主人公は勝つ
「私が……」
「いや、大丈夫」
横からスッと現れたシルヴィアが、澄まし顔のままこちらに右の掌を向けた。ゆったりとした動作で、クラウンがそれを制す。エントランス・ホールで、俺たちは睨み合っていた。その距離は2メートルにも満たない。一歩踏み出せば互いに手が届きそうな間合いで、向かい合っていた。クラウンはうっすらと笑みを浮かべて、俺は目を血走らせ、歯を剥き出しにして。豪華絢爛に飾られた城の入り口が、しばし静寂に包まれた。
最初に、張り詰めた空気を打ち破ったのは、流水だった。
クラウンが俺と喋り、気を取られている間に、彼はゆっくりと後方へと回り込んでいた。クラウンの斜め後ろ、完全に死角になった位置から、急降下爆撃を仕掛けた。と、
ぱぁんっ……!
と破裂音がして、水風船が割れたみたいに、突如空中に血飛沫が上がった。クラウンは、俺の方を見たままだった。シルヴィアも。二人とも、何もしていなかった。指ひとつ動かしていない。何もしていないのに、それだけで流水の首が弾け飛んだ。
「う……!」
それが合図になった。頭上から真っ赤なシャワーが降り注ぎ、アルクが悲鳴を上げ、反射的に走り出した。
「……ぅ、ぁぁあああああッ!!」
アルクが絶叫しながらクラウンに突っ込んで行く。突進というにはあまりにも無茶な、衝動的な行動だった。クラウンは今度は、指を小さくパチンと鳴らし、
「あああああ……あ? あ、あぁッ!?」
すると、アルクの体がふわっと宙に浮いた。まるで見えない手で持ち上げられたみたいに、足から吊り下げられる。もう一度、クラウンが指を鳴らした。それでアルクの体は、花火みたいに粉々に吹き飛んだ。足元の絨毯に大量の水分が染み込み、じゅくじゅくと嫌な音を立てて、その色を濃くした。
「そうだなあ。石動君。キミはゲームはするかい?」
「は……」
遠くの方で、何か声がすると思ったが、上手く聞き取れなかった。なんせこの間、数秒も経っていない。たかが瞬きひとつするかしないかの間に、仲間が二人も木っ端微塵にされてしまった。あまりの出来事に、現実感がさっぱり湧いて来なかった。気がつくと、頰に、髪の毛にべったりと赤い血がこびり付いていた。
「たとえばゲームで、レベルが10違う相手だと『こいつは手強そうだ』とか、『こいつには勝てるだろう』とか、相手との力量差がぼんやりとでも分かるだろう?」
俺はまだ、二人が弾け飛んだ空中を睨んでいた。クラウンは気にせず喋り続けた。
「だけどレベルが100でも1000でも違ったら……それはもう、住む世界が違う相手。およそ同じ生き物とは思えない。あまりに手応えがないから、負けることが確定のイベントだと勘違いしちゃう。だけどね、石動君」
クラウンが今度は天井に指を向けた。俺は咄嗟に上を見上げた。いつの間にか、心が兎機兵の脚力を生かして、シャンデリア近くまで跳ね上がっていた。背中にはラマも乗っている。クラウンは次の獲物を狙っていた。
「や、やめ……」
「残念なことに……これはゲームでも何でもないんだ。レベルだとか、バロメーターだとか数値化された基準なんてないんだ。ただの現実だよ。現実では、強い者は気力と体力が続く限り、レベルなんて関係なく無尽蔵に強くなれる……」
鍛えれば、鍛えるほど。
普通なら、命あるものはやがて歳月と共に衰えて行くはずだが、この転生者たちに限ってはそれが無かった。異能を持って生まれ変わり、世界から世界を渡り歩き、いくらでも強く……。
「やめろッ! もうやめてくれッ!」
俺は思わず耳を塞いだ。目を逸らした。これ以上、見てられなかった。塞いだ掌の向こうで、小さな破裂音が聞こえてきた。
「僕は自分の能力に名前を付ける趣味なんてないんだけれど、『無尽蔵』、『無限』……『桁違い』。そうだな、そういったものが、僕の『能力』だと思ってくれれば良い」
主人公にぴったりの能力だろう?
と、クラウンは笑った。限りが無いと書いて『無限』……『無双』。チート。能力者。だけど……。
「ぁあああああああッ!!」
心とラマの血を浴びながら、気がつくと俺も突進していた。
「本当に残念だねえ。これがゲームなら、ゲームオーバーでもあるんだろうけれど」
クラウンが間延びしたように言った。主人公。絶対勝者。桁違い。だけど。
「ああああああああッ!!」
「まだ分からないのかい? 君が、僕に勝てる理由なんて、ただのひとつもないんだ」
だからなんだよ。
俺は。
何回死んでも能力なんて何ひとつもらえなかったけど、
だけどそれでも、
今までお前みたいな奴と、何回も戦ってき……
ぱぁんっ!
と、耳の近くで破裂音がして、目の前が急に真っ暗になった。
「は……!」
そして次の瞬間、俺は、クラウンの目の前に立っていた。
「は……」
まるで夢でも見ていたみたいに。だけど周りを見ても、もう心も流水も、アルクもラマもそばにはいなかった。体も、どういう訳か、元の石動進の体に戻っていた。全身に滝のような汗を掻いている。俺はクラウンを見上げた。全部この男が……やったことなのか。『桁違い』の能力で。
「残念だけど、ゲームオーバーもない」
クラウンはいつの間にか椅子に座っていた。場所も、エントランス・ホールではなく宮殿の奥深くへと移っていた。部屋は広くて、広すぎて薄暗かった。玉座に腰掛け、頬杖をついたクラウンが、遥か高みから俺を見下ろしていた。
「これから君を殺す」
クラウンが退屈そうに言った。隣にはシルヴィアも佇んでいる。
「殺し続ける。何回でも。何度でも。何にでも生まれ変わらせて、その都度君を殺す。神にでも、悪魔にでも、何にでも転生させてあげるよ。そしてその度に、僕の能力でねじ伏せてあげる」
ぱぁんっ!
「君が諦めるまで……いや、諦めてからも、何度でも。王様でも、大統領でも、何なら核ミサイルでも隕石でも良い」
ぱぁんっ!
「僕に『勝てそうだ』と思うものに、生まれ変わってみるが良い。それを僕が殺す」
……気がつくと、俺は死んでいた。
クラウンが指を鳴らす度に、俺は死んでいたようだ。そして死んだら、またクラウンの手によって、あの青の泉で生き返らされた。
何回でも。
何度でも。
何にでも……何百の、何千回の、何万回目の死を通り過ぎた。
ある時、俺は神に生まれ変わっていた。神の能力を手に入れた。そしてクラウンに殺された。
それが八百万続いて、次は悪魔に生まれ変わった。悪魔に魂を売った。そしてクラウンに殺された。
異世界中の、ありとあらゆる悪を経験して、その度に俺は死んだ。
時には痛く、時には苦しく。熱く、寒く、激しく、あっけなく、俺は死んだ。死に続けた。
超人。巨人。動物。王。騎士。戦士。豪族。英傑。暗殺者。格闘家。武士。兵士。召喚士。幽霊。妖怪。魔法使い。宇宙人。
生き物だけでなく、兵器や、惑星に生まれ変わった時もあった。そのままクラウンにぶつかって行って、そして死んだのは俺だった。
超回復。
記憶操作。
全知全能。
ありとあらゆる能力を付与されて、そして屠られた。
時空操作。
運命操作。
精神干渉。能力無効化。即死技。電撃。火炎。地震。津波。氷結。疾風。怪力。超能力。超頭脳。無敵。反射。模倣。洗脳。9次元。猛毒。老化。幼児化。吸収。空間支配。上位互換。
その全てが、底無しの『無限』の前に平伏した。
諦めない心。
誇り。
尊厳。絆。希望。愛。勇気。情。気合い。根性。
それらひとつひとつを、クラウンが丁寧に折って行った。
もうこれ以上、生まれ変わったものはない、そんな気がした。そして俺は……。
「さて次は、なんだい?」
クラウンが欠伸をしながら言った。
「病原菌とか、自然災害、超越した存在……何とかして僕に勝たないと、君はいつまでも……」
クラウンの目の前には、何も写っていない。だけど、俺はそこにいた。
「……なんだ?」
彼が指を鳴らした。しかし、何も起こらなかった。
「一体何が……」
そこで初めて、クラウンが腰をほんのちょっと浮かせ、動揺したような顔をした。彼の目の前には、以前俺は写っていなかった。だけど、俺はそこにいた。その時だった。突然地割れのような音がして、城が揺れた。空は一面の雷雲で覆われ、巨大な暴風雨が、城の周りを覆っていた。
「シルヴィア」
「はい」
クラウンが横にいた『全能』に声をかけた。シルヴィアは『能力』を使おうとして……しかし、不発に終わった。
「どうして……」
「なんだ? 一体何に生まれ変わった?」
シルヴィアが驚いたように目を見開いた。クラウンの表情に、初めて苛立ちのようなものが浮かんだ。俺はというと、これから全宇宙を使ってこの異世界人に総攻撃を仕掛けるために、五感を超えた位置からじっと二人を見つめていた。
世界を変える。
ヒントはクラウンからもらっていた。嬲られて蔑まれて甚振られて、ようやく機会が巡ってきた。
つまり俺は、殺されて殺されて殺され続けて、地球というか宇宙というか、それ以上のものも全部ひっくるめて、この世界そのものに生まれ変わったのだった。
生まれ変わって、世界の法則を変えた。要するに、『能力』の発動しない世界に。




