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12-07 地を這い全てを食らう者どもの女王

 アビスアントの巣は人が通るにはいくらか狭かった。

 アリの大半が地上ダ・カーハの都に上がっていたのか、あるいは浅い部分を主な生活域にしているのか、そこは物音の無い静かな空間だった。


「……後ろは任せた」

「……ガッテンでござる」


 細い道を白銀の商売道具で押し開く。

 最低限の背丈だけ確保しながら俺たちは下へ下へと急ぎ足で進んでいった。

 その暗く果てしない下り坂は、まるで黄泉の国にでも繋がっているかのようだ。

 俺は黙々と黙々と愛用のスコップを振るい、赤いカンテラの光を辺りにチカチカと乱反射させた。


 ……こんなときだがさっきの話を思い返す。

 ゼファーの推測はきっと読み違いではない。

 やつらエルキアが神世の時代の遺物をどこから手に入れてきたのかがわからないが、俺たちが知る限り他に該当勢力が無かった。

 探偵という職業の言葉を借りるなら、動機と凶器。その双方を持ち合わせている勢力はエルキアだけだったのだ。


 しかし獣人の国はエルキアと直接対立していない。実は非公式だが北のヒューマンの王国に半従属していた。

 そう、言わばここは他人の庭なのだ。……なのにアリをまいてヒューマンごと獣人を滅ぼそうとした。

 一体なぜ、そこまでする必要がある……。


 同族の国ごと一帯を滅ぼしてまで、敵対もしていない種族を殲滅する意味なんてあるのだろうか。

 もはやこれでは、エルキア王国の国益とはかけ離れた、別の理由で動いているようにしか見えない。

 エルキアは狂っていると、ゼファーが結論付けるのにも納得がいった。その狂気は自分たち以外の全てを滅ぼそうとしているかのようだ。


「ここの敵は出払っているらしいな……」

「ついているでありますな。……ところで道が地上部のものより、やや細い点には気づいたでござるか?」


「ああ、そういえばそうだな。おかげで掘りがいがある」

「要はここに近寄るアビスアントはそう多くないという証拠でござる」


 まだ引きずっているみたいだがやっと落ち着いてくれたようだ。

 そのゼファーの言葉を信じたい。

 こんな場所で援軍を呼ばれたら……もう考えただけでも怖ろしいので読書家の妄想力を引っ込めた。



 ・



「いや、すまないでござるなアウサル殿」

「いいやかまわない。……地中で通常魔法を使うのは少し、いやかなり危険だからな」


 そうしてしばらく下ってゆくと景観の変化が起きた。

 さっき俺はこの巣を黄泉の国に例えたが言い直そう。ここは地獄だ。

 道が巨大な大部屋に繋がったので、警戒しながら中へと飛び込むとそこは……。


「ざっと200匹……いやもっと多いか。これら全てが地上の連中に合流していたらと考えると……まったくゾッとする」

「早く片付けて下され、今にも生まれそうできぼぢ悪いでござる……」


 そこは壁という壁、天井という天井全てにアリの繭が眠る、悪夢のベビールームだった。

 俺はためらうことなくアイスマテリアルを装着して、繭全てを凍り漬けにして回った。

 アビスアントにもう少しの計画性があれば、俺たちにも手がつけられないことになっていただろう……。


「はぁぁぁぁ……本当にゾッとするであります……。これ全てが孵っていたら……くっ、なんてことでござろうかっ……。間違いなく、この地の生けるもの全てが滅びていたでござる……」

「そうだな、だが歯ぎしりを立てんでくれ、それは意外と響く。それに俺は逆に考えているぞ。ゼファーのおかげだ。アンタがこの都に俺たちを導き、最短の段取りを整えてくれていたからだ。アンタは頼もしいよ、ゼファー」


「ふっ誉めても何も出ないでござるよ。さ、クイーンを探すでござる」

「ああ……」


 大部屋の奥に新しい道を確認してあった。

 繭がここにあるということは、それを産んだ者も近いところにいる。いち早く片付けてここから撤退しなければならない。

 ところが――


「アウサル殿ッ!」


 とっさのゼファーの警告、これで生涯2度目か。

 禁断の大釜より現れた粘液巨人、それより活動的で気持ちの悪いものが視界の真横に突然現れた。

 ――兵アリが孵ってしまったのだ。運悪くも凍らせ損なった箇所だったのだから、俺の手落ちとも言えた。


「グァッ……?!」


 それは奇声か産声か、兵アリのあごが俺の頭を狙った。

 まずい、完全に油断した。スコップで怪物の胴体を押し退けようとするも、俺はヤツの体重に押し倒され声を上げていた。

 強靱なあごが、捕獲した俺という獲物目指してもう1度食らいつく。


「…………焦った」

「はぁっはぁっはぁぁっ……、無事でござるかアウサル殿ッ?!」


 ア・ジールは頼もしい連中ばかりだ。

 ゼファーの手を借り身を起こした。

 首と鎌腕を落とされた、兵アリの死骸を蹴りどかしながら。

 生まれかけだったこともあるのか、これまでの兵アリと異なり暴れ狂うること無く静かに生き絶えている。


「本当に助かった。だが、まずいかもしれんな……」


 死骸を見下ろしながらゼファーにつぶやく。

 アリの体液をまき散らし、少量を俺がかぶってしまった。


「社会的な種類の虫は、体液に仲間を呼ぶ作用があるらしい」

「あり得るでござる。しからばなおさら急ぐことにいたそう、これに気づかれる前にクイーンを電撃戦で倒すでござるよ」


 急ごう。スコップをこれまで以上に加速させて、巣穴をさらに奥へ奥へと広げていった。

 あそこに繭があった、つまりはアビスアントの女王が近い。この地獄からいち早く帰還するためにも俺たちは進軍をひた急いだ。



 ・



 女王の巣に到着した。

 障害は現れなかった、あっという間に俺たちはその大部屋に飛び込んでいた。

 そして見ることになった。

 アビスアントのクイーンという、神世の時代の生ける悪意を。それはもはや悪魔に等しい巨体の怪物だ。

 女王にふさわしく腹部を大きく長く発達させた巨大アリだ。尾の先が見えない、あまりにでか過ぎるせいだ。背丈だけでも俺たちの4倍近くもあった。


「ニン、ゲン……」


 その女王が喋った。

 これにも驚く他にない、虫ごときが喋ったのだから。

 言語を使える知能があるのならば、これは少し事情や段取りが変わことになる。ゼファーの前を塞いで俺はアリの王を見上げ、ひと思いに問いかけた。


「アビスアントの女王よ、俺たちは獣人を守るためにアンタを殺しに来た、悪いがこの予定は絶対に変更出来ない。……だが、その前に俺の質問に答えてくれたのなら、アンタはその間、仲間を呼ぶための時間を得られるだろう」

「それは……危険な賭でござらんか……。しかし、アウサル殿ならばそれも……くっ、わかったでござる」


 ゼファーは反対意見をすぐに引っ込めた。

 彼女が1番知りたがっていたのだ、コイツらが何なのか、どこから来たのかという謎を。


「答えぬなら今すぐ殺す。では問おう、人喰いアリの女王よ、アンタは――どこから来た」


 威嚇にスコップを振り構えると、ゼファーも片刃剣を鞘から半身だけ抜いた。

 答えねば殺す、絶対駆除の意思でヤツを睨んだ。


「フ、フフフゥ……アハ、アハァ……ソレハ、シラナイ。喰ッテ、イイッテ、言ワレタァ……」

「誰にだ?」


「シラナイ」

「……大した情報にはならないか、ならば死ね。貴様がユランの愛する民を喰らう前に」


 ゼファーに目を向けるとうなづいてくれた。

 アビスアントの駆除が俺たちの役目、倒さなければ獣人の国に未来は無い。


「ヒュ、ヒュゥゥマン……ヒュゥマンニ、言ワレタワ……ッ。全部、滅ボセ、ヒューマンモ、獣ジンモ……滅ボセ、滅ボサナイト、イケナイ……! イケナイィィィッッノォォォォッッ!!」


 言葉が高い声から高周波にも近い絶叫に変わった。

 突然アビスアントのクイーンが暴れだし、鎌腕をメチャクチャに払う。

 俺たちは安全圏まで後退し距離を稼ぐことになった。


「何だ、急におかしくなったぞ……!」

「きっとそう設計されているのでござる! これは、創造主サマエルの認めぬ全てを、我らを滅ぼす為に作られた存在なのでありますゆえ!」


 クイーンが標的に近づく。

 互いに絶対に滅ぼさなければならない者同士が睨み合う。

 するとその鎌腕がこちらを高速で薙いできた。ので、俺はスコップをしっかりと持ち直し、危険な薙ぎ払いを受け止めてみた。普通ならば愚考以下だ。


「うっうおおおーっっ?!!」

「アウサル殿! 無茶ばかり……!」


 予想通り鎌腕は真っ2つに斬れ飛んだ。

 黒ではなく白い血しぶきが飛び散り、絶叫と共に辺りを不気味に汚す。

 ただしあまりの運動エネルギーに俺は壁際まで地を滑り続けるはめになった。


「大丈夫だ、そっちこそ気を付けろ!」


 でかいが対処出来ない敵ではない。

 ただ胴体部分が兵アリと違ってやわらかそうな肉感があり、さらにはその巨体もあってスコップが急所に届かない。

 バカ正直にやっても大きなダメージは期待出来ないだろう。


「カイ、ブツ……!」

「怪物は貴様でござるっ! その命拙者が貰い受ける!」


 ゼファーが援護のために突出してくれた。

 クイーンは前腹の剣腕を乱舞させて彼女を迎え撃つが、それをゼファーが片刃剣で綺麗に受け流す。続く撃ち合いを拮抗させた。


「ヒ、ヒヒヒ、ヒァハァハァハァハァァーッ!!」

「くぅぅっ、さすがに……不利でござるかっ……!」


 しかし相手は巨大、このままでは長く続かないと判断したのか銀の有角種が後退した。


「苦手でござるが……お覚悟! せいやっ!」


 これは驚いた、初めて見たかもしれない。

 確かに使えないこともないと本人が言っていた。

 彼女は火球を右手に発生させて、まるで石でも投げるかのように振りかぶったのだ。


「ヒッ、ギィィィィヤァァァッー!! ニン、ゲン! ニンゲン、ワタシ、喰ウゥゥゥゥーッ!!」


 火炎が女王アリの胸を焼いた。

 だが……やはりでかい、コイツはでか過ぎる……。鎌腕1本を失っているのに少しも動きが鈍らない。とてつもない、いや神に歪められたとでも言える生命力を持っていた。


「あの腕を落とすぞゼファー、援護してくれ!」

「アウサル殿! もうまたそんなっ、気を付けるでありますよっ!」


 ゼファーの隣に立った。

 ひと声かけてから突っ込むと、すぐに銀の髪を揺らして肩をそろえてくれる。その頼もしい剣豪とともに女王との再度の接近戦を試みた。


 ゼファーがさばき、俺が断ち斬る。たったそれだけの話だった。

 剣腕との撃ち合いはスコップというバランスブレイカーにより一方的な優勢で終わった。

 剣腕全てを斬り落としてやったのだ。


「イギャァァァッ?!! カ……カイブツ、カイ、カイブツ、ソンナ……コノ、私ニィィ、喰ワレロォォォォーッッ!!」


 そこでアビスアントの女王は絶対不利を悟った。

 その怪物が死に物狂いで選んだ行動は――残りの鎌腕による、全身全霊の薙ぎ払い!


「支えてくれゼファー! あれを迎撃すればヤツは攻撃能力を失う、破壊するぞ!」

「わかったでありますっ、しからば失礼!」


 最初は鈍く、やがて超高速に至った1撃が迫り来る。

 がっちりとゼファーの身体が腰を支え、俺は安心してその鎌腕を断ち斬りカウンターすることが出来ていた。

 距離にして6歩ほどの地滑りを受けることになったが、ゼファーのおかげで何とか踏みとどまる。


「アギャッ、ウギャアァァァァアァァーッッ!!」


 アビスアントの女王は足以外の全てを奪われ、激痛と怒りにまた絶叫した。

 さあ仕上げだ、アイスマテリアルをルイゼのスコップに再装着する。

 するとゼファーが何も言わずに前へと立ってくれた。


「任せた。確実に焼き払いたいところだが、やはり地中で規格外の火炎魔法を放つのはまずい。これも氷漬けにしてしまおう」


 ゼファーとクイーンが睨み合いを続けている。

 その間に俺は巨大な敵を、どうにか確実に凍らせるためにアイスマテリアルの魔力増幅を続けた。


「サマエルサマ、ニィ……逆ラウ、種族……滅ボス……呪ワレタ、反逆シャ……死ネ、死ネェェ……」


 確かに腕という攻撃手段を俺たちは奪った。

 ところがまだ1つだけ残っていたのだ。

 アビスアントの女王は選んだ。鈍重で獲物を狙いにくい己のアゴではなく、我が身をそのまま使った、体当たり、突進、超重量によるぶちかましを。


「あれは無理でござるっ下がるでありますアウサル殿!」

「いいや断る、いっそあれも凍らせればいい!」


 準備が整った。

 俺はゼファーの警告を無視して突進に突撃で返した。

 アイスマテリアルに残る全ての魔力をかけて、クイーンを薙ぎ払った!


「な、うっうがっっ?!!」


 目前でアビスアントのクイーンが氷漬けになってゆく。

 キラキラの氷が醜い怪物を封じ込めて、分厚くその全身を浸食していったのだ。……そこまではまあ良かった。


 だが敵の莫大な運動エネルギーはそれじゃ止まらなかったのだ。

 つまり……氷の結界がそのまま俺を壁に弾き飛ばし……。


「アウサル殿ォォォーッッ!!」


 叫び声を上げるゼファーの前で、俺は壁とアビスアントにはさみ潰されることになっていた。

 ああ、世界がスローだ……走馬燈のように……いや、走馬燈とはそもそも何だろうか?

 ユランにもっと異界の話を聞かないといけない……。


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