表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/36

主人公は能力がある

 街は凄惨たる有様だった。

 俺が戻って来た時点で、そもそも元通りになどなっていなかったのだ。街は転生者たちに破壊の限りを尽くされていた。立ち並ぶ民家や、平穏無事に暮らす人々の姿は、全て見繕われた幻だった。

『記憶操作』。

 敵の催眠術が解かれ、目の前に現れたのは、いつか見た毒々しい色の培養器(インキュベーター)と荒れ果てた大地だった。夢を見させられていたのだ。俺が寝泊まりしていたのは、敵が用意した檻に過ぎなかった。


 街の人々は、半狂乱に陥っていた。突如襲いかかって来た転生者に、ある者は我が子を抱え泣き叫び、またある者は半裸のまま外に飛び出して……かつて国道※号だった道路は、逃げ惑う人々で溢れかえっていた。紫色に染まった空。所々から立ち上る黒煙。濁った黄色や、澱んだ緑がずらりと並ぶ大地。ドミノ倒しのように人々が重なりあって、街のあちらこちらで、悲痛な叫び声が上がっていた。見るも無残な人間団子を避けて、俺とアルクは、白いラマに乗ってひたすら走った。


『人間狩り』が始まった。


 北の方では、巨大化したロードスターが暴れ回っていた。

怪獣映画さながらに、山の頂上から咆哮を上げ、破壊行為に勤しんだ。もちろん彼に対抗するはずの巨大な変身ヒーローなど、いつまで経ってもやって来やしなかった。太い腕で木々を根っこごと引っこ抜き、投擲しているのが遠くからでも見える。北地区は他の区域に比べ、混乱が少なかった。ロードスターが『記憶操作(チート)』を使ったのだ。この区域に住む人々は無抵抗に、晴れやかな笑顔で敵に殺されていった。きっと自分たちに、輝かしい来世があると信じて。


 東側の空にはシルヴィアが浮いていた。

東側が他のどの地区より一番早く壊滅した。およそ見たこともないようなハリケーンに、分厚い雲からは何本もの雷の槍。さらに、終わることのない地鳴りが継続的に響いてくる。地震と火災と落雷と津波が同時に押し寄せて来たような、そんな光景だった。世界中ほとんどの災害記録が、この日を境に塗り替えられた。『全能』……大地を揺るがし天候を操るその『能力(チート)』は、まさに神の如しであった。


 一方、街の西側全体を担当しているのが、ラパンだ。

そこらじゅうを改造された兎機兵(うさぎへい)や『生首ドローン』が徘徊し、色とりどりの眩い閃光が街を照らすたび、多くの命が失われて行くのだった。顔をマシンガンに変えられた人、心臓を小型爆弾にされた人、両手が火炎放射器になった人……ラパンの能力(チート)『全知』によって、ありとあらゆる兵器に改造された人々が、愛する人をその手で焼き払い、自らの故郷を破壊し続けている。こちらも他の区域に負けず劣らず、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。三人とも、それぞれ担当する区域が決まっているようだった。


 必然、みんな南側へと逃げ走った。そこが最終処刑場だった。残った南の空には、クラウンの『空中庭園』が座し、やって来た人々を待ち構えていた。『宮殿』の下の部分から、まるでUFOみたいな光が断続的に降り注いだかと思うと、誰かが異世界に転生して行くのだった。


「落ち着いてください! 押さないで! 楽に死ねますから!」


 頭上から声が響き渡る。クラウンは『宮殿』の最上階、ベランダになった部分で……まるで国民の声に応える王のように……手のひらを広げて鷹揚に笑っていた。光の柱が、さながら月輪や光背のように夜空に浮かび上がり、その度に地上からは生命の最後の音色が奏でられた。しかし鎮魂歌(レクイエム)、いや狂想曲(カプリチオ)はまだ第一楽章が始まったばかりだった。


 俺たちが北地区にいたのは、不幸中の幸いだったかもしれない。

少なくとも県の東側にいた数十万の住民たちは、ほぼ全滅、およそ89%の人間が、最初の一撃で命を絶った。

悲惨さで言えば西側も変わらない。

西側は改造傀儡(マリオネット)たちの手によって、死んだ方がまだマシとも思える殺戮が、いつ終わるとも知れず繰り広げられていた。南側では問答無用の死の光が煌々と輝いている。では県の外側に逃げられたかと言うと、どうやらそうでもなかったらしい。県境の山々には大量の蜥兵たちが待ち構えていた。なんとか逃げようと車を走らせた人々は、許しを乞う暇もなく、来世は鱗と尻尾を生やす一兵卒に強制された。


 およそ恐れていた中で一番最悪なことが起きた。一方的な大虐殺だ。転生者たちは人々の運命を捻じ曲げ、魂を悪用し、自分たちの私兵や武器へと変えて行ったのだった。


 およそ命が、陽炎のように軽く消えて行く世界。怪獣が暴れ回る北側で、俺たちは瓦礫の下に身を寄せ合い、ひたすら息を潜めていた。なんせロードスターが、動くものを見つけるや否や、たちまち引っこ抜いた大木やそこらの巨岩を投げ込んでくるのだ。俺たちはただ泣き叫ぶ(まと)でしかなかった。


 空が白く光った。人が死んだ。

 海が赤く濁った。人が死んだ。

 大地が黒く染まった。人が死んだ。

 

 状況は限り無く最悪だった。撃たれた部分から、まだ血は流れ続けていたが、不思議と痛みは感じなかった。涙も出ない。恐怖、苦痛……あまりに現実離れした状況に、きっとそう言った感覚が麻痺してしまったのだ。


 代わりに俺の心に浮かんでいたのは、空虚な……ぽっかりと広がる大きな穴だった。穴の向こうに見知った顔が滲んでいた。俺の家族。歩。心。それに、流水。自分が死ぬことよりも、辛いことがこの世にあるなんて……それはある意味幸せなことかも知れないし、残酷なことかも知れなかった。これが絶望と言えるなら、そうなのかも知れない。とにかく悲しむことも、苦しむことすら億劫で、ただ止むことのない悲鳴や絶叫が、どこか遠くの世界の出来事のように感じられていた。


「良い? ……聞いて」

 ラマが喋った。

ラーマが『向こう』の世界から、この白いラマを通じて、声だけ飛ばしていた。深く干渉はできないが、せめてこれくらいは……と何とか取り計らってくれたのだった。とは言え、あまり長く通信し過ぎると今度はラーマの居場所が割られるため、長居はできないのだと言う。


「何かあるはず。きっと奴らを倒す方法があるわ」

「……どんな?」

 俺の隣で、アルクが掠れた声を出した。俺は黙って、ぼんやりと目の前の瓦礫を眺めていた。頭の中はまだ霞みがかって、夢の中にでもいるかのようだった。


 奴らを、倒す?

場違いかと思われるほどのその言葉が、虚しく鼓膜の表面を滑って行った。微かな希望なんてもんじゃない、現実的に不可能だ。『記憶操作』に、『全知』と『全能』、それに彼ら三人を従えるチート能力者。対してこちらは何一つ能力すら与えられていない生身の人間だった。それに生意気な蜥蜴の子と、か細い通信用ラマが一匹。おまけに仲間たちは次々と命を奪われ、挙句武器として改造され敵の手に落ちている。将棋で言えば飛車角金銀に、桂馬と香車も明け渡しているような状態だった。こっちはそもそも王なんていない、ただ敵に取られるのを待つだけの、丸腰の歩兵が身を寄せ合った負け将棋……。


 雨が降って来た。細かい雨が、頭上の瓦礫を伝って頬に滴る。道理で寒気がすると思ったら、恐怖が戻って来ただけではなさそうだ。足元からカエルが這い出て来て、ゆっくりと俺の目の前を横切った。笑おうとして、上手く笑えなかった。駄目だ。どう足掻いても勝てそうにない。やっぱり普通の雑魚(モブ)が、ぶっ壊れ能力者(チーター)に勝つなんて土台無理だったのだ。これならいっそ、クラウンの言う通り転生して人生をやり直した方がマシなのかも知れない……


「……やってみる価値はあるわ」

「え?」

「つまり、あなた達には酷な選択になってしまうけど……」

 ラマが目を伏せた。やってみる? 一体何をだ? この状況で、自分にできることなどあるのだろうか……?

「見つけたぜぇ〜……!」

 その時だった。

 ラマが口を開きかけた瞬間、瓦礫の向こうから、低い嗤い声が聞こえて来た。ロードスターだった。ガララ、と音を立てて天井が取り外された。見上げると、鍋の中の具材を見つめる料理人のように、巨きなロードスターのニヤケ顔が俺たちを覗き込んでいた。ラーマが慌てて通信を切った。さらに、

「到ちゃ〜く!」

 反対側に、ラパンの得意げな顔が、兎機兵(心ショットガン)の上に乗って跳んで来た。俺たちの周りを、たちまち沢山の『生首』たちが取り囲む。万事休す。絶体絶命。崖っぷちの八方塞がりだ。両側を転生者で挟まれ、俺たちは息を飲んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ