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傷だらけのアナがアメミヤのところに来ました。そしてお話の時間は少し前に戻ります。
少し前に遡る。
山頂にほど近いハーピーの群れの巣から楽しげな鼻歌が聞こえてくる。
ハーピー族は伝承にもれず、歌が上手くて好きだ。彼らが感情を表現したりするのに、最もよく使われるのはこの歌。愛をささやくのも歌。何となくだがつい歌を歌ってしまう。何だかどこかの国の映画のようであるが。
メートは群れの長の娘であり、風の女神の巫女でもある。今日もお務めと称して、山の頂上にある祠に向かっている。
「ふんふふ~ん、ららら~ん♪」
気分は上々である。むしろ絶好最長で最高潮である。
理由は簡単で、祠のその先のさらに上にいる、ある人物に会えるからだ。
この人物は人間族で、最近ひょんなことから出会った者だ。名前はアメミヤという人族で、結構な年齢の男だ。中年とかいう年代らしい。正直メートにとって人間族の年齢など、どうでもよいので気にしていない。
メートが山の上に妙な空間があるのに気付いたときはだいぶ緊張もしたのだ。もしかしたら敵かもしれないから。最近このあたりも含めて山のあたりの雰囲気はよくない。なので、本来であればすぐに群れに戻り、このおかしな空間に対して、警戒を促すべきだろう。ただ、なんとなくだが、大丈夫なんじゃないかな?と思えたのである。メートは巫女であるため、普段そういう時には女神さまからの神託という名の注意が降りてくる。だから、それが降りてこないことからも、合わせて大丈夫だろうと思えた理由だった。
祠の上に行くにはちょっとコツがいる。それには上昇気流に乗らないといけないのだ。上昇気流に乗るのは意外に難しく、そうそう簡単にはいかない。熟練したものや、風の女神の声が聞こえる、巫女などでもないと思った通りにはいかないものだ。
祠に到着し、通り一遍の事を終わらせるとメートはさらにその上を見て微笑む。好奇心に負け……いや、巫女としての責務を果たした結果、出会えたアメミヤという人間族のオスはいいオスだった。あの空間は巫女の力を持つメートでも中に入ることはできず、ぶつかるので、仕方なく外からバンバンと叩いてみた。ようやく気付いてもらったときは、多分だが言葉が通じなかったのだろう、話もできなかった。ところが急に言葉が通じるようになった。
初めは互いに警戒しながら話していたが、笑うと年の割に少年のようで良い顔をする。何度もお付きの者たちの目を盗んでは、会いに通った。そのうちアメミヤの笑顔を見ていると胸のあたりがほわっと暖かくなる気がしてきてやはり嬉しくなるようになってくる。
アメミヤいつも美味しそうなおの食べていたので、仲良くなったついでに、それを欲しいと駄々をこねてみた。その様子を見てアメミヤが困った顔をするのを見たいのと、本当に美味しそうなので、食べてみたいという。色気と食い気両方混じっていたのだろう。
何度かおねだりをしていたら、なんと、アメミヤがお菓子をくれた。お菓子をどう渡すのか悩んでいたようで、結局、アメミヤは手の上にお菓子を載せてメートに差し出してきた。
ハーピー族には色々としきたりみたいなものがある。相手の手から食べ物をもらう方法にも色々作法や方法がある。食べ物は基本的に上の者から下の者へと渡される。群れの中の上下関係というやつだ。これは上げるほうが上、貰うほうが下という扱いになる。
そして、渡し方にも色々ある。お年頃になったハーピーたちは求愛行動をするようになるのだが、求愛の行動の形として、自らが狩ってきた獲物を今後も養うという意味を込めて相手に渡すというものがある。オスからメスへの行動になるのだが、ゆえに食べ物を相手から、直接、受け取るということがどういう意味を持つか……これは幼い時からよ~く言い聞かされている話でもある。
なので、アメミヤからお菓子を手頭から渡されたとき、メートが変な声を出てしまったのも、それは仕方ないだろう。メートにしてみれば、種族も違うので、絶対に勘違いだろうとは思うけど、求愛行動にも似たようなことをされているようなものだから、何というか違うだろうけど変な感じなのである。
屈託なく笑うアメミヤは、多分絶対そんなことは知らないはずだろう。なにせ、メートが色々話しをして、最近ようやくこのあたりのことを、ほんの少しずつわかり始めた程度なのだから。メートから見てもこの世界の事だけで言うのであれば、アメミヤの知識は、言ってみれば子供程度の者だ。まぁ? 体は確実に大人にしか見えないのだが……。
そんなこともあり、その場面をお付きの、アナに見られたときは冷や汗が出た。正直色々アメミヤに言われるのも困るし、そのせいでここに来づらくなるのは持って困る。結果的にアメミヤの買収と説得、それと世間知らずの人族という判断から、アナの中でノーカンになったのは幸いだったとしか言えない。
お菓子に気を良くしたアナは、その後、だいぶ緩くなってくれた。時折、アメミヤがアナへの土産と称して、お菓子を包んでくれているのも効果が高いようにみえる。
ただ、メートとしては、アナが変に意識づけさせたせいもあるのかあの日の事が頭から離れない。アメミヤにとっては、特別な意味等まったくないはずのその行為。手頭からお菓子をくれた……、その行為が頭から離れなかった。
同時に、少年の様に笑ってメートの話を楽しそうに聞いてくれるアメミヤの笑顔もメートの頭の中を占領していた。
雨が降ると羽が濡れてよく飛べないので、その日は流石に会いに行くのは我慢する。するともう一日中変な感じになる。会いたい……なぜかそう思ってしまう。
「アメミヤ元気かなぁ~」
ようやく晴れた空を見て、メートは山頂の祠からアメミヤのいる場所を見ていた。上昇気流に乗ってちょっと先へ行けばアメミヤがいる。待っているとはいいがたいが、きっと待ってくれているんだ。メートは勝手にそう思うことにしている。そんな幸せな妄想をしていると、下卑た声で、メートは突然後ろから声をかけられた。
「へへへ~お嬢様? こんなところで一人でいたら危ないんじゃないんかい?www」
身の危険を感じて、振り切ろうと慌てて気流に乗ろうとしたが、少し遅かった。気が付けば、いつのまにか、真っ黒な羽を持ち、真っ暗な毛に身を包んだ、数人のオス達に囲まれていた。
「ク…クロウ族!!」
メートはその者たちの種族名を呼ぶ。メートはその後もなんとか逃げようと、風をけってみたり、ぶつけてみたりと努力をしたのだが、最終的には人族の使う眠り薬の煙をかがされてしまい、敢え無く捕まってしまった。
「よし! 目当てのものは手に入れた! 戻るぞ!」
「祠ぶっ壊しときましたぜ!へへへ」
クロウ族と呼ばれたそれらは、風の女神の祠を壊し、メートを捕らえて、一段低い山のほうへと滑空していく。
「アメ……ミヤ……」
薄れ行く意識の中でメートは、今一番会いたい者の名前を小さく呼んだ。だが、その声は小さく、抱えているクロウ族にすらも聞こえぬまま、山の靄の中へと溶けて消えていくのであった。
メートがクロウ族に捕まってしまいました。
捕まったメートは果たして無事でいられるのでしょうか。




