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13-03 翼持ちし者 1/2

 薄水色の卵は驚くべき速度で育っていった。

 そうだ、繰り返し述べよう。卵そのものが育っていったのだ。

 小鳥の卵にも見えたそれがユランの魔力を吸って膨れ上がってゆき、2日目の夜で成長のピークを迎えた。


 もはやそれは鳥ではなく竜の卵と呼べるほどだ。おかしなことにユラン本人より大きく育っていた。

 言うとユランが嫌がるが、小型犬が大好きなボールを抱えて眠っているようにも見えてくる。それがまた不思議な抱卵風景だった。


 それからさらに3日後の夜、俺たちはユランに呼ばれて部屋を訪れた。

 するとそこに見つけた。卵そのものが淡い光放つランプとなって、その輝きで室内をぼんやりと照らす姿を。

 その卵とユランは、俺にルイゼ、パフェ姫と、たまたま様子を見に来ていたフェンリエッダに今取り囲まれていた。


「まだかな……まだかな……。なんだかボク、わくわくが止まらなくて……そ、そわそわしちゃいます……っ」

「それに本当に綺麗……。卵のおかげでユラン様が小さく見えて、うふふっそれがまた素晴らしい眺めです、ああユラン様、なんて愛神々しい」


 もうじき生まれるそうだ。

 ルイゼもパフェ姫もユランのベッドに身を乗り出して卵を見つめている。

 どちらも落ち着きなく尻を揺すったり、むずむずとベッドシーツを何度も握り締めたりと、何というか……まるでおあずけ状態の犬だ。


「結局この卵からは何が生まれるんだ? いい加減教えてくれアウサル」

「それは俺も聞かされていない、秘密のお楽しみだそうだ」


 抱卵中のユランは基本的に眠っている。

 まあ普段のユランも眠ってばっかりなのだからあまり大差はないのだが、その竜眼がまたゆっくりと開かれた。


「久しく忘れていた感覚だ、卵を抱くのも、孵化を期待されるのもどちらもな。卵の正体はお楽しみだと言ったであろう。どちらにしろ、何者であるかはいずれ誰の目にもわかることだ、少し我慢しろ」

「そこを何とか! ヒントだけでも下さいユラン様! うちはもう気になって気になって……孵化はまだですかっ?!」

「うう……ボク、ちょっとだけおしっこ行きたくなってきました……」


 ちなみにエッダも一緒になってベッドにしがみついていた。

 俺も卵は気になるがあの輪に入るほど焦がれてはいない。

 しかしいつまで経っても変化がなかった。そこで俺はマテリアルの確認作業をすることにした。

 失われたアイスマテリアルの補充がやっと来たのだ。

 サファイヤのように輝くひし形のそれを袋より取り出して、卵が生み出す青白い輝きに透かせる。


「それは、マテリアルだな……」

「ああ、少し気になって確認していた。問題なさそうだ」


 するとエッダがそれに気づき立ち上がった。

 さらには何か用件があるのか俺の前までやって来る。


「本当か?」

「ああ、さすがグフェンだ、良い仕事をする。これのおかげで俺もずいぶん動きやすくなった」


 逆光のポジションに浅黒い肌のフェンリエッダが立った。

 アイスマテリアルがその影に入ってしまったので、青い輝きを取り戻すために外へと腕を移動させる。

 再び澄んだ青色が淡い輝きをチカチカと屈折させ始めた。


「本当に本当か、おかしなところはないだろうな……?」

「グフェンの力を疑うなんてアンタらしくもないな。何が言いたいんだ」


「だから……満足か? その……出来映えに満足してくれたのか?」

「ああ、まだ使っていないが何も問題ないだろう。地中ではコイツが頼りだ、満足に決まっている」


 俺の返答にエッダの口元が笑った、ような気がする。

 なにせ逆光だ、よくはわからないが嬉しそうに見えた。いや、待てよ……?


「まさかとは思うがフェンリエッダ、このマテリアル……アンタが作ったのか……?」

「そうだ、何か悪いか、私が作って何が悪い」


「いや別に責めてなどいないが……。そうか、まさか本当にあの宝石合成術をアンタに伝授していたとはな……ならこれからはアンタにこれを頼むとしよう」

「ダメだ、グフェンに頼め。私ごときでは遠く及ばない」


 実際にこうして問題のない品物が出来上がっている以上、それは十分過ぎるほどの才能があるということだ。

 複数の宝石を1つにまとめて魔力を増幅させる。そんな技がそう簡単に模倣出来るはずがない。


「だがグフェンは老人だ……いつまでも頼りっきりではいられないのかもしれないな……。わかった、次に作るときはもっともっといい仕事をしてみせる」

「話はそこまでにしておけ。……生まれるぞ」


 ユランの言葉にはフェンリエッダを定位置に戻す力があった。

 力強い輝きと弱い輝きの周期が縮まってゆき、待望の卵はいよいよ誕生の瞬間を迎えつつある。

 それを俺たちみんなで取り囲んで見守り続けた。何が生まれてもこの先、俺たちでこれの面倒を見ていくことにしよう。


「あ……っ、今、揺れませんでしたか……?」

「揺れました! ああっ、うちもう限界ですっ、どんな愛らしい子が生まれてくるんでしょう!」


 卵がひとりでにグラグラと小さく揺れている。

 ルイゼとパフェ姫はわくわくの大はしゃぎ、フェンリエッダも口元がだらしなくなっていた。

 母性に満ちた瞳でユランも揺れるそれを見つめ、これで不気味な怪物なんかが生まれたらトラウマものの悲劇となるだろう。


「う、生まれるぞっ」

「はわっ、ついに……!」


 パキパキと音を立てて卵へとヒビが生まれた。

 ひび割れの内部から、より強い輝きが外へと漏れてチカチカとまぶしい。

 それに俺たちが瞳を細めているうちに、次々と卵の周囲に亀裂が広がり走ってゆく。

 呪われた地より現れた正体不明の卵、それがついに生まれ孵る。ユランよ、一体何者が誕生するというのだ。

 やがて内部より殻が上へ上へと押し退けられ、淡い輝きと共にそれは現れたのだった。


「え、ええええええーーっ?!」

「ひ……人ッ、えっ、あれっ、羽根がありますよっこの子?!」


 生まれてきたのは白い羽根の生えた子供だった。

 つまりは天使だ。赤子ではなく天使の幼児がそこにいる。それがユランという母親を丸い瞳で見つめ、いつまでもいつまでも視線を離さない。


「まさかユラン様、その子は……この卵って!」

「そうだ、これは天使の卵だ。創造主サマエルが使役していた、始まりの種族巨人よりも先にあった特別な種。さあ卵は孵った、我は飲まず食わずの抱卵に疲れたよ、残りの育児は貴殿らに任せたぞ、むぎゅっ――」


 クールなユランが幼児天使に抱き込まれていた。

 なにせ卵の方がでかいくらいだ、ちっぽけな子竜などお人形みたいなものだった。

 幼児の髪はふんわりとした栗毛、ユランをその胸の中にすっぽり包み込んで大切そうにしている。年齢はだいたい3歳ほどか。


「まま。ままー、ままー」

「違うぞ、我が輩はママではない。貴殿という卵を代わりに孵してやっただけでママは他に――」


「まま~、ま~ま~~♪」

「ふぎゅ……離せっ、だから違うと言っておろうっ、ママではないっ」


 幼い天使はスリスリとユランに頬ずりした。

 当然ながらうちの連中がその愛くるしい姿に黙っていないはずがない。


「クッ……こんなの反則ではないかっ! か、かわいい! 見栄を捨てて私は今全力で叫べるッ、かわいいかわいいかわいいーっっ!!」


 それはあの堅物のフェンリエッダまで狂わせる大変な愛らしさだった。

 認めよう、生まれたての天使は全ての者に加護欲を与える、これは、俺から見ても超と絶を付けてかわいいと断言出来る。


「やっぱりエッダさんもそう思いますよねっ、わぁ~かわいいっ、こんなにかわいい天使さんが生まれてくるだなんてっ、こんな嬉しいことどうして教えてくれなかったんですかユラン様!」

「うち……うちもうダメ……こんなの悶死してしまうわっ! アウサルくんっ、この子、この子かわいいですっ、ああああああもうダメっ、ユラン様と合体しててふぁぁぁーっ!!」


 翼持ちし幼児、丸い瞳でユランから俺たちに視線を移す。

 無垢なその口元、恐怖も汚れも知らぬあどけない顔立ち……俺はとんでもないものを掘り当てたようだ……。ちなみにすっぽんぽんだ。


「離せ、我が輩はママではないと言っておろうっ!」

「いや、どう見たってアンタに1番懐いてるように見えるぞユラン」


 天使にも鳥のような刷り込み作用というものがあるんだろうか。

 でなければ爬虫類そのものなユランを母親として見るはずがない。ん、しかし今は天使の視線が俺ばかりに向けられているような気が……。


「ぱぱ。ぱぱー。ぱぱだー」

「な、何だと……。いや、俺はパパではない。ただの……そうただのモグラ、いいやモグラさんだ」


 すると天使が立ち上がった。

 ユランをやっと解放したかと思いきや、こちらに向かってよたよたと歩き出すではないか。ああ、やはり抱きつかれた……。


「ぱぱー、ぱぱー♪ これぱぱ♪」

「クククッ、そやつがパパとな……良かったなパパ。アウサルよ、天使は役に立つ。あのサマエルが手足にしてたくらいだ、育てて戦力の足しにするといいぞ。……ふぅ、しかし珍しいケースだ……」


 あまつさえパパ呼ばわりと来たものだ。

 俺はニヤケてなどいない、まだパパと呼ばれるような年齢でもない、しかしこの天使……温かくてやわらかいな。


「アンタな……育ててって軽々しく言ってくれるな」

「ならば見捨てるか? 貴殿が死にかけのコレを拾ってきた時点で、こうなることはもう決まっていたのだ。クククッ……お似合いではないか、おとなしくそのパパ呼ばわりを受け入れたらどうだ」


 ところがやわらかくて乳臭い匂いが消えた。

 どうも俺の反応がいまいち良くなかったので、別の相手を探しによたよたと天使がまた歩きだした。


「わっわっわわっ、ボクにも抱きついてもらえました! はわぁぁぁ~……羽根がふわっふわぁっ……」

「ずるいですルイゼちゃんっ! あらホントこの子の羽根ふわふわっ、な、なんて心地よい肌触りなのかしら!」

「勝手に子供の羽根を撫でるやつがいるかっ! お、おお……おおぉぉぉ……ふ、ふわふわぁぁ……」


 天使はルイゼに抱きつき、続いて挨拶代わりなのかパフェ姫、フェンリエッダにも順番に同じことをした。

 女性陣3名に取り囲まれてやさしくされて、どうもまんざらでもなさそうだ。かわいいかわいい、きゃーきゃーと黄色い声が絶えず部屋に響き渡るのだった。


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