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主人公は迷わない

 それから数日が経った。


 『対抗勢力(レジスタンス)』に保護されてから、俺は斥候班の下部組織、『捜索隊』なるものに所属し、彼らの手伝いをしていた。『捜索隊』の仕事は主に二つだ。一つは、蜥兵たちが襲った場所に出向き、生き残った人々を出来るだけ保護すること。


 『二年後の世界』では、人々は空中都市でクラウン達に従って暮らすか、培養器(インキュベーター)の中で養人(エサ)として育てられるかしていた。誰もが転生者達のチート能力に恐れをなしているのか、抵抗出来ないよう洗脳でもされているのか、自ら逃げ出そうとする人はそう多くない。それでもたまに、彼らの『()()』の支配から抜け出す者もいる。県境を封鎖され、県外の様子は残念ながら分からないが、外から迷い込んで来た者もいる。『捜索隊』はそんな彼らを保護し、匿うために動いていた。ちょうど俺が流水や心に助けられたように。


 『捜索隊』に所属してから、俺は弓の使い方を習い始めた。とは言え、直接の戦闘を行うのはまた別の部隊だ。『戦闘』に特化した精鋭部隊が、また別にあるのだと言う。何の折だったか、俺は一度だけ、迷彩服を着た彼らを『拠点(アジト)』で見かけたことがある。土泥(どでい)に塗れた肌に、瞬きの少ない血走った目。一糸乱れぬ挙動で行進するその姿は、まさに軍隊のようであり、何となく近寄り難い雰囲気を醸し出していた。


 偶発的な戦闘を除き、斥候班が、こちらから蜥兵に仕掛けていくことはない。それは『対抗勢力(レジスタンス)』の人数が、まだ圧倒的に少ないからだった。ましてや相手はチート能力者だ。真正面からぶつかれば、こちらの敗北は免れない。それを聞いて、俺は内心ホッとしていた。いくらトカゲの姿をしているからと言って、実際に生きて動く標的に向かって、弓を引ける自信などなかった。


「だって、あっちは私たちの命なんて、何とも思っちゃいないのよ」


 いつか心と、そのことで口論になった時がある。たまたま食堂で一緒になり、俺たちは隣同士で食事を取った。同じ斥候班とはいえ、所属する部隊がそれぞれ違い、心とも中々会えなくなっていた。だから俺にとっては、その瞬間は至福の時間になる、はずだった。実際俺は浮き足立っていた。


「相手が殺気立ってるってのに、無抵抗で殺される訳にはいかないでしょう?」


 だが心は違った。彼女は、荒んでいた。その言い方には、二年前の彼女には決してなかった、憎しみや、度重なる抗争への疲れ、そしてどうしようもない諦念の色が混じっていた。俺は押し黙った。()()()()()()で、狼男(パンダ)に言われた話を思い出していた。まだ流水にも心にも、誰にも言い出せずにいることだった。


 つまり、蜥兵の正体はS市の市民、自分たちの家族や友人であるかもしれない、と言う話だ。


 もしそれが事実なら……戦っていること自体がとんでもない間違いであり、二年後のこの世界は、非常に恐ろしい事態になっている。俺たちは知らず識らずのうちに、

仲間同士で殺し合い

をさせられているのだ。もし、俺に槍を突き立てて来た蜥兵が、転生させられた自分の父親だったら……俺はその時、素直に弓を引けるだろうか?


 正直、中々伝えられずにいた。


 『対抗勢力(レジスタンス)』の『拠点(アジト)』では、昼間は『戦績』として”今朝は蜥兵を何体殺した”と報告があり、その度に食堂は歓声に包まれた。みんなが手を叩き合って喜んでいるので、俺もそれに習った。だってそうする以外に、俺に何が出来ただろう? 

 夜は夜で生存者達が酒に溺れ、管を巻き、転生者への恨みつらみを募らせていた。そんな状況の中、”貴方が今日殺したのは、貴方が助けようとしたお子さんの変わり果てた姿ですよ”……なんて、間違っても口に出来る雰囲気ではなかった。


 それに、事実かどうかもまだ分からない。あくまで『転生』であって、彼らは死んだ訳ではない。何なら、死ぬよりなおさら酷い。殺された蜥兵はあっちの世界で『通行料』を払い、元の人間性を拭い捨て、そしてまた強靭な兵士として戻ってくるのだ。まるでゾンビ映画の中にでも迷い込んだ気分だ。俺は吐きそうになった。


 転生者(クラウン)達を何とか追い詰め、転生させる装置やら機械を研究すれば、みんなを助ける手段もきっと見つかるはず……俺は自分にそう言い聞かせた。それで、何も考えずに只管弓の練習に明け暮れた。そうでもしなければ、気が狂ってしまいそうだった。しかし、そうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎ去っていくのだった。そして今日も食堂に、先の部隊から『吉報(戦績)』が届けられる。


「やっぱり()られる前に、()らなくっちゃ」


 拍手喝采の中、隣で心が笑った。俺は心のことが好きだったが、その草臥(くたび)れた笑い方だけは、どうにも好きになれなかった。



 弟も、家族も見つからないまま、また数日が経った。『捜索隊』のもう一つの仕事は、地上で蜥兵の過ごした跡を探し出し、彼らの残した異世界の『技術』を回収することだった。そっちの仕事の方が俺は好きだったし、集中できた。荒地に踏み入り、熱風に身を焦がしながら、俺たちは時間が許す限り周囲を捜索し続けた。


 不意に草木の陰に、見慣れない貴金属を見つけたりすると、俺の胸は踊った。『携帯式個人用潜空艦』や『五次元体復元装置』など、見たこともない機械やへんてこりんな道具を手にするのは楽しかった。俺たちが住んでいた地球とは、比べ物にならないほど発展した技術だ。


 これほどまでに素晴らしい技術を持ちながら、さらにチート能力なんて誰もが羨む超能力の類を持って、何故わざわざ別の世界に攻め入らなければならないのだろう。俺にはよく分からなかった。やっぱり資源の枯渇とか、生物としての生存本能、あるいは残虐性みたいなことなんだろうか? だったら何て陳腐な理由なんだろう。


 毎週のTV中継を見る限り、彼らは自分たちが善い行いをしていると、そう信じて疑っていないようだった。建物や家を潰して周り、街を焼き、人々を捉え培養し自分たちは遥けき空中庭園から高みの見物を決め込む……なるほど、彼らにしてみれば、俺たちは迷える子羊か何かに見えているに違いない。『残念ながら次元の低い彼らには、何も見えてはいない。自分たちと同じ高尚な考えを持っていない。だから我々が救ってやろう』と、そういう考えなのだろう。もう一度言う。だったら何て陳腐な理由なんだろう。 


 あるいはTV中継(パフォーマンス)などは単なる()()()()で、本当の目的が別にあるのかもしれない。何れにせよ、これ以上手をこまねいて見ている訳にもいかない。かと言って俺なんかに、蜥兵を『殺す』決心などつくはずもなかったが……。


「おい、大変だ!」


 そんな時だった。捜索隊のメンバーの一人が、草むらの向こうで切迫した声を上げた。ちょうど太陽は中天を過ぎ、そろそろ夕立でも来そうな時間帯だった。メンバーの一人、40代の奈良原さんが見つけたのは、それまでの捜索では見つからなかった、非常に珍しいものだった。


 そしてそれが、俺たちの運命をこれから大きく変えることになる。


「これは……」

 集まってきた捜索隊の、誰もが息を飲んだ。


「蜥兵の……子供?」


 草むらの陰に倒れていたのは、蜥蜴の子供だった。俺は生唾を飲み込み、マジマジとその子を眺めた。

 間違いない。爬虫類特有の鋭い瞳に、爪先、半透明の鱗、くるりと曲がったしっぽ。体長は60センチくらいだろうか。顔つきの幼さからして、人間にしたら、きっと5歳とか6歳とかそのくらいだろう。まだ色づいていない半透明のその姿は、脱皮直後の蝉や海老を思わせた。地球に元々いたような明らかに蜥蜴とは違い、その子供はちゃんと衣服を着ていた。

ただし鎧ではない。

普通の人間の子供が着るのと同じような洋服だ。蜥蜴の子は、まだ色も付かないその半透明の鱗に、玉のような汗を浮かべていた。苦しそうに目を閉じ、赤く長い舌がだらんと飛び出している。こちらに気づく様子もなく、全身が小刻みに震えていた。


「熱中症だ」


 誰かが呟いた。俺たちは顔を見合わせた。ひとまず『拠点』に連れて帰ろうということになって、苦しそうな蜥蜴の子供を担ぎ、俺たちは『反重力バイク』に跨った。


 錆びた鉄線、光る水面に、それから白い入道雲。


 帰り道、誰も何も言わなかった。俺は、得体の知れない胸騒ぎを覚えていた。偶然発見した蜥蜴の子……何だか、『対抗勢力』にとっていけないものを見つけてしまったような……これから何か不穏なことが起きるんじゃないかと、そんな予感めいたものが胸を渦巻いていた。それは他の面々も同じだったんだと思う。だから誰も何も言わなかった。そしてその予感は的中した。


「殺そう」


 『拠点』に帰り着き、保護してきた蜥蜴の子供を見るなり、指宿流水は皆の前で冷たくそう言い放った。


「殺さなくては。その子が大きくなれば、いずれ僕らの敵になって命を奪いに来るだろう」

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