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主人公は動物に好かれる

 街はすでに、惨憺(さんたん)たる有様だった。

 少し大きな県道に出ると、俺と歩は、たちまち黒煙に取り囲まれた。どこかで火事が発生したのだ。ここまで来るとほとんどの人はもう避難していて、いつもは賑わいを見せる街並みもがらんとしていた。それでも時折遠くから聞こえて来る悲鳴や、何かがガラガラと崩れ去る音を耳にする度に、俺は背筋を震わせながら飛び上がった。


 (あか)りもなく、暗く遮られた視界の向こうで、パトカーや消防車のサイレンがひっきりなしに鳴り響いている。俺は次第に方向感覚を失い、前に進んでいるのか、それとも全く見当違いの方向に進んでいるのか、分からなくなってきた。


 ここから県庁までは一キロもない。しかし、平らだったはずの県道は、今や凸凹と波打ちひび割れている。信号や道路標識はぐにゃりと歪み、立ち並んでいた商店街も、目を背けたくなるほどに破壊し尽くされていた。


 この世に終末があるとしたら、こんな景色なのだろうか。


 ぽつり、と雫が頬にかかって、俺は黒い空を見上げた。雨だ。雨脚はやがて強まり、崩れた道路のあちこちに濁った水たまりを作った。俺は足を滑らせないように注意しながら、小高い丘のように隆起したアスファルトによじ登った。


「兄ちゃん……」

「掴まれ、歩……!」

 盛り上がった道路の上から、俺は弟に手を伸ばした。だが歩は小さく首を振って、右の方を指差した。

「兄ちゃん、あれ」

 見ると、少し離れた道の奥に、檻に閉じ込められたまま放り出された犬が一匹いた。黒と白のまだら模様の、実に不細工な顔の犬だった。大声で吠え立てる犬の周辺には、壊されたペットショップの残骸が転がっている。他の動物は、残念なことにその下敷きになったか、すでに逃げ去ってしまった後なのだろう。


「助けなきゃ……」

「オイ!」


 歩が俺の制止を無視して、フラフラと檻の方へ歩き出した。こんなことしてる場合じゃないのに。俺は舌打ちして丘を滑り降りた。


「鍵とか探してる暇なんて無えぞ、オイ!」

「でも……」

「早くしないと……待て!」


 不安げにこちらを見上げた歩の腕を引っ張って、俺は慌てて瓦礫の影に飛び込んだ。

「な、何!?」

「シッ!」

 物陰からゆっくりと顔を覗かせる。さっきまで俺がいた道の先から、何やら大勢の人影が、こちらに向かって歩いて来ていた。


「な……何……?」

 歩が影に気づき、声を震わせた。犬の吠える声が大きくなる。黒い煙の向こうから姿を現したのは……今まで見たこともない、奇妙な連中だった。


 初めは着ぐるみか、コスプレでもしているのかと思った。

 列になして歩いて来る数十……いや数百の大群は、どれもこれも、人間の顔をしていなかった。鋭い眼光に、口元は迫り出し、尖った牙を無数に生やしている。誰もが銀色の重そうな鎧に身を包み、皮膚は皆、緑の鱗のようなもので覆われていた。雨に濡らされた鱗が、ぬらぬらと妖しく光って見えた。


 俺が知る限りで彼らに一番近い生き物は、トカゲである。二本足で立ったトカゲの兵隊達が、巨大な戦斧や大剣を担いでいる。彼らはその武器で、目についたものを手当たり次第破壊しながら、大きな音を立てて行進していた。おかげで彼らが通った跡は、キャタピラーでも通ったみたいに、ガードレールも建物も何もかも粉々に砕かれた。


 その光景に、俺はいよいよ頭がくらくらしてきた。今見ている景色は、果たして本当に現実なのか。本当に、悪夢を見ているんじゃないかと思ったくらいだ。だけど、二の腕に痛いほど食い込んだ弟の爪が、はっきりこれが夢ではないと教えてくれていた。


 列の最後尾が見えなくなるまで、およそ数分はかかった。その間、俺たちは一言も喋ることもなく、必死に息を殺していた。


「何だったんだろう、アレ……」

「さあ……な」

 とにかく分かるのは、見つかっても決して歓迎はしてくれないだろうってことだ。

「ねえ、これ使えるんじゃない?」

「ほっとけって……」


 のそのそと這い出してきた歩が、さっきトカゲ兵達が壊して行った鉄の柵を指差した。折れた火かき棒みたいになったそれで、俺たちは犬の檻を何とか壊した。当然こんなことをしている場合じゃなかったが、正直なところ、さっきの行進を目撃した後では、中々先を急ぐ気にもなれなかった。トカゲ兵がやってきたのは、俺たちがこれから向かう方向、県庁の方向だ。あんな奴らが、まだ煙の向こうに何匹も潜んでいるかもしれないのだ。


「ワン!」

「おいで」

 やがて広がった穴から抜け出してきた犬は、嬉しそうに弟の手を舐め始めた。

「ふん」

 思えば歩は、自身も動物好きだし、昔から動物に懐かれ易い奴だった。俺はと言うと、小学生の時野良犬にスリッパを持っていかれて以来、どうにも動物全般が苦手だった。奴らは愛くるしいペットなどではなく、瞳の奥に野生を宿した獣なのである。俺にはそれがよォく分かっている。奴らはこちらの隙を窺い、あわよくばその喉をかっ割いてやろうと狙っ

「連れて行こうよ」

 白黒犬を抱き抱えた歩が、俺の思考を妨げた。


「またあの変なのがやって来たら、この犬が気付いてくれるよ。きっと役に立つと思うよ」

 俺が腕を組んで気難しそうな顔をしている間に、歩は瓦礫の中から紐を見つけてきた。

「ふん」

 俺はできるだけ犬から距離を取って立った。白黒犬は少し寒そうに、ブルブルと濡れた体を震わせた。


 ペットショップの犬を勝手に連れ出すのには少々罪悪感もあったが……肝心の店は、見る影もなくぺしゃんこに潰れている。それに確かに、道中丸腰の子供二人では、不安になっていたところだった。リードをつけられた白黒犬もまんざらではなさそうに、尻尾を振って歩の足の周りをぐるぐると回った。


「まぁ、いいけどよ」

「やった! 一回犬飼ってみたかったんだ。名前は何にしよう……」

「いや名前とか別に後でいいだろ。それより、傘を……」

 大粒になり、さらに激しくなってきた雨を見上げた、その時だった。


 ほんの一瞬、冷たい風が吹き抜け、上空で黒煙が少し晴れた。それと同時に、雷が闇を引き裂き、轟音が耳を(つんざ)いた。

「何だありゃ……!?」

 青白い光に照らされて、夜空に現れた巨大な建物に、俺の目は釘付けになった。


 俺は唖然とした。俺たちが目指していた方角に見えたのは、県庁ではなかった。代わりに、その何倍も大きな、石畳の王宮が闇の中に見えたのである。


「どうしたの?」

「ワン?」

 歩が俺の様子に気がついて、視線の先を追った。だが一瞬だけ空に浮かんだ影は、再び黒煙に紛れ見えなくなっていた。


「いや……」

 俺は頭を振った。見間違いかも知れない。いくら何でも、建物が空中に浮かんでいるはずはないし……。

「行こう」


 途中で、道端に投げ捨てられていた傘を拾った。時折稲光に照らされながら、俺たちは慎重に闇の中を進んで行った。

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