妖怪村のご飯
日が山に隠れだし空が橙色に染まる頃には、妖怪村の住人達は動き始める。
彼等は特別夜行性という訳では無い。
だがその性質上、姿の分かりにくくなる闇を好むのである。
子凪は少々困っていた。
人間の女……藤村とは話の流れで打ち解けたと思える。
だが接待を任された以上は食事や寝床の用意も必要だ。
何せ妖怪は食事を必要としない。
人間の真似事で料理をする妖怪も少なからず存在するが、それが人間の口に合うかなど知るよしもない。
困った子凪はとある大きな民家へと足を運んだ。
「山男いますか?」
「おるぞや」
後に続く藤村はその戸が引かれると、そのまま尻餅をつく。
中に居たのは身の丈3メートルもありそうな大男。
体毛が濃く一ツ目の山男の迫力に腰を抜かしてしまっていた。
「子泣き、どうしたとや?」
「牛鬼の旦那から話を聞いてるかは知らないけど、村に人間の方が来てるんですよ。山男は山で人間とも親交があるでしょう? ちょっと人間の食べ物を分けてくませんか?」
「ええよ、丁度練習で作った鍋があるとや、中で食べていきいや」
「ありがとうございます」
振り向いた子凪は、へたり込む藤村に手を差し出すが、どうにも立ち上がらない。
「ちょっと失礼しますよ」
「えっ、えっ、ちょっ」
子凪は藤村を軽く抱き上げる。そう、お姫様抱っこである。
藤村は顔を真っ赤にして狼狽えるが、どうする事も出来ない。一種の憧れであった行為の相手が妖怪だろうと、恥ずかしいものは恥ずかしい。
民家に入ると囲炉裏の前でひょいと降ろされる。
山男はその巨体に似合わないお椀に鍋をよそい、藤村に差し出した。巨大な手が迫り、咄嗟にびくりと反応したが、両手で受け取った。
「食いや。ちぃと塩気が足りんやが、まぁ美味いや」
「あ、ありがとうございます」
味噌の香りが漂う鍋。
お椀を覗き込むと湯気の下からは、ぶつ切りされた大根や人参、鳥の肉らしきものが入っている。
藤村がそのまま固まっていると、子凪も「僕にも頂けますか?」と言って山男からお椀を受け取る。
そして美味しそうに食べ始める子凪を見て、ようやく藤村も食べ出した。
「ーっ、美味しい!」
思わず藤村から笑みがこぼれる。昆布の効いたシンプルな白味噌ダシ。具材にもしっかり味は染み込み、その素材の甘みもいい具合に溶け合っていた。
直ぐにお椀は空になり、藤村の反応を喜んだ山男はお代わりを促した。
「まだまだあるで、たんと食べぇや」
「は、はい」
結局子凪が食べたのは一杯だけだったが、藤村は三度のお代わりをしていた。
その頃には山男とも気軽に話をし、山での猟師たちとの逸話などを聞かせて貰っていた。
「ありがとうございました」
「ご馳走さまでした。とっても美味しかったですし、楽しかったです」
「まだしばらく村にはおるんだや? またおいでや」
すっかり抜けた腰も治った藤村は、子凪と共に外に出た。
辺りは暗くなり、人の光の届かぬ村の夜空は瞬く星で埋め尽くされていた。
「あっ、凄い綺麗」
都会では考えられない程の数の光。
その幻想的な情景に、藤村は顔を上げたまま立ち止まっていた。
子凪もまた一緒に空を見上げる。
「こんなにも沢山星があるんですね。都会じゃ半分も見えないですよ」
「僕は逆でしたね。人が生活する所に行った時、町の明るさにビックリしましたよ」
そんな会話の後にふと視線が絡み合うと、お互い笑いが込み上げていた。
どれぐらい星を眺めていただろう。
風が少々肌寒く、藤村が身震いする。
「さっ、そろそろ家に行きましょうか?」
「あっ、はい」
そして茅葺屋根の民家へと案内されて行った。
明かりの無い家の中は真っ暗。
子凪は火打石と火打金を取り出すと、何度か音を立てて麻に、付け木へと火を点ける。
囲炉裏の揺らぐ光が大きくなり、家の中を照らし出す。
なんとも癒される空間であるが、そこで藤村は1つの事に気付いてしまう。
民家と言っても一部屋だけ。
妖怪だからとかは関係なく、一晩を子凪と過ごす事になると。
妙に緊張する藤村を余所に、夜はまだ始まったばかりであった。
読んで頂きありがとうございます。
次話は四月頭には。