12-05 獣人の都
ヤシュの作戦は上手い具合にいった。
御輿を足場に兵アリの首を狩りながら進む。雑魚のせん滅はつゆ払い程度に抑える。
こうして都正門にたどり着くまでに、7つの兵アリを片付けてアリの軍勢を崩壊させた。
その正門、遠くから見えるだけあって赤く立派な城壁だった。
そこを獣人の守備隊が固めている。……ヤシュの一派には見えない。
それと城壁外部の畑はメチャクチャに喰い荒らされていた。騒動が片付いたらア・ジールが急ぎ支援しなければこの国は困窮することになるだろう。
「き、貴様はヤシュッッ!? まさかっ、まさか我々を助けに来てくれたというのかっ!?」
ヤシュは一派を束ねるだけあって有名なようだ。
守備隊長とおぼしき犬の獣人が驚きながらも感激した。
「バァァァカッ!! 助けてやる気なんてみじんもなかったべ! 感謝すんならよぉ、俺じゃなくてこっちのアウサル殿下にしなっ!」
「おいヤシュ……コロコロと人の呼称を変えるな……。殿下だなんて誤解を招くぞ……」
それにそこは嘘でも、同胞を助けに来たと素直に答えるべきところだろうに……。
「へ、蛇の目……ッ?! 何だよその男はっ! あ、いや……失礼した……。援軍非常に助かる……まさかこんなことになるなんて……」
まあそこは慣れている、それより世間話なんてしている暇はない。
「ハァッ?! カッケェべよ! あ、じゃなくてよぉ、中の方は無事なのかよぉ?」
「中か……いや穴を掘られては城壁で防ぎようもなくてな。……かなり入り込まれている。だが外から来るアリもいるんだ、ここを放棄するわけにはいかん」
「だろうべな! フ抜けのおめぇららしいべ!」
そうは言うがならどうすれば良かったんだヤシュ。
地下を自由自在に動く生物など、どう対処すればいい。敵に回すとこれほど恐ろしい者などいないではないか……。
「俺は兵士だ! フ抜けじゃない!」
「いいやフ抜けだね! ってそうじゃねぇ……こんなことしてる場合じゃねぇか。……で、王は?」
この状況となると軍部の中枢に1度向かった方がいいだろう。
そうなるとダ・カーハ王に会うのが正しい。ヤシュにしては理性的な判断だった。
「宮殿にいるはずだ」
「ケッ……作戦会議だなんだよか、先にすることあんだろが……ったくよぉ、平和ボケどもが……。ああよしわかったもういい、そこを通せ」
都の城門、ここまで来たら次にどうするかを考えなければならない。
どうやってこのアリの襲撃に対処するかだ。
ヤシュが話を付けてくれている間に俺は俺で思慮させてもらった。
……こっちにはゼファーが来ているはず、彼女も王宮だろうか。あれは知恵者だ、きっと頼りになる。
「わかった……。だが約束してくれ、この騒動が片付いたら……」
「ああ、おとなしく帰ってやるべ。だからよ、早くそこを通せフ抜けどもがッ!」
もしかしてヤシュの一派を中に入れてはいけない、という取り決めがあるのだろうか。
しかしよほどアリの襲撃に苦戦しているのか、正門の扉が言われるがままに開かれていった。
対立する一派を受け入れるか……。
やはりこれは大事だ。早くゼファーに会わなければならない。
・
市街を抜けて王宮を目指した。
道中ではときおりアリと遭遇してはそれをけちらして進むことになった。
市民のこともある、ここでは働きアリも討ち漏らすわけにもいかなかった。
ところで都内部に入って気づいたことが2つある。
これがまだ都崩壊の窮地というほどの事態ではなかったのだ。戦力だけで見れば獣人の軍が勝っていた。
だが地底に巣くう地下生物は神出鬼没、市内全てに兵を回すのは無理があった。それにいつ敵が絶えるのかもわからなかった。
残り1つは兵質と気性だ。
ヤシュの軍勢と、都の兵たちの間には大きな実力差がある。
穏和に作られたがあまり、脅威に対応出来ない欠点を抱えていた。
もしかしたら有角種に支配されなければ滅びていたのではないか、そう思わせるほどに両者の力には差があった。
やがて王宮に到着した。
いいやそれは残念ながら正しくないかもしれない。
警備が薄いのを良いことに、ヤシュと一派は守備兵の隙を着いて中へと強行突破した。
もちろん俺がその暴挙を許可するわけがない。
「おい待てヤシュ! 人んちの城内でさすがにこれはまずいぞ無礼どころではない! 止まれっ、おいっ、下ろせ狼男っ!」
狼藉者に守備兵たちの怒号が飛ぶ。
だがヤシュの姿が1つの免罪符になるのか、それともアリからの防衛で手いっぱいなのか追撃はなかった。
「貴様ヤシュ!!」
「無礼者ッ!!」
「その男は何だッ、止まれヤシュの一派め!!」
散々な罵声を受けながらも、おかげさまでもう謁見の間にたどり着くことが出来ていた。
せめて、御輿からは下りたかったのだが……とんだダ・カーハ王宮デビューになったものだ……。
フレイニアでの風呂騒動といい、城とはまともな縁が無いのかもしれん……。
・
過ぎたことは忘れよう。
俺は御輿に立ち乗ったまま謁見の間、その中心まで運ばれて誠に騒々しく地に下ろされた。
当然ながら、そこにあったありとあらゆる注目が白腕蛇眼の男に集まることになる。
玉座に老いた狼の獣人と、その周囲を取り囲む重臣たち、そして探し求めていたゼファーの瞳までもが俺を見つめていた。それは奇異と、かすかな期待にも感じられる。
「来てやったぜ叔父貴!」
「おおヤシュよ、待っていたぞ。必ず来てくれると信じていた、援軍助かる」
「これでゼファー殿の立案が使えますね。私はまだ正直半信半疑ですが」
現れたヤシュを重臣の2人がニコニコと温厚に歓迎した。
ところがそれが逆にいけなかったらしい。
予期せぬ歓迎にしばらく呆気にとられていたようだが、そのヤシュの顔色がますます不機嫌になってゆくではないか。
「都合の良いときだけ俺たちを頼んじゃねぇッ! この平和ボケのクソどもがッッ!!」
「おお怖い、もう少しゆったり穏便といきましょうヤシュ様」
重臣に悪気はない。
それが余計にヤシュとしては良くないみたいだ。
しかしそのどうでも良いやり取りを玉座の上の老王が腕をかかげて制止した。
「しばらく見ないうちにぃ……まぁ~たやさぐれたかぁ……? 昔はあんなにかわいかったのに……のぅ、覚えておるかヤシュ坊や。お前は果糖の飴が大好きでなぁ……」
ところがこっちも穏和を通り越してただの爺様だった。
少なくとも有事の話題ではない。
「何十年前もの話をッ、何度も何度も何度も何度も会うたびに繰り返すんじゃねェ!! 叔父貴ィッ、それより今はアリどもをどうにかしねぇとなんねぇだろがよッ!!」
しかしヤシュが王族の血縁者だったとは驚きだ。
「そうじゃったの、ホホホ……ああ、歳は取りたくないのぅ……。おお、それはそうとヤシュ坊や、お前は昔はあんなにかわいかったのに今は……」
いや待て王よ、もしかしてアンタ、ボケてるのか……? その話題はもう2回目――
「あの頃のお前は果糖の飴が……」
「叔父貴! 頼むからしっかりしてくれ!!」
こんな……こんな状態の王がよくもまあ現役で即位していられるものだ。
独特だなこの国は……。
「陛下、それはさっき同じことを陛下自身が言ったでござるよ。……して、ここは拙者が代わりに話を進めさせていただく。ふ……待っていたでござるよアウサル殿。それにヤシュも、必ず来てくれると信じてたでござる」
そこでゼファーが介入してくれた。
どうもヤシュはゼファーに信服しているようで、この人が言うならばと一変して落ち着いていた。
「うむ……貴女様に全て任せまする……。偉大なる有角種のゼフ様よ、どうぞお導き下され……」
「拙者はゼファーでござるよ陛下。……では、最低限の確認事項の後に作戦決行でござる。詳しい概要は進軍しながらで問題ござらんな?」
何だと? これが頭の中で1度はんすうしなければ追いつけないほどに、早い早いいきなり過ぎる話だった。
俺たちがここに来ること前提で物事が決まっていたのだ。
しかし俺たちがここに来ると推測できるのはゼファー1人、つまりこれは彼女の計画ということになる。ならば十分に信頼に足るものだろう。
「それは構わない、俺が良いならヤシュも反対しない。で、確認事項というのは何だ」
俺の返答に銀髪の乙女がクスリと口元を微笑ませる。
ヤシュが俺に従うようになるところまで、折り込み済みか……。
「ヤシュ殿、そちらからの援軍は期待出来るのでござろうな? まさか呼んでいない、なんて失態は許されんでござるよ?」
「そこは当たり前だべ姉御。数が多いほど損害を減らせる、ヤシュの一派総員がこちらに来るべ。幼い者と老人、妊婦をのぞく全部だべ」
得意げにヤシュが己の軍勢を誇った。
一部をのぞき全てが戦闘員なのだと、そこは武闘派一族の誇りであるらしい。
「ならばヤシュ、貴殿はそれを指揮して都を守って回るでござる」
ヤシュはゼファーの命令に即答しなかった。
俺にも腑に落ちない点があったからだ。
「……響きからしてよ、おいらはアウサル様と姉御とは別行動に聞こえたんだけんど? おいらはおめぇらと一緒がいいべ」
そういうことだ、俺とゼファーは都の防衛とは異なる別の作戦行動に出ることになる。
……ということになるだろうな、これは。
「ダメでござる、これは両者が歩み寄るチャンスでござるよ。ヤシュの一派の武勇を都の獣人たちに見せつけて、ときには戦うことの大切さを思い出してもらうでござる。……さすれば、ヤシュ殿の父上らが抱えてきたものも、果たされるやもしれないでござるよ。己の目的を見誤るとはヤシュ殿らしくもないでござるな」
そうか。これはダークエルフがライトエルフの救援に現れたときと同じだ。
助けに来たという事実と絆が奇跡を生む。
ならばヤシュはその代表として、目立つところで目立てるだけ大げさに活躍させるに限るのだ。
「ヤシュよ……」
俺からも説得するか……?
そうヤツの毛深い顔色を見上げたときだった。あの老王の弱々しいその声が場を遮ったのだ。
「なんだよ叔父貴! 今おいらたちゃ大事な話してんだべさ! 世間話ならくたばってからにしなっ!」
「ヤシュよ……大きく……立派になったのぅ……」
しかしそこから続くものは予想もしない言葉だった。
「今なら……お前たちの気持ちがよくわかる……。民を守るための……勇気と力が欲しい……。野蛮であろうとも……造物主サマエルの願いに逆らおうとも……闘争心が、ワシにももしあったら……」
なにせ老いた王が心変わりを始めたのだから。
穏和に作られた種族が、あるべきあり方を捨てて闘争を求める。
それはどう考えたって簡単なことではない。自己否定にも等しいはずだ。年老いた者が己の考えを変えると言うのだ。
「頼む……ヤシュよ、ワシの自慢の坊やよ……。民を守ってくれ……そして我らにどうか、未来をくれ……。ヒューマンにも、偉大なる有角種様にも従わず、我らが我らだけで立っていけるだけの……種としての自由を打ち勝ってくれ……」
「お、おい……叔父貴……気は確かかよ……?! そ、そんなの……今さら言うとか卑怯だべッ?! 追いつめられてから……力が欲しい、助けて欲しいだなんて、ずるいべよ?! おめぇらは今だけだっ、今だけそう思ってるだけだ!! なんでその言葉をッ、親父の時代にテメェは言わなかったんだよォッ!!」
これは種として、国としての方向転換だ。
王はヤシュの一派のやり方に賛同すると言っている。それを引き起こしたのは恐らくアリと――彼らがかつて崇めた有角種のはぐれ者。
「まあまあヤシュ殿、今回の代価は期待して良いでござるよ。なにせ拙者剣豪商人でござる、交渉ごとは大の得意でござってな」
そのはぐれ有角種ゼファーの微笑みがこちらにも向けられた。
これはかなりの条件をここの連中に取り付けたと見える。それだけ彼女の謙虚さに似合わない、まこと自慢げな笑みだった。
ところでそこに重臣の1番偉そうな男が口をはさんできた。
「うぉほん、よくお聞き下さいませ。この事態をア・ジールのお2人と、ヤシュの一派が見事終息させて下さいましたら。……ダ・カーハ王国は、その日その瞬間よりア・ジール地下帝国に従う。そう我らは約束いたしました。この意味がわかりますな、ヤシュ王子」
お、王子……? コレが……?
ああまあ王を叔父として持っているなら一応は王族か……。
俺が言うのも皮肉だが、笑ってしまうほど全然似合わないな……。
「そういうことでござる。結果次第でヤシュの一派が願った世界が始まるのでござるよ。断る理由などありますまい、張り切って下さりますな、ヤシュ殿」
有角種、かつての獣人の支配者。
ゼファーの言葉に逆らえる者などそこにはいなかった。
ユランもきっと結果を喜ぶだろう、さあ、後はゼファーの計画を完遂するだけだ。
もうおおよその見当はついている。穴には、穴だ。
やつらアリどもにとってアウサルという増援は、アリ史上最低最悪の存在となることだろう。




