかでは、無いよな……?」
おそるおそる、俺は口にする。
なんでカッコ悪いのだろう、俺は。
でも、仕方ないだろう。そういう負い目から相手に身を捧げないといけないみたいなそういう感じになったりもするってなんかで聞いたことあるし!?
「……ぷっ」
キョトンとした表情を一瞬浮かべ、次の瞬間、アリスが吹き出した。
「ぁ……はははっ! な、なにそれっ。く、くくく……レイジ、それ、今気にすること……っ!?」
そして、遂には声を上げて笑い始める。
……アリスがこんな爆笑するのは初めて見た。
なんか新鮮だ。そんな顔も可愛い……ではなく!
「俺にとっては大事なんだよ! 姉ちゃんの事も大切だけど! 今、俺は! その……アリスの事で頭がいっぱいなんだよ! だから、その……なんだ。……ちゃんとそういう好きなんだって、実感したい、というか……」
「くくく……ふふ、そういう好きって、どういう好き?」
悪戯っぽく笑い、アリスが俺を見上げる。
「そ、そのだな……男女の好き……? というか、みたいな……」
「ふふふ……。ん、私、そういうのよくわからないの。そもそも家族以外と深く関わったのって、カエデが初めてだし、その次がレイジだしね」
ふむ、と頷き、アリスが思案しながら言葉を紡ぐ。
「だから、私がレイジの事を好きだっていうこの感情が、レイジの言ってる男女の好きかどうかって、私はちゃんと答えられない。カエデのことも同じくらい好きだから、そこに違いがあるとも思えないし……」
うんうん、と頷きながら、言葉を続けるアリス。
……あ、あれ……?
話が変な方向にいってないか……?
もしかして俺、「やっぱりレイジの事は弟としてしか見られないかも」とか言ってフラれるのか!?
「でも、ね」
呟いたアリスの顔が視界いっぱいに広がる。
金の瞳、朱の刺した頬、長いまつ毛。
アリスの前髪が、俺の瞼をくすぐる。
そして、唇に柔らかく、熱い感触。
「ん……っ……。……こういうこと、したいなって、思うのは……レイジだけ、だよ?」
――――……ずるい。
いたずら成功。という風な、小悪魔っぽい笑顔を浮かべ、頬を真っ赤に染めるアリスの表情を見つめ、俺は確信する。
この子は、悪魔だ。
俺を落とす為だけに神が生み出した、悪魔だ――!!
「……おう」
「納得、した?」
「……した」
したし。死ぬ。
こんな事をされたら死んでしまう。
心臓が爆発しそうだ。
あ、いや、俺は吸血鬼だから心臓が爆ぜても死なないのか? だったらどうせだしもっとしとくか? いや、あんまりがっついてると思われるのもアレか? でもしたいしな。恋人って一日に何回までキスってOKなんだ? そもそも回数制限があるのか? 無制限なのか? 無制限だとしたら、やっぱり何度もこんな事をしたら俺は死んでしまうのでは無いのか? いや、死なないのか。死なないならやっぱりもう一回くらい……!!
「ふふ……。レイジ、変なカオ」
「変じゃないよ!! たとえ変だとしても生まれつきだよ!! ていうかなんでアリスはそんなに余裕なんだ!? あれか!? 大人の余裕か!? そんなアリスも素敵だぞ!?」
からかわれ、笑みを浮かべられ混乱した俺は訳の分からない事を叫んでしまう。
それを受けて、アリスが「へ?」と言って、一瞬の後、不満げに唇を尖らせた。
「べつに……私だって余裕があるわけじゃ、ないもん。これでも……キス、するとき、凄く……ドキドキ、してる。だって、こんなの、初めてなんだもん」
頬を赤らめ、そっぽを向くアリス。
――ああ。
やはり、この子は悪魔だ。
――俺を落とす為だけに神が作り上げた対桐葉礼仁最終兵器だ……!!
まずい、このままでは、間違いなく、死ぬ。
吸血鬼とかそんなの関係なく死ぬ。
具体的には魂が溶ける。
「――――アリス」
「なに?」
「愛してる」
「へっ!? え、えと……ぁ、うん……わたしも」
照れ臭そうにへへへと笑ってアリスが頷く。
「それはともかく」
「ともかく?」
「姉ちゃんは絶対に助ける。アリスも手伝ってくれるか?」
「――もちろん」
――アリスは力強く頷き、そして微笑む。
この世界を平和にする。そして、姉ちゃんを救う。
こうして俺に、この世界でするべき事が、もう一つ増えたのだった。
――――――
それから、ミリィが「ごはんだよー」、と呼びにくるまで俺とアリスは手を繋いで、ずっと話をしていた。
アリスとは、この世界に来てから随分と言葉を交わしたが、それでも話題は尽きなかった。
「あの喋り方、姉ちゃんに強制されて始めたの……?」
「だって、カエデが、吸血鬼は普通そういう話し方をするものだっていうから……。しばらくそういう風に話してたら、なんかクセになっちゃって……」
「あのな、アリス。桐葉楓という女は発する言葉の7割が適当な事なんだ。あまり間に受けないほうがいいぞ……」
「そ、そうなんだ……」
「かくいう俺も、姉ちゃんに「レイくんの左手には邪神が封印されていて、封印が解けると不味いことになる」、って吹き込まれて、暫くイタい姿を友人に晒していた時期がある……」
「そ、それは……大変だったね……?」
――――
「アリスってあだ名をつけたのも姉ちゃんなのか」
「うん、そう。だから、カエデ以外には呼ばせたくなかったの」
「あれ? でも、俺には初対面でそう呼べって言ったよな?」
「うん……なんだろう、不思議だね。それ以外にも、レイジとは初めて会った時から初めて会った気がしない、というか……最初からある程度の好感を持てたっていうか」
「んー……もしかしたら、だけど、アリスの魂の中にある姉ちゃんの魂の影響なのかもな。無意識下に姉ちゃんの感情の影響を受けてるとか」
「そうなのかな?」
「実は、アリスの魂にダイブしてから、アリスの感情が大きく動くと、俺にもそれが少し伝わってくる」
「えっ、えっ!? ほ、ほんと!?」
「なんとなーくしか分からないけどな。ガーネットの居場所がなんとなくわかったり、ミリィの過去を見たり……多分魂に触れるとその人との繋がりのようなものができるんだと思う。どうやら知覚出来てるのは俺の方だけみたいだけどな。これも根源魔法の仕業かもしれない」
「そ、そう……なんだ……じゃあ、今も、私が何を考えてるか、わかるの?」
「いや。そんなの繋がりを使わなくてもわかるぞ」
「え……?」
「恥ずかしがってる」
「……半分正解」
「半分……? んっ!?」
「ん、ちゅっ……は……っ……へへ……」
「アリス……キス魔だったのか……」
アリスはキス魔だった。
――――――
そうして時間が過ぎていく。
結局、ミリィが呼びに来たのは、アリスが都合六度目の不意打ちキスをかました直後だった。
……どうやら、恋人同士のキスに、回数制限はないみたいだった。
対レイジ決戦兵器アリス、ここに爆誕。
本日はここまでになります。
アリスとレイジ、そしてカエデ周りのお話は一旦ここで終わりです。次回から魔人領でのお話が進みます。
魔神?あぁ……手強い敵でしたね。
でも、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちるものなのです。
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次回も明日21時の更新です!




