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主人公は幸運

 俺の絶命後、転生者と自衛隊の戦いがどうなったかは、『全国防災訓練・被災地映像記録集 〜5.16 あの日を忘れない〜』に詳しい。


 まず先陣を切った航空自衛隊の面々が、煙行く視界の中でクラウンとシルビアを発見。攻撃する間もなく、クラウンの()()()()()によって呆気なく撃墜された。旧型とは言え、三十年以上現役を張ってきたF−15(イーグル)が、次々と丸めたアルミホイルみたいにグシャグシャになって行く姿は、パイロットのみならず、それを地上で見ていた地元民にも衝撃を与えたことだろう。


 ならば海からはどうかと言うと、S市南東に位置するS賀湾に集結した護衛艦『むらさめ』、ミサイル艇『はやぶさ』、そして潜水艦『そうりゅう』を待ち構えていたのは、五人の転生者のうちの一人、“ロードスター”と名乗った少年であった。


「それで、その少年は何を?」

「ただ……」


 後のインタビュー映像で、当時海軍だった高砂正平(たかさごしょうへい)さん(35)はこう語った。


「ただ彼は……ロードスターは海の上に両足で立っていて……その時点でおかしいと思うべきでした。普通の人間が、水の上に立てるはずはないって。そんなもん、神か悪魔か……」

「それで、ロードスターは何を?」

「彼はただ、サングラスをこう、クイッと上げたんです」

「サングラス?」

「ええ。本当に、()()()()()()()()。そしたら、突然我々の目の前に雲まで届きそうな高波が現れて……それで……」


 高砂さんはそう言うと、その時のことを思い出したのか、顔を青白くさせて言葉を詰まらせた。なお、この戦いで無事だった艦は、皆無だった。皆高波に飲み込まれるか、渦潮に巻き込まれるか、あるいは宇宙の果てに飛ばされるかして、集まった二十以上の艦全てが大破した。辛うじて救助された乗組員の全員が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの、何らかの精神疾患を診断されて退役した。


 そして極め付けは陸軍……彼らは偵察と、レーダーやFCP、ロンチャーの陣地確保に動いていたが、文字通り飛んできた転生者の一人、ラパンによって迎撃された。まだ十代かそこらの、華奢な少女がくるくると宙で踊っているだけで、何年も訓練を続けてきた精鋭部隊数十名は壊滅状態に陥った。


「何が起こったのか、未だに分からないんです」


 そう言って首を捻るのは、当時陸上自衛隊陸曹長の赤坂慎也(あかさかしんや)さん(27)である。彼は奇妙なボール状になった鉄の塊を取り出して、訝しげに唸った。


「いきなり持っていた銃が変形しだしたかと思うと……仲間たちの××がパックリと割れ」


 ……そこで映像は次の場面に切り替わる。そこから先は軍の最高機密として地下の奥深くに保管されているとの噂で、我々一般人には、果たして坂本さんの仲間がどんな目に遭ったのか、精一杯想像するしかない。


 そして陸海空の主力部隊が、S市に集中したことは、結果として日本を致命的な状況に追いやった。その同時刻、あるいは少し遅れて、東京と大阪にもクラウンたちと同じく転生者が出現したのである。手薄になった大都市で、彼らは出没から数時間以内に数十万人の命を奪った。


 クラウン、シルビア、ラパン、ロードスター、そしてディンゴ。

 こいつらが、S市を襲った転生者たちだった。


 クラウンとロードスターが男、シルビアとラパンが女、ディンゴは犬の顔をした、雄の獣人だった。彼らが横並びした姿は「ヒーロー戦隊みたいだった」と、後から弟に聞いたらそう言われた。五人が五人とも、世界を壊滅させるほどの能力を持っていたのに、S市の被害が()()()()()()()()で済んだのは、不幸中の幸いとも言えるかもしれない。


 ただ俺は、不幸中の幸いの、『不幸』の方だった。


 絶命した後、俺が見ていたのは、濁流……まるで滝に飲まれひたすら落ち続けているかのような、漆黒の闇の流れだった。辺りをゆっくり見渡すような余裕もなく、俺はただ勢いに飲まれ闇の中を流され続けた。時折どこからともなく、叫びとも遠吠えとも言えない声が聞こえてくる。これは、夢か? もしかして俺は夢を見ていただけで、実は首なんて切られていないんじゃないか? それとも、もしかしてこれが、死後の世界とか言う奴なんだろうか? コントロールの効かない四肢を諦めて、流されるまま俺はぼんやりとそう思った。


 死後の世界なんて信じちゃいなかった。

 だけどたった今、俺は『転生してきた』とか言う輩に首を跳ね飛ばされたばかりでもある。この世には、自分たちの住む世界とは別の、全く未知の異世界がどこかに広がっていてもおかしくはない……。


「……ぐえッ!?」


 ……などと考えているうちに、突然闇の濁流は途切れた。頭から地面に突っ込んだ俺は、衝撃で首がもげた。やはり夢ではなかったのだ。俺は確かに首を切られていたんだなぁと、ホッとしたようなガッカリしたような気分で、転がった自分の首を拾い上げた。


「ここは……」


 胸に自分の首を抱きかかえ、ようやく辺りを見渡すことができた。そこは……暗く、闇には違いなかったが……広々とした荒野のような場所だった。遠くの方に、青白い火の玉のような灯りが浮かんでいる。地面は田んぼのようにぬかるんでいて、俺の足はくるぶしの先まで闇に埋もれていた。


「モタモタするな! さっさと歩け!」


 遠くの方で怒鳴り声がして、俺は目を凝らした。声と同時に、さっきまで闇だった部分がゆっくりと晴れ、そこに長い行列が現れた。


「行け! 止まるんじゃない!!」


 それは一キロかそこらはあろうかと言う、長い列であった。所々に、青白い提灯を抱えたトカゲ兵が数匹立っていて、モタモタと歩く人々を急かしている。よく見ると、列に並んでいるのはS市の住民のようだった。どこかで見たような顔が、チラチラと何人か見受けられた。


「さっさと飛び込め!」


 左奥の方で、また怒鳴り声が聞こえた。そうするとまた闇が少し晴れ、左の方に列の先頭が現れた。その先は断崖絶壁になっており、その向こうから轟々と不気味な音とともに、青白い光が一際明るく輝いていた。


「あの下は溶岩(マグマ)なんだよ。人魂を溶かす、()()の業火」

「ひっ……!?」


 突然耳元で声がして、俺は飛び上がった。いつの間にか俺の後ろに人影があった。人影が俺に手を差し伸べた。


「おいで。ここにいては、君も蜥兵にされてしまう」

「あなたは……?」


 返事はなかった。人影は俺の手を取り、青白い光源とは逆方向に歩き始めた。そうして俺は、何も分からないまま、もげた首を抱え、底知れない暗闇の中へと進んで行った。

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― 新着の感想 ―
[一言] さすが主人公じゃないだけあって?、死んでしまいましたのね。首を切られた後、少しだけ意識が残ってるのかも。 地獄編に突入w
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