12-08 地獄の底より愛を込めて
「わっっ、おおっ無事でござったかアウサル殿っ!! というよりどこから現れるでござるか!!」
合流するなり銀色に美しい有角種様が瞳を広げて驚いた。
かすかにその瞳が潤んでいた気もするが、触れたり見なかったことにしておこう。
「ああ……さすがに死ぬかと思った……。スローになった世界で、読み残しの本やア・ジールの将来、ユランに代価を貰ってないことを思い返してしまった。……ああ、危うくヤツと一緒に氷漬けになるところだったな」
「ふぅ……っ、焦ったのはこっちでござるよ……。しかし意外に余裕そうで何よりでござった、本当に貴殿は……無茶ばかりして気が気でござらん……」
あわやのところで愛用の商売道具と身体が勝手に動いた。
土壁を掘り込んでセーフティーゾーンを作っていたのだ。どうも無自覚だったので、自分でどうにか切り抜けたという感慨には乏しい。
「すまん。潰されずには済んだのだがな、気づけば狭い土中で真っ暗闇の歓迎だ。前には冷たい氷の壁が陣取っていてな、フフッ……あれは後一歩で生き埋めの酸欠だったな」
「笑いごとでござらん!! 貴殿がいなければ今後の計画に支障が出るでござるっ、少しは自重くらいして欲しいでありますよっ!!」
そこからどうにか横へと掘り進めて、ゼファーのいる大部屋の中に戻ってきたのが現在といったところだ。
クイーンという絶対的な驚異を排除したこと、運良く生き延びたことで俺の頭は少しハイになっていたかもしれない。
「すまん」
「危なっかしいでござる……ほっておけないでござる……。確かにマテリアルにより火力こそ上がったでござるが、中身は普通の人間でござる、死ぬときは死ぬでござるよ……」
ゼファーの心配がどうにも嬉しくて彼女に微笑み返した。
付き合いは短いがゼファーとの信頼関係が結ばれた。
この狼狽と心配は、それを証立てるものだった。つまりは俺たちはいつの間にかもっと仲良くなれていたのだ。
「そんなことよりアリどもが来る前に戻ろう」
「あ……。拙者としたことが、それもそうでござるな、うむ」
恐らくもう寿命残り少ないであろうアイスマテリアル、これを外してウィンドマテリアルを装着した。
また宝石を手配してグフェンに合成してもらわなければならない。
トンネル工事において氷結魔法は有益だ。逆に土中で火炎魔法なんて放てば語るまでもないこと。
ともかく俺たちは焦りつつのかけ足で、これまで来た道を引き返した。
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まあ、ここまで暴れてそのまま逃げおおせました、とはいかない。
クイーンも何度も悲鳴を上げた。やつらがここに現れないはずがなかった。
「アウサル殿。……奥が見えんでござる」
「ああ、こりゃ大渋滞だな」
アビスアントの大群が道を塞いだ。このままだとまずい。
さっきから俺に代わりゼファーが迎撃してくれていたが、数があまりに多過ぎた。斬っても斬っても新しいのが仲間の死体を踏み潰してやってくる。
向こうもバカじゃない、そのうち迂回路を作って背後や側面を突いてくるだろう。まめな後ろと左右の警戒を要した。
「仕方ない、かなり荒っぽくて危険をともなうが……コイツを使おう」
それを起動させるとスコップの先がエメラルド色に変わる。
本当ならアイスマテリアルで前を塞いで、別の道を俺が掘れば良かったのだが……それはマテリアルの寿命がもたないだろう。
「それは確か風の……」
「ああ、今のうちにめいっぱい息を吸っておけ。それから合図をしたら地にふせろ、巻き込まれるぞ、かなりヤバいやつだ」
ウィンドマテリアルの力を引き出して俺はゼファーと前を交代した。
巣穴の狭さがアビスアントどもの不幸だ。ゼファーに声をかけると同時にスコップから全力の烈風を放つ。
「くっ……うっうぉぉ……!」
「……っ! ……っっ!」
風がアリの群れを跡形もなく吹き飛ばしてくれた。
やつらは巣のドン詰まりか、地上出口まで一直線というわけだ。
ちなみにゼファーの声がまともに聞こえないのは、音さえも地上に押し流されているからだろう。
暴風がギリギリまで落ち着くと俺は彼女の白い手を引いて走った。……まあ俺の方がよっぽど白いが。
さて行き止まりのトンネルで、外に向けて風魔法を放てばどうなるか。答えは、空気が無くなる、だ。
俺たちは一目散に巣の中を突き進み、やがて酸欠状態でアウサルの地下トンネルにたどり着くのだった。
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そこから先は説明するまでもないだろう。
地上に戻った俺とゼファーはクイーンの撃破を王と重臣たちに伝え、市内の救援に回った。
女王を失ったアビスアントたちは大混乱を始めた。武器さえあれば普通の獣人であっても何とか倒せるほど、一気に弱体化していった。
銀狼ヤシュの一派の武勇に励まされ、温厚なはずの獣人たちが武器を持って勇敢に脅威を倒してゆく。
その勢いと単純明快な身体能力は凄まじく、夕方前にはもう大半のアリが駆除されることになっていた。
後はアウサルの特別サービスで市内の穴を埋めて回った。それが終わったのが朝方だ。
これでやれることはもう全部やったことになる。さあ終わりだ、幕を引こう。




