13-02 死の土地にて眠れる卵
翌日、俺は呪われた地ことアウサルの所領に上った。
魔力の高い宝石類を発掘して、スコップに装着するマテリアルを補充しなければならない。
そこで宝石の多いエリアまで1時間かけて出張して、あまり手の付けることのなかったその大地をルイゼのスコップで掘り進めた。
それと進展が1つある。
獣人の国ダ・カーハで俺たちがアリと戦っている間に、地上サウスの情勢に変化が起こった。
スコルピオ侯爵が迷いの森への包囲網を緩めて、ほぼ大半をサウスや北方、ローズベル要塞に撤退させたのだ。
当然そこに発生する疑問がある。なぜスコルピオは包囲を諦めたのだろうか。
「包囲が意味を為さないと気づいたのか、あるいは別の事情が出来たのか……やはりわからん」
グフェンの見解はこうだ。
「地下道と地下帝国という、アウサル殿のダイナミックなトリックに気づくには早過ぎる。というよりだ、常識が邪魔してよっぽどの確証が無い限りたどり着けない結論だろうな。だからスコルピオは、やはり何か理由があって、包囲を緩めたのだ」
そこはグフェンの得意技だ。
これまで育ててきた間者にスコルピオの意図を探らせればいいのだから。
ちなみに包囲を担当してきた現場の指揮官にも、詳しい理由が説明されずに命令だけが下りたそうだ。
地上で何かが起きている。
包囲が緩んだのは朗報のはずなのにどこか不穏で不気味だ。
・
「……よし、これで20か」
気づけば午前が過ぎていた。
呪われた地の太陽は地下世界ア・ジールの太陽と違って厳しく容赦がない。
呪われた地の毒もそうだが、この過酷な環境も人々をここから遠ざける理由の1つだった。
20個目の発掘宝石、グリンベリルとおぼしき物を袋に詰める。
この程度では不十分、少なく見積もって3つ4つ分のマテリアルにしかならないだろう。
目当てではないその他の発掘品もポツポツと姿を現したが、その中に俺の望む書籍の類はない。ならば数えようと数えなかろうと変わりはなかった。
宝石20と、売れるか売れないか使えるかもよくわからないガラクタが少数だ。
「しかしここ最近、俺は独り言が増えたな……」
少し前の俺は侯爵にとって都合が良いだけの発掘装置だった。
異界の本に憧れながらもその真似事をしてみようだなんて考えもしなかっただろう。
こうして独り言が増えたのは人と会話する機会が増えたからだ。
「グフェンに、ダレス、ジョッシュ、アベルハムに、ブロンゾ。ルイゼ、フェンリエッダ、ラジール、ゼファー、パルフェヴィア姫。当時の俺が俺を見たら羨むだろうか」
ふと空を見上げると太陽が西に傾いていた。
発掘宝石が30個目に到達し、袋の中が七色に輝いている。こんなものだろうか……? そろそろ新しい本を目当てにいつもの場所でスコップを振るという息抜きも……。
「……いや、全てが全て使えるとは限らんか。せめてもう10……いやもう20は確保したいところか……。クククッ、切りの無い話だな……。む、何だ、これは……」
独り言の白々しさに沈黙を選びかけたそのとき、俺は妙なものが土中にまぎれていることに気づいた。スコップを後ろに払うのを慌てて止めていた。
……それはそのまま投げ捨てるとどうもまずいものだったのだ。
「これは……」
俺も先祖ほどではないが長くこの土地を掘り続けた。
だがこれは俺にとって初体験の発掘品だ。親父からも、先祖が残した道楽日記にもこんなものは載っていない。
ソレを握ると脈打つような錯覚を覚えた。いや……これは錯覚ではない、確かに小さく脈打っている。
「まさか……生きているのか……?」
俺は続きの仕事を放棄することに決めた。
ソレと宝石以外の全てをその場に打ち捨てて、運んで来た台車も引かずに、ここ呪われた地から一瞬でも早く立ち去ることにした。
絶対に有り得ないのだ。
こんなことは生まれて初めてだ、まさか、生きている物を掘り当てるだなんて……。
俺は脈打つ卵を掘り当てた。
薄水色をした美しい模様付きの卵だ、よく見ればうっすらと自ら光を放っていてそれがまた神々しかった。
どちらにしろこれはどこからどう見たって普通の卵ではない。
だが大きさは小鳥のものと変わらないほどに小さく、ならばそれだけもろいのだと扱いを慎重にさせた。
「はぁっ、はぁっ……ユラン、そうだユランに見せれば何かわかるかもしれん……。なぜ生きている卵が、白き死の広野に眠っているのだ……!」
ただ1つ避けられない事実がある。
ここ呪われた地で孵れば卵の中身は死ぬ。卵がここに存在しているだけでもまずい。それだけは絶対に揺らぐことのない真実だ。
卵という小さな生命が、アウサルの所領で生まれるなり死ぬなど許されない。
アウサルとその領地は断じて死神ではないのだ。
・
ア・ジールに入ってようやく俺も足を緩めることが出来た。
砂埃まみれの肌に汗がへばりついてどうにも不快だ。
しかしこの卵はあの地の毒にやられている可能性もある、だから俺はもう一度気を取り直して高台上の自宅、ユランの居場所まで走り続けた。
「はぁっはぁっはぁっ……やっとついたか……。ユラン! いるのかユラン!?」
「いるぞ、何だ騒々しい貴殿らしくもない」
ユランとパフェ姫の寝室に飛び込むと、特製の丸いベッドにユランが丸くなって眠り込んでいた。
力を取り戻すには惰眠も有用なのだと真偽の確かめようもないことを言っていた。が今はそれどころじゃない。
「今日は帰らないか戻っても朝方になると思っていたぞ。それがまさかこんな夕方に戻ってくるとはな……。何があったのだアウサル」
「ユラン、今こそアンタの知恵を借りたい、見たら驚くぞ、心の準備は良いか……!?」
「ふんっ……いいから早く見せろ、我が輩を焦らしても結果は変わらんぞ」
「実は妙な物を拾った。あの地には絶対にあり得ない、存在するはずのない物を! これを見てくれ!」
ふと握りつぶしていないか心配になった。
だから慎重に手のひらを開き、中の安全を恐る恐る確認してからユランの前に差し出した。薄水色の脈打つ卵を。
「それは……」
「驚いたか、呪われた地に埋もれていたのだ、しかもこれは――」
「ここに置け、その卵をここに置け、何度も言わせるな、我が輩の腹の前にそれを置け」
卵の姿にあのユランが驚いた。
ところがそれは俺の予想していた反応とはいささか異なる。鋭く真剣な対応だった。
要求に従い卵をベッドの上に乗せると、ユランは尻尾を使って腹の下にそれを抱え込んだ。
まるで鳥が卵を温めるかのように、それはもう大切そうに。
「うむ……驚くのももっともだ。確かにあり得ない、妙なものを拾ってきたなアウサル」
「アンタ、コイツの正体を知ってるんだな? 1人で納得するな、この卵は何なのだ? 生きているようだが……そうやって温めればもしかして、孵るっていうのか?」
竜の表情はよくわからないが笑ったような気がした。
卵の扱いに慣れているのか、ユランがもぞもぞと身じろぎして小さな卵を抱き抱え直している。
「それは孵化してからのお楽しみだ。しかしおかしいな、別世界の漂着物であふれる土地で、こんなものが発掘されるとは……」
それから尻尾を1度どけて、どこか懐かしそうにユランが卵をのぞき込む。
それが次第に母のようにやさしい顔立ちになっていった。
「まさかそこからアンタと同じ竜が生まれるだなんて言うなよ、ユラン」
「フッ……貴殿は我が輩のことを何だと思っているのだ。これは竜や神の卵ではないよ。これは――この世界の存在、本来ならば天界にあるはずのものだ。……孵化までおよそ3日はかかるだろう、それまで心待ちにしていろ。アウサル、でかしたぞ、さすがは我が輩自慢の使徒だ」
仕事を放棄してちっぽけな卵を救う。その判断はどうやら間違いではなかったらしい。
領地の毒が気になるがユランに任せれば大丈夫だ。きっとこれで卵は死をまぬがれた。
そのことに気づくと己の全身から力が抜けてゆくのを感じた。
「ユラン、卵を任せた」
「クククッ……よもやこんなことになろうとはな。我が輩の愛した都から、生きた卵が……。安心しろ、この子は絶対に死なせん、このユランがそう誓ってやろう」
どちらにしろ無事に孵ればそれは俺の仲間だ。滅びたはずのユランの国から、新たな産声を上げる者だ。
同じ呪われた地を出生の地とする、兄弟が生まれるようで俺もまた喜ばしかった。




