主人公は補助輪ない
「これは……!」
クラウンが立ち上がり、苦悶の表情で虚空を睨んだ。隣で、シルヴィアが当惑したように自分の両手を覗き込んでいる。必死に、何度も指を鳴らすが、もう何も起きない。当然だ。世界の法則や理がまるっきり変わってしまったのだから。酸素がなければ炎が燃え上がらないように。水素が結合しなければ水が生成されないように。たとえどんなに異世界人が躍起になろうと、もう二度と『能力』が発動しない世界へと変化させた。
クラウンの動きは素早かった。踵を返し、聖杯を掲げる。迷うことなく、中にたっぷりと注がれた青の泉を飲み干した。だが……。
「出口は無え」
俺は笑った。別の世界に転生して逃げようとしていたクラウンを、俺はこの世界へと閉じ込めた。何処にも逃すつもりはなかった。今ここで、この男を細胞ひとつ残らず叩き潰す。
「どこだ……ッ!?」
クラウンが暗がりを見渡しながら叫んだ。
「せめて姿を見せろ、卑怯者……!」
そう言いながらも、彼は次の手段を模索しているようだった。異世界に渡れないのなら、今ある戦力で……幸い城の中には、グリフォンやバジリスクなど、世界中から集められた怪物が生息しているのだった。
「全員かかれッ!」
シルヴィアが拡声器を手に、城の外へと慌てて号令をかけた。怪物だけでなく、今まで彼らが異世界から集めれた魔法のアイテムや武器、改造人間に改造武器、それに手駒にした蜥兵たちを総動員させ、必死の抵抗を試みようとしていた。
ドラゴン。
ガーゴイル。
クラーケン。
フェニックス。
キメラ。
ケツァルコアトル。
コカトリス。
メデューサ。
人狼。
ホムンクルス。
ミノタウロス。
オーガ。
天使。
タイタン。
キョンシー。
ゾンビ。
ヴァンパイア。
阿修羅。
エルフ。
夜叉。
ウンディーネ。
サラマンダー。
シルフ。
ノーム。
全くどこから湧いて出てきたと思える量の怪物が、城の彼方此方から湧いて出てきた。
だがこの世界を、人間の想像力を、地球の雄大さを舐めてもらっちゃ困る。
太陽は中心が1600万℃あり、城の真ん中に、1秒も満たない時間発現させれば、大概の怪物は一瞬で蒸発した。数億ボルトの雷を頭上から容赦なく降らせ、空中を我が物顔で飛び回るクリーチャーを、根こそぎ叩き落とした。津波の速度は水深の深いところでジェット機並みの速さがあり、轟音を響かせ地上を闊歩するデカブツどもを、逃げる暇も与えず流し洗った。荒れ狂う波風熱雷に圧され、シルヴィアがたまらず城の外まで弾き飛ばされた。
クラウンが長年集めた『武力』も、並大抵のものではなかった。だが、何よりどんな屈強で頑丈な怪物にも、思わぬところに天敵がいたりするものである。
ドラゴンを倒す勇者。
ガーゴイルを退ける英雄。
クラーケンに挑む戦士。
フェニックスを狙う狩人。
今までの文献や歴史書を総動員し、彼らを創造して、怪物たちに対抗した。餅は餅屋である。思いつくまま、次々に対抗勢力を呼び出した。
アーサー王。
クー・フーリン。
ジークフリート。
スサノオ。
ギルガメッシュ。
カルナ。
三蔵法師。
ヘラクレス。
ソロモン。
ダビデ。
アルジュナ。
オデュッセウス。
孫悟空。
ブラダマンテ。
オリオン。
ヤマトタケル。
それに、心や流水。
アルクやラマも。
後、赤い河童。
「……なんダァ!?」
突如現世に召喚された蕃茄が、驚いて目を引ん剝いた。
「ンなんじゃこりゃあ!?」
「お前も戦え!」
俺は笑った。
「ハァ!? 何がどうなってんだ、オイ……ギャアア!」
蕃茄が白目を剥きながら、ドラゴンに追われて叫び声を上げた。楽しそうで何よりだ。
「石動くん!」
「お兄ちゃん!」
生き返った心たちが歓声をあげた。街で殺されて行った他の人たちも、一斉に蘇らせたいところだが、まずはクラウンを倒してからだ。
クラウンの集めたコレクションも、次第に数を減らし、徐々に押され気味になってきた。
城が傾いていた。怪物たちは粗方片付き、ホールには静寂が戻りつつあった。
「石動くん……君は、なんてことを……!」
クラウンが歯ぎしりした。その顔にはべっとりと汗が滲み、整えられていた髪は、今や乱れきっていた。
「君は……これほど『清なるもの』たちを……『美しいもの』たちを、破壊しているんだ!」
「だからなんだよ」
俺はそこらへんの原子や分子を集めてガワだけ自分の形を再生し、クラウンの前に立った。
「分かってない……君は! 僕が集めた彼らが、どれほど貴重なものか……」
クラウンが俺を睨んだ。
「君は……君は自分がどれほどの悪行をやっているのか、分かってないんだ!」
「お前だって、俺の仲間を殺しただろうが」
弱いとか、汚いとか、醜いとか、勝手に自分の物差しを押し付けて。
「もし僕の『能力』を戻してくれたら……」
クラウンが表情を歪ませた。その目が虚空を泳ぎ、ちらっと青の泉に向けられた。全ての命を生まれ変わらせる、転生装置だ。
「元に戻せる。『能力』さえあれば、何もかも。君たちの仲間も、全員元の姿に……」
「全員? 全員って、お前が今まで殺してきた全員か?」
「そ、れは……」
俺もクラウンを睨み返した。
「この世界だけじゃない。ここに来るまで、他の異世界でも大勢殺してきたんだろう。それも全員だ」
さすがに他の異世界までは、俺にだってどうする術もない。
「君はやっぱり、分かってない……」
クラウンは苦悶の表情を浮かべ、頭を振った。
「君は知らないんだ。まだ若すぎる。その目で確かめたことあるかい? 世界がどれだけ汚れているのかを。人間が、他の生き物がどれほど醜いかを」
「みんなわがまま放題さ。自分の『能力』に酔いしれて、神様気取りで原住民を奴隷のように扱ったり! 王様気取りで他人を人形のように扱って、ハーレムを作って奉仕させたり! 本当、何様なんだって思うよ。前世の復讐だか何だか知らないが、自分がやられて嫌なこと、それをそのままやり返して喜んだりさぁ!」
「救わない方が良い命だってあるんだ。なぁ。死んだ方が世の中のマシだって奴だっているんだよ。全員を救うだなんて……」
クラウンが、この男が別の世界で、一体何を見てきたか知らないが。俺は静かに首をひねった。
「『だから殺す』って……『だから消滅させれば良い』とか『だからいなくなってしまえばいい』とか、自分で言ってて矛盾してるって思わないのか?」
「……だったら見てくれば良い! 望んだものは全て与えよう。それで、自分の目で確かめて来いよ! 世界を! 人間の本質を! それで異世界を、君たち5人で見てくれば、僕の言っていることが……」
「5人?」
俺は両手に抱えた『歩スペシャル』を構え、クラウンの頭に照準を合わせた。
「6人だ」
「ま……」
待った無し。俺は引き金を引いた。眩い閃光を放ち、クラウンが跡形もなく弾け飛んだ。
「……せっかくこっちの世界まで来たんだ。ついでにあの世にも寄っていけよ」
轟音の余韻が残っていた。俺は、粉々になったクラウンの残骸を見つめ、静かに呟いた。
「まずは、『能力』なんて補助輪に頼らないでも生きていけるよう、地獄の特訓の始まりだぜ」




