11-08 帰宅、邪神の寝床、獣の地下隧道
「ただいま」
誰1人譲ろうとしないので話だってまとまらない。俺は諦めて家に帰った。
玄関をノックすると中からルイゼの軽い足音がかけて来る。
「お帰りなさいアウサ……え、わぁ……白いエルフさん……。この方どなたですかアウサル様?」
いつもならこのまま家でゆっくり出来る。
けれど今日ばかりは違う、俺はパルフェヴィア姫を引き連れて帰宅するはめになった。
ちなみに今は朝だ。
「あらかわいい! それにすごく綺麗な髪ね、貴女男の子にモテるでしょっ!」
「へっ……? えっ、いや……そ、そんなことはないですけど……というかどちら様……でしょうか……?」
ハッキリ言おう、この思い込みの激しい姫をルイゼにどう紹介したものやら考えるだけで気が重かった。
ところが少し思わぬ流れになってきている。
「ううんっそんなことあるよー、アウサルくんこの子なにっ、うちに紹介してっ!」
「あ、ああ……彼女はルイゼ、俺の恩人の妹君にして……まあその、お言葉に甘えてあれこれ世話をしてもらっている……」
年齢が年齢だ、召使いだと紹介しにくいのだ。
出来るだけそこはオブラートに包みたい。……ちなみに俺の推測だが、オブラートとは歌い方の1種だ。
「うちはパルフェヴィア、よろしくねルイゼちゃん!」
「は、はい……って、パルフェヴィアってどこかで聞いたことがあるような……」
ああ、ついこないだ仲間になったお国のお姫様だ。そこは説明せずともいずれ気づく。
思えばルイゼも元はそれなりの家柄であるだろうし、きっと気が合うことだろう。
「はぁぁ~~かわいいかわいいかわいい……っ、ずるいですわアウサルくん、こんなかわいい子囲ってるなら言って下さいなっ♪」
「はっはわわわーっ?! な、なんでお腹とかほっぺたいきなり突っつくんですかぁーっ?!」
そういえば姫には妹がいた。
ルイゼのことが大層気に入ったようで腹や頬だけでは飽きたらず、尻やら足やら胸部まで突つきだす。
「何を勘違いしているか知らんが囲ってなどいない。ニブルヘルではヒューマンの立場が悪いからな、互いのために主人と召使いという建前を使っているのだ。……もはや不要とも思うのだがな」
「あああああアウサル様助けてーっ! ひやぁっ、ちょ、止めて下さいよっ、む、胸は……あっ、あうあうあうあうあうあーっ?!」
というか今さらなのだが不安になってきた。
一つここは確認といこう。
「姫、今さらなのだが質問がある。ユランに会わせるのは良いが……まさかここに住むとか言わないよな……?」
「いいえ、それはさすがにはしたないですからお隣を用意していただきました。……ルイゼちゃんのかわいらしさに、正直もう心が揺らいでますけど……はぁぁっ、かわいいわルイゼちゃんっ♪」
「はわわわわっ、助けて下さいよぉアウサル様ーっ!」
さすがにちょっとやり過ぎなのでルイゼの手を引きこちらに庇っておく。
女同士でイチャイチャされていては話がまとまらずまどろっこしい。
「はぁぁ……助かったぁ……」
「隣……?」
隣は確か……顔見知りの文官の家になっていたはずだ。
「そういえばアウサル様、今朝慌ただしく片付けをしているところを見ましたよ?」
「なるほどグフェンの差し金か……急な引っ越しとはかわいそうに……」
「仕方ありません、うちはユラン様の巫女として、まめにお世話に参らねばなりませんから」
姫が隣に住み着くのか。
これはなかなか……生活を浸食されそうだ……。
「ユラン様のお世話ならボク1人で十分ですけど……」
「ならそれは半分こにいたしましょう。それにうちはルイゼちゃんのお世話もしたいくらいですわ、はぁぁ……今度一緒に湯浴みでもどうでしょうー♪」
姫、アンタキャラ変わり過ぎだ……。
あの愛らしい妹と別れてここに来た以上、寂しい気持ちもわからないでもない。子供好きなのだな……。
「そ、それは遠慮しておきます……。はぁぁ……ビックリしたぁ……」
一方開幕から高止まりの好感度にルイゼはグッタリ気味だった。
だが諦めろ、この姫様はこういうちょっと粘っこいお人なのだ……。
「ところでユランはどこだ」
「あ、そうでした! ユラン様なら今――!」
彼女の目当てはルイゼじゃない、すでにすり替わりつつあったが本命はユランだ。ならば涙を飲んで生け贄に我が主人を差し出そう。
「まあ大方俺のベッドだろう。こっちだパルフェヴィア姫」
「いずれ夫婦になるんです、パフェって呼んで下さいませ♪」
「ブッッ――?! ふ、夫婦ってどういうことですかっ?!」
ルイゼが驚愕する気持ちもわかる。
さらに姫は青く美しく、この通り世間ズレはしているがパワフルで美人なのだ。
「違う、それはアンタたちが勝手に決めた絵空事だ。それよりこっちだ」
「あ。アウサル様待って、今はダメです、ユラン様は……ああああちょ、ちょっと待って下さいよーっ!」
これ以上こんがらがったらたまらん。
ずいずいとした足取りでパフェ姫を寝室に案内した。
小さいが赤い竜だ、居るだけで目立つ。ベッドの上にぐっすり寝込んだユランの姿があった。
「あらかわいい……!」
「おいユラン起きろ、アンタの新しい巫女様が来たぞ」
予想はしていた。ルイゼに反応するくらいだ、ユランの姿にも興奮するに決まっている。
ベッドの上に小さな赤い飛竜がうつ伏せにうぐくまっているとなれば、それだけでパフェ姫のハートは一撃必殺だ。
……ところが声をかけても反応がない。
「アウサル様、今はちょっと待って下さい。ユラン様は……ひゃぅっ?!」
「人をこんな状況に追い込んでおいて良いご身分だな。起きろユラン、起きないなら俺が……ぬおおっっ?!」
なぜかルイゼが俺の前に立ちはだかった。
それを抱き上げてパフェ姫に押しつける。受け取り主は急な幸せが重なり満面の笑みだ。
そうしていざユランを揺すり起こそうとしたところ、俺は夢でも見ている気分にさせられた。
「ヒェッッ?!!」
手の中のユランがぐしゃりと潰れて、パフェ姫がルイゼを抱き込んだまま悲鳴を上げた。
ゆ、ユラン……? 何だ、何が起きている、コイツ実は中身スカスカでこんなに脆かったのか?
いやそんなわけない、だが確かにグシャリと潰れてしまった……。
ユランだったものを持ち上げて恐る恐る確認する……。
「落ち着けバカ者ども、ベタベタな勘違いをするではない」
「お、おお……」
ところがそこにユランの声が響いた。
そのあまりの安堵に俺まで声を上げてしまった。じゃあ、俺の手の中のこの、妙に軽いユランは何なのだ……? 触っただけでグシャってなったぞ、グシャっと中まで……。
「アウサル様、ユラン様は脱皮中だから中に人を入れるなって言ってたのに……!」
「脱皮? ……つまり、これアンタの皮かっ!!」
姫と仲良くそろってユランの皮を再度凝視した。
スカスカなわけだ。
たちが悪いことに一見しただけではわからないほど精巧な抜け殻だった……。
「我が輩の皮を乱暴に扱うではない、聖遺物として崇められても良いくらいのものだぞ。……しかしどうだ、大きくなったであろう! 貴殿がフレイニアを傘下に加えてくれたおかげで、力を少しだけ取り戻すことが出来たぞっ。くるる~っくるるぅぅ~♪」
甲高い鳴き声に振り返れば羽ばたくユランがいた。
あれだけ俺が苦労したというのにその成長っぷりがほんの一回り大きくなった程度だったのが不満だが、会話能力を得たりと着実に力を取り戻している様子。
「話は聞いたぞアウサル。我が輩らの縄張りを拡大させることで我が輩は力を取り戻す。だから今すぐそこの娘と結婚し、名実共にこの地の帝王となれ!」
「ユラン……アンタの願いでもそればっかりは断ろう……。器ではない、それじゃ世が治まらん」
勝手なことを言いながらも赤い子竜が腕に乗せろと身を寄せてくる。
しょうがないので使徒として求められるがままに従った。
その反逆の邪竜はその昔、富や女、地位で俺を釣ろうとした。ユランからすればパフェ姫もまた代価のつもりなのだろうか……。
むしろ俺は代わりに異界の話を所望したい……。
「ならば例の計画を早く進めろ。もっと力を……早く我が輩の封印を解くのだアウサルよ。獣人の国へのトンネルも造るのだろう? それはとても良い考えだ、大きく我の力を解放してくれるだろう。その、獣の地下隧道を早く我が輩に見せてくれ。新しい楽園ア・ジールに、あの愛らしき獣人の姿をどうか……もう1度ここに、集めてみせよ……」
「愛らしいのは貴女様ですわっユラン様っ、あああああなんて愛らしい……ではなく神々しいお姿、はわぁぁぁーっっ♪♪」
今のユランに足りない物があるとすれば厳めしさだ。
ちょっと大きくなったからといって、その姿に威厳なんてものはどこにもない。
饒舌に喋る気位の高い子竜様は、ルイゼに等しくパフェ姫の好みド真ん中のようだった。
「ぎゅぇっ?!! なんであるかこの女はッ、ぶぎゅっ?! 苦しいっ潰れるっ、我が輩の鱗に顔の油をベタベタ擦り付けるなぁぁぁーっ!!」
「あああああーっ、落ち着いて下さいパルフェヴィアさんっ、ユラン様がひしゃげてますっ、わぁっ首が変な方向に……っ!!」
ルイゼが慌ててそれを止めた。
まさか自分の巫女様に殺されかけるとは、ユランも貴重な経験が出来たな。
「ユランよ、もちろんそうしよう。アンタが力をくれなかったら俺は、いずれあの残忍な侯爵に殺されていただろう。アンタのおかげで親父の仇討ちが出来る。これも全部アンタが見せてくれた夢だ、ならこの先も一生ついていくさ。……俺はアンタの使徒だからな、アンタの夢を叶えてやる」
自分の巫女に愛され過ぎて早くもぐったりしているようだ。
そんな威厳も何もない主に背を向けて、俺は騒動の中心核からこっそり逃げおおせるのだった。
獣人の国はここより南にある。
距離だけで言えばフレイニアよりやや近く、今はルイゼのスコップも最初から存在する。
ユランの願いだ、これは最優先で工事しなくてはなるまい。
ついでにパフェ姫を押しつけることが出来て一石二鳥三鳥というわけだ。
姫の濃い愛が分散してくれたおかげか、俺の心は自宅の扉を叩く直前からは比較にならないほど晴れやかだった。




