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主人公は首もげない

 そこから先は短いようで長い、何ともじれったい時間が続いた。

 視界不良の悪路の中を、トカゲ兵と出会さないように慎重に歩を進める。ウシ(白黒模様の犬だったので、俺が勝手にそう命名した)を先頭に立たせ、少しでも様子がおかし買ったり、何かを嗅ぎ取ったような仕草を見せたら(ルート)を変える。


「おかしいな……」


 俺たちが首をひねったのは、それからさらに数十分、崩れた道を進んだ頃だった。その辺りになると荒廃はさらに熾烈を極め、県庁に近づけば近づくほど、建物の破壊は酷いものになっていた。


 しかし、肝心の県庁の跡がどこにも見当たらない。距離からしても時間からしても、そろそろ着いてないとおかしい頃だ。テレビ中継の時点でぺしゃんこにされていたとは言え、その残骸などが、少しでも残っているはずだった。だが目に映るのは、もはや原型を留めていない、何の建物だったかも分からない瓦礫の山ばかりだった。


「お父さーん!」

「オーイ! 父さーん!」


 俺たちは手分けして周辺を探し回った。しかし辺りには父さんどころか人影すらなく、時間だけが虚しく過ぎるばかりだった。雨は続き、星の見えない夜が、どんどんとその闇の深さを増して行く。俺は不安になって、墨をこぼしたような暗い空を見上げた。まさか先ほど見た空飛ぶ王宮は、本物だったのだろうか。例の転生者を名乗る五人の少年少女が、『チート能力』とか何とやらで、県庁を城に作り変え空に飛ばしてしまったとでも……。

 

 俺は身震いした。

 そんなことが、本当にそんな魔法みたいなことができる奴が、現実にやってきたのだとしたら、普通の人間に一体何ができるだろうか。どうやって対抗すればいいと言うのだろう。 ……何も思いつかなかった。勇み足でここまでやってきたはいいものの、万が一見つかってしまえば、どうしようもないのだ。


「ねえ、これ!」


 すると瓦礫の向こうで、歩が大きな声を上げた。歩が見つけたのは、壊れた眼鏡だった。


「これ、お父さんのに似てない?」

「あぁ……」

 ……正直よく分からなかった。レンズは割れ、黒のフレームも誰かに踏み潰されたのか、折れ曲がっている。別にどこにでも売ってありそうな、普通の眼鏡に見えた。だが少なくとも、誰かが掛けていたには違いない。


「よしウシ、行け!」

 俺たちはウシに壊れた眼鏡の匂いを嗅がせ、その持ち主を追わせた。匂いを辿れば、たとえこれが父さんのものじゃなかったとしても、少なくとも誰か『人間』に出会えるだろう。皆で避難していたとすれば、その中で父さんが見つかるかもしれない。もっともこの犬に、そんな優秀な追跡ができたらの話だが。先頭に立ったウシが、煙たそうにくしゃみを繰り返した。


「待って……。見て、あそこ!」

 しばらく、来た道とは別の、S市の南側へと進んでいた途中だった。歩が立ち止まり、黒鉛の向こうを指差した。その先に、何やら人影が揺らめいていた。俺たちは目配せし、近くの草むらに身を潜めた。あの影が、避難している人だったらいい。だが別の可能性だって、十分ある。


 案の定、影は、探していた人物のものではなかった。俺たちは息を飲んだ。


「……ひどい話だ、全く」


 向こうから歩いて来た、金髪の少年がため息をついた。

「安い賃金でこき使われて、牢獄に縛り付ける。この世界の支配者層は、人間を、奴隷か何かと勘違いしているじゃないのか?」

「そう焦らないで、クラウン。これからよ。これから私たちの手で、虐げられて来た人々を助けるの」


 横にいた銀髪の少女が、宥めるように優しく囁いた。その時俺は初めて、その少年がクラウンという名前だと知った。二人とも、まるで魔法使いのような、漆黒のローブに身を包んでいる。こちらに歩いてくる二人の後ろでは、数匹のトカゲ兵たちが周囲を警戒しながら目を光らせていた。


「やっぱり僕は、転生してよかったと思うよ」


 クラウンが髪を掻き揚げた。どういう訳かクラウンも、それからその横の少女も、傘もさしていないのに雨に濡れている様子がなかった。これも『チート』の一つなのだろうか。

「こうして野蛮な……未発達な世界に踏み込むと……僕たちの『大義』というものがはっきり自覚できる」

「ええ、そうね。やっぱりやらなきゃいけないのよ、私たちが。『先』にいる者として、この世界の人々を導く義務があるのだわ」


 銀髪の少女が頷いた。高い鼻に彫りが深く、少し浅黒い肌が、余計に異国めいて見える。二人が、ちょうど俺たちの隠れる草むらの前までやって来た。


「僕たちが世界を変えるんだ、シルビア。この世界を、より良いものに作り変えるために!」

 二人は歩みを止め、クラウンが熱っぽく語った。シルビアと呼ばれた銀髪少女は、クラウンに寄り添うようにしてほほ笑んだ。


「SCRAP & BUILD。まずは全てを壊す。腐れ切ったこの世界の膿を徹底的に洗い流して、それから僕らの”理想郷”を作り上げよう!」

 その時だった。

 突然ウシが草むらから飛び出し、一匹のトカゲ兵に向かって突進し始めた。


「ワン、ワンワン!」

「ん?」

 クラウンとシルビアが、ウシを見て目を丸くした。ウシは、トカゲ兵の足にまとわりつき、舌を突き出して走り回った。


「あら、可愛い!」

 シルビアが嬉しそうな声を上げた。

「なんていう生き物かしら? ねえ、この子ボールピッグに似てない?」

「あぁ……だけど、気をつけてよ。まだ未知数の、異世界の生き物なんだ。毒を持ってるかもしれない……」


 ウシを抱き上げるシルビアを見て、クラウンはほほ笑みを浮かべつつも、どこか隙のない口調で呟いた。

「私たちのチートに、不可能なんてないでしょう? フフ、毒なんて効かないわ」

「念のためさ。念のため。例えばこんな風に……」


 クラウンの目の中で、赤い炎が揺らいだように見えた。


 その瞬間。


 俺の体は、抵抗する暇もなく空中へと浮かび上がり、草むらから飛び出した。

「ひいぃ!?」

「う、うわあああっ!?」

 横にいた歩も同じだった。高さ三メートルくらいの空中に釣り上げられた俺たちの姿を見上げ、クラウンが冷笑を浮かべた。


「……現地人が隠れて僕らのことを、見張っているかもしれないからね」

「……!」

 

 ……バレていた。

 俺は逃げようと必死に手足を動かしたが、四肢は虚しく空を掻くだけだった。

「うわっ、うわあああっ!?」


 足元に群がってきたトカゲ兵たちが、空中にピン留された俺たちにしきりに刃物を突き出してきた。俺は斬られないよう慌てて手足を引っ込めた。空に浮かぶダンゴムシのようになった俺たちは、もはや逃げ出すことも叶わず、どうすることもできずに途方に暮れた。


 クラウンがそんな俺たちを見上げ、獲物を品定めするように目を細めた。


「どう思う? シルビア」

「そうねえ……。私は右の子は、合格点をあげてもいいと思うわ」

 シルビアが興味深そうに、歩の方をジロジロと見てそう言った。歩は恐怖に顔を引きつらせ、声も出せないで震えていた。クラウンが満足げに頷いた。


「僕もそう思う。左はちょっと捻くれすぎかな?」

「ええ。彼はすでに心が毒され、濁ってるわ。清らかさの欠けらもない。見て、あの不満そうな顔。いかにもずる賢そうな目つき……」

「全く可愛げがないね。これじゃあ理想郷には相応しくない」

「かといって兵士にするにも……」

「うん。能力不足が目に見えてる。典型的な()()だね」


 さっきから二人の転生者が、俺を見上げて何やら気の毒そうな顔をしている。俺はというと、あいにく敵に捕まってしまった恐怖が先立って、話が全く耳に入ってこなかった。こいつらは一体何の話をしているんだ? 俺たちを捕まえて、どうするつもりなんだろう? 父さんも、ここにいた人たちも同じように捕まっているのだろうか?


「決めた。右の子を上級国民として、僕らの理想郷(ユートピア)に迎えよう」

「左は?」

「殺そう」


 クラウンが俺から目をそらし、まるで『ゴミを捨てよう』みたいな調子でそう告げた。それと同時に、俺の全身を今まで経験したこともない痛みが貫いた。


「あ……?」

 首を切り落とされたのだと気がついたのは、地面を二、三回跳ねた後だった。俺の視界はぐるぐると回転し、気がつくと、空中に浮かんだ自分の胴体を見上げていた。切り口から、噴水のように赤い血が吹き出し、転がり落ちた俺の首に降り注いだ。


「あぁ……??」


 何ともあっけない、それが俺の人生の、幕切れだった。ヒューヒューと、近くで空気が漏れたような音が聞こえる。息ができない。それに気がついた瞬間、急激に意識が遠のいて行った。驚きに見開いた目の端で捉えたのは、遠くの空に浮かぶ小さな光の群れ……。


「ああああああああああああああぁ……!!」


 それは、自衛隊の戦闘機だった。

 スクランブル発進した空軍が、転生者に対抗すべく、こちらに向かって飛んできたのだ。


 俺が死んだ後に。


「遅ぇよ……」


 それが俺の、最後の言葉となった。

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