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23 帰還

 

 アリスを抱き留める。

 抱きしめる。

 

 アリスの大きな金色の瞳が、俺を見上げる。

 その大きな瞳が、涙に潤んで、そして、揺れている。


 ちいさく息を吸って、アリスが言葉を紡ぐ――


 「ねえ、きいて、レイジ。わたしはね、あなたが、すきなの!」

 

 ――音の響かないはずのその空間。

 確かに、アリスの声が、大きく響く。


 しっかりと、俺の鼓膜を振るわせ、胸に、染み入っていく。


 ――ああ、なんて、簡単なこと。


 こんなに簡単に……俺は、全ての苦労も、痛みも、悲しみも。その全てを踏み越えて行ける。


 真っ暗な世界が色づいてゆく。


 大広間は消え失せて、気付けば、辺り一面の花畑。

 頭上には青い空と、暖かかく俺たちを照らす太陽。


 木々が、草花が、色をつけてゆく。

 赤、黄色、緑。


 鮮やかな紅葉の花畑に、俺たちは立っている。

 

「ああ。俺も、アリスが好きだ」


 腕の中、俺を見上がるアリスの瞳を、しっかりと見つめて、俺は応える。

 伝えたかった言葉を。しっかりと、声に出して。


 風が吹く。


 優しい風に……真っ赤に色づいた楓の葉が、優しく揺れて、

 

「ん! よく言えました」


 その時、確かに俺は姉ちゃんの弾む声を聞いた。


「――うれしい」


 アリスの瞳から、大粒の涙が零れる。

 頬を伝い、顎を流れ落ちて、止まらない。

 いくらでも、いくらでも流れ落ちるその涙を、そっと指で拭った。


 見つめ合い、アリスが目を閉じる。


「……っ」


 何か言おうとして、声を飲み込む。

 今は、言葉は、必要ない。


 目を閉じ、何かを待っているアリスのその唇に、そっと自分の唇を重ねた。


 触れるだけのキス。


 腕の中でアリスが少しだけ身じろぎする。

 「ん……」と、重なった唇の隙間からアリスの吐息が漏れて、それを合図に、俺たちはどちらからともなく、唇を離した。


「……帰ろう、レイジ」


 照れ臭そうに微笑みながらアリスがいう。


 頷き、微笑みを返す。

 アリスは一度だけ俺にきゅ、と抱き着くと、身体を離した。


 直後、光と浮遊感が俺の身を包む。

 戻るのだろう、現実に。


 アリスが一度だけ振り返り、木々に向かって呟く。


「ありがとう、カエデ。……大好き」


 俺は、その浮遊感に身を任せ――


  ――目を、覚ました。


 アリスの魂にダイブするまえ。

 アリスを抱きしめた時の格好、そのままだ。


「……っ……」


 軽い頭痛を感じて、頭を振る。

 そして、抱きしめたままのアリスが身じろぎし……


「ん、ぅ……」


 ゆっくりと、瞼を開いた。


「……アリス……?」


 不安を感じ、思わず声をかける。

 ゆっくり、ゆっくりアリスが俺を見上げ。


「ん……ただいま、レイジ」


 にこりと、微笑んだ。


「おかえり、アリス」


 腕に力を込める。

 もう二度と離すまいと、決意を込めて。


「――やったんだね、レイジ」


 後ろから、穏やかな声。

 振り返る。


「ああ。……アレックス」


「うん。よかった。……本当に。……アリシアも、おかえり」


「――……ん」


 バツが悪そうに、俺の腕の中でもぞもぞと動くアリス。

 ……というか、いつまで俺はアリスを抱きしめているんだ。

 体を離す。


「――ぁ」


 その時、アリスが少し、名残惜しそうに声を上げたのは……多分、気のせいだろう。


「みんなは無事、だよな」


 戦闘が始まったら退避しているようにガーネットたちには伝えていたため、今ここに彼女たちは居ない。

 暫く南に行ったところの野営地で落ち合う手筈になっていた。


「そうだね。ミリアルド達も心配だ。行こうか」


「ぁ……レイジ」


 きゅ、と俺の服の裾がつかまれる。

 ……アリスが不安げに俺を見上げていた。


「話は、落ち着けるところでしよう。みんなに報告もしたいしな」


「ん。分かった」


 頷くアリスに、少し違和感を感じる。

 ……なんだ?


 歩くのをやめて、正面からアリスをじっと見つめる。


「な、なに……?」


 わたわたと頬を染めて、髪を払い、ほっぺたをぐしぐしし、服をぱんぱんと払うアリス。


 ……なにを慌てているのか分からないが、この違和感の正体はなんだ……?


「じっと見つめて、どうしたの。……な、なにかついてる……?」


「いや、そういうわけじゃないんだが……アリス?」


「な、なに」


 ……あ。


「……喋り方が変だ」


「ぁ、ぅ……――へ、変じゃないのじゃ……」


「いや、今更戻しても今更だろ。……え、やっぱりそれが素なのか」


「や、やっぱり……? き、気付いてたの?」


「うん。たまに普通の喋り方になる時あったし。キャラ作ってるのかなって」


「ば、バレてた……やっぱり変だったんだ……ぅ、うう……か、かえで……恨むよぉ……?」


 頭を抱えて蹲るアリスに、おもわず笑みが漏れる。


「……行こう」


「ぅ……うん」


 そうして、俺たちは再び歩き出した。



――――――



 合流地点に到着した。

 すでに3つのテントが張られ、その中心では焚火が起こされている。

 激しい戦闘の後の焚火の火は妙に温かくて、ほっと心が落ち着くのを感じた。


「お兄ちゃんっ……!」


 俺たちに真っ先に気が付いたのはミリィだ。

 跳ねる様にかけて来て、俺の胸――をスルーして、アリスに抱き着く。


「っ――お姉ちゃん……っ!」


「ん。……心配かけて、ごめん。ミリアルド」


 微笑みを浮かべ、えぐえぐと泣きながら胸に頭を擦りつけるミリィの頭を優しく撫でるアリス。

 どうでもいいが、ここ数ヶ月で身長が逆転してしまった為、大人が子供に縋りついているように見える。


「――マスター」


 次にテントから出て来たのはガーネットだ。

 いつもの無表情が、少し綻んでいるように見える……のは、気のせいではないだろう。


「ただいま。テニアとミリィを護ってくれてありがとう。ガーネット」


「いえ、マスターの命令オーダーですので。ご褒美は接吻かベーゼ。キスか口吸いでお願いします」


「全部一緒だ。……台無しだぞ」


「いえ。私はこれでいいのです。……そうでしょう?」


 こてり、と首をかしげてガーネット。

 ……こいつは、なんていうか……気を使わないことで気を使っているというか……。

 はあ……。なんだかんだ、この緩い存在は既に俺の日常と化してしまっているのか……肩の力が抜けてしまった。


「――レイジ」


 そして最後にテントから出て来たのはテニアだ。

 何も言わずにっこりと笑い、ひらひらと手を振る。

 手を上げて応えると、腕を組んでうんうん、と分かったように頷かれた。


 ……何が分かったんだ、お前は。


「――あの……」


 ……と、テニアで最後だと思ったのだが、テントから、もう一人誰かが出て来た。


「……? 誰?」


 ……誰だろう。知らない人だ。

 みた感じ、人間族の少女だが、誰かの知り合いだろうか。

 アレックスを振り返る。


「誰だ? 知り合い?」


「うっ……忘れられてる……。そ、そうですよね……私地味ですもんね……」


「ガザルドに人質に取られていた子だよ。……これは本当に覚えてないみたいだ……」


 アレックスが苦笑いを浮かべる。

 人質……? はて、と首を傾げて思案する。

 そして、はたと気づいた。

 ああ! 確かに居た! アレックスの知り合いっぽい女の子だ。


 すっかり存在ごと忘れていた。

 あの一件の後、気絶していたのでガーネットに任せてそのままだったのだ。

 ……怒涛すぎる展開の所為で本気で忘れていた。


「……いたな。……えっと、結局アレックスの知り合いなのか?」


「ああ。彼女はサテラ・トードット。ヘイムガルド四将軍の一人で……魔人領方面迷宮管理軍の将だよ」


「四将軍というと……あの、ザイオンとかアナスタシアの同僚ってことか?」


 かなり強くないと四将軍ってなれないんじゃないんだろうか。

 若いのに大したもんだ。

 ……いや、俺も若いけど。


「はい。……ええと……」


「ああ。俺はレイジ。こっちがアリスで――あとは分かるか?」


「え、ええ。分かります。……そ、そうですよね……私、ザイオン様やアナスタシア様ほど派手じゃないですもんね……影、薄いですもんね……」


 しょんぼり、と肩を落とすサテラ。

 いや、別に地味では……いや、地味かもしれない……。

 よく見るとそれなりに整った顔立ちをしているのだが、この世界に来てから目の醒めるような美人や美少女しか見ていないせいか、どうしても地味に感じてしまう。


 比較対象がザイオンとかアナスタシアなのが悪いのかもしれないが、3日経てば彼女の顔を記憶できている自信がない。

 ていうかそもそもあの人達は顔がどうとかじゃなく、キャラクターが強い。


「ん……はい。大丈夫です。――助けていただき、ありがとうございました。レイジ様。アレックス様。ご迷惑をおかけしました」


 深々と頭を下げるサテラ。

 

「もう体は大丈夫なのかい?」


「はい。アレックス様。お陰様で、怪我の方は……」


「よかった……。昔みたいにアレクで構わないのに」


「そ、そういうわけには……アレックス様は、ヘイムガルドに於いて重要なお方……勇者様なのですから……」


「ん。二人は昔からの知り合いなのか」


「ああ。ええと、サテラは僕と同じ孤児院に住んでいたんだ。つまりその……妹のようなものだね」


 何か照れくさそうに、頬を掻きながらアレックスが言う。

 ……なるほど、妹。

 ほほぉーん? 妹ねぇ?


「――……レイジ」


 そんな風にゲスの勘ぐりをしていると、おんおんと泣き続けるミリィを引きはがして、アリスが俺に歩み寄ってきた。

 服の裾をひかれる。


「ん。ああ……そうだな」


 話がしたいのだろう。

 頷きを返し、アレックスを見る。

 にっこりとほほ笑んで、アレックスが頷きを返してくれる。

 

 ずずずっ、と鼻を啜ってミリィが「はいっ」と手を上げる。


「ミリィがおいしいごはん作るなの。だから、お兄ちゃんとお姉ちゃんは休んで。……アレックスさんも」


「ああ。ありがとうミリィ。お言葉に甘えるよ」


「――……そうだね、僕もお言葉に甘えようかな。ありがとうミリアルド。……ほら、サテラも、まだ完調じゃないんだろう。君は僕と同じテントだ」


 ぐい、とアレックスにしては強引にサテラの手を引いて一番奥のテントに連れて行く。


「あっ、あっ、ま、まだお話を……あぁ~……」


 ずりずりと引きずられてゆくサテラが何か言いたそうに俺を見ながら言葉を上げるが、アレックスの笑顔の圧が凄い。

 ……妹的な存在だからか、アレックスがずいぶん強気だ。

 あれよあれよという間にアレックスにテントに引きずり込まれていった。


「そんじゃ、アタシはミリアルドちゃんのお手伝いでもしますかねー」


 テニアが伸びをしながら、そう言う。


「レイジ」


 そして、振り返って俺に目配せする。

 ぐっ、と親指を立ててニカリとほほ笑む。


「二時間くらいかかるから!」


「え? そんなに時間はかからないなの……」


「かかるから! それに、私が騒がしくしとくから!」


「え、え? なんでなの?」


「なるほど――マスター。空間魔法には、静音の魔法もありますが、ご入用ですか?」


「二人とも、その気遣いは場違いだし、そんな気遣い要らないから」


 こんな薄いテントでそんな事しないから。

 ていうか、今回は真面目な話だから!


「???」


 アリスとミリィが仲良く首を傾げている。

 ……うん。知らなくていいよ、二人は。


「じゃあ、行くか、アリス」


「ん。――皆、後で」


 頷いて、アリスが皆に声をかける。

 ……なんだろう、アリスの皆への態度が随分と柔らかい……気がする。

 いや、気のせいじゃ、ないな。……今回の事で、何かアリスにも心境の変化があったのだろう。

 そしてその変化は、きっと、俺にとって……そしてみんなにとっても、良い方向の変化の筈だ。


 頬が自然に緩む。

 俺はにやにやと笑いながらアリスの手を引いて一番手前のテントへと入った。


 ――「見ました? ガーネットさん。レイジのあのいやらしい笑み」


 ――「ええ。見ました。フェステニア様。……やはり、静音の魔法をかけておきましょう」


「違うからな!! そういうんじゃないからな!!」


 テントから顔を出して、二人に怒鳴る。

 ――……あの二人には後でキツく灸を据えてやらないと駄目だな……。


 ああ、でも。

 ほっと、胸が落ち着く。

 いつもの雰囲気だ。俺たちの。

 ……よかった。

 この雰囲気を取り戻すことが出来て。


 本当に、よかった。


 そう。やっぱり、俺の頬には、笑みが浮かぶのだった。

本日はここまでになります。

次回も明日21時に更新になります。


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