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04 黒装束

 

 海上の旅を続けて10日。特に何事もなく……いや、それなりにいろいろあったのだが、問題になるようなことは何もなく、俺たちの航海はそろそろと終わりに近づいていた。


「見えて来たのじゃ」


「あれが……」


「うむ。魔人領なのじゃ」


 俺たちの遥か目線の先、黒々とした陸地が見える。

 街や村……人の住んでいる気配のあるところは見えないが、遠目からは中央大陸とそう変わらないように見える。


「なんかもっと荒廃してるもんだと」


「ん? 住んでいる人間が魔族であるということ以外、他の大陸とそう変わらんのじゃ」


「みたいだな」


「レイジ! ちょっといいかい!」


 甲板に佇む俺に、操舵室からアレックスが声をかけてきた。

 返事を返し、操舵室に降りる。


「どうかしたか?」


「このまま真っ直ぐ行けば、明日には上陸できそうだけど……すこし迂回して、人気のないところで降りようと思う。いいかな?」


「ん、そりゃ構わないけど、なんでだ?」


「あまり目につきたくないメンバーだからね。ミリアルドも、なぜヘイムガルドまで一人で来たのか、そして魔族の不倶戴天の敵である僕という存在。……ね、あまり目につきたくない」


「アレックスに関しては、まぁ、そうだろうなって感じだけど……ミリィがどうかしたのか?」


「うん。ロウグランデから脱出する時の話をすこし彼女に聞いてね。気になることが幾つかある」


 いいかい、と指を立ててアレックスが言う。


「僕が魔王を……彼女の父上を斬った時、戦闘の最中、僕は彼女が王宮から逃げるのを見ているんだ。ちらりとだけどね。その時の話なんだけど、彼女は確かに一人じゃなかった。何人かの護衛が彼女についていたはずなんだ」


「まぁ……王女様だしな、一人で逃がすなんてことはしないだろうな」


「うん。それで、彼女にその護衛はどうなったのか聞いたんだけど……覚えていないらしいんだ」


「……覚えてない?」


「あぁ」


 確かに、妙な話だ。

 以前、ヘイムガルドでミリィを拾ったときに聞いた話では、船に乗ったところまでは覚えている、と言っていた。その時に、護衛の話は出てこなかった記憶がある。

 いくら錯乱していたり、恐怖していたりしたと言っても……そんなことあるか?


「……確かに、変だな」


「うん。……彼女は、船に乗ったところまでは覚えている、と言っていたけど……逆に言えば、船に乗った、という事実以外は、彼女は何も覚えていない。……父親と僕が戦っている光景は、はっきりと覚えている、と言っていた。……でも、その後の記憶だけがすっぽりと抜けていることに、なにか違和感を感じる」


「……誰かの介入……」


「その可能性が高いと思う。……今思えば、だけれど、魔人領での僕たちの旅は、些か順調に過ぎた気がするんだ。もちろん、旅は簡単なものではなかったし、魔王との戦いは今思い出してもギリギリだった。……でも、そこまでたどり着く、という過程においては……」


「簡単すぎた……?」


「そう。……つまり」


 声を低くして、アレックスが険しい表情を作る。


 ――何者かが、魔王とその娘、ミリィを罠にかけた可能性がある。


「……それも、身内か」


「その可能性が高いね。……だから、その何者かに捕捉されないように、出来るだけ人目につかないように……」


 言いかけて、アレックスがはっとして振り返る。

 俺も同じ方向を見た。


「……アレックス。その話、出発前にしたほうがよかったかもな」


「ごめん、僕の落ち度だ」


 俺たちの目線の先、そこには、大型の帆船が見えるだけで5隻、こちらを包囲するように展開を始めたところだった。


 甲板に上がる。

 もちろん、アリスも、ガーネットもその存在には気づいていた。

 

「マスター。敵性の軍艦を確認しました。殲滅ぶっころしますか?」


「開口一番物騒だな、おい……まだ敵と決まったわけじゃ……」


「いや、今決まったのじゃ。来るのじゃ」


「……前言撤回。敵だ、ガーネット。殲滅はしなくてもいいけど、戦闘準備」


「了解。私の初戦闘。華々しい戦果を挙げ、マスターにご褒美を……」


「エッチなこと以外ならご褒美くらいくれてやるよ、この状況を打開出来たらな!」


 前方の船から強力な魔法の気配。

 魔力が膨れ上がり、俺たちの船に向けて、火球が放たれた。


「アレックス! 一応聞くけど躱せるか!?」


「躱すのは無理だね。だから……」


 アレックスが甲板に上がってくる。

 腰の剣に手をかけて、海に向かって跳躍した。


 腰の剣を、抜刀術の要領で横一閃。

 アレックスが引き抜いた剣から、白銀の剣閃が迸り、飛来する火球、その悉くを一緒くたにして切り裂いた。


 空を蹴り、宙返りしながら甲板に着地するアレックス。ふりかえりながら、俺に尋ねる。


「どうする? レイジ」


「……そうだな……右3隻、任せていいか?」


「任された」


 言うや否や、アレックスが弾丸の様に甲板を飛び出した。衝撃で船が大きく揺れる。


「よし、俺もちょっと行ってくる。アリスとガーネットは船の守りを。……特に、ミリィをしっかり見ていてくれ」


「ん、わかったのじゃ」


「了解です、マスター」


 右腕の包帯を解く。握って、開く。……よし。大丈夫そうだ。

 腰に吊り下げていた籠手を両腕に嵌めた。


 アリスが、先日の戦いで砕け散ってしまった籠手の代わりに、もう一度作ってくれたものだ。

 様々な改良が施されており、以前の物よりも、一回りほど大きい。形はもっと凶悪なものになっている。


「ぅ、し!」


 左翼に展開する3隻の船。その先頭の船に向かって、俺は甲板から飛び出した。


 凄まじい速度で近づく船に向かって腕を振り上げる。船上には様々な武器を構えた、黒装束の人間……いや、魔族達が俺の落下を待ち構える様にして立っていた。

 矢がつがえられ、放たれる。


(いかにも、って感じの連中だな……真っ黒なマントに、真っ黒なフード。船は……あれはがレオン船ってやつか? でも、帆を畳んでるのに、なんであんなに滑らかに進むんだ……?)


 飛来する矢と魔法を弾きながら、そんなとりとめのないことを考える。

 

 ――――ゴガンッッ! と凄まじい音を立て、船の床板を踏み抜きながら着地した。


 膝程まで埋まった脚を引き抜き、油断なく俺を見る周囲の黒装束達に魔力をぶつける。

 ……怯まないか。結構な圧力だと思うが、声すら漏らさず、武器を引き抜く黒装束達。


「……一応聞くけど、あまり戦う気はないんだ。侵略しに来たわけでも、戦争をしに来たわけでもない。……事前に連絡しなかったのは謝るから、素直に通してもらえないか?」


 返答は、構える刃で返された。

 ……通じるとは思ってなかったけどさ。


 飛来する短剣を、魔法を腕を振るって弾き飛ばす。軽く踏み込んで、手近な黒装束に手加減した掌底を叩き込む。


「……ッ!」


 小さく悲鳴を漏らして、崩れ落ちる黒装束。

 間髪入れずに背後に回し蹴り。正確に鳩尾に叩き込んで、悶絶する黒装束の首筋に手刀を入れた。


(大体、1隻につき10人前後か)


 『遠見』を放ちながら、敵の戦力を確認する。右翼に展開した3隻では、アレックスがすでに大立ち回りを演じていた。白銀が煌めき、魔法が弾ける。


「……っし! 俺もやるか……!」



――――――



 10分後。

 謎の集団は、全滅していた。……いや、殺してはいないけど。

 船に有った縄で、全員ぐるぐる巻きにしてある。武器は一応回収して海に放り投げた。

 ……高級品とか混ざってたら申し訳ない。

 いずれにしろ、これで戦闘力は奪えたはずだ。

 事情を聞く為、そのうちの1人を簀巻きにして肩に担ぎ上げ、飛んで自分の船に戻った。


「……しょっ、と……。只今。こっちは何ともなかったか?」


「お見事な手腕です、マスター」


「こっちは何もなかったのじゃ」


 少し遅れて、船が小さく揺れる。アレックスも戻って来たらしい。

 俺と同じように、その肩に白銀の手かせを嵌めた黒装束を担いでいた。


「戻ったよ。あぁ、レイジもお疲れ様」


 何も伝えずとも捕虜を確保してくるあたり、わかっている。流石だ。

 俺の肩で、黒装束が身じろぎする。……目が覚めたらしい。

 床に降ろして、手すりにもたれ掛からせる。


「さぁ、話してもらうぞ、お前たちの目的と、お前たちが何者か」


「ぅぅ……、貴様、らは……」


 フードを除け、その顔を露にすると、眩しそうに眼を細め、黒装束が呻いた。

 ……濃い紫色の髪に、似たような色の瞳。年齢は25歳ほどに見えるが、魔族であれば、それ以上だという可能性が高い。顔のつくりは整っているのだが、その落ち窪んだ光の無い瞳が、その男の印象を最悪にしている。

 狂気的に輝く瞳が、ぎょろぎょろと忙しなく動き、俺たちの顔をひとりひとり確認する。

 そして、その瞳が、俺たちの後ろで、困惑顔でこちらを覗き込むミリィに留まった。


「くく、くくはははあぁあああ! やはり! やはり魔神様の思し召しがぁああ! ヒィィイッヒヒヒヒ!」


「なっ、おい、おとなしくしろ!」


 狂ったように笑いながら、バタバタと、自由にならないからだを芋虫の様に動かして、ミリィに近づこうとする魔族の男。

 その体を抑え込んで、動けないようにする。……凄い力だ……!


「やっぱりミリィが目的か……!」


「ぁあっひっひひひひひひははははぁ!! 魔神様ァのぉ!! ぃいいっひいひひひひ! 供物供物、供物をォ!!」


「クソ、何言ってる、こいつ……!」


「ぁあああ『空間交差ゲートコネクト』ォォ! ぁああっはっはははははは!」


「っ! まずい、レイジ! 離れ……ッ!」


 その瞬間、いろいろなことが起こった。

 呪文を叫んだ瞬間、男の体が発光し、はじけ飛ぶ。

 何かの気配を察知し、アレックスが走りだす。

 同じく、何かを察して、アリスが俺の影に飛び込む。

 ガーネットが起き上がろうとしたもう一人の黒装束を抑え込む。

 

 眩い光の中、俺は、咄嗟にミリィを抱き寄せた。


「転移、魔法……!」


 迷宮で幾度か感じたことのある浮遊感を感じ……そして。



 ――一瞬の後、どさり、と俺は硬い地面に投げ出された。

本日はここまでになります。


次回更新は明日21時になります。


気に入っていただけましたら、評価やブックマーク、よろしくお願いいたします。


8/26 追記

本日の更新ですが、所用の為難しくなってしまったので、次回更新は27日21時とさせていただきます!

申し訳ございません!

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