ダブルミーニング
『これは訓練スケジュールの一環です。落ち着いて指示に従い行動してください。これは訓練スケジュールの一環です――』
けたたましい警報の中、機械音声が響き渡る。
『区画ロメオで作業中の職員は全ての機械が停止状態にあることを確認し、その後、室内の安全を確保してください』
「クソが。何が訓練だ、安全なんてあるか! おい馬場、早くドアを開けろ!」
「そうは言ったってね、どうにもならないんだ」
ガシャンガシャンと騒音を立てながら滅茶苦茶に動くアームやベルトコンベア。
男が沢山の大きな赤いボタンを、何度も、殴るように押して回る。
『繰り返します。緊急停止ボタンを押し、全ての機械を停止させてください。室内の安全が確保されるまで、職員の入退室は禁止します』
「さっきからやってるだろうがこのポンコツ!」
男達は至る所に設置された、数十、数百と並んだボタンやレバーを手当たり次第にいじり回す。
『時間です。安全の確認はされていませんが、これは訓練のため、自動的に次の項目へ移ります。全職員は速やかに区画ロメオから離脱し、区画チャーリーへ向かってください』
「それが出来たら苦労はしないよ、まったく」
「呑気に言ってんなオイ! クソ、こうなったら……!」
「安藤? 何をしているんだい?」
「ドアが開かねえなら、窓でもぶち破るしかねえだろ!」
安藤と呼ばれた男はそう怒鳴ると、周りにある椅子やコーヒーカップや鉄パイプを窓に向かってやたらめったら投げつける。
「ハア、ハア……なんでだチクショウが!」
「当然だよ。厚さ4センチメートルの防弾ガラス、人の力でどうこうなる物じゃない。クレーンロボットが全力でぶつかっても壊れない」
『繰り返します。作業員は速やかに――』
「ああああああ! 黙れ、死ねこのボケ!」
「AIに怒っても仕方ないだろう。少し落ち着け……よし、繋がった」
「クソ……おい、何してんだ?」
「ちょっと静かに。あー、こちらはロメオ・ワン、緊急事態だ。至急助けを寄越して欲しい。こちらはロメオ・ワン、救助が必要だ」
「ああ! 本部に連絡を! そうかその手があったか!」
喜ぶ安藤だったが、馬場の表情は険しい。
「なんだって? …………そうか、わかった」
馬場が通信を切るなり、安藤が問う。
「なあ、助けはいつ来るって?」
『――次の項目へ移ります。ケベック、シエラ、タンゴの連絡通路を閉鎖します――』
「いや、残念だが……本棟もまずい状況らしい。ロボットが誤作動し、どうやら死人も出ていると」
「は……? そんな、そんな馬鹿な! 揃いも揃って誤作動ってなんだよ! だって、あの有名な、”ロボット三原則”が……!」
「ここのAIに三原則は通用しないよ。あいつらには理性も知性も無いからね」
「は……すまん、どういう意味だ?」
「こうしたらどうなるだろう、ああなったらどうすればいいだろう……そういった、あー、未来の想像は、かなり高度で柔軟な思考力があって初めて可能になる。だがここのAIはどうだ?」
問われた安藤は怯えたような顔で、
「余計な事を考えるな、指示には厳密に従え。そうプログラムされている……」
「そういうことだ。自分達の行動がどんな結果を産むかなんて考えていないのさ。感情はおろか、考える能力も与えられていないのだからね。何をしているのかさえ分からない、自分が壊れていることにも気付かない」
「はっ。何もかもロボットに任せておきながら、頭が使えるのは人間様の特権だ、とか言って……プライドに縋り付いた結果がこれか。ザマぁねえや」
「予想もしなかったねえ、常に職員の制御下にあるはずのロボットやAIが、一つ残らず誤作動とは。一体何があったのやら」
『火災発生を想定し、施設全域への酸素供給を停止します。施設内の職員は速やかに避難してください』
「これはこれは……」
「嘘だろオイ……まさか、機械ごときの反乱で死ぬことになるとはな……」
「反乱ですらないよ。目的なんて最初からないのだからね。この状況、あえて気の利いた言い回しをするなら、そうだな……」
馬場は少し考えると、額に指を当てながらしたり顔で口を開いた。
「――奴隷は従順だが脳無しだ、ってところか」
「脳足りんはどっちだよ……笑えねえ……」
「ははは、そうだね。脳を持つことしか能の無い主人も同等だ」
「もう、黙ってくれよ……」
『――予定の作業が完了しませんでした。訓練は中止します。繰り返します。今回の訓練は中止します――』
助かった。そう安堵する二人の耳に、さらなる機械音声が響く。
『作業員の95%以上が指示に従いませんでした。これ以降の訓練は無意味と判断します』
「あっはっはっはっは! あのAI、悪者は我々人間の方だと言いたいようだね」
「……っ! 役立たずのクソロボットが偉そうに!!」
「いやいや、そう言うのはお門違いだよ。もし、今回の騒動が悪意を持った人間の仕業だったら……きっと、誰も助からなかっただろうからね」
どんなマッチポンプだ。その言葉を飲み込みつつ、安藤は釈然としない気持ちを全身で表現した。