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主人公は潰れてない

「説明は後だ!」


 濁流に飲み込まれた瞬間、何処からともなくパンダの声が響き渡った。


「詳しくは”アニメ”を見ろ!」

「アニメぇ!?」


 訳も分からず俺は叫んだ。何だ? アニメを見ろとは? 謎のメッセージが聞こえたかと思うと、俺は、見えない何かにぐいっと手を掴まれ、船の上へと引っ張り上げられた。


「ゲホッ……ガハ! あっ……テメーは!?」

「グェヘッヘッヘェ……お客さぁぁぁん!」

 古ぼけた木造の船上で待っていたのは、赤い河童・蕃茄であった。蕃茄のいやらしい嗤い顔が、俺を覗き込んでいた。


「ここで会ったが百年目よッ!」

「こっちのセリフだろ! あんときゃ良くも……」

「黙れ! テメーを無事送り届ければ、パンダ様は鬼っ子の『倍は出す』って言ってんだ! 大人しくおいらに従え!」

「なんてゲンキンなヤツなんだ……」


 どうやらパンダは蕃茄の買収に成功したらしい。散々引っ掻き回されたが、今回だけはこっちの味方のようだ。俺は怒る気力もなくなって、船底へと尻餅をついた。辺りは真っ暗になっていた。船は激しい濁流に乗って、闇の深い方深い方へと進み続けた。


「……で? この船、何処に向かってるんだ?」

「グェッヘッヘェ!」

 蕃茄が一際嬉しそうな声を上げた。

「そりゃあ、目が覚めてからのお楽しみよヨォ」

 ……コイツが喜んでいるのが、妙に癇に障る。

「……ちょっと待ってくれ。俺、考えたんだけどさ。このままクラウンに転生しちゃえば良いんじゃねーの? そしたら……」

「着いたぞ」

「え? は?? あ……!」

「じゃあな〜。あっちの世界でも元気でヤレヨ〜」


 全く心のこもっていない別れの挨拶を告げると、蕃茄は突然、思いっきり俺を船から突き落とした。


「何すんだテメッ……ぎゃあぁッ!?」

「これは石動(テメー)の分ッ!」


 再び濁流の中に落ちた俺を、蕃茄が櫂でぶん殴ってきた。水面に激しく水しぶきが上がる。


「やめろッ! ”俺の分”を、俺に返すんじゃねえッ!」

「これも石動の分、これも、これも石動の分ッ! さっさと成仏しろォ!」

「してるよ!」


 ここはあの世だった。濁流に呑まれ、河童に追い立てられながら(あんなに強く叩かれる必要あったか?)、俺は三度、元の世界へと戻って行った。


 これが最後の転生になるはずだった。これで、三往復分の『通行料』は使い果たした。だからこそ、最後の一回はもっと慎重に使うべき、なはずだ。敵の親玉を乗っ取って、一発逆転……のはずだったのだが。そう、これが俺の最後の転生になるはずだった。それがまさか、クラウンの魔の手によってあんなことになってしまうなんて、この時はまだ、予想もしていなかったのだ。



「ハッ……!」


 ……っと目が覚めると、後頭部が殴られたみたいにやけに痛んだ。眩しさに目を細める。最初に視界に飛び込んできたのは、頭の潰れた俺の死体だった。

「う……!」

 瓦礫の周りには、潰れた生首が散乱していた。強烈な光景と、鼻の奥を擽ぐる鉄の匂いに、思わず顔を顰める。まさか自分の死体を、こんな形で覗き込むことになるなんて……とにかく、ここに俺の死体があるということは、無事元の世界に転生できたのだ。それで、俺が転生したのは……。


 右手に六角ステッキ。

 フリフリのピンクのスカート。

 髪は未だかつてないくらい伸び、ツインテールにまとめてあった。


「……ラパンじゃねーか!」


 水たまりに映った自分の顔を見て、俺は驚愕した。しかし、まさか死んだ瞬間、自分を殺した相手に転生するとは。これじゃ、ちょっとグロテスクな『男女入れ替わりラブ&コメディ』みたいじゃないか。もっとも肝心の俺の体は、すでに頭が潰れている訳だが。


 ふと気になって、俺は六角ステッキを軽く振ってみた。

しかし、何も起こらない。

どうやら転生したからと言って、自由にその人の能力を使えるとは限らないようだ。自動車を買ったからと言って、運転免許や技術まで付いてくる訳ではない、みたいな理屈(もの)だろうか? 少しがっかりしたが、それでも色々弄っているうちに、ラパンが作った数々の機械……飛行用のジェットパックやら空飛ぶ円盤ボードなどは、スイッチを入れれば、誰でも使えるのだと気がついた。


「お兄ちゃん!」


 俺が呆然としていると、向こうから、ロードスターに転生したアルクと、それからラマが駆けつけて来た。


「二人とも急いで! ”アニメ”が始まるわよ!」

「お……おう!」


 訳も分からぬまま、俺たちはラマの背中に乗り、テレビの前へと走った。

 


 アニメは通信装置だった。カラフルな画面には、パンダが写っていた。アニメを通して、あっちの世界からパンダが話し始めた。


『二人とも、無事転生できたようだな』

「クラウンじゃダメだったのか?」

 俺は二次元になったパンダに尋ねた。三頭身くらいにデフォルメされたパンダは、何だか妙に可愛らしかった。二次元パンダは首を振った。


『クラウンは”青い泉”……転生装置を持っているはずだ。仮に彼に転生しても、その後転生され直したら、全くの無駄になる』

「そっか……」

 言われてみれば確かにその通りだ。お互いに転生し返す”上書き合戦”になったら、現状、向こうの方が圧倒的に有利には違いない。やはり、その転生装置とやらをどうにかするしかなさそうだ。


『しかし今回、君たちは彼の仲間……同じ異世界人に転生できた。これを活かさない手はない』

 パンダが厳かに言った。

『良いか、時間がない。よく聞け。これから君たちは、その容姿でクラウンの”空中庭園”に忍び込み、彼から転生装置を取り返してくるんだ』

『ただし、相手に悟られては不味い。気づかれた瞬間、君たちの体に新たに何者かが転生し、意識を上書きされないとも限らない。潜入捜査のようなものだと思ってもらおう』

『何とかクラウンに気づかれずに忍び込め。幸運を祈る』


 それで”アニメ”は終わった。哀愁漂うエンディング=テーマと、場違いなほど明るいCM画面を見つめながら(『あの世に逝くなら、”河童船”がお得!』)、俺はしばらく呆然とその場に突っ立っていた。


 アルクも、ロードスターに転生したものの、その能力(記憶操作)は使えないようだった。おかげで市民に掛かっていた催眠術や、武器人間たちの猛攻は解けた。もっとも、すでに粗方虐殺された後だったが。


「石動くん……」


 俺のそばに、兎機兵がやって来た。心の意識を再構築された兎機兵だ。それに、生首流水。


「人を”生首”って呼ぶのやめてくれよ」

「うわぁっ! 生首がしゃべった!」

「ご覧の通りさ。元通りとはいかないみたいだけどね」


 生首は……いや流水は、やれやれと言った具合に首を捻ってみせた。武器人間たちは、ラパンの『能力(チート)』が解除されても元の姿には戻らなかった。仕方ないのかもしれない。とにかくお互い姿形は変われど、こうして再び集まれたのだった。

「お兄ちゃん……」

「石動くん……」

 後は、アルク。それにラーマ・ラマだ。この3人と1匹と1首で……クラウンの城に向かう。



 街のあちらこちらから黒煙が立ち上り、外は真っ暗だった。しばらく、誰もが無言だった。重たい空気が俺たちを包む。いつ終わるともしれない分厚い夜が、空一面を覆っていた。


「行くっきゃ……ないよな」


 やがて俺はぽつりと呟いた。全員が黙って頷いた。こうして俺たちは、最後の戦いへと向かい始めるのだった。

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