闇色の騎士
削っても削っても固有名詞少なくならざり
「激化してきたな」
レオンハルトがグッタリと項垂れながら声を出した。
「ええ、そうね。」
エスターも疲れ切った感じにトプトプとお茶を淹れている。
「もう勘弁してほしい。レオ、早く片をつけてくれ」
リフも疲労を隠せていない。
「……」
ジュードもめずらしく無言で書類に向かっている。
4人がこれ程までに疲弊しているのは激化しているテロこと、『運命の出会い』厨令嬢の過激化である。
ベアトリーチェとのお見合いは1月に達し、まさかの成功の可能性を見せ始めたことに焦っているようだ。
大概の令嬢は1度や多くて2度程度の失敗で身を引くが、その侯爵令嬢は諦めるという事を知らない。
そしてそれを助長させているのが彼女の祖父、先代の王弟殿下であった。
外孫可愛さに積極的に庇うだけでなく、直接的な手助けもしているらしい。
権力と財力を持ち、その令嬢自身もレオンハルトとジュードの再従姉妹にあたるのだが、子供の頃からエキセントリックだった。
少し考えればその背景のどこに今更『運命の出会い』を演出できるのかと思うのだが。
今日は執務室の前の廊下に泥水が撒かれていた。
つい先刻まではなかったというのに、かなりのジャブジャブ具合である。
今日は外は雨だったか…?
雨だろうが晴れだろうが屋内が泥まみれの理由にはならないのだが、現実逃避の為にそんな事を考えてしまった。
もうすぐいつもの休憩時間で、姫君が来る。
(しまった!嫌がらせととられて国際問題になったら!)
急いで人をやろうとしているうちに、ベアトリーチェは来てしまった。
「まぁ…」
泥水の前で目を見開くベアトリーチェ。
ちょうどその時大きな足音を立てて件の侯爵令嬢ことディアネイラが廊下にやってきた。
「まぁ、どうしましょう!これでは靴が!」
大仰な様子で小芝居を打ち始めた。
(『どうしましょう!』はお前の靴の前に頭だ!)
他国の王族が居ようと関係ないらしい。
いや、気づいていないのか?
この泥水が誰の手によるものかは明らかだが、証拠はない。
しかしこの場では先触れがあり姫君の訪いを受けることになっていた手前、我が国の失態であることは明らかである。またそれに上塗りするようにこの無礼な振る舞い。
現時点でどこまで言及し、どのような処罰を定めるべきか、またこの事態をディアネイラはどの程度まで理解できるのか?
「申し訳ございませんベアトリーチェ殿下。すぐに片付けます。」
レオンハルトが逡巡している間に、さすがに笑顔のないジュードがとりあえずの対応を取り始める。
しかし言うか言わぬかのうちに闇色の騎士が姫を抱き上げ、自らは足下を汚しながら部屋の前までやってきた。恭しく姫君を汚れていない部屋の中へ降ろす。
「こちらこそ申し訳ありません。
お茶の時間が待ちきれなくて入ってしまいましたわ。
エスターが淹れたお茶はとても美味しいのですもの。」
そう微笑む。
そしてちらと騎士の方を見ると、騎士は自らの長い騎士服の黒い上衣を脱ぎ泥水の上に橋渡しする。
皆が呆気にとられる中、
「お手を」
とディアネイラに手を差し出し、彼の人形のように端麗な容姿にボーッとしたままの彼女の手を引き上衣の上を渡らせた。
彼女の侍女も同様に渡らせると、
「お足元が汚れずに良うございました。ではお気を付けて。カイン、しばしこの場を離れる事を許します。着替えていらっしゃい。」
私はレオンハルト殿下と共におりますから、後程迎えに。
その言葉に一礼すると、騎士カインは扉を閉めた。
この場を収めたのがベアトリーチェであったことは問題だが、明らかに不問としてくれたことには安堵を禁じ得ない。
また、今まで片時も離れなかった護衛であるカインを少しの間でも側から離したことも、こちらへの信頼の証ととれる。
その後、またいつも通りの休憩時間を過ごし、途中からカインも合流した。
別れの挨拶までいつも通りで
「また明日参ります。」
とのことであった。
執務室内に4人となり、自然と大きな息を吐いた。
レオンハルトは重苦しく言った。
「そろそろ片をつけるか。」
「レオ、その言い方は姫にちょー失礼」
自分の側近はもう姫の味方らしい。
「そうではなく……いや、そうだな。
こちらから誠意を持ってこの話を受けると伝えねば。
そしてその前にアレをなんとかしておかねばならないな。」