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主人公は的じゃない

 後々振り返ってみると、明らかに「何かがおかしい」ことに気がつく。

そんなことが結構ある。

「どう考えても矛盾している」、「冷静に考えると間違っている」と言ったもの。

だけど大体そういうものに限って、現在進行形(リアルタイム)でその中にいると、本質や全貌が見えにくい。その当時は中々、矛盾点に気がつかないことが多いのだ。


 例えば、俺は子供の頃、「果物の種」を飲み込むとお腹の中でその果物が育つと信じていた。本当に小さい頃の話だ。お腹の中で、飲み込んだ「スイカの種」が育ち、やがて突き破って出てくるとか……別に、誰だって一度は考えるんじゃないかと思う。今考えると笑い話だが、その当時は真剣に悩んでいるのだ。それが「普通」になっているのである。


 明らかにおかしい。だけど本人はそうだと信じている。


 例えば、部活中に水を飲んではいけない、とか。

 例えば、4時44分になると学校の時計が止まる、とか。


 例えば、三途の河には河童が住んでいるとか、例えば、鬼は人間を食べても良い、とか。



「ぎゃああああっ!?」

「待てコラァッ!!」


 後ろから、俺の身長の二倍はあろうかと言う巨大な岩が飛んで来た。追って来た鬼が投げ飛ばしたのだ。岩は俺たちのすぐ上をかすめて、前方の地面に突き刺さり、障害物となってそのまま道を塞いだ。ひゅっ、と息を飲む音が隣から聞こえて来た。アルクだ。脳ミソを巨大な手で掴まれたかのように、思考が一瞬硬直し、その後ドバドバとアドレナリンが放出される。


「っぶね!?」

「うわっ……うわああ!?」


 さっきからこの調子である。ラーマにこっそり逃してもらったところまでは良かったのだが、その後、運悪く徘徊する鬼に見つかってしまった。


 ぎゃあぎゃあと泣き叫ぶ俺たちが「当てにならない」と判断したのか、ラーマ・ラマはくるりと方向転換して、騎主の命令もなく勝手に地獄を突き進み始めた。俺とアルクは、必死になってラマにしがみついていた。


 振り向いたその先。

闇雲に逃げ回っているうちに、辺りは再び夜中のように真っ暗になっていた。

後方には、まるで山……のように大きな鬼が、二匹、三匹……いや優に二桁は下らない数で、ずらりと並んで立っている。

俺は見上げるだけで首が痛くなって来た。

まるで象と蟻、月とすっぽん、鬼と河童である。遥か上空にある鬼の顔は、紫がかった霧に覆われていて、よく見えない。だけど決して友好的でないことは確かだ。鬼の誰しもが、丸太のような腕で武器を担ぎ、投げ、俺たちを輪投げゲームの(まと)か何かと勘違いしていた。


「死んじゃう!」


 目を覚ましたアルクが、隣で泣き叫んだ。もうちょっと早く目覚めていれば、天国が見られたのに。今じゃ目の前に広がっているのは、いつもと変わらない地獄の光景だ。ざまあみろ。いや違う。


「待て! ここはもうあの世だ。きっとこれ以上死ぬことはない!」

「じゃあどうなるの?」

「分からん。もしかしたら、もっと酷いことになるかも……」 


 俺は自信無さげに顔をしかめた。鬼たちがジリジリとにじり寄ってくる。囲まれた。後ろの道は塞がれている。どう考えても、状況は芳しくなかった。地獄の底で鬼に食われて、それで「めでたしめでたし」にはなりそうもない。


「とにかく、逃げろ!」

「大人しく食われろォ! ガキども!!」

「テメェー、この河童野郎! 裏切ったな!?」


 何処からか聞き馴染みのある声が聞こえて来て、俺は闇の中に目を泳がせた。見ると、中くらいの、比較的小さな部類の(と言っても軽くマンションくらいの高さはあるが)鬼の肩に乗っていた蕃茄(ばんか)が、逃げ惑う俺たちを指差してニヤニヤと嗤っていた。まさに鬼の威をかる河童ではないか。蕃茄が叫んだ。


「ハッハァー!! 此処は地獄なんだヨォッ! 裏切るも何も、誰も表向いて歩いちゃいねぇのサ!! 姑息も! 卑怯も! 不道徳も! 此処じゃ全部褒め言葉だゼ!!」


 ぶおおおおおお、と船の汽笛のような音が響き渡り、それ以上蕃茄が何を言っているのか聞き取れなかった。鬼が一斉に雄叫びを上げたのだ。ビリビリと大気が震える。咆哮(それ)だけで一つの攻撃みたいだ。心臓を直に叩かれたかのような凄まじさに、俺は思わず身構え、耳を塞いだ。


 ふと、暗闇の中でさらに濃い影が、俺たちの頭上を覆った。気がつくと、上に巨大な足があった。鬼の一匹が足を振り上げ、俺たちを踏みつぶそうとしていたのだ。


「ま……待った!!」

「待ったナシ!!」

「きゃあああっ!?」


 ずしん!


 と、間一髪、さっきまで俺たちがいた地面に巨大なクレーターが出来上がった。そのほんの一瞬、夢の二次元・平面図になるギリギリ一歩手前で、ラーマ・ラマが素早く跳躍した。


 ずしん、ずしん!


 足元ですばしっこく逃げる俺たちを目掛け、鬼が何度も足踏みを始めた。

その度に地面はグラグラと揺れ、俺たちは何とか振り落とされまいとラーマ・ラマの首根っこにしがみ付いた。そういえば昔小学校の校庭に、「地球儀」と呼ばれる不穏な物体があった。鉄で出来た球体の遊具なのだが、休み時間になると生徒たちは「地球儀」に捕まり、物理学に想いを馳せ、ぐるぐると遠心力を嗜むのだった。


 今、ふと、何故かそれを思い出した。そんな感じだ!


「頼んだぞ、ラーマ!」


 ラーマ・ラマはぶるんっ! と鼻息を鳴らすと、鬼の足踏み攻撃を見事に避け続けた。

ちょこまかと逃げ続ける俺たちに、鬼も苛立ちを隠し切れず、容赦なくその場で飛び跳ね始めた。真っ平らだった足元は、たちまち隕石でも降って来たかのように穴だらけになった。

「あっちだ!」

 だけどそのおかげで地面に起伏ができ、死角が生まれ、俺たちは辛くも追ってくる鬼から逃げ果せることができた。図体がデカイ分、鬼も足元が疎かになっていたようだ。少しでも判断を間違えれば、ぺしゃんこになってしまうところを、ラーマ・ラマが上手く避けてくれた。


「ありがとな」


 ようやく辺りが静かになった頃、俺はそっと遠心力の申し子(ラーマ・ラマ)の首筋を撫でた。いくら子供とはいえ、人間二人(一人は蜥蜴だが)を乗せて飛び回るなんて、やはり普通のラマではない。ラマは嬉しそうに(そう見えるだけかもしれないが)鼻をぶるん! と鳴らし、やがて暗闇の中をゆっくりと闊歩し始めた。


 それから、どれくらい歩いただろうか。かなり長い道のりだったと思う。緊張感から解放された俺は、気がつくと眠りこけていた。目を覚ますと、周りは明るさを取り戻していた。


「ここは……」


 俺は目をこすった。首を回し、辺りを窺う。ラーマと出逢った場所……とも違った。どうやら地獄ではない。生け垣、電信柱、瓦屋根。遠く向こうには、高層ビルが見える。


 ここは……元の世界だ! どうやら逃げ切った。『通行料』を払い、無事にまた戻って来たのだ。良かった。ホッとしたのもつかの間、俺はある異変に気がついた。


 俺は今、神社にいた。生前、俺が心にフラれたあの神社だ。境内には社があり、鳥居が立ち、特に変わった様子はない。俺は立ちくらみにも似た、奇妙な違和感に襲われていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「戻ってる……?」


 頭上でセミが鳴いていた。木漏れ日の下で、俺は首をひねった。


 錆びついたフェンスの向こうに、見慣れた住宅が立ち並んでいた。道を歩いているのは、買い物をする主婦だ。金属バットを片手に、自転車で駆けていく子供たち。時々、笑い声まで聞こえてくる。


 穏やかな景色だ。平和そのものだった。

 おかしい。

 街が、壊れていない。


 俺は眉をひそめた。前回戻った時は、気味の悪い毒幼虫みたいな建物が所狭しと並んでいた。家やビルは破壊され、あちこちに被害の痕が残っていたのだが……今は何もかも、


 まるで何もなかったかのように、平穏無事な光景が広がっている。


 空を見上げた。青空が眩しかった。前回あれほど主張の激しかった、転生者たちの巨大空中庭園も、どこにも見当たらない。白い入道雲が、のんきな顔で、ゆったりと風に流されていくばかりだ。


「どうなってんだ……?」


 俺は狐に抓まれたような気分だった。クラウンたちは? 転生者の襲撃は? あれは、夢でも見ていたのだろうか?


「石動くん!」


 ふと名前を呼ばれ、俺は驚いて振り返った。鳥居のところに、見慣れた顔が立っていた。


「心! 流水!」


 生きてたのか! 俺は嬉しくなって、慌てて立ち上がった。


「良かった……無事で……!」

「無事?」

「何言ってんの?」


 急いで駆け寄ると、二人は首をかしげた。俺は思わず立ち止まった。俺はもう、視界を滲ませ、思わず抱きつかんばかりの勢いだったが……どうも二人のテンションとはかなりの落差があった。()()()()()()()。だってあの時、俺たちは拠点にいて、俺とアルクが撃たれて、ディンゴの襲撃にあって、それで……。


 前回、二人はレジスタンスをしていた。確かそうだ。それで、敵の襲撃に遭い、命からがら助かったんじゃないのか? それに俺は、無事に地獄から、生きて帰ってこれたんじゃ??


「それよりも、はい」

「え?」


 戸惑う俺に、心が巨大な草刈り鎌のようなものを手渡した。ずっしりと重い。まるで死神の鎌だ。陽の光を浴びた刃先がギラリと銀色に輝く。その時点でようやく、俺はアルクやラマと、いつの間にか逸れていることに気がついた。俺は不安になって心を見つめた。目の前にたった心が、にっこりほほ笑んだ。あの頃(レジスタンスの時)みたいに、眉間に皺も寄っていない。いつもの心だった。


「石動くんも一緒に行くでしょ? ()()()()

「え……?」



 ……後々振り返ってみると、明らかに「何かがおかしい」ことにすぐ気がつく。

そんなことが結構ある。

「どう考えても矛盾している」、「冷静に考えると間違っている」と言ったもの。

だけど大体そういうものに限って、その当時は中々、矛盾点に気がつかないことが多い。


 それが「普通」になっているのである。


 後になって判明するのだが、俺が戻って来た世界は、厳密には元の世界ではなかった。慣れ親しんだ世界とは別の、何かが……おかしな世界。


 例えば、転生者の襲撃を、何故かみんな忘れていたり。

 例えば、街に二足歩行の野良蜥蜴が溢れていたり。

 例えば、人間がその蜥蜴を狩るのが、「普通」になっていたり。


 明らかにおかしい。だけど本人は、周りはみんなそうだと信じている。


「『普通』が一番怖いンだよ」


 そう言ったのは……誰だったか。俺はその言葉の意味を、この常識の捻れた世界で、嫌と言うほど思い知ることになる。

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