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あらすじ:、メートが攫われた、攫ったのはクロウ族の若い者でした。
クロウ族の檻には一羽のハーピー族の娘が捕らえられていた。そして、その前では、その娘を攫ってきた、クロウ族の若者と頑強そうで傷の多い、聊か老いたクロウ族が言い争いをしている。
「馬鹿者が!! お前は、お前らは何ということをしてくれたんだ!! お前のしたことは我らクロウ族の誇りに泥を塗ったようなものだ! 悪鳥、鬼鳥と言われども、我らは如何なる時も、翼を貶めるようなことはしたことなどはない!」
「固いのだ! 親父殿は! 親父殿がそうやっているうちに群れの者は飢える、飢えたものは死ぬ。
お遊びを続ける余裕など我々にはない!」
老いたクロウ族の名はグヤツ。一族を率い、敵対するものからは悪鳥、凶鳥と恐れられている古強者。若いほうはグラム、グヤツの息子であり、今回のハーピー族を攫った実行犯でもある。その後ろで先ほど殴られて目を回しているのは、グラムと一緒に今回の事を起こした者たちである。
この若い者は、見回りを終えて戻ってきたグヤツに、まるで手柄でも立ててきたかのように誇らしげな顔をしてきたので、一発本気で殴られたところである。グラムも危うく殴られそうになったので、それを避け、自分の言い分をこれでもばかりにぶつけていたといったところだ。
「それで? それでこの娘を人質に奴らの住処を明け渡せと?! ハーピー族の巣のある場所を? クロウが、汚い方法で空を汚したと大々的に報告でもするつもりか! 馬鹿者が!」
「ならば、どうしろというのだ親父殿よ! 宿命と思い受け入れろと? それが我々『魔』の伝令役クロウ族にはふさわしいと?」
魔の伝令役。それは彼らクロウ族にとってはぬぐえない汚名。遠い昔、クロウ族の羽は純白であった。空を翔ける姿は人族には天使のように見え、強靭な肉体と賢い頭脳をもち、神に仕える鳥の者として最高位に居た種族。そのクロウ族にかけられたのは魔の呪い。一の魔、二の魔、三の魔を退けた時、クロウ族の戦士長たるルキフェルが受けた呪い。小さな受けた傷に込められた呪いは瞬く間に、一族を汚染し狂わせた。決してそれはクロウ族の本意ではなかったものの、操られ神に弓を弾き、戦況を良くないものにしたことは許されることはなかった。
偉大な神の慈悲により、かけられた呪いそのものは除かれたものの、その間に敵味方を問わずに狂殺した罪は消えることなどなく。純白であった羽や体は呪いと自らの後悔によって、真っ黒に染まってしまう。以降、鳥族の最高位は空白となり、クロウ族は魔の伝令役と呼ばれ忌み嫌われることになる。グラムのいう宿命とは、そのことを言っている。
他の鳥族からは敵とされ、物資も食料も手に入らない。幼いクロウ族の子はクロウ族に生まれたというだけで苦しんでいる。それを考えれば悪鳥と呼ばれようが、気にするところではなかった。
「親父殿は古く、頭が固い……。これからは俺たち若い世代の時代だ! 策を練れば傷も受けず、容易に勝利することができる。俺はソレを学んだ……」
「くっ……あの人族か……。お前の為に良かれとあの者の命を助け、学ばせたがあの者、魔の者であったか……」
グヤツはずいぶん前に助けたある人族を思い出す。弱々しく見え、力もなく無害であろうと思った。そのものは多少の知恵もあり、人助けをしたことを誇るように、その人族をグラムが連れてきたので、善い行いをしたのだからと、本来は留めることなどさせないクロウ族の巣で保護した。グラムは先生、先生と懐き、知恵を吸収していった。それだけならば、別に良いだろうと思ったので、放っておいたのだが、このままでは一族が滅びかねない。
「先生は本当に素晴らしい! 弱い俺を強くしてくれた。俺には選ばれし、『祖』の能力があるとさ。親父殿にはなかったあの能力が……」
「何を夢みたいなことを言っているのだ、『祖』の能力は神々により封じられた。我々が逆立ちしようとも手に入ることなどない。寝言は寝て言え!」
『祖』の力、あの能力があれば確かにクロウ族は空の最高位者として返り咲けるだろう、だがそれは神々への反乱。返り咲く場所は恐らく魔鳥の最高位……。禁忌でしかない。
「愚かな考えは捨てるんだグラムよ……。我々は堕とされた者なのだ……だが、神々に慈悲に救われた。ならばその心はせめて気高いままであればよい。堕とされていようが、何であろうが本質は何一つ変わらない。それでいいのだ」
「ゆえに、飢えよ! 滅びよ! と? ならばそのような神などいらぬ!」
「なんということを……もうよい、お前は下がれ。そして頭を冷やせ! この娘は私がどうにかハーピーへ戻すようにしておく」
まだ何か言いたそうにしているグラムに、この場から下がる様に言い、グラムの姿が見えなくなったころ、折の中の娘へ話しかけた。
「すまぬな……ハーピー族の娘よ……私の目が届かぬばかりに」
グヤツは誰も見ていないことを確認した後、折の中の娘に頭を深く下げた。中の娘はまだ怯えているように見える。酷いことなどされてはいないようなので、まずは安心してはいるのだが。
「あ奴も決して愚かな者ではないのだ。ただ優しいだけなのだ……。その優しさを良からぬ者に利用されているだけなのだ。この戦はなんとかせねばならない。うまくカタをつけなければならない。最悪、其方を盾にせねばならない。すまない、私とて他の者を殺させるわけにはいかないのだ。其方を傷つけるようなことはない。それだけはなんとかしてみせるのでな。もうしばらく、そこで我慢していておいてほしい」
そういうと、グヤツは自分の羽を数枚抜き、娘の折の数か所に刺す。刺された羽は溶けるように消えていく。これはグヤツの持つ能力で『羽結界』という。己の羽を数か所に刺すことにより、自分もしくは自分を超える力がない限り、壊すことのできない結果を作る能力。おそらく、今のグラムでは壊すことは叶わないであろう。グラムが壊せなければ取り巻きの若い者たちにも不可能だろう。
「娘よすまぬな……せめてものじゃ。我々自身が正直あまり食えておらぬのでな、囚われておる娘に飯は少ないだろう。期待せんでくれな……」
グヤツはそうハーピーの娘に言うと。牢の巣を後にした。




