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主人公は折れない

 放送はそこで途切れた。


 ブツン……ッ、と何かが切れる音がして、それまでだった。


 突然現れた『空中庭園』により、裏山はすっぽりと巨大な影に覆われてしまった。雑音(ノイズ)交じりの、クラウンの声が、内臓をガクガクと揺らしながら両耳を聾した。おそらくS市全体に響き渡るように拡張されているのだろう。俺のすぐそばで、アルクや流水が、顔を歪ませながらその場に跪いていた。その様子を、上空から三人の転生者、ラパン、シルヴィア、そして巨大化したロードスターが覗き込んでいた。


 ニヤニヤと。まるで虫けらでも見るかのように。いや、相手を生き物だとも認識していない、ただの人形か、架空の物語(フィクション)登場人物(キャラクター)だとでも思っているかのように。


 この物語はフィクションです。

 実際の人物や団体などとは一切関係がありません。架空の世界の出来事です。まかり間違っても現実の世界と混同してはいけません……でも、じゃあ、曲がりなりにもその世界の中で生きている、この俺は?


 俺は、目の前に散らばった肉片を見つめながら、ただぼんやりとその『政見放送』を聞いていた。何も頭に入って来ない。ただ地面に流れた真っ赤な血を眺めていた。赤い、水たまりのような、川のような、下へ下へと流れ続ける、心の血……もう元に戻ることのない、人だった液体……。


 鋭い風が、吹き下ろすように俺の顔を打ち付けた。暗がりの中で、俺は上空を見上げた。


 三人の異世界転生者。

 銀髪のシルヴィアは、あの日、自分が初めて死んだ日と同じように凛として佇んでいた。巨大化したロードスターは、身体中にブツブツと棘を生やし、今じゃ出来の悪いB級映画のクリーチャーみたいな姿になっていた。そして初めて出会うラパン、ピンク色の髪をした小柄な少女は、両手に大きなバズーカ砲のようなものを構えている。


 俺の視線は、吸い込まれるようにその武器に、先端に飾られた頭蓋骨に向けられた。


 鼓膜の奥で、集まった虫の群れが羽ばたくように、先ほどのクラウンの声が木霊する。


『人間狩り』……『養分人間』……『武器化』……武器の名前は、『歩スペシャル』……。


「……うわぁあああああああッ!?」


 何処かで叫び声が聞こえた。それが自分の声だと分かるまでに、数秒かかった。


「伏せろッ!」


 また何処かで声がした。

 ラパンが、『歩スペシャル』をぶっ放したのだ。

 あっという間もなく視界が真っ白に染まる。弟の成れの果て(歩スペシャル)は、口から閃光を吐き出し、激しい咆哮を上げて周囲の木々を薙ぎ倒した。気がつくと、俺は地面に突っ伏していた。呆然としている俺の足を、アルクがすんでのところで引っ張ったのだ。後数センチの差で、高熱のエネルギー弾は俺の頭の上を掠めて行った。


「ん〜! 惜しいぃ〜!」


 上空でラパンが大げさに悔しがった。


「後ちょっとだったのにぃ。やっぱり()()のいい『養分』は、弾の勢いが違うわぁ」


 ケラケラと、甲高い、耳につくような笑い声だった。その隣で、ロードスターが顔を歪ませた。ちょうど巨大化した彼の右耳の横付近に、二人の女性異世界人が浮いていた。


「何しに来たんだよ。ここは俺の担当だったろ!」

 腹の底に響くようなロードスターの低い声が、地面にも降り注ぐ。

「アンタが手間取ってるから、ヘルプに来たんじゃないのォ」

 ラパンが目を細めた。

「はーヤダヤダ。大体『記憶操作』なんて、やることがいちいち陰湿なのよ。そんなメンドーなことしなくたって、ボカーンとやっちゃえば良いじゃない、ボカーンと!」

「うるせぇ! ノータリンのマッドサイエンティストがよ。バカみてえに仲間同士で殺しあってんのを眺めるのが、愉しいんだろうが。それにわざわざ殺してたら、『武器化』の時に集めるのが大変だろ、肉片(パーツ)

「へーきよォ。私の『全知(チート)』があれば」


 ラパンがニンマリと嗤った。とっ、と小さな音を立てて、小柄な少女が地面へと降りてくる。俺の目の前で、淡いピンクのフリフリのドレスが、風に乗ってふわりと揺れた。


「あ……ぁ……!?」


 襲ってくる。

 心臓が跳ね上がった。しかしラパンは、俺たちを見向きもしなかった。代わりに、地べたにこびり付いた肉片を見下ろし、それから何処からともなく長いステッキのようなものを取り出した。先端が六角レンチのような形をしている、奇妙なステッキだった。


「粉々になったキャワイイ子羊ちゃんも、ほぉらこの通り……」


 ラパンが地面に向けてステッキを振った。

「あ……!?」

 すると、俺たちの目の前で肉片がピクピクと蠢き始めた。立体ジグソーパズルのように、細かく砕けた心の骨や内臓が宙に舞い、グチャグチャとでたらめに組み立てられていく。唖然とした。まるで魔法だ。やがて肉片は塊を作り、人の顔をした固形物になった。


「心……?」

「流水、くん……」


 喋った。二足歩行の羊……いや(ラパン)だろうか? 

 長いツノのような、耳のようなものをつけた、全身に白い毛の生えた怪物がそこに立っていた。俺は息を飲んだ。出来上がった化物の顔は、少し継ぎ目が目立ち、赤黒く変色していたが、紛れもなく心の顔をしていた。ラパンの『全知(チート)』により、心だった肉塊が、歪な怪物(フランケンシュタイン)へと生まれ変わったのだ。


「……ケッサク! どう!? 古今東西、森羅万象を網羅する知能! 私に作れないものは無いのよ!」


 ゾッとした。胃の奥から酸っぱいものがこみ上げて来て、俺は思わずその場で吐いた。これが悪夢じゃなかったら、何を悪夢と呼べばいいのだろう。弟の歩だけでなく、心まで、目の前で『殺人兵器』に変えられてしまったのだ。


 涙は出なかった。その代わり、喉を締め付けたような奇声が何処からともなく聞こえて来て、後からそれが自分の悲鳴なのだと気が付いた。


「石動……くん……」

「今回はぁ、彼女の生前の意識を完全再現してみました。きゃーこわ〜い。起きたら自分の体が、人殺しの道具になってるなんてぇ!」

「こ、心なのか……?」

 目の前の白い怪物の目に、その赤黒い顔に、じんわりと涙が浮かんだ。

「自我を保ったまま体が言うことを聞かずぅ、自分の愛する人たちを傷つけていくのってぇ、はぁぁあ〜、一体どんな気分な・の・か・し・ら?」

「逃」

「やっちまいなァ!!」


 心が何か言おうとしたその瞬間、ラパンが俺たちを指差して叫んだ。すると、心の顔が上下左右、ぱっくり四つに開いた。一瞬、俺の思考は止まった。頭の中が真っ白になった。初めは何が起きたのか分からなかった。まるで花の開花を見ているようだ、と思った。

()()()()()()()

その奥からにゅっ! とショットガンの先端が現れた。

「ひッ……!?」

 ギョッとした。さらに彼女の両手は、巨大な出刃包丁に変わり、闇雲に振り回しながらこちらに近づいて来る。『武器人間』……


「うあ……!?」

「撃てぇ! 『心ショットガン』!!」


 轟音が大気を揺るがす。

 激痛が身体中を電気のように駆け巡り、視界がブラックアウトする。


 俺に当たったのは三発。


 右の脇腹をかすめたのが一発。

 右肩に食い込んだのが一発。

 そして俺の左耳を、耳ごと持って行ったのが一発だった。


 致命傷に至らなかったのは、ほとんど奇跡に近かった。怪物に生まれ変わった心は、足を怪我していた。俺が放った矢が効いていたのだ。それで急所を外した。あるいは……自我を持っていたおかげで、彼女自身が必死に顔を背けて、致命傷を避けてくれたのかも知れなかった。そう思いたい。だけどそれを確認する術は、今はもう無い。


 残りの欠片は、いつの間にか俺の正面にいた流水がもろに浴びていた。


 俺が目を開くと、血だらけになった流水が、胸元に刀を構え、心の鋭利な両手(出刃包丁)とせめぎあっていた。


「流水……!」

「行け……ここは、急いで」

「でも、お前……」

「早く!」


 流水が叫んだ。おそらくその時点で、彼はすでに自分が助からないことを知っていた。流水も足を怪我していた。残りの力を振り絞って、歯を食いしばって襲ってくる『心ショットガン』を足止めしていた。


 ふと草むらから小さな影がこちらに突進して来た。

 ラマだった。 

 ラーマ・ラマだ。俺たちをつけて来たのか……

「乗って!」

 ラマが喋った。ラマの口から出て来たのは、あのラーマの声だった。ラマは地べたに転がっていた俺たちを咥え、半ば強引に背中に乗せた。


 俺と、アルクだ。

 

 流水は、まだ『心ショットガン』と(つば)迫り合っていた。


「きゃー! ぎゃ〜! かっこいい! 仲間を逃がすため、自分が盾になるつもり!?」


 ラマが全力疾走で山を駆け下りて行く。後ろの方で、ラパンが嗤った。


「すご〜い、こんな逸材が残っていたなんて。ねぇねぇアナタ、私たちの仲間にならな〜い!? 大・天・才のこの私が、アナタの内臓から足の裏から何からナニまで全身武器にしたげるからぁ、一緒に人狩り行きましょうよぉ〜」

「……お断りだ!」


 俺は後ろを振り返った。流水の背中が見えた。彼は最後まで折れなかった。『心ショットガン』は、顔を四つに開いたまま、ゆっくりと銃口を流水へと向けた。


「流水くん! 逃ゲて! お願い、逃げ……」

「心! 今助ける!」

「そっかぁ。じゃあアナタも……」

 ラパンが気怠そうにステッキを振るい、出来立ての(しもべ)に命令を下す。

「流水クん!」

「ここ……」

 破裂音がした。

「……武器になろっか?」

 それから、ラパンの甲高い嗤い声が。ロードスターの雄叫びや、シルヴィアの冷たい視線が、背中を追って飛んで来た。


 俺は、俺とアルクは、ラマに乗せられ一目散に山を駆け下りた。


 数時間後。


 俺たちは、瓦礫の影に身を潜めていた。


 空は暗かった。もう夜中だが、星は見えない。上空にはクラウンの『宮殿』が浮かぶ。それからたくさんの、ドローンに似た生首が……空中を飛び交い、俺たちを探して目を光らせていた。無表情で列を作る、『生首ドローン隊』の中には、あの指宿流水の顔もあった。

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