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主人公は世界を変える

「これでよし、と……」


 ジェット・パックをしっかりと背中に背負って、俺は空を見上げた。東の方から徐々に明るさを取り戻していく夜明け前。ぽっかりと大きな穴が空いたみたいに、黒い影になってそれは浮かんでいた。


 昼間の襲撃からかなりの時間が経っていたが、興奮もあり、それほど疲れは感じなかった。クラウンの根城・空中庭園から視線を切り、俺は周りを見回した。


 兎機兵になった心、生首になった流水。ロードスターに転生したアルクは、『記憶操作』の効果が切れ、体が元通り縮んでいた。かく言う俺も、今はラパンの体に転生してしまっている。ラーマ・ラマが俺たちを見渡して告げた。


「行きましょう。あんまりモタモタしてると、勘付かれるわよ」

 俺たちは頷いた。アルクが空飛ぶボードに飛び乗り、白いラマを抱えた。俺はジェット・パックのスイッチを入れ、薄明かりの空へと舞い上がった。俺の後ろを、心や生首がぴょんぴょんと追ってきた。


 俺は上空からS市を見下ろした。何処もかしこも、原型を留めている場所の方が少なかった。生けるものはほぼほぼ狩り尽くされ、悲鳴らしい悲鳴も最早聞こえて来ない。まるで陽炎みたいに、転生者たちの気分次第であっけなく消えていく命。森の緑も、海の青も、およそ景観にあるべき色彩と言うものが見当たらなかった。代わりに街の至る所で真っ赤な火の手が上がり、黒煙が燻っている。俺も何度か地獄を見てきたが、果たしてこれ以上の惨状に、この先出会えるかと言うのは、正直自信がなかった。


「何とかしなきゃね……」


 後ろで、心がひとり悲痛な声で呟いた。誰も返事をする者はいなかったが、しかし皆想いはひとつだった。


 やがて空の宮殿が近づいてきた。数十分も上へ上へと飛び続けると、雲の間に浮かぶクラウンの城が俺たちを出迎えてくれた。

初めに気が付いたのは、音楽だった。

教会で響くパイプオルガンのような、荘厳な賛美歌が周辺の大気を揺らしていた。それから目が眩むほどの光。艶やかにライトアップされた城が、黄金のように輝きを放っている。加えて、白い羽の生えた子供が……天使がいるとすれば、きっとこんな感じなのだろう……ふわふわと城の周りを漂ってはほほ笑んでいた。あまりに浮世離れした光景に、俺は息を飲んだ。


 警戒しつつ、俺たちは静かに城下の庭園に降り立った。幸い見張りの類はいない。一旦落ち着いて辺りを見渡すと、すぐにその異様さに気付かされた。そこに立つ俺たちは、まるで小人になった気分だった。背丈の何倍もある巨大な花が、競うように空を覆っていた。四方八方、見たこともない極彩色の花々が咲き乱れ、嗅ぐだけで頭の芯が揺さぶられるような、甘ったるい匂いで包まれていた。舗装された石畳の道も、車が何十台も横になって走れるほど広い。心なしか、端々に備え付けられたベンチや噴水も、地上で見るよりは一回りも二回りも大きく見えた。


「ここが……」


 アルク・ロードスターが興味深げに庭園を見渡した。俺は遥か向こうに聳える城を見上げていた。あそこに、クラウンがいる。

「待って!」

 歩き出そうとすると、ラーマ・ラマが鋭く叫んだ。その途端、草むらの陰から巨大な鳥……どう見ても鳥……がヒョコヒョコと飛び出してきて、俺たちの前を横切った。軽く信号機くらいの高さはありそうな鳥だ。羽の生えた胴体に、何故かライオンの頭が乗っかっていた。突然の邂逅(エンカウント)に、全員ギョッとなって、しばらくその場に固まった。


「な……何だ? 今の……」


 幸い怪鳥はこちらには気づかなかったようだ。ようやく口を開いた時には、怪物鳥の姿はもう見えなくなっていた。俺は汗を拭った。


「イムドゥグドだ……」

 生首流水が声を震わせた。

「鷲の体に、獅子の頭を持つ伝説上の怪物」

 別名アンズーとも呼ばれる、最高神を象徴する神獣らしい。

「そんなものが……何でここに?」

「分からないわ。もしかしたらクラウンは、他の異世界中からああいった生き物を集めて回ってるのかもしれないわね」

 ラーマ・ラマが首を捻った。現実にはいないはずの怪物が跋扈する庭園……俺は自然と身震いした。


「と言うことは、もしかしたらドラゴンやケルベロスだって、その辺にいるかもしれないってことか?」

「ねえ、城まで空を飛んで行った方が安全じゃないかしら?」

「待ってよ。空中には空中の、それこそ恐ろしいモンスターが……」

 流水が言い終わるか終わらないかのうちに、俺たちの頭上を、グリフォンの群れが飛び交って行った。


「……行こう」


 俺は全員を見渡し、静かに先を促した。どっちにしろここに居たって、『能力(チート)』が使えない以上、怪物達の朝ご飯になるだけだった。皆が黙って頷き、そろそろと足を踏み出した。


 幸い城まではしっかりと道が作られていて、怪物に襲われるようなことはなかった。しかしその時々で見え隠れする異形の姿に、俺は一々心臓を跳ねさせた。


「あれはバジリスクと言って……あの目を見ちゃダメだ! 即死するから……鏡越しとか、間接的なら石化だけで済む」

「石化って、それで()()()()って言えんのか?」

「あ! あれはフワワだよ」

「まあ。可愛い名前ね」

「その割には凶悪な見た目してんな」

「森を守る巨人だよ。あだ名は『全悪』、『あらゆる悪』。『彼が目を向けた時、それは死を意味する』と言われているんだ」

「えー!? 全然フワワっぽくない」

「何でどいつもこいつも見ただけで相手を殺すんだよ」


 モンスターが顔を出す度に、流水がその恐ろしさを事細かく解説してくれるから最悪だ。ハーピーの踊りを横目に見ながら、セイレーンの歌声を聴きながら、小一時間歩き続けると、しばらくして俺たちは等々城の門の前にまで辿り着いた。


「お帰りなさいませ」

「お帰りなさいませ、ラパン様」

「石動くんのことじゃない?」

「え? ああ……そうか」


 恭しくお辞儀をするオーク達に向かって、俺はちょっと戸惑いながらも軽く頭を下げた。黄金色の、キラキラと輝く巨大な門を潜ると、中は体育館ホールくらいの広さがあった。


 正面に末広がりの階段があり、階段下の両脇には、精巧な龍の銅像が置かれていた。壁際にはそれぞれの部屋に通じているのだろう、何十もの扉が、これでもかと言うくらいずらりと並んでいた。床には真っ赤な絨毯が敷かれ、見上げた天井にはいくつものシャンデリアと、天の川のような星々がちりばめられている。観葉植物や、小さな噴水まであった。俺は思わず息を飲んだ。


「まるで天国だろう?」


 ふと、正面の階段から、人影が現れた。クラウンだった。王冠を被った美麗な少年が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるところだった。その右隣には、シルヴィアが澄ました顔をして寄り添っている。敵の懐に潜り込んだとは言え、いきなりの対面だ。俺たちは身を強張らせた。


「ここを理想郷の第一歩にするつもりなんだよ、僕は」

 階段を下りながら、クラウンは歌うように声を響かせた。

「選ばれし人々、選ばれし神獣のための、楽園に。穏やかで、心地良く、ここでは不快なことは何一つない……気に入ったかい? 石動進君」

「てめ……!」


 澄み切った淡青の、キラキラと輝く瞳が真っ直ぐに俺を見据えた。俺は思わず舌打ちした。バレていた。潜入捜査どころか、ラパンの体に転生していることなど、クラウンにはお見通しだったようだ。


「僕らにも『大義』がある」


 クラウンが階段を下り終えた。


「それはこの世界を……いや、この世界だけじゃない、重なり合う数多の世界をより良いものにしようと言う……崇高なる目的だ。ここに来るまで、僕は色々な世界を渡り歩いて来たよ。美しい世界もあれば、とても直視に耐えられない、酷い世界もあった」

「…………」

「そして思った。どうにかできないだろうか、と。下らない戦争とか、馬鹿馬鹿しい憎しみなんかのために、その世界の『美しいもの』が壊されていくのが、僕には我慢ならなかった」

「…………」

「初めは少しずつ……この城を作り、『美しいもの』や『価値のあるもの』を集めた。少しずつ……僕らは力を蓄えて行った。そうして僕らの手で、彼らを守り、繋ぎ止めていくことが僕らの使命だと、そう思った」


 クラウンが俺の前に立った。彼は微笑を携え、一点の曇りもない目で俺に告げた。


「清く正しい人々が、悪しき者共に踏みにじられるのを、君は『仕方ない』で片付けられるのかい? 僕はごめんだ。僕はこの手で、世界を変えてみせるよ」

「……演説は終わりかよ」

 俺は、ゆっくりと、

「足元をよぉく見てみな。テメェが、無菌室に閉じこもって馬鹿げた夢見てる間に、外は地獄みたいになってんぞ!」

 クラウンを睨みつけた。

「『美しい』方が上だとか、『醜い』方が下だとか」

「…………」

「『価値のあるもの』は生きていいとか、『無価値なもの』は殺していいだとか、なんでテメェが勝手にやって来て、勝手に決めてんだよ?」

「…………」

 今度はクラウンが黙る番だった。

「勉強が出来なきゃ……仕事が出来なきゃ……」

 美しくなきゃ。

 正しくなきゃ。

 善人でなきゃ。

 強くなきゃ。

 面白くなきゃ。

 可愛くなきゃ。

 由緒ある血統でなきゃ。

 能力がなきゃ。

 お金がなきゃ。

 仲間でなきゃ。

 役に立たなきゃ。

 夢がなきゃ。

 明るくなきゃ。

 笑顔でなきゃ。

 楽しくなきゃ。

 理由がなきゃ。

 認められなきゃ。


 〇〇でなきゃ。


「……そうでなきゃダメだ、とか。挙げ句の果てに殺すとか。なんでテメェが、他人の人生に、ああだこうだ指図してんだ!?」

「…………」

「テメェのご大層な『大義』のために、俺の、他の奴らの人生が滅茶苦茶にされていいなんて道理はこれっぽっちもねぇんだ! そんなに誰かを救いたきゃ、自分で汗の一つでもかきやがれ、自分は傷一つ付かず、誰かを救うだなんて、そんな虫のいいことできっこしねえんだよ!!」


 吠えた。クラウンの首根っこでも掴んでやろうかと思ったが、隣で心やアルクたちが必死に俺を制していた。クラウンはしばらく黙って俺を見下ろしていた。長い沈黙の後、クラウンがゆっくりと口を開いた。


「……それができるんだよ、僕は」


 クラウンは両手を開いた。


「何故なら僕は、()()()()()()()()なんだから」

「……そうかい」

 俺も、もう、他に何も言うこともなかった。クラウンを見据え、静かに呟いた。


「……だったら()()()()を、()()()()()()()()」 

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