13-01 平穏なる帰国と竜の成長
前章のあらすじ
獣人の国への地下道が完成する。
その開通先には争いを望む獣人ヤシュが待っていた。
ヤシュはアウサルを試し、ア・ジール地下帝国に加わりたいと願い、その願いを許される。
ヤシュの軍勢と共にアリに襲われる都へ。
巨大アリを片付けながら王宮にたどり着くと、有角種ゼファーの姿を見つける。
彼女の作戦立案により、アリことアビスアントの巣へのトンネルを掘り、クイーンを撃破する。
クイーンを失ったアビスアントは混乱し、これにより都は窮地を切り抜ける。
こうして獣人の国ダ・カーハはア・ジール地下帝国に加わることになった。
ゼファーのアウサルへの小さな心境変化と共に。
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翼在りし者 スコップ抜きで始める育児計画
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13-01 平穏なる帰国と竜の成長
獣の地下隧道を抜けた。
するとそこはア・ジールの高台だ。発展途上で無秩序な町並みと、収穫にはまだ早い青々とした麦畑が眼下にて俺を歓迎してくれていた。
どうやらまた人が増えたようだ。新しい家がいくつも建ち並び、白の地下隧道出入り口には露天ではなく本格的な商店まで姿を現していた。
俺はその見晴らし最高の高台からまぶしいア・ジールの成長をしばらく眺めていたが、ああそういえば家に帰らなければならないなと旅の目的を思い出すことになった。
極端な傾斜のせいで住みにくいこの辺りもいずれは交通の要所に変わる。この場所が店で賑わうことになるだろう。
そこから都市部へと抜け、俺は久々の我が家へと舞い戻った。
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玄関に鍵はかかっていなかった。
天を仰げば地下世界の太陽は昼過ぎほどの輝きで街を照らしている。
先にグフェンのところで報告を済ませておくべきだっただろうか。居間に入り込んでも我が家は静かなもので、物音1つ感じ取れなかった。
「あっ、アウサルくん! 帰ってたのなら言って下さい、うちビックリしてしまいました」
「パフェ姫か。いやちょうど今戻ってきたのだ」
すると玄関の鈴が鳴って居間にパフェ姫が現れた。
カブにイモ、青菜の詰まったカゴをかかえて、フレイニアの姫君が長く美しい青髪をなびかせて来たのだ。
ちなみにルイゼはまだ仕事だろう。地上で喋るハンマー・ブロンゾと鍛冶仕事にいそしんでる時刻だ。
「そうだったの。うふふ……おかりなさいアウサルくん。じゃあ……お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……う、ち……?」
姫は台所に野菜を置きに行った。
かと思えば戻ってきておかしなことを言い出す。半分冗談、もう半分は異界の言葉で知らぬがほっとけというやつだろう。
「何を言ってるんだアンタは……。ところでユランはどこだ」
「つれないなぁアウサルくん……。ユラン様ならずっと一緒だったわ、グフェン様が育てた野菜をくれるっておっしゃるから、貰いに行ってたの」
「隠居してただの農夫にでもなるつもりか、あの男は……」
「いいじゃない、グフェン様は今日までずっとがんばって来たんだもの、残りはエッダちゃんやうちのアウサルがシッカリ、がんばってくれるわ」
そうは言うが俺たちではどうにもならない部分がある。ニブルヘルのリーダー・グフェンと俺たちでは経験の総量が違うのだ。
ところでふいに室内へ風がそよいだ。
「我の名を呼んだか? よくぞ帰った我が輩の使徒よ。話は聞いていたが、フッ……ずいぶん早く舞い戻ったものだな」
それは我が主にして反逆の邪神ユランの羽ばたきだ。
振り返るとそこに期待通りのフォルムが待っていた。あの小さかったユランがまた成長していたのだ。
「おお、ずいぶんでかくなったな。それなら仮に襲われても、小型犬くらいまで何とか返り討ちに出来そうだ」
「ぬかせ、この不敬者め」
ユランはニンジンの束を軽々と両足で運んでいた。
それをパフェ姫に押しつけると、わざわざ人の肩を選んでそこに着陸した。
「つい先日お部屋にこもられて脱皮されたのです。ああっ、なんて愛らしいお姿でしょうか……。あの小さ過ぎで愛おしいユラン様が惜しい気がしますが、ですが成長というものは見ていて微笑ましいものですねアウサルくん!」
「そういうところがうっとうしいと、何度言えばわかるのだパルフェヴィア。アウサル、この巫女は変態だぞ、我が輩の姿に、よだれをたらすのだぞ……」
愛らしいものなら見境無し、それがパフェ姫だと俺も学習した。
イヤならさっさと成長してあの巨竜の姿を取り戻すのだなユラン。
「それは仕方ない、今のアンタは邪神とはとても信じられないくらいにかわいらしいからな」
「はい! パルフェヴィアはユラン様にお仕え出来て今最高に幸せです! ですからまた少し触らせて下さい! 少しだけ、少しだけでいいんです!」
パフェ姫の白い手がユランに伸びた。
まあその願いは大方の予想通りつれなく拒まれたようだ。ユランが俺の肩から飛び立ちテーブル側に着地した。
「我が輩の鱗に手垢をつけるな」
「そ、そんな……」
「……それで、調子の方はどうだユラン。アンタの為に、獣人の国へと道を繋ぎ、味方に引き入れて来てやったぞ」
こちらにも一応の報告をしておこう。
しかしユランの成長を介して、上手くいったようだと吉報が伝わるのだからおかしな仕組みになっているものだ。
「うむ、上出来だよアウサル。貴殿の才がなければこうもトントン拍子で復活してゆけなかっただろうな」
「それは光栄だ、アンタの復活を見たくてがんばっている部分も大きいからな。……ところでだが、フレイニアの参入でアンタは言葉を取り戻した。ならば今回のダ・カーハ参入はアンタに何を与えたのか、たった1人のユランの使徒として興味がある」
要約してしまえば興味本位ついでの現状確認だ。
ユランという邪神復活遊技のモチベーション維持にも繋がる。
「クククッ……ならば外に出るがよい、面白いものを見せてやろう」
「外ですかユラン様?」
身のこなしの早さは鳥並だ。
俺たちはユランのその翼を追って軒先に出ることになった。
「パルフェヴィアよ、危ないから下がっておれ。さあゆくぞアウサル、これが貴殿のもたらした、成果だ……!」
赤い小竜が俺たちの頭より高く飛翔する。
それから身を丸くかがめ、唸り声にも等しい低音を喉より鳴り響かせた。
それは炎のブレスだ、ユランが姿勢を一変させて上空に舞い上がり天へと口を大きく開くと、高速の火球がニブルヘルの果てしなく高い天井に撃ち込まれ激突した!
これはまた物騒な力を取り戻したものだ。ユランの計算通りなのか炎はそのまま上空で霧散していた。
「キュルルッ……クルッ、プキュルルルッ……!」
(ふぅふぅ……はぁはぁ……どうだ、見たか我が輩の力を……っ)
ただそれ1発だけでかなりの疲労を呼んでしまうらしく、一時的に人語を喋れなくなっていたというオチまでついてきた。
しかしブレスか。国1つ分の参入にしてはちっぽけな進歩にも感じられるが、反面このまま肉体が成長してゆけばとんでもない力に化けるかもしれん。
「す……すごい! すごいですわユラン様っ! ああっ愛らしく美しいだけじゃなくてこんな力まで隠し持っているだなんて……さすがは伝説の巨竜です! おおっ救世の竜神! ユラン様っっ!」
「フギュゥッッ?!! ギュェッ、プギュッ、プキュルルルッ……! は、離せっ、離せこの色ボケ巫女めがーッ!!」
だがしかし所詮はまだ小竜も小竜、小型犬サイズだ。
疲れて高度を落としたところでパルファヴィア姫にギッチリと抱き込まれていた。
俺もこれまでの付き合いでさすがに悟った。ユランは見栄っ張りだ、だいぶ無理して炎を吐いたのだろう。つまりは抵抗する力を失っていた。
「火計の着火材くらいにはなりそうだ。炎を吐くたびにそんなに疲れ果てられては、使いどころも限られるというものだが……悪くない、いつかその力に頼らせてくれユラン」
「ピキュゥゥ……ッッ! キュェ……おいっ、アウサルっ、主人の我が輩を捨ててどこへ行くつもりだ!」
通りに向かって歩き出すとユランが俺の背中を呼び止めた。
もちろん今から出かけるに決まっている。
こうして顔そのものは出したのだ、俺は他の要件を片付けようとその場を立ち去ることにした。
「せっかく戻って来たのにどこに行くのよアウサルくん! シッカリ、寂しい思いをした婚約者と今日という残り少ない1日をそいとげて下さいっ!」
「ここまで歩き通しで汗をかいた、俺はグフェンに細かい報告を入れてから例の遺跡で湯をかぶってくる。悪いがその後、飯を作っておいてくれると嬉しい」
それとどうでもいいが姫、むしろアンタはユランとの生活を満喫し切っていたようにしか見えんぞ。
「なら方向が逆ですよアウサルくん。グフェン様ならあちら側の畑にいらっしゃいます、お洋服もお顔もバッチリ、どろんこにしていましたわ」
「どれ、ならば我が輩が案内してやろう」
ニブルヘルのリーダーグフェンは相変わらずのようだ。
大きくなったユランの背中を追って、俺はア・ジールの町並みをゆったりと進んでいった。
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その日の残りは休養にあてた。
夕方過ぎにルイゼが戻ってくると、グフェンが広めたのか帰国の噂が噂を呼び、フェンリエッダにダレス、ジョッシュ、鍛冶ハンマーのブロンゾまで鍛冶場のライトエルフに運ばれてうちにやって来た。もちろんグフェン当人も一緒にだ。
「これがアウサル殿の人望なのだろう。……ところでまだ酒精は弱いが麦でビールを仕込ませた。皆で飲むといい、アウサル殿、よくぞ無事に帰って来てくれたな。……ああそれとこれは俺が手塩にかけたカブの酢漬けだ、皆で食うといい」
「カァァァ~ッ、グフェン殿は領主の鑑だねぇ~! 食えねぇのが超無念だけんどその気持ちは受け取ったっ! おらてめぇら食え! アウサルお前が1番最初だからな!」
その後は大騒ぎだ。
グフェンはいきなり家事スキルを見せつける、ブロンゾのおっさんは相変わらずやかましい。
それにフェンリエッダが小言を言って、ルイゼとパフェ姫がまあまあとなだめる。
それからダレスがブロンゾの悪ノリに乗っかって、元部下のジョッシュにやんわりと鋭い皮肉を言われ、そのダレスをグフェンがやさしくフォローしていた。
よって休養らしい休養にはまるでならなかった。
だが満足だ、呪われた地という死の世界に住まうアウサルが、おぼろげに憧れていたものがそこにあるのだから。
本の世界にだけ存在する、アウサルという忌み人には絶対に手に入らないはずだったもの。
それらは情勢の変化1つで滅びかねない、砂上の楼閣のように不確かな存在だった。




