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12-02 獣人の国 はぐれ者のヤシュ

 作業12日目、獣の地下隧道が開通した。

 しかし思わぬ結果となったので、ここは異界にてたびたび使われる定型文を借りよう。

 トンネルの先は洞窟だった。


「…………」


 しかもだ、そこにレゾナンスオーブを持った大柄な男が待ちかまえていたのだから予想外極まる。

 明らかにゼファーではない。ゼファーの姿もない。コイツは誰だ、警戒心が俺の肌に電撃を走らせる。

 いやそれどころか、俺が言うのもなんだが……ソイツは一般的に人とは呼びにくい姿をしていた。


「よぅ……」


 ソイツが低く好意的とは思えない声を上げた。

 ソイツは人ではない。細身の銀狼が人の形を取ったものだ。

 つまり狼の獣人、獣人には何種類も亜種がいるとはゼファーから話を聞いていた。


「アンタ誰だ」

「俺は銀狼のヤシュ。……で、そちらさんはアウサルって野郎で間違ぇねぇべ? 大事なところだからよ、慎重に答えろや……」


 獣の顔からは表情が読みにくい。

 だがやはり好意的には感じられない、こっちで何かが起こったとしか思えなかった。


「ゼファーはどこだ」

「……そちらさんの名前が先だ、おめぇアウサルだよな?」


 ユランと契約を結んだ時点で、騒動とは無縁ではいられぬということだろうか。

 俺は返答を返さず狼男の動向をうかがい続けた。

 向こうが何か別の動作をするのを待ったのだ。


「シャッ!!」


 ……それが拳だった。

 銀狼のヤシュの攻撃をスコップの柄で受け止める。


「名乗れやアウサル! おめぇアウサルだろぉっ?!」

「知らんな。……っ!」


 だが俺は獣人の身体能力を舐めていたらしい。

 ヤシュは武器を持っていなかった。

 必要なかったのだ、重い1撃と獣じみた俊敏性がただのスコップ男を攻め立てた。強い、こっちが圧倒されかけている。


「やるなアウサル! だがこの程度か、正直期待外れだッ!」


 何だコイツは……。

 獣人は……創造主サマエルは巨人の凶暴さを反省して彼らを穏和に作ったんじゃなかったのか……? 話が全然違うぞユラン……!


「いきなりケンカを売られる身にもなれ、狼男。それにどうやら俺とアンタは……少し相性が悪いみたいだ。だから裏技を使わせてもらう」


 それと自分の意外な弱点に気づいた。

 俺は相手の金属武器を破壊して勝利を重ねてきた。だがあちらさんは体術だ、当然破壊できない。

 そこで風のマテリアルをルイゼのスコップに装着した。


「いくぞヤシュ、悪いが避けられると思わない方がいい」

「やってみろよっ、俺に勝てたらそちらさんはアウサルだッ、間違いねぇ!」


 ヤツの次の突撃を待つ。

 相手はなぜか感情的になっている、あっさりとその機会がやってきた。

 ヤシュの速く強烈な拳を、俺は風のマテリアル・スコップで打ち返す。


「何ッ――ゲギャッッ?!!」

「悪いなヤシュ、強いアンタが悪い」


 たったそれだけで強烈な風圧がヤシュを吹き飛ばし、ただちに壁へと叩き付けることになった。

 だがタフだ、ヤツはゆっくりと立ち上がって距離を守ったままこちらを睨む。

 ……そこで俺も理解した、俺は試されていたのだと。


「俺がそのアウサルだ。そろそろこの茶番を止めにしてくれないかヤシュ。狼のアンタに睨まれると怖ろしい」

「……ヒハハッ! はぁぁぁ……ぶっっ、たまげたわ……。まさかよ、本当に壁から姿を現すなんてよぉ……おめぇ常識を疑うべ。しかも今の風なんだべさ、おいらが吹き飛ばされるなんて……何が起こったのかわからねぇよ」


 アウサルを名乗ると狼男ヤシュの戦闘態勢が解かれた。

 やはり試されていたらしく、一変して満足げに笑い返してくるのだからこっちは拍子抜けだ。


「ゼファーはどこにいる」

「あの人か、ここにはもういねぇ」


「なら彼女をどうした。場合によってはしばらく力ずくでも付き合ってもらうことになるぞ」

「そりゃ嬉しいべ。おいらもそうして欲しいと願ってたところだべさ」


 こちら側に来て早々おかしなことになったものだ。

 ヤシュからはもう敵意を感じない、まるで別人のように親しみ深い人柄に変わってしまった。


「上に仲間を待たせてある。話は進みながらでかまわねぇよな?」

「進む? ……ならばそちらの狙いを確認しておこう、何が目的だ」


 俺の問いかけにヤシュは毛だらけのあごを撫でて考えた。その動作や表情はひょうきんだ。

 だが、この獣人の枠に収まらない不思議な銀狼は言った。

 毛を逆立たせて、鋭く殺気にも近いものをはらませながら。


「そりゃぁ決まってんべ。……闘争の時代だ。それを願って俺たちは今日まで生きてきた。アウサル、おめぇが俺たちにそれをくれるはずなんだよッ!」


 トンネルを抜けた先は洞窟だった。

 そこで俺は争いを望む獣人ヤシュと出会った。



 ・



「あそこはな、その昔に迫害を避けるために獣人が地下に潜ってた頃のものだ。……北のヒューマンの国と和解してからは使われなくなったけどな」


 洞窟の外は密林だった。

 その山道を今、俺は御輿みこしに担がれて進んでいる。

 ヤシュの配下が2つの御輿を背負い、そのそれぞれにヤシュとアウサルを乗せてどこかへと運んでいるのだ。


「そうか。で、ゼファーはどこだ」

「ああ……あの人な。ゼファーさんなら都に向かったべさ。このオーブをおいらにたくしてな」


 俺が掘ったトンネルの先には騒動ばかりだ。

 まさかまた何かあったのだろうか。


「ヤシュ、最悪の事態を想定して聞く。まさかヒューマンが攻めて来ただなんて言うなよ」

「ああ……その話な……。ニル・フレイニアでの話はゼファーさんから聞いたべ。おいらたちはよ、胸が沸いた……漢の世界を感じたべ……! 震えるほど励まされたべ! まさか、やられっぱなしの俺たちがエルキアの大軍に勝っちまうだなんて……そんなの嬉し過ぎて泣けてくるじゃねぇかよ……」


 すまん、状況がますます飲み込めない……。

 こいつらは一体何なのだ……。

 疑問からの逃避もかねて森の奥を眺めることにした。やはり森と呼ぶより密林だ。

 活発過ぎる植物の生長により、空さえまともに見えない深い森が続いていた。


 ああ、そんなことより本題の方だ。

 ゼファーがヤシュにオーブをたくさなければならないような、急務の事態が起きている。これは間違いない。


「それで、ゼファーはなぜ、都に行ったのだ」

「あ~~……実はよ、妙なアリが都を襲った。ゼファーさんはアッチの連中を助けに行ったんだべ」


 アリの襲撃……アッチ?

 そこに当然発生するべき疑問があった。

 ならばアンタたちはこんなとこで何をしている、なぜ仲間を助けに行かないのだ。……そんな当たり前の謎だ。


「そうか、では別の質問だ。アッチとコッチについて聞かせてもらおう。アンタたちは何だ?」


 ヤシュの部下たちには狼、猫、犬、狐を連想させる獣人たちが多かった。

 この容姿風貌がコッチ側ということだろうか?

 その誰もが殺気にも近い、だがそれとは異なる鋭いものを持っている。これが違和感だった。


「コッチははみ出し者。アッチはフ抜け者。おいらたちは互いに考えが合わねぇ。だから別々に暮らしてるんべさ」

「しかしだからと言って助けに行かないだなんておかしいぞ。これは推測を含むが同族の窮地なのだろう。ならばしがらみなど何の価値がある」


 アリが都を襲った。それによりゼファーが任務をヤシュに押しつけて救援に向かった。

 この時点で雲行きが怪しい。


「同族だからこそだべ。なぁ……おいらたちを見て、おかしい、と思ったべ? ほらよぉ……話に聞いてる獣人と違う、って思ったべよ?」


 さっきの違和感の答えを彼の方から答えてくれるそうだ。

 望む展開だ、ヤシュは御輿に乗ったままこちらへ振り向き、砕けた口調とはまるで異なる鋭い威圧感を放ち出す。


「ああ、そう思った。創造神サマエルは、巨人の失敗から獣人を作った。その為、獣人は身体能力に秀でながらも温厚な種になったと」

「……おめぇずいぶん古い話知ってんだな。ならよ、おめぇその後、おいらたちの先祖がどうなったかも知ってんだよな……? そうだ、先祖どもはよ、有角種に支配されちまった。……なぜだ?」


 彼の問いかけは簡単だった。

 気のせいでなければ、俺からの断言を望んでいるかのようで真剣なものだ。ならば彼の望みに答えよう。


「温厚さが仇になった。サマエルは獣人を温厚に作り過ぎたのだろう」

「ああそうだ……。その先の歴史もだいたいこれと変わりねぇ……。だからよ、それをもう止めちまおうとか言い出したやつがいたんだべ。だがそんな考え方が、アッチの連中と合うわけがねぇべさな……」


 俺が断言してやるとヤシュが興奮する。

 怒りではない、アウサルが己の考えに賛同してくれると期待し、自らの生きざまを誇ったのだ。


「いつしかその一派はアッチを離れ、コッチに根付いた別部族になったってわけさ。……だからよ、おいらたちはよ……今さらおいそれと、おいらたちを追い出した連中を助けに行くわけにはいかねぇんだべさ……」


 すまん、なんか思ったよりめんどくさいやつらだ。

 結局はただの思想の違いではないか。

 温厚な道を選んだ者が、アリとやらにやられるのを待てば己たち一派が主流になる、とでも考えているのか?


 いや、俺には彼らが同族を救いたがっているようにしか見えなかった。助ける理由が欲しいのだ。

 だから俺を待っていた。だからヤシュは己の拳で俺を確かめる必要があったのだ。

 仮にそう考えていなくとも俺がそう諭してやればいい。


「ヤシュ、そのアッチの都に俺を案内してくれ」

「な、なんだとぉ……?!」


 ヤシュの部下どもも驚いてか御輿が急停止した。

 それから固唾を飲んで俺たちのやり取りをうかがい始める。


「俺の意見もゼファーと恐らく同じだ。意見や思想が合わなかろうと、仲間を見捨てるなど許されん。俺は俺1人でも助けに行く、獣人はユランが愛した種族の1つだ、欠ければきっと悲しむ。だから今すぐ案内しろ、ヤシュ!」

「……ヒ、ヒハハ。まーた驚いたべ……ゼファーさんも同じこと言ってたべ……。アウサルなら同じことを言う、拙者と共に行く気がないならここで待ち構えてあの男を確かめよ、ってなぁぁ……そうかいそうかい……」


 ゼファーめ、ヤシュを俺にけしかけたな……。

 いや、しかしそれも逆にとらえればこうなるだろうか。


 ゼファーは彼らと自分自身を重ねて見た。

 仲間の有角種とゼファーの関係、それがここ獣人の国ダ・カーハの事情と似たものであると気づいた。

 ……まあどちらにしろ救援を急ぐべきだな。


「行くぞヤシュ、今すぐ都に直行でいいな?」

「ッ……。ぁ、ぁぁ……なら条件があるぜアウサル……」


 ヤシュからまた獣にも近い殺気が放たれた。


「何だ?」

「いや、違う。条件が、あります」


 ところがそれが急に引っ込んだ。

 ヤシュは己の感情を制御して、配下たちに何かを合図した。

 すると御輿が地へと下ろされ、ヤシュを含む配下たちが俺を取り囲む。

 敵意ではない。恐らくそれだけ本気なのだ。その場の誰もが片膝を落としてこうべを垂れてきた。


「これは俺らの総意です。アウサル、貴方に頼みが、あります」


 返答の変わりにうなづいてみせた。

 するとヤシュの身が震えて目線が落ちる。それがすぐにまた真摯に俺へと向けられた。


「ア・ジールに加わりたい。我らはぐれ者ヤシュの一派を……どうか使ってくれ……。戦わずに滅びるだなんて……おいらたちは認めねぇ……。頼む、戦わせてくれ、獣人の中には凶暴な連中もいるんだと、ヒューマンどもを畏れ(おのの)かさせてくれ!」


 俺は頭を下げられるような身分ではない。だが今はどうでもいいことだ。

 ヤシュの一派への敬意を込めて俺もそれを受け止めることにした。

 何より、彼らが俺たちを慕ってくれているその事実が誇らしく嬉しいことだった。


「アウサル! ア・ジールの皇太子よ! 生けるその英雄伝説に我ら獣人の名を刻ませろ!! あ、いや、あ~~、刻ませて下さい、だべさ……」


 温厚さというサマエルの枷から彼らは自立を始めようとしていた。

 その姿は尊く誇り高いものだった。


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