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07 魔族の少女


「……マスター」


「お、よかった。合流できたか」


「レイジ……ミリアルド、アリシアも。よかった。ガーネットさんの言ってたことは本当だったみたいだ」


 俺たちが拠点と定めた大広間から延びる12本の道。その一つから、アレックスとガーネットが現れる。

 アレックスとガーネットは、やはり一緒だったようだ。

 

「アレックス、そいつは……」


 アレックスが肩に担いでいる黒装束の人間を見て、警戒を強める。

 俺たちを海上で襲い、迷宮ここに飛ばした一味の一人だ。……アレックスが担いでいるところをみると、おそらく俺たちを転移魔法で巻き込んだ黒装束の片割れだろう。アレックスが捕虜として捕まえてきた方だ。

 だらんと身体から力を抜いて、アレックスに担がれるままになっている。


「ああ、彼女も転移に巻き込まれて、僕たちと同じ場所に飛ばされたんだ。放っておくわけにもいかなかったからね。連れてきた」


 連れてきた、というよりは、持ってきた、の方が正しい気もするが……。

 米俵でも運ぶような体制で、その黒装束を肩に担いでいるアレックス。


「……大丈夫なのか? その、転移魔法とか」


「あぁ。それに関しては大丈夫。僕の魔法で拘束してるからね。魔法は使えないよ。……ほら、テニア」


「はいはい。別に自己紹介する義理もないんだけど……。ま、いいわ。どうも、テニアです。よろしくー」


 アレックスの肩の上から、顔だけをこちらに向けてひらひらと、白く発光する枷を嵌めた手を振る少女。

 紫髪に、紫の瞳。快活そうな印象を受ける猫のような瞳と、ちらりと見えた八重歯が特徴深い、10代後半くらいの見た目の少女だ。……もちろん、彼女も魔族なのだろうから、見た目通りの年齢ではないだろうが。


 ……俺たちをここに転移させた魔族のこともある。念のため、『魂魄情報スタータス』を覗こう。

 彼女に意識を集中させ、内側をのぞき込むような感覚。

 半透明なウィンドウが、彼女の体に被るように表示され―― 


フェステニア・ファランティス

Lv12 魔族


【魔法】Lv1

   【火魔法】Lv1

   【闇魔法】Lv1

【剣】Lv1


「……な」


 一瞬、言葉を失った。

 『ファランティス』……? それは、ミリィのファミリーネームと同じ……つまり……。


「アレックス。彼女の『魂魄情報ステータス』は確認したか……?」


「うん? いや、僕は……と、いうより、普通の人間は、教会で神託を受けて『魂魄情報スタータス』を確認するんだ。専用の石板に刻まれる形でね。レイジのように、人を"視る"だけで、ステータスを確認できる人は、滅多にいないよ。……彼女の『魂魄情報ステータス』が、どうかしたのかい?」


「……その、テニアって子の名前。……フェステニア・ファランティスってなってる」


「ファランティス!?」


「?」


 驚くアレックスと、なにがおかしいのか、と首をかしげるテニア。

 そして、あごに手を当てて俯くアリス。……あと、ガーネットはどさくさに紛れて俺の体に執拗に触れようとするのをやめろ。


「……君は、魔王の子、なのかい?」


「ん? いや、アタシ孤児だし。親居ないし。テニアって名前以外しらないし? ファランティスって、たしか魔王様の名前よね? ……アタシ、もしかして隠し子だったり? ていうか、アタシの名前、フェステニアっていうんだ。へー」


 きょとん、と、何でもないようなことのようにテニアが言う。……嘘をついている様子はない。彼女も、その事実は初耳だったようだ。


「魔王の隠し子……か」

 

 アリスが呟く。

 ……ありえない話、ではない。なにがしかの事情で、生まれた子を手放さなければならない事情だったり、慣習。そういうものが魔族に存在しないとは言いきれないからだ。

 忌み子や口減らし、そんな話は元の世界でも少し時代を遡れば幾らでもあった。


「……俺の名前はレイジ。キリバ・レイジだ」


「あ、このタイミングで自己紹介? なかなかエキセントリックなおにーさんだね。どーも、よろしくー」


「わしはアリシア。アリシア・フォン・ブラッドシュタイフェルトじゃ」


「ブラッドシュタインフェルト!? え、うそ。あの吸血鬼の!? 同姓同名の人とか!?」


「ふん。あの、がどれを指しているかは知らぬが、わしは吸血鬼じゃ。おぬしが言ってる"ソレ"に相違あるまい」


「ひぇ……ちょ、ちょっとアレックスのおにいさん、なにしてんの!? 逃げなきゃ! あの、ブラッドシュタインフェルトの吸血鬼だよ!? 迷宮で人狩りしてるって本当だったんだ……!?」


「……アリス、魔人領でなんかしたの? 名前聞いただけであんなにビビってるけど」


「しらぬ。わしは特になにもしておらんのじゃ」


「大丈夫だよ、テニア。彼女……アリシアも僕の仲間だ。もちろん、隣のレイジもね。それに、彼も吸血鬼だよ」


「吸血鬼が二人!? 仲間!? えー、嘘、なんで!? 吸血鬼って、血が吸える相手見つけたら問答無用で血を吸ってくる生き物なんじゃないの!?」


「……あんなこと言われてるけど」


「じゃから、わしに心当たりがないのじゃ。……大方、大昔の同族がなにかしたのじゃろ」


 ぎゃいぎゃいと喚き散らすテニアを諫め、俺たちに害意がないことを理解してもらうのに15分。

 直後に『腹が減った』と喚きだしたテニアに、『おかしなことをすればすぐに拘束しなおす』と言い含め、手かせを外してやり、干し肉とパンを与えてさらに15分。

 テニアが黙々と食事をする横で、アレックスとガーネットに状況確認がてら、はぐれている間に起きたことを伝えて15分。

 ついでに、俺にべたべたとすり寄ってあんなところやこんなところをさわってくるガーネットを落ち着かせるのに5分の時間を使い、小一時間経って、俺たちはようやく本題に入ることができた。


「それで……テニア、お前は何者なんだ?」


「何者って言われてもさー。さっきも言ったけど、アタシただの孤児なんだよね。赤ん坊の頃、大陸の南の方の小さな村で拾われて、そこの孤児院で暮らしてたんだけど、3年くらい前かなー? 村が魔物の群れに襲われてさー。アタシ以外の村人が全滅して、んで、路頭に迷ってるところをヘイリルに拾われてー……まぁあとはなし崩し的に?」


「そのヘイリルっていうのは?」


「あぁ、えっと、おにーさんたちをここに飛ばした魔族。はじけて死んだ人」


「あいつか……。あいつが黒装束のリーダーなのか?」


「黒装束って……まーいっか。呼び方なんてなんでも。リーダーは別の人。あ、干し肉まだある? ちょうだい」


「厚かましいなお前……まあいいや。ほら」


「あんがと」


 差し出した干し肉を受け取って、嬉しそうに食らいつくテニア。


「ほんで? そこの子、ヘイリルが供物って言ってたケド、魔族よね? 誰なの?」


 ガジガジと干し肉を噛みながら、俺の膝の上で寝息を立てるミリィを見ながらテニアが言う。

 ……疲れていたのだろうか、ミリィはずっと眠りっぱなしだ。


「この子は、ミリアルド・ファランティス。魔王の娘で……もしかしたら、テニアの姉妹かもしれない」


「え!? うっそ、アタシの妹なの、その子!? どうりでかわいいとおもったわー! あれ? っていうか、魔王の娘……ってことはお姫様? お姫様って、前の戦争からこっち、行方不明じゃなかったっけ?」


「あぁ。何故か人族の国で行き倒れているところを拾って……こうして故郷に帰すために連れてきた」


「人間の国? えー? なんで? ここからヘイムガルドって滅茶苦茶距離あるんじゃなかった? 中央大陸でしょ?」


「それは、俺たちにもわからない。……お前たち……黒装束の方が、詳しいんじゃないのか?」


 そう。ミリィの記憶が抜けている原因。……先ほどミリィの魂にアクセスしたとき、その片鱗を俺は垣間見た……気がするが、その記憶の中には、黒装束の人間が、ミリィを守るように戦う魔族と対峙する光景があった。……つまり、アレックスが船で言っていたミリィと魔王を罠にかけたという予測。そこに黒装束たちがかかわっている可能性は、かなり高い。


「ん-、アタシは知らないかなー。そもそもアレックスのおにーさんにも言ったけど、アタシ、連中のしたいこととか、することに、特に興味とかなかったから。食うに困ってるところを拾われて、あとは流れでくっついてっただけだし」


「連中は、何のための集まりなんだ?」


「魔神を復活させるーって言ってたケドね。具体的な方法とか、その為になにをどうしてるとかは、詳しくは知らない。知ってるのは、幹部たちがちょくちょく迷宮に入って、なにかしてるってこと。ま、たぶんロクなことじゃないけど」


「迷宮に……? いや、そうだとしても、テニアはその組織でなにをしてたんだ? タダ飯ぐらいってわけじゃないんだろ?」


「それがさー、アタシも不思議なんだけど、別に何も要求されなかったのよねー。そういう意味じゃタダ飯ぐらいであってるわよ」


「……ちなみに、今回の海上の戦闘、どうして着いてきた? まさかあれで組織全員ってわけじゃないだろ?」


「さぁ? 来いって言われたから来ただけ。まさか船から船に飛び乗ってきて、たった数分で全員を無力化するような常識外のヤツが2人も居るなんて知ってたら、アタシだってついてこなかったわよ。迷宮の魔物も、アタシを肩に担いだまま素手でバタバタ倒すしさ。この人なんなの?」


 ちなみに、その常識外のヤツはもう一人いる。隣で干し肉と格闘してるのじゃロリ吸血鬼がそうだ。……もしかしたら、ガーネットも似たようなことができるかもしれないので、その場合もう一人追加だ。


「俺たちのことはいい。今は黒装束たちの話を聞かせてくれ。今回の俺たちへの攻撃、お前たちの目的はなんだったんだ? ミリィの誘拐か? 殺害か?」


「多分前者ねー。紫髪の少女、それ以外は殺せって言ってたから。あと、迷宮に連れてくるのが目的っぽかったかな。そういう意味じゃ、目的は達せられてるんじゃない?」


 ……やはり、さっきのミリィの様子。あれ自体が黒装束達が求めた結果だったのだろうか。

 魔神の影……ミリィの魂から引きはがしたあの存在。あれは連中からしたらイレギュラーだったのか……? ミリィの魂を変質させて魔神を復活させる。……それが連中の目的……?


 連中は、魔神を復活させて、それからどうするつもりだ?


「……話は分かった。悪いけど、テニア。君には俺たちについてきてもらう」


「いいわよー、別に。こうやって自分たちのことぺらぺら喋ったって知られたら、たぶん始末されるし? アレックスのおにーさんとか、レイジのおにーさんくらい強い人がいてくれた方が安全っぽいし」


「別に、わしらはおぬしが連中に始末されようが、守る義務はないのじゃ」


「……いやまぁ、守れる限りは守るよ……目の前で殺されたりしても、目覚め悪いし」


「僕も、出来る限りはそうするよ」


「流石はマスターです、慈悲深い。ついでに私にお慈悲をくださってもかまわないのですよ」


「慈悲の意味が違う」


「あん。マスターのいけず」


「ところで、レイジ。これからどうするんだい?」


「あぁ、そうか。話してなかったな。……ひとまず、地上を目指そうと思う。アレックスもたぶん気が付いてると思うけど、ここは大分浅い階層みたいだから、下を目指すよりは早く出られるだろうし、なにより、ミリィを城なりなんなりに送り届けたい」


「わかった。そうだね。僕もその意見に賛成だ」


「よし。そんなわけで、今日は休もう。出発は明日。見張りは6時間で3交代。理由はわからんが、ここには魔物が寄ってこないけど、一応念のためな。俺、アレックス、ガーネットの順でいいか?」


「異論ないよ」


「了解しました」


 そうして、無事合流を果たし、俺たちはその日は休むことにした。


 アリスが『収納空間ポケット』から取り出したテントを俺が設営。

 本当はもう一つテントを持ってきてはいたのだが、船から持ち出せなかった。

 アレックスには申し訳ないが、外で寝てもらうことにする。……一応ガーネットも女性だからな。


 岩に寄りかかり、剣を抱くような格好で座りながら寝るアレックスをしり目に、ガーネットがミリィを抱えてテントに入っていく。……入り際、俺に流し目を送ってきたが、スルーした。


「……テニアもテント使っていいんだぞ」


「ん-。アタシはいいや。それよりレイジのおにーさんとお話することにするわ」


「ん? 俺と話?」


「そうそう。ミリアルドちゃんを帰すために旅してきたって言ってたけど」


「あぁ。そうだな。まぁ、それは半分くらいだ」


「半分?」


「俺は、世界を『平和』にするために旅をしてる」


「『ヘイワ』? なにそれ」


「そうだな……ちょっと長くなるけど、いいか?」


 テニアが頷く。

 淹れた茶を手渡して、焚火を挟んで正面に座る。


「ありがと」

 

 茶を受け取って、カップに口をつけるテニア。あちち、と言いながら一口、茶を飲み下した。

 ……うん、なんとなくだけど、そんなに悪い奴には見えない。食うに困って拾われたって言ってたし、積極的に黒装束達と悪事を働いていたってわけでもないんだろう。……それに、彼女のファミリーネームが、ファランティス、というのも気になる。

 俺たちの旅の目的とその道程……そのくらいは話してもいいだろう。


「……まずは、そうだな。俺がアリスに拾われたとこからかな……」


 自分が異世界から召喚された、というところはボカし、話し始める。

 ブラッドシュタインフェルト城に襲撃してきたアレックスとレイリィの話から始まって、人族の迷宮の話、『情報端末コンソール』の話、機械の迷宮での話、レイリィのクーデターの話。

 かいつまんで、自分の記憶を確かめるようにゆっくりと。


 テニアは、時には驚き、時には笑い、時には憤慨し……ころころと表情を変えながら俺の話に聞き入る。相槌を入れ、頷き、質問し、俺はそれに応えるように言葉を紡いだ。


「――んで、まぁ、今ここにいるってわけだ」


「へぇえ……レイジも大変だったんだねぇ」


 ――話の途中から、彼女から俺への呼称が『レイジ』に変わった。……まぁ、呼び捨てされるのが嫌いってわけでもないし、別にいいか。


「大変だったといえば大変だったな。でもまぁ、仲間も居たし、楽しいこともあったからな」


「ていうか、アレックスのおにーさんって勇者だったんだ」


「……ああ。別に、隠してたわけじゃないんだ。多分、アレックスも。その……魔族的には勇者っていうのは……」


「ん-。中央の人たち的には敵って感じなんだろうけど、アタシたちみたいな田舎者にはそんなに関係ないかなー。戦争にしてもまたか、って感じだったし。……でも、まぁ……その『ヘイワ』っていうのは、素敵だね。アタシたちみたいな孤児も……『ヘイワ』になったら、少なくなるんでしょ? あ、でもアタシ王族なのかもなんだっけ。……うーん、あんまり実感わかない」


「……孤児に関しては、どうだろうな。戦争による孤児は、減るかもしれないけどな」


「そっかそっか。でも、それだけでも十分素敵なことですなー、とアタシは思うわ。……そんでさ、レイジ」


「ん?」


「あのさ……アタシ、ついていったらダメかな?」


「いや、さっきも言ったけど、テニアにはついてきてもらうぞ? ミリィを送り届けた先なら、テニアがファランティスっていう名前を持ってる理由がわかる人もいるかもしれないしな」


「ううん、そうじゃなくて。そこから先も。……ロウグランデを出て、ノアグランデ、中央大陸……竜域……。世界をめぐって、迷宮を踏破する旅に、ついて行っちゃ、ダメかな」


「……危ないぞ?」


「わかってる。でも、アタシ、自分の目で世界を見てみたい。……小さいころからの、夢なんだ」


 そう言って俺を見つめる目は、真剣だ。

 真摯に俺の目を見つめて、覚悟を決めて……本気、らしい。


「……俺一人じゃ決められないな。アリスやアレックス、それにガーネットも。みんなと相談して、許可を貰って、あと、もしかしたら中央……だったか? そこにお前を必要としている人がいるかもしれない」


「そういう諸々、ぜーんぶ解決して、それで、大丈夫ってなったら?」


「まぁ……そうなったら……いいんじゃないか?」


「やった! 約束だよ!? あとになってやっぱりだめ! ってナシだからね!?」


「あ、あぁ……分かったよ」


「じゃあ、はい!」


 ん! と言いながら小指を突き出すテニア。


「……?」


「指切り! しらないの?」


「あ、あぁ、いや、知ってる。……こっちにも指切りの文化あるんだな」


「うん? 何か言った?」


「いや、なんでもない。……ほら。指切り」


 テニアの突き出された小指に、小指を絡めた。


「へへへ! よろしくね、レイジ!」


 にかっ、と楽しそうに笑うテニア。

 ……やれやれ、また魔族の少女を拾ってしまった、と、若干の後悔を覚えつつ……向けられた太陽のような笑顔に、苦笑いを返すのだった。

本日はここまでになります!


一章にも同じサブタイの回がありますが、被りはワザとです!


次回更新は明日21時、気に入っていただけましたら、評価やブックマーク、お願いいたします!

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