子泣きのお仕事
「よ、よろしくお願いします。えっと、子泣きさんお呼びすればいいんでしょうか?」
藤村は残された子泣きと視線を合わせず、畳を見つめながら身震いしている。
一方の子泣きも、いきなりの丸投げでどうすれば良いのか分からない状態だった。
「そうですね。僕は子泣き一族の12代目子泣き爺の子凪って言います……」
改めて子泣きが名乗るも沈黙が訪れる。
沈黙を破ったのは藤村だった。
「えぇっと、妖怪って世襲制なんですか?」
子凪はその質問に驚いた。自分達にしてみれば当たり前の事なので、まさかそんな質問が来るとは思っていなかったのだ。
「世襲制って言うか、僕たちにとっては一族一族が日本人、アメリカ人、中国人みたいなものですから子泣き一族は子泣き爺なんですけど」
「じゃあ皆さん一族結婚なんですか? 例えば雪女さんとぬらりひょんさんが結婚したら子供はどうなるんですか?」
スイッチの入った藤村は、好奇心旺盛な瞳で子凪を見つめ始めていた。
「あの、妖怪って結婚もしなければ出産って概念もないんですけど」
「ええぇぇぇぇー! でも子凪さんご自身が12代目って言ってたじゃないですか? 先代はお父さんな訳ですよね?」
ここで子凪はようやく藤村が、いや人間が何も知らない事に気付いた。
そう、妖怪ってものがどんな生き物なのかを。
「えっと、藤村さん。藤村さんにとって妖怪ってどんな存在ですか?」
子凪の質問返しに藤村は人差し指を頭に当て、考えながら言葉を紡ぐ。
「……ファンタジーの世界で言う亜人みたいなものじゃないんですか?」
「亜人と言うものは分かりませんが、妖怪は元々人間の思念が凝り固まって生まれたものだと聞いてます。だから実際新しく生まれた妖怪ってヒョッコリ現れるものなんです」
「じゃあ人間が忘れ去った妖怪は消えて無くなるって事ですか?」
「新しく生まれる事は無いでしょうね。消えて無くなる訳じゃないですが、その代で終わりって事です」
妖怪にとっては忘れられる事は絶滅を意味する。
化学が進歩し娯楽の増えた現代では、摩訶不思議な現象に興味を持つ人間は日に日に増えていっている。
故に妖怪もまた生存をかけ人間に擦り寄ろうとした結果、『妖怪特別班』が生まれたのだ。
「藤村さんは子泣き爺の事はご存じですか?」
子凪の質問に藤村は昔見たアニメの記憶を思い出し、頷く。
「確か赤ん坊の泣き声を出して、それを憐れんで抱き抱えたりするとだんだん体が重くなって殺してしまうって妖怪ですよね?」
「恐らく伝承的には概ね合ってると思います。実際にしてる事は逆なんですけどね」
「逆……ですか?」
子凪の言葉を藤村は考えてみた。
だんだん体が軽くなるって事なのだろうかと。
「僕達妖怪には何故だか分からないけど、不意にその人間の少し未来の不幸が見えるんです。もちろん万人の不幸が見える訳でもありません。極端な事を言えば、ある男性がこのまま家に帰ると強盗に襲われるのが見えるんです」
「み、未来ですか?」
おかしな話になって来たと藤村は考えていた。
子凪が冗談を言っている顔では無いのだが、突拍子の無い話をにわかには信じられなかった。
「そうです。子泣き一族はそんな人間を不幸な時間から逃す為に、不幸が起こるその場所、その時間にその人がいない様にお手伝いをしてるんです」
藤村は声が出なかった。
失礼ながらもそんな発想など考えた事も無かったのである。
「妖怪のイタズラはそんなモノなんです」