ばば色ならぬバカ色
「殿下!姫君!ご無事ですか!?」
リフが慌てながら室内に入り、駆け寄ってきた。
カインは黙って目の前に来たかと思うと、跪いた。自分の腕の中から声がする。
「無事です。レオンハルト殿下がお守り下さいました。」
「お二人とも!お怪我がなく本当に良かった!」
ベアトリーチェには近衛騎士を警備に付け、部屋まで送り届けた。念のため扉の前で交代で警戒させる。
陛下や叔父の公爵などにも報告、協力要請をし、先代の王弟殿下を拘束した。
背後にはそれ以上何もなく、杜撰で短期間で企てられた計画であることも知れた。
本人は逃げも隠れもせず、ひどくあっさりと捕まったので、どこまで本気であったのかわからなかった。
耄碌。
元々才気煥発とは言えない者だったが、今回の件はその一言で表されそうだ。
しかしそうは言っても誰しもが予想していなかったクーデターである。
国内外共に弱味を見せることは避けたい。
沙汰は陛下の裁可にてとなるが、王宮内で短時間で結したことであり反逆はなかった事になるだろう。
「孫娘可愛さ故の暴走が過ぎた」先代の王弟殿下は離宮に蟄居され、お歳でもあることからそろそろ病を得てこの世を去ることになるかもしれない。
巻き込まれて当事者となってしまったため、ある程度の説明はレオンハルトからベアトリーチェにすることになった。
聡い姫君のことであるから真実と寸分違わぬ現状把握することとなるだろう。
隣国への説明もしないわけにはいかないので頭は痛いが…そこはまだ陛下に頑張ってもらうとしようか。
そしてその上で改めて意向を聞くこととしたが、ベアトリーチェはあっさりと
「婚姻の方向でお話を進めて下さい。」
と言った。
「ほ、本当に良いのだろうか?
この事に関してもだが、我が国は…いや私は姫に情けなく頼りないところばかり見せている。
今後の人生で、伴侶として信頼してもらえるのだろうか?」
「この度のご説明しかり、殿下には常に信と義を示して頂いておりますわ。
夫婦となるもの、私は足りないところはお互い補い合えればと思っております。
こちらこそ不束者ですがよろしくお願い致します。」
「そ、そうか。
こちらこそよろしくお願い申し上げる」
やはり完璧な姫に対して、レオンハルトが果たして補えるところがあるのかどうか…考え始めるとまた振り出しに戻ってしまいそうだが、根拠のない不安でこの婚姻を遠ざけるのはもうやめた。
今回の件でベアトリーチェは自身を危険に晒しても自分に与してくれた。
それだけの人物をまだ信じられないというのであれば、もはやそれは人間不信というのを超えて、単なる臆病な性質による疑心暗鬼というものであろう。
ただ、それがどのような答えであっても良いのだが、レオンハルトはベアトリーチェに聞いてみたいことがあった。
執務室内での男に対する身のこなし。
只者ではない。
が、密室での出来事でありその後レオンハルトが倒したことに姫自身が装ったものだから、人前で問うことも憚られた。
ジュード、リフ、エスターも今回のことで上手くいきかけていたお見合いがなかったことになっても仕方ないとは思いつつも希望を捨てきれずに緊張していたので、国同士の話合いはまだだが一番の肝である本人達の意向がまとまった今喜色を浮かべている。
「カインと呼んでもいいだろうか?
これからはよろしく頼む。お互い主人を守るために共に協力しよう!」
扉の外での戦況は見られなかったが、カインの戦いぶりは凄まじかったらしい。
同じく騎士であるリフは目を輝かせて話かけている。
対するカインは無表情のままスッと頭を下げるのみで言葉を発しない。
姫を危険に巻き込んだことで、姫自身は許しても、護衛としてはこちらを許せないのかもしれない。
気落ちしたリフの様子を見て姫君が言った。
「カイン、許可します。
こちらの4人の前だけでは通常通りに話してもよろしいわ。」
「……よろしいのですか?」
「そう言っています。」
「よかった〜!こんなに長くいた国ってなかったから、もうそろそろ限界だったんだよね〜。
あ、カインでいいよ!よろしく〜」
途端にくだけた調子となり、デフォルトかと思われていた無表情は消え去り、満面の笑みを浮かべている。
あまりの変わりように、怒っていなかったと安堵するよりも、混乱の方が勝っていた。
「地はこうなの。バカがバレないように普段は職務上必要最低限の発言のみ許可して、表情も変えないように言いつけているのよ。」
バカって、ひでぇやおひいさん。
カインはベアトリーチェに対しても素では態度は変えないらしい。
姫君の口調も変わった。
それにどうやらメンタルはフルメタルらしい。
レオンハルトは密室で見たフィジカルな強さも幻ではなかったとやっと実感したが、自分にはそれをこの場でつっこむ強さがない事も確認した。
情けなくも頼りなくもあるかもしれないが、姫が『補う』って言ってたし。
そんな自分が婚姻相手でもでもいいんだろう、多分。