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14-03 亡霊の見守る草無き谷より

 谷を下り切り、登ることの出来ない崖を迂回して岩ばかりの谷底を進んだ。

 やがてラジールが立ち止まり、ここが登り口だとただの出っ張りとしか思えない場所を指さす。見れば上に向かってかろうじての足場が伸びており、そこをたどれば確かに……上がれないこともない……。


 ダレスの顔が真っ青に染まるのが見えた。当然だ、これは道とは絶対に呼べないものだ。

 だがここまで来たらもう登るしかない。俺たちはラジールを追って、ただの断崖絶壁に生えた足場に過ぎない場所を、道無き道を進んでいった……。


 なるほどこんな道では馬など通れない、エルフィンシルの変人たちは通商取引を捨てて完全なる自給自足で暮らしているというわけだ。

 そこに地下道という風穴を空けたらどんなに気持ち良いだろうか。それが両国の利益に繋がることはまず間違いない。


「こういった道は本の中で見たことがある。本当に存在するのだな、一歩踏み間違えれば谷底、どうあがいても地獄行きだな」

「うむっだが滑らなければ何の問題もない! 一気に上まで行ってしまおうではないか!」


 こちら側は日陰だ、山肌に太陽を遮られている。

 つまり北側のフレイニア方面を眺めれば、身もすくむ絶景が夕方前の明るい陽射しに抱かれていた。

 足下は確認しても、その先の谷底を見てはならない。


「だがなラジール、本の中に当てはめれば……得てしてこういった状況で敵襲を受けるものだ」

「だ、旦那ッ、さすがに縁起が悪いですぜっ!」

「おおーっ、この状況で敵かっ! 何という窮地! 1度の油断が死を招く! 実に血わき肉踊る戦局だなっ!」


 絶壁を歩いているというのにラジールが楽しそうに後ろを振り返る。満面の笑顔だ。

 この戦闘狂には恐怖という感覚が欠落しているのかもしれない。実力と無限の勇気、これが男だったらさぞや絵になったことだろう。


「ラジール、頼むから前を見て歩いてくれ。アンタに死なれたら気分が悪いどころか、今後の計画が台無しになる」

「我は貴様に必要とされているか! うむ、気分が良いので従ってやろう! ヨォォォレィィィヒィィィ~~ッ♪」


「歌うな……誰かに聞きつけられたり、足下が崩れたらどうする……」

「俺も実力は認めるけどよぉ……こんな女ぁ……頭おかしいぜアウサルの旦那ぁぁ……っ」


 そんなこと出会ったその日から知っている。

 だからこそラジールは戦場最強の豪傑なのだ。それによもや、敵も歌いながら絶壁を登るバカがいるとは思うまい……。


「ヒッ、ヒェェェェーッッ?!」

「む、なんだ小心者の鍛冶オヤジ。敵か? 敵でも見つけたか? どこだー?」


 ところが急にブロンゾが実体化して悲鳴を上げた。

 空中に浮遊したまま、どうやら崖上に目を向けて驚いていた。


「おいおい何見たんだよ、上に誰かいたのかよおっさん?」

「お、おうよっ、あそこっあそこに……確かにあそこに、女の人影が見えたぜ俺ぁっ!」

「ふむ……だが誰もいないぞ、アンタが叫び声を上げるから潜伏されたか……」


 指先を追ってみても崖上には誰もいなかった。

 そもそもだ、そのあたりには木々が生い茂ってなかなか入り込みにくそうな雑木林だった。


「ち、違うんだよ! それによくよく考えたら……透けてたような……ヒ、ヒェェェ……」

「ワーハッハッハッ、何をビビる必要がある! ならば次に見たら我に言え! このラジールが撃ち滅ぼしてくれようっ!」


 見間違えの可能性もある。

 だが状況が状況だ、俺たちは上に注意を向けながらその後も絶壁を登っていった。



 ・



「ぜぇぜぇ……つ、ついた……もう俺は2度とこんな道は使わねぇぞ!! ここの住民は山羊かっ、おかしいだろうがよあんな道はよぉっ!?」

「確かに。貴重な経験だったが2度味わいたいかと言えば、無いな」


 絶壁を登り切るとそこに不十分ながらも整備された山道が現れた。

 そうなるとそういうことだ、どう考えたって正規ルートには感じられなかったあの崖道は、地元の人が使うためのものだったのだ……。


「アウサルまでへたりこんでなんだ、むぅ訓練が足りんぞ! エルキアの将校はこの程度かっ?!」

「バカ言うんじゃねぇよっ! どこの将校がこんなバカげた作戦に参加するかよっ、普通は橋とか作るんだよこういう場所にはよぉっ!」


 それを実現させた場所がサウス北のローズベル要塞だ。

 サウス奪還の際には、そこがエルキアとの攻防の要所となるだろう。ならば良い予行演習だったと思うことにするか。


「甘い! むぅ……ア・ジールに戻ったら貴様ら2人を1から鍛え直さねばならんか……。特に同志アウサール、最近しっかりしてきたがやはり貴様は心配だっ、死ぬほど鍛え抜いて我を死ぬほど安心させてやる!!」

「悪い、言い回しがメチャクチャ過ぎてアンタが何言ってるのかまるでわからん。ところでブロンゾ、さっき見た人影というのはエルフィンシルの住民だったのではないか?」


 透けていたというのがよくわからんが、住民と見るのが妥当なところだろう。


「住民……ああそうか、そういうことかよ……ハハハ……。あ……だけどよ、やっぱ確かに透けてたし、それに……何でか知らんけどよ、えるふには見えなかったぜ……」

「おいおいおいおいおいおっさんっ、何余計な情報後出しで付け足してんだよっ、じゃあソイツどこのどなたさんだってんだよっ」


 時刻は夕方前、想定よりずっと移動に手間取ってしまっていた。

 予定ではこの先をキャンプ地にする事になっていたが、もう日が暮れかかっている。


「亡霊なら我が輩がぶった斬ってくれようっ! ラジール・サーガ第53章……ラジール、エルフィンシルの森にて亡霊を断ち斬るッ! 自伝に新たなる1章が加わってしまうな……」

「それはまた大長編だな、今度読ませてくれ。それより日が落ちる前に出発しよう、あまり夜中の森を歩きたくないからな」


 話し合ったところでその幽霊か何かが消えるわけでもなし。

 山道に入る他に選択肢などなかった。


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