主人公は宣言する
どうやらこの世界の主人公は、俺じゃないらしい。
石動進は中学に上がる際、それを嫌と言うほど思い知らされた。
小学校にいるうちは、時間はえらくのんびりと流れていた。早く次の学年に行きたい、大人になりたいと願っても、一年三六五日、お正月から大みそかまでぎっしりと詰め込まれた記念日は、いつまで経っても先に進んでいる感じがしなかった。
「進は、進の道を行きなさい。いいかい、自分の幸せは、自分以外の誰かが決めるもんじゃない。自分の人生を生きるんだよ」
父さんはいつもそう言って、泥んこで帰って来る俺の頭を撫でてくれた。
父さんは県庁勤めの役人だったが、俺に一度も「勉強しなさい」などと怒ることはなかった。それは母さんも同じで、むしろ「子供は外で遊んできなさい!」と言う口癖が、今でも思い出される。そうやって追い立てられる度、俺と、それから弟の歩は笑いながらランドセルを投げ捨て、近くの公園やら神社に走り出して行くのだった。……家族のことを思い出すと、今でも胸が痛い。
温かい家族、分かり合える友達。遊んでも遊びきれないほどの時間に空間、眼に映る全てが新鮮な、胸が高鳴る未知の数々……子供の頃、世界はまだ自分のものだった。
それが、中学に上がった頃だっただろうか。
まるで誰かが『早送り』のボタンを押したみたいに、時間の流れは一気に加速した。新しい制服、新しい学校。見知らぬ建物、今まで使ってなかった通学路。入学式では他の小学校から知らない顔がどっと押し寄せてきて、まだ馴染めない教室で、俺はこれから歩く未来への期待よりも、不安で胸が押し潰されそうだった。
だから心にあんな態度を取ってしまった訳じゃないが……いや、認めよう。俺は確かに、一人取り残された寂しさを、そのまま心にぶつけてしまった。自分だけ他の、私立の中学に進学していなくなってしまった彼女のことを、『狡い』とさえ思っていたのだ。そして俺は時を待たず、心と喧嘩別れしてしまったことを、一生後悔することになる。
どうやら世界には、俺と同じような奴がうじゃうじゃいて……そしてその中には、俺よりも勇敢な奴や、顔のいい奴、足の速い奴、頭のいい奴……要するに俺より優秀な奴など、掃いて捨てるほどいると言うことに気がついた。
どうやらこの世界の主人公は、俺じゃないらしい。
もちろんそんなことは小学生の時にも分かっていたはずだが、光る画面の向こう側をただ覗くのと、実際に肌で感じるのには天と地ほどの差がある。今思えば、小学校の時は、周りも大抵同じような奴だった。差があっても、驚くほどじゃない。
それが進学して、痛感した訳だ。初めて感じる劣等感に、俺は悔しいやら恥ずかしいやら、とにかく自分がとてもちっぽけな、卑しい存在に感じて仕方なかった。とにかくこの世界には、俺よりも主人公に相応しい奴が、大勢いた。あの指宿流水だって……そう、俺の劣等感の源泉だったが……少なくとも俺よりは、主人公側の人間に他ならなかった。
……そしてその大半が、あの日、突然空からやってきたアイツに殺されてしまった。
そいつは自らを、『クラウン』と名乗った。
『自分こそが、この世界の主人公だ』とも。
『なんとか』と言う異世界から転生し、この日本にやってきたらしい。
クラウンは、全てを意のままに操る全知全能の『チート能力』とやらを持っていた。手をかざしただけで、人々は有無を言わさず弾け飛び、指を鳴らしただけで、建物はぺしゃんこに潰れてしまう。特になんの能力も持たない俺たち一般人からすれば、まさに『神』に等しい能力だ。
今でも当時のことを話したがる人は少ない。
異世界だか転生だか知らないが、突然前触れもなくやってきて、為す術もなく街を破壊されるそれは、『神の降臨』と言うよりほぼほぼ『天災』に近かった。地震と同じで、いつ何時、どこに『転生者』が出現するか分からない。今でも盛んに議論が交わされているが、結局のところ対策のしようがないと言うのが、いつもお偉いさん方の出す結論であった。
クラウンはこの国を訪れた初めての『転生者』だった。
のちに首都壊滅を巻き起こした『殺戮者型』や、”大阪國事変”で知られる『支配者型』と比べ、『友好・理念型』のクラウンは比較的温和な『転生者』だったと言えるだろう。
はじめ彼は五人の仲間を引き連れ、S県S市の、県庁の真上に出現したらしい。
茜色の空がパックリと割れ、空中に少年少女が浮かんでいる姿は、さぞかし理解不能だっただろう。何かの撮影か、はたまた夢でも見ていると思ったに違いない。彼らに気がついた通行人はぽかんと口を開け、異様な空を指差しざわめく他なかった。
『みなさん!!』
五人組の、中央にいたクラウンが、突如『チート』で大音量にした声を街中に響かせた。
『みなさん! ご安心ください、悪は滅びました!!』
そう言ってクラウンが片手を掲げた途端、彼らの足元にあったS県庁は、踏み潰した蛙みたいに『ぼこんっ』と奇妙な音を立ててひしゃげた。
『僕はみなさんを、助けに来ました! この新しい世界で、僕らと一緒に仲良く、平和な『ゆるふわスローライフ』を築きましょう!』
クラウンは、まだ邪気無さを残すその顔に、やわらかな笑みを浮かべてそう宣言した。
それが俺たちと、異世界から転生して来た『チート能力者』との、戦いの幕開けだった。
主人公が転生して来たその日、俺は県庁から一駅分離れた、地元の稲荷神社にいた。
一人だけ私立に行ってしまった、姪浜心と喧嘩してしまった、あの日だ。
境内の片隅で息を潜める俺の視線の先には、全く顔も名前も知らない他校の男子と、仲良さそうに並んでお参りする彼女の背中が写っていた。




