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08 戦闘訓練

 


 ――二人が『襲撃』してきて、二日経った。

 アリスはその間、二人に干渉することはなく――まぁ、何か話しかけられれば反応くらいはしたが――二日前、あれほどの死闘を繰り広げたとは思えないほどに、穏やかに時が過ぎていった。


「それじゃあ、私たちはヘイムガルドに帰るわ」


 三日目、朝食を食べ終えると、レイリィがそう言った。


「お、おう、そうか。ていうか任務失敗って形になるけど、普通に帰って行って大丈夫なのか?」

「んー、アレックスはともかく、私はなんとでもなるわ。王女だし」

「ははは……僕は……そうだね、"多少のお叱り"は受けるだろうけど、大丈夫だと思うよ」

「あ、やっぱり怒られるんだ……」


 なんとなくバツが悪い。俺のせいではないけれど。


「ふん、アラスターの小僧に伝えるがよいのじゃ。『ブラッドシュタインフェルトの吸血鬼は人類最強程度では倒せません、ごめんなさい』とな」


 腕を組んでそっぽを向いてアリスは不機嫌そうにそう言った。


「それじゃあ、レイジ。迷宮探索をするならまた会うことになると思うけれど、それまで元気で」


 アレックスが手を差し出す。

 その手を握り返そうとして、


「いや、お前聖力持ってるだろ。握手すると手が焼ける」


 やめた。


「ははは……そうだった」


 苦笑いして、手を引っ込めるアレックス。


「迷宮進入の件については任せていおいて。準備が出来たらこの手紙を持ってここから南にある『城塞都市エノム』に来てくれたらいいわ。私に話が来るようにしておくから」


 そう言って、懐から封書を取り出し俺に手渡すレイリィ。


「あぁ、助かる。ありがとう、レイリィ」


 受け取り、俺はそれをしっかりと懐に仕舞った。


「それじゃ、またね」

「また」


 そうして、二人はシュタインフェルト城をあとにした。


 ――――――


「さて、今からお主に修行をつけるのじゃ」


 二人が去って間もおかず、俺はアリスに城の中庭に連れ出された。

 アリスの手には彼女の伸長の1.5倍ほどある木の棒が握られている。


「あぁ。よろしく頼む」


 異世界に転生して10日ほど、今のところ危険な目には――初日に獣に襲われたことを除けば――特にあっていないが、魔物とかいるらしいし俺が力をつけることはきっといいことだろう。


「わしは弟子などとったことはない。じゃから、修行をつけるのも初めてじゃ。ぶっちゃけ何からしたらいいのかはわからん……ので、ひとまずわしと模擬戦をしてもらうのじゃ」

「いや、無理だろ。俺亜音速とかで動けないし」

「あんしんするのじゃ。なんというのかの……戦闘感? のようなもの? を養う訓練じゃと思えばよい。お主、何かしらの才能があるのじゃろ?」

「あぁ、ある。戦闘に使えそうな才能は『【格闘】Lv2』ってヤツだな」

「ふむ。お主が知っておるかはわからぬが、Lv2ともなればなかなかの才能じゃぞ。そうじゃな、あの勇者程度には戦えるようになるはずじゃ」

「いや、あれは無理だろ。バケモノだろアレ」

「なにを言っておる。すでにお主も立派な吸血鬼バケモノなのじゃ――ゆくぞ」


 言葉が俺の耳に届くか届かぬか、そんな瞬間に、音を置き去りにして、アリスの姿が消えた。


「え? は?」


 ヒュン、と風を切る音。

 悪寒が走った。

 咄嗟に、頭を庇うように左腕を上げる。

 バキッ!と嫌な音を立てて、左腕にアリスの振るった――らしい――木の棒がめり込んだ。


 ……腕、折れたことない?


「痛い痛い! 折れた! これ腕折れた!」

「折れてもすぐ治るのじゃ。骨が折れた程度でぎゃあぎゃあ喚くのはやめるのじゃ。ほれ、いくぞ」


 ぐるり、とアリスの体が回転すると、凄まじい衝撃を鳩尾に感じた。

 回し蹴り、を喰らったらしい。体がくの字に曲がり、肺の中の空気が全て口から洩れる。


「ぐ――はッ!?」


 一瞬遅れて後ろに吹き飛ぶ。

 背中が木にぶち当たって、ゴキンッと骨が――多分背骨だ――折れる音がした。


「ぁっ……?」


 息が出来ない。とんでもない激痛で、意識が飛びそうになる――が


「んだ……これ……」


 少し体がしびれる程度で、全く体の動きに支障が出る様子がない。

 どうやら、折れた骨も、ぐちゃぐちゃになった内臓も、すでに治癒しているらしい。

 腕に力を入れて立ち上がる。


「ほれ、なんともないじゃろ」

「なんともない……わけ、ないだろ。滅茶苦茶痛ぇよ!?」


 怒鳴り返しながら、足に力を入れて、アリスを注視する。

 動きを見極めろ。

 ――まずは躱す……まで行かなくても、防御くらいはできるようにならないと……。


「痛みも治癒の違和感もすぐに慣れるのじゃ」


 アリスが再び棒を構える。


 切っ先を下に向け、前のめりに重心を傾けた姿勢だ。


(集中しろ)


 時間間隔が引き延ばされる。

 既にわが身はアリスと同じ吸血鬼バケモノ


 なら……。


(見える、筈……)


「ふむ。――いくのじゃ」


 す、とアリスが目を細め、ぐ、と足に力を込めた。

 ヒュン、と風切り音。


(左……来た!)


 左後方、こめかみのあたりに悪寒を感じた。

 即座に体を後ろに流す。


 ――鼻先を棒の切っ先が掠めた。


 紙一重、何とか躱し……


「気を抜くでない」

「がっ!?」


 棒を振り切ったアリスが、遠心力を利用し体を回転させると、俺の鳩尾に肘を叩きつける。

 アバラが折れる嫌な音が体の内側に響く。


「一撃避けた程度で気を抜くな、なのじゃ」

「ぐっ、ぁ……。……っそ!」


 殴られた衝撃を利用して、後方に跳ぶ。

 思った何倍もの距離を跳躍して、10メートルほどの距離がアリスとの間に空いた。


(ひとっとび10メートルって……)


 アバラは治ったらしい。痛みが引いてゆく。

 いつでも動けるように足に力を籠める。


「ふむ。いい目つきになってきたの。どんどん行くのじゃ」


 左からの棒、躱す。

 再び肘鉄、腕をクロスさせて受ける――腕は折れた。治癒する。

 下方からの振り上げ、顎にモロに喰らう。踏ん張って耐える。顎の粉砕は治癒する。

 そこからの振り下ろし、肩に貰う――肩が砕けた。治癒する。

 棒を支点にしたかかと落とし、何とか躱す。

 袈裟懸けに振り下ろされる棒、左腕で受ける――再び骨折。治癒する。

 死角からの手刀。首筋に飛んでくる、バックステップで躱す――多分貰ってたら首が飛んでた。


「はぁっ――――はぁ……!」


 この間数秒。


 怒涛の連撃を何とかいなす。……いや、大怪我はしてるけど。


「――見えてきているようじゃな。痛みにもなれたかの?」

「慣れるか! 滅茶滅茶痛えよ!」

「ならしっかりと躱すの、じゃ!」


 とんでもない速さの突き――喉元に。体を半身にして躱す

 棒を引き、もう一度突き、同じく躱す。

 突き、躱す、突き、躱す、突き、躱す――――徐々に速度が上がってる……?


(く、んの……!)


 躱し、先ほどのアリスの真似をして、左足を軸に――。


(く、らえ!)


 回し蹴りを放つ。

 自分の想像の何倍も綺麗なフォームと速度で回し蹴りが放たれた。


「ほ?」


 ガシ、と足首を捕まれる。


「今のはなかなかじゃな。ほーれ」


 そう言って――片腕で投げ飛ばされた。


「うおお!?」


 何メートルも飛ばされて、上空から地面に叩きつけられた。


「ぐぁッ!?」


 肺の空気が残らず吐き出される。

 激しく咳き込み、血を吐いた。

 立ち上がり、口元の血を拭う。


「悪くないの。このまま続けるのじゃ」

「あぁっ、たく! 本当に痛いのに慣れて来たぞ!? っしゃあ来ォい!」


 やけくそになって叫ぶ。

 左足を後ろに下げ、右腕を前に出し軽く握る。


(確か、拳は作らない……左手は自由に……重心は体の中心……確か、丹田……下腹の辺り)


 以前、漫画か何かで読んだ中国拳法の構え。


 真似事にすらなっていないであろうその俺の構えを見て、アリスは「ほぅ?」と感心したような声を漏らした。


「見たことのない構えじゃが……なかなか堂に入っておるのじゃ」


 アリスも先ほどと同じ構えをとる。


 とん、とアリスが軽くステップを踏むと、彼我の距離が一瞬にして詰まった。


 先ほど迄の身体能力にモノを言わせた移動ではない――恐らくは何らかの"技術"だ。


 突き出される棒の横腹を軽く手の甲で小突き、軌道を逸らす。

 何度も喰らった突きだ、多少"見える"ようになってきた。

 腰に構えていた左手を突き出す。掌底の形を取って。


「ふっ……!」


 後ろにしていた左足を前に出し、体重を載せる。

 アリスが体を逸らし、躱す。

 振り上げられる棒を上体を逸らして躱す。苦し紛れにアリスに向かって前蹴りを放つ――躱される。

 降りあがった踵を手で掬い上げられ、後ろに転倒する――残った足で飛び、バック宙で距離を置く。


 構える。


 突き、逸らす。

 振り上げ、躱す。

 振り下ろし、貰う……が何とか腕で受ける。

 掌底、逸らされる。

 肘撃ち、躱される。

 躱す、躱される、受ける、逸らされる、躱す、受けられる…………。

 何合も何合も撃ち合い、躱され、躱し…………。


 気づけば、高かった日は落ち、紅い月が昇っていた。


「……ふむ、今日はこのくらいにしておくのじゃ」

「はぁ……ッ……はぁっ……! あぁー! 疲れたぁ!」


 どさり、と大の字の背中から倒れこむ。

 汗がとめどなく流れ出し、血の付いた部分がないほどに服は血まみれだった。


「死ぬ……死んじゃう……」

「死なんのじゃ。怪我は残っておらんじゃろ?」

「そうだけど……さぁ……」


 大きく息を吸って、吐き出す。


「それにしてもレイジ。お主、何か格闘術の覚えがあるのじゃ?」

「いや、ないよ。漫画とか本で読んだ知識を実地でやってみただけだ。自分でも驚くくらい上手くいった」

「そうじゃの……なかなかいっちょ前に見えたのじゃ」


 アリスはふむふむ、と腕を組んで頷き。


「さて! わしはおなかが空いたのじゃ! ご飯を作るのじゃ、レイジ!」

「……勘弁してくれよ……」


 俺に食事の支度の命令を下したのだった。

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