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14-03 エルフィンシルまでのげに恐ろしき旅路、世界を切り隔てる傷跡

 繰り返すが今回は地下道作りを後回しにする。

 先に現地エルフィンシルへとおもむき、そこの支配者に許可を取った上でトンネルをニル・フレイニア地下へと繋ぐ。


「ふぅ~~満腹満腹っ、では出陣だっ、ゆくぞぉっ野郎どもーっ! このラジールについてこい!」

「カカカッ、つくづくやかましい女だぜ! あばよっ、えるふのジジィッ!」

「ヴィトじゃと言っておろう、ほとほと物覚えの悪い金物じゃな……。ラジール、あまり騒いで迷惑をかけぬようにな……」


 城門までヴィト王が見送ってくれた。

 それに背を向けて俺たちは市街へと歩き出した。


「おう! まあ引率と外交は我に任せて、ジジィは城で退屈してるといい! ワハハッ、久々に楽しくなってきたぞー!」

「やれやれじゃな……。期待はしておらんがくれぐれも粗相のないようにな、ラジール」

「敗将の俺が言うのもなんだけどよ、そりゃ無理な注文じゃねぇかな……」


 ダレスがボソリと隣の俺にだけ言葉をこぼした。

 もちろん同意しよう、極力余計なことはラジールに言わせない、させないようにつとめなくてはならない。俺たちがこれからすることは外交なのだから。

 それと話が少しそれるが、ラジールと老王ヴィトは無礼な臣下と温厚な王というよりも、やはりもっと近しい間柄のように見えた。


「まずは城下を抜けよう。南だ、南に向かうぞっ! ああっここは右だっ、ついてこい!」

「アンタはいつにも増してよく喋るな。ん……こっちで本当に合っているのか?」


 土地勘を持っているのはラジールだけだ。

 その背中を追って俺たち男衆は道を進んでゆく。ところがいきなり雲行きが怪しくなってきた。

 流れるようにメインストリートから外れて裏通りに入っていったのだから……。


「ああ、もしかして俺らを気遣ってくれてんのか? 確かにヒューマンの俺とおっさん、あと竜眼の旦那は人目を引くからな」

「へぇぇー、意外と気が利くじゃねぇかよラジールちゃん。おめぇにもそういうところあったんだなぁー、カカカッ、珍しいもの見たぜ」


 もめることがないようにとヴィト王がローブを手配してくれていた。

 エルキアがああした大侵攻をしでかしてくれたせいで、俺たちヒューマンが道を歩くだけで騒動が起こるそうだ。


「同志たちは何を言ってるんだ? そこだ、そこの通りの焼き串が絶品でな! ついでに腹ごしらえしながら行こうではないか!」

「ってただの食い気かよっ!」

「おいおいっラジールちゃんよぉ、飯ならさっきあんだけバカみたいに食っただろがよっ、まぁぁーだ食うのかよぉおめぇ、その腹どうなってんだよおいっ!?」


 俺の方がコレとの付き合いは長い、薄々そんな気はしていた。

 その後も城下町をあちこちに蛇行しながらようやく防壁の外へと抜けることになった……。



 ・



 都市部を抜けると広い農園地帯がどこまでもどこまでも続いた。

 十二分に田舎だがここは街道、いくらかの往来があるため暑いがまだローブは脱げない。作物を積んだボロい馬車、もといロバ車が隣を通り過ぎる。あるいは牛に車を引かせている農家もあった。


「あ、ラジール様」

「ようっ」


 中にはラジールに気づく者もあった。

 どういった付き合いかはわからない、はたから見ればちょっとした村の人気者だった。

 それはそうとして上り坂が少し増えてきたかもしれない。

 ここにきて話題もすっかり尽きていたので、俺たちはただ黙々と街道を進んでいった。


「……。ふわぁぁ~……こりゃ気が抜けるな、任務中だってのにあくびが出ちまうわ。おい、ブロンゾのおっさん、優雅にいびきなんてかくんじゃねぇよ……てめぇを運ぶ身にもなりやがれ……」

「グゴッ、グゴゴゴゴ……ッ」


 ふと後ろを振り返れば、今自分たちが丘や高台と呼ばれる地形にいることに気づかされた。

 広々とした平野に農作地が敷き詰められ、それが遙かかなたまで続いている。城と城下はもううっすらとかすむほどに遠い存在になっていた。


「ワハハッ、まあいいではないかっ、昼寝もしたくなる天気だからなっ。ここは馬で遊びに来ると気持ちがいいぞ!」

「それはアンタの馬か?」


「ああ我の……ではなく、うむ、あれだ、兵舎の馬に決まっておろう!」

「そうか、そりゃそうだろうな」


 退屈なのでかまをかけてやった。

 ……微妙なところだ。ヴィト王との親しさ、軍を束ねるほどの位の高さ、馬を個人所有しているような言いぶり、この女、もしや……まあどうでもいいのだが。


「アウサルの旦那、それよりあそこを見てくれよ、あんなに牛が放し飼いになってるぜ」

「ああ、酪農もしているのか。……本の中では知ってるのだが、実は生まれて初めて見たな」


 それはたかが牛と牧草地、柵とサイロに牛舎、酪農農家の姿に過ぎなかった。

 だがダレスも本物を見たことがなかったらしい。……いやあるいは、ラジールへのフォローもかねていたのかもしれない。


「何だアウサルは初めてか。牛飼いも見たことがないなんて意外とお前も田舎者だなっ!」

「今さら何を言う。この上ないほどに俺は田舎の生まれだぞ。何せ畑どころか生き物1ついない世界で育ったのだからな」

「つーか表現おかしいだろ、牛に都会要素とか初耳だぜ俺ぁ。そいとアウサルの旦那、俺から見りゃ旦那が世界で1番珍しい存在だぜ、これは譲らん」


 他愛のない言葉を交わしながらその後も道を進んだ。

 高台をさらに上へ上へと登ってゆくと山中に入り、その深い森を木漏れ日に照らされながら行軍した。

 名も知らぬ鳥たちのサエズリが四方より響きわたり、森林の生み出す清浄で冷えた空気が汗ばんだ俺たちの身体を癒してくれた。


 ここまでは良い。異国情緒あふれる牧歌的な旅だった。岩肌だけの地下隧道とは別格だ。

 ところがここから先というのが、ニル・フレイニアとエルフィンシルの境界線そのものだったのだ。



 ・



「絶景なりっ絶景なりっ、いつ見てもとてつもない谷よ!」

「カカカッ、こりゃぁ目が覚めるってもんだぁっ! なるほどなぁ~、天然の要害ってやつじゃねぇかよこりゃぁ~」


 深い深い谷が俺たちの行く手を阻んでいた。

 最も驚き興奮していたのはブロンゾだ。無精ヒゲの中年男は目を広げて谷の底を見下ろしている。霊体なのをいいことに身を乗り出して大胆にだ。


「マジかよ、これを下りんのかよ……。んであっちの山まで登り直すのかよ……眺めてるだけでもうダルくてたまんねーんだが……」

「大丈夫だ、下れる場所があると聞いている」


 異界の本に挿し絵として地図が載っていることもあった。

 その地図と、俺たちの世界の地図を見比べるとある事実に気づくことになるだろう。

 俺たちの世界はあんなに平坦じゃない。踏破困難と呼べるほどの川、谷、山、荒野が多い。

 そしてそれがそのまま国境線として機能しているのだ。これこそが劣勢に追われた虐げられし種族が、今日まで生き延びてこれた理由の1つだった。


「うむっこっちだ。念のため言っとくぞ、足下には気をつけろ、落ちたら死ぬか足を折るからなワハハッ」

「ぁぁ……ついてくるんじゃなかったぜ……。って、はぁっ?! そこ下りんのかよっ、マジで落ちたら死ぬだろそれ!!」


 ここはその中でもギリギリ踏破出来る場所だそうだ。あくまで、少数の人間がギリギリ何とかだ。被害0とも聞いていない。


「過酷だな、クククッ……つい笑ってしまうほどにだ」

「がんばれよぉおめぇらー! おいダレス、おめぇは心配だからハンマーをラジールちゃんに預けろ、おめぇごと谷底に真っ逆様はごめんこうむるぜ」

「……だそうだ、悪いがお願いするぜラジール。俺もこんなむさいオヤジと一緒に心中だけはごめんだぜ」


 わかったとラジールがブロンゾハンマーを受け取った。

 それを肩に背負い、何事もなく彼女が谷底へと下ってゆく。岩肌むき出しの傾斜面だ。


「良い機会だから少し解説してやろう。両国の間に国は無い、だがこの渓谷が経路を無きに等しいものにしていてなっ、実は我も向こうの連中をほとんど知らん。……しかし、ここに地下道が生まれたらただそれだけで画期的なことよ、アウサール期待してるからなっ!」

「ラジール、頼むから前を見て喋ってくれ。後ろから見ているだけで肝が冷える、不注意というレベルではないぞ」


 この女の性格だ、きっとここを通ったことがあるのだろう。

 そうとしか思えない、まるで山羊かなにかのような足取りで俺たちを置いてどんどん下ってゆく。

 知っていたさ、コイツと俺たちじゃ身体能力の何もかもが違うことくらい……。


「気をつけるのは貴様の方だアウサール、そこはもろいぞ、壁際ぴったりに歩け。……む、それと思い出したぞ」

「もろいって具体的にどこだよぉラジールよぉっ?! うぉぁ崩れたぁっ?!」

「ラジール、命に関わることだけはもう少し先に頼みたい……頼む」


 時刻はもう昼遅く、南側に昇った太陽が崖を下る俺たちを照らしていた。

 客観的に今のこの状況を見下ろして見ると……ここが通れると判断を下したやつはとんでもないバカ野郎だ。到着するまでに、俺かダレスのどちらかが転落死したっておかしくない。


「気をつけろよ……このへんは出るからな……」

「……出る?」


 ところがさらに物騒な言葉が飛び出してきた。

 こんな断崖絶壁で聞きたい言葉じゃない、そういうのはこうして下りる前に語って欲しかった。


「で、出るって何がでるんだよおぃっ?! おいらぁそんな話聞いちゃいねぇぜっ、や、止めろよなぁぁーっ?!」


 ブロンゾだけは怯える必要がない、はずなのだが恐怖の声を上げていた。

 この男には死ぬとか死なないとかそういう概念そのものがなさそうだ。なにせ金物なのだから。


「ニブルヘル砦の山みたいに強力な魔物が出る。それと不気味な怪談のたぐいもよく聞くぞ。ガハハッ、そっちの話が良さそうだなっ、聞くかーブロンゾーっ?!」

「ややや止めてくれよっなぁーっ、おいらぁそーいうの苦手なんだよぉっ! ひぇぇーっブルルルルッ……」


 なのに肩を抱いて唇を震わせるほどのビビリようだ。

 そんなことをしたらラジールを活気づかせるだけだというのに……。


「アウサルの旦那……今現在普通に亡霊やってるやつがよ、お化けが怖いとかよ、それ、何の冗談なんだろなぁ……?」

「だからおいらは亡霊じゃねぇよ! 言うなりゃ……そう、おいらはハンマーの妖精さんだっつってんだろこのバカ野郎ッ! 俺をお化けと一緒にすんな!」


 ……似たようなものだ。

 むしろ具体的に存在してしまっているブロンゾ・ティンその人の方が、よっぽど怪談じみている。


「……大して変わらん。日が落ちる前に進めるだけ進むぞ」

「そういうことだっ、神だろうと鬼だろうとこのラジールが粉砕してくれようっ! ガハハッ、なかなかしっくりくるハンマーよ」


 職人道具を武器にすんじゃねぇ。

 ブロンゾの叫びはラジールの耳になど最初から入ることなどなかった。


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